End Cycle Story

島地 雷夢

第19話

「キルリさんは北西地区の方へと向かいました」 リザーダーノーデムを倒し、スーネルにキルリの現在地を教えて貰った。 どうやらキルリとスーネルは門番の人達と共に西地区に現れたレガンとノーデムを被害が大きく出る前に全滅させ、その地区にいた門番に避難誘導を任せて他の地区へと向かったそうだ。 正直、スーネルがこの南地区まで来なかったら俺は死んでいた。運がよかった。でも、ゴールグは死んでしまった。一緒になって町を巡回した回数は二回しかないが、それでも門番の中では一番俺と年齢が近い事もあり、何かと気に掛けてくれたりした。俺もゴールグの愚痴を訊いたりして互いに笑い合ったりもした。付き合いは短いけど、それでも完全に他人じゃなくて知人の域にまで達していた。 そんな人を亡くして俺は胸が締め付けられるように心が痛んだが、ここで立ち尽くすよりも他の地区へと行ってレガンとノーデムを倒していかなければならない。自分一人残って町民の避難を助けたゴールグも、生きていれば同じ事をしていただろう。だから俺はここから一番近い南東地区へと向かっている。 リャストルクはスーネルに渡し、現在俺が装備している武器は鉄の剣だ。本当はリャストルクを使いたかったが、スーネルが使わないと、事態は好転しないとリャストルクに知らされた。 スーネルは壊れた魔封晶を直す魔法が使えるらしい。『ルームブレイク』と言う魔法で、属性は空間を示しているそうだ。その魔法は空間自体に作用するらしく、閉じてしまったレガンとノーデムの亀裂をこじ開けたりする事が出来るらしいが、どう考えても直すのに関係ない魔法のように思える。だが、魔封晶の属性が空間なのだそうだ。それ故に結界を張れるらしい。なので壊れた魔封晶を直す為の繋ぎとして『ルームブレイク』のような空間の属性を持つ魔法の魔力が必要なのだそうだ。 その魔法を破壊目的ではなく修繕目的で使用するにはリャストルクが必要になるらしい。リャストルクを持つと魔力が上がるらしく、それに加えて刀身に魔法を纏わり付かせる事が出来るそうだ。なので、魔封晶を直す際には『ルームブレイク』の魔法をリャストルクの刀身に纏わせ、欠片と欠片を合わせた繋ぎ目に向けて少しずつ浸透させていくそうだ。 そんな訳で、スーネルはリャストルクを持って壊された魔封晶のある北門と北東門の間へと向かって行った。一人で。まぁ、スーネルならば『エルフ・ブラッド』になって魔法殲滅が出来るから一人でも心配はない。それに加えてチート武器のリャストルクも一緒なのだから鬼に金棒状態だろう。うん、心配する要素が一っ欠片も見当たらない。 俺はレベルが上がり、ステータスポイントが丁度8貯まったので振り分けを行った。レベルが1上がっただけなのにステータスポイントが4も貰えたのは、倒した相手が中ボスに位置するノーデムだったからだろうか?
『レベル:10 ステータスポイント:0 生命力:500/600 精神力:5/60 物理攻撃力:24→29 物理防御力:24→28 魔法攻撃力:24 魔法防御力:24→26 敏捷力:24→26 運命力:12 状態:普通 次のレベルまであと1597の経験値が必要』
 魔法防御力と敏捷力にも補正が付いているのは、リザーダーノーデムを倒した際に手に入れた影蜥蜴のブーツを装備しているからだ。
『影蜥蜴のブーツ:物理防御力2上昇。魔法防御力2上昇。敏捷力5上昇』
 この敏捷力に補正が付いたおかげで、鉄の剣と欠人形の籠手(左)で減少した分を補うどころか、上昇した。これで戦う際に今までよりも素早く動ける事だろう。 俺は薬草一つと精神草二つを呑み込んで回復をしておく。ゴールグの亡骸から渡しておいた薬草等を返して貰った。薬草も精神草も三つ使われていて、毒消し草と回復薬は使われていなかった。
『生命力:600/600 精神力:55/60  』
 石畳の道を突き進んで中央の分岐した道から行くよりも林を突っ切った方が近道なので現在木々の合間から現れるレガンドールとドギーノーデムを切り伏せながら走っている。レベルが上がって物理攻撃力の数値を上げられたのに加え、鉄の剣の物理攻撃力の補正により、レガンとノーデムを倒すのが依然よりも容易になった。 詳しく述べれば、特殊技を使わずとも三撃で倒せるようになった。レベル:5の時は十撃以上だったが、レベル:9の時点で六撃か七撃。攻撃力が上がるとここまで楽になるとは思ってもみなかった。 それに反して敏捷力はいきなり速くなる事はない。流石に一気に速くなると体と脳がついて行けずに混乱してしまうから、これは助かっている。『ウィンドヴェール』で敏捷力を上げた状態になれるまで結構掛かったしな。今の状態だとレベル:9の時に『ウィンドヴェール』を発動させた時よりもやや遅く、レベル:5の特に同魔法で強化した時と同じと言った感じなので、速さの違いには惑わされなかった。「ほぉー」 林の中を駆けていると、訊き慣れた鳴き声が頭上から聞こえてくる。がさがさと草木を分ける音がする中で聞こえてきたので、結構近いだろう。 視線を上に向けると、セデンの相棒である雀のチュン太が飛んでいた。 チュン太は俺が自分に気付いたのを確認すると、俺の進む方向とは別方向へと飛んで行った。まるで俺を導くかのように時々空中で静止して(雀って止まれたっけ?)俺の事を見てくる。そっちの方向は中央広場なんだけど。もしかして、そっちにもリザーダーノーデムが現れたとか? ゲーム『E.C.S』だと一体しか現れないそうだが、この世界ではそうとは限らないのかもしれない。門番の人達は今までと違うノーデム相手に苦戦しているのかも。 先にそちらをどうにかしてからの方が脅威度は少なるだろうと考え、俺はチュン太の後をついて行く。 中央広場へ着くと、そこは他とは違っていた。 八つの噴水に囲まれた町の中心――桜の木が植わっている場所に白い壁が現れていた。桜の木を隠し、環状に広がる噴水にぎりぎり接するくらいまで迫った壁は半球のドーム状だ。俺は近付いてその壁に触れてみる。それは妙な光沢があって冷たかったが、金属のよりも温かみがあった。まるで陶磁で出来ているようだった。 そんなドームの周りには、門番の人達が集まっている。他の地区の避難活動は終えたのだろうか?「ソウマの坊主!」 野太い声が聞こえると、頭上を飛んでいたチュン太がそちらへと飛んで行く。 セデンだ。抜き身の剣を右手に携え、服が所々破けているが、怪我らしい怪我はしていない。「無事だな!」「はい、俺は難とか。二回くらい死にかけましたけど」「本当か!? だが、命があって何よりだな。……所で、ゴールグの奴はどうした? 別行動中か?」 セデンが驚いた後、ほっと息を吐き、俺と一緒に見回りの担当であったゴールグの姿が見えない事に疑問を覚え、周りを見渡す。その眼は不安を一刻も早く解消したいように彷徨わせ過ぎている。「ゴールグさんは……」 俺は、本当の事を言う。ここで下手に嘘を吐くよりもいいと思ったから。「……亡くなりました。南地区には俺とゴールグさんしかいなくて、どっちかが皆を誘導しないといけなかったから、ゴールグさんが南地区に残ってレガンとノーデムの数を減らしてたんです。俺が戻ってきた時には、もう事切れてました。その場にいたデカい蜥蜴のノーデムにやられたんだと思います」「……そうか」 セデンは目を伏せると、頭を振る。信じたくなかった現実を受け入れさせたのかもしれない。セデンもゴールグとは結構仲がよかったように見える。時々セデンの家の近くの酒場で呑んでいたりもしたし、ただの仕事仲間以上にはしゃいでいた。 でも、悲しんでもいられないのだろう。悲しいのは何も自分だけじゃない。この町に住んでいる人はこの『エルソの災害』で親しい者、愛しい者を失くしてしまった人が出てしまっている。門番は――町の安全を守るセデンは自分が悲しむよりも皆の安全を早くに訪れさせる為に堪えているように、俺は見える。そんなセデンは何時もより一回り小さくも見え、一回り大きくも見える。「で、ソウマの坊主がその蜥蜴野郎をぶっ飛ばしたのか?」「一応は。でも、スーネルが来なかったら死んでました」「坊主は運がよかったな」 セデンが大きな手で俺の頭をわっしわっしと撫でる。確かに、俺は運がいい、と思う。下手をすれば死んでいた場面が二回もあった。一回目は『ヒール』が使えるくらいまでレベルが上がっていたから助かり、二回目はスーネルが異常を察知して来てくれなければ確実に死んでいた。「所で、他の地区はどうなってますか?」「他ん所は門番がレガンの人形とノーデムの犬っころを粗方片付けてから魔封晶の方へと向かわせてもう殆ど避難を終えた。今は北地区と北東地区に住んでいる町民が避難している真っ最中だが、それも直ぐに終えるだろう」「そうですか……」 俺はほっと息を吐く。どうやら、他の地区ではリザーダーノーデムは出なかったようだ。南地区にだけ出たのは運がいい。「よか……」 った、と言い掛けて口を一文字に閉じ、地面に視線を向ける。 ……いや、よくない。あいつが出た所為で南地区に残ったゴールグが殺されたんだ。運がいいなんて思ってしまった俺は自分を叱責する。被害は確かに少ないが、それでも命が失われたんだ。決してよかったとは言えない。「仕方ねぇよ。こんな非常時にゃ綺麗事だけ言える訳ねぇ」 セデンがまた俺の頭を撫でてくる。どうやら思っていた事が顔に出てしまっていたようだ。「ゴールグの事は残念だが、あいつは覚悟を決めて必死になって足止めしてたんだろうさ。もしあいつがあの場を離れたらその蜥蜴野郎は避難してた町民の下へと向かっただろう。だから、ゴールグは例え敵わなくても向かわせないようにしたんだろうな」「そう、でしょうか?」「そうだよ。あいつは『フェスネルの災害』の生き残りだったんだ。だからゴールグは自ら足止めを買って出たんだろう」 そうだったんだ。今回のような災害が起きた『フェスネルの災害』がどう言うのかは詳しく知らないけど、ゴールグはそこで生き残った人だったのか。もしかして、その時の場面と今回を重ね合わせてしまったから、自ら足止めをしたのかな? 誰にも自分が受けた心の傷を負わせないようにと言う行動は美徳だ。けど、それで自分が死んでしまったら救いが無い。 いや、救いはある。ゴールグが命を懸けてまで守った人がいる。その中には俺も含まれている。ゴールグさんがあの場でリザーダーノーデムを足止めしていなければ、避難途中で多大な被害が出ていただろう。ゴールグさんがいたからこそ、南地区で生き残った人たちは魔封晶の下へと辿り着けたんだ。それが、ゴールグにとっての救いだ。 俺は感謝と尊敬の念を持って、この『エルソの災害』が終わったら、ゴールグの遺体を手厚く葬ろうと心に誓う。「セデンさん! ソウマ!」 後ろから声を掛けられる。振り返れば息を荒げながら手を振って走ってくるキルリが見えた。着ている皮の胸当てと肩当に傷がついているけど、外傷は無さそうだ。「おぅ! 嬢ちゃん、北地区の町民の避難は完了したのか?」「はい。終わりました」 キルリはどうやら北西地区での避難活動を終えてから北地区へと向かっていたようだ。「ソウマ……何かあったの?」 セデンに報告を終えたキルリが俺を見てそう尋ねてくる。その顔は何処か心配でもしているように見えた。「どうして?」「だって、ソウマ元気がないよ。あ、こんな状況で元気がないってのは可笑しな事じゃないんだけど、気分が優れない……ように見えるの」 気分が優れない、か。確かにそんな顔をしているように見えるのかもしれない。 俺はキルリに自分が先程まで体験した出来事を簡略して伝えた。「……そう、ゴールグさんが」 話を聞き終えると、キルリは視線を落として唇を噛み締める。「……そら、お前等。悲しむのは最後にしやがれ」 セデンが俺とキルリの背中をばしんと叩く。俺の背を叩いた手には剣が握られたままだったので柄と鍔が押し当てられて痛かった。「今はな、全てを終わらせる事を第一にしなきゃならねぇんだよ」「……分かってる」 キルリが叩かれた背中をさすりながら、真っ直ぐにセデンを見据えて答える。「で、セデンさん。結局これって何なの?」 陶磁製のドームを手の甲で叩きながらキルリはセデンに問う。「さぁな。俺等もまだ見当ついてねぇ。けど、レガンの野郎が何かしたんだろうってのは分かるがな。この質感は奴等の体そっくりだ」 セデンはドームに蹴りを入れながら答える。確かに、陶磁製と言えばレガンだ。これはレガンが作ったものと言っても間違いはないかもしれない。 でも、何の為に?「これって何時頃からありました?」「近くにいた奴の証言によると白と黒の柱が落ちてからだと」 そうか。魔封晶が壊された時にはもうこのドームは出来上がっていたのか。「取り敢えず、俺等は今からこれを壊してみようと思う。中から何か出て来るかもしんねぇが、このままにもしておけねぇからな」 確かに、セデンの言う通りだ。レガンが作ったと思しき物体がこんな所にあったらたまったものではない。危険を承知で壊した方が得策だろう。「だが、今直ぐって訳じゃねぇ。スーネルの嬢ちゃんが来てからだ。流石にこのサイズにものを壊せる程の力はエルフの血を宿してるスーネルの嬢ちゃんの魔法じゃねぇとな。ソウマの坊主、スーネルの嬢ちゃんは今何処にいる?」 セデンがスーエルの所在を訊いてくる。どうやらスーネルは中央広場を通らずに向かったようだ。「北門と北東門の間の魔封晶を直しに行きました。その後は多分北東門と東門の間のを直しに行くと思います」「そうか。そっちの方が優先だな。魔封晶が直って結界が再作動すりゃ、レガンとノーデムは結界内じゃ動きが止まるからな。それまで俺等はここらでまだ残ってるレガンとノーデム共を倒していくとする」 セデンが言葉を言い終わった時だった。「っ! セデンさん!」 ドームに亀裂が生じた。その亀裂はドームが壊れる前兆で生じたものではなく、異空間へと繋がっている亀裂であった。ここ一ヶ月で嫌と言う程目にしたので見間違える筈がない。 亀裂は丁度ドームに背を向けていたセデンの真後ろに現れた。俺はセデンを力任せにタックルして横へと退かせる。どうして自分の方に引かなかったんだろう。咄嗟とは言え、その方が建設的だったのに。 タックルした所為で、俺は亀裂の真正面へと躍り出てしまい、亀裂へと引き寄せられる。「ソウマっ!」 キルリが手を伸ばして俺の手を掴む。俺はその手をしっかりと掴んでしまう。キルリは亀裂に引き寄せられる俺を支えきれず、一緒になって亀裂の中へと吸い込まれてい仕舞った。 亀裂から放り出された空間は中央広場の桜の木が植わっていた場所そのものだった。後ろを振り返れば、陶磁製の壁で隔離されているのが確認出来る。つまり、ここはあのドームの中らしい。 視線を前へと戻す。視線の先――花が散って緑の葉が茂る木の前には、一匹の巨大な蜂が鎮座していた。 人と同じ大きさのそれは、人の頭蓋を容易く砕くであろう顎を持ち、腕程もある針を尻の先から出し入れしている。昆虫にはある触覚と複眼は存在せず、無機質な能面が俺とキルリを見据える。羽は透明感なぞ無く、体と同じように白一色である。関節部分に丸い駆動部位が付いていて、本物の蜂と同じように動かせるようになっている。頭上には、王冠を模った突起がある。腹部が檸檬のような楕円型で膨らんでいる。
『レガンクインビー』
 奴の頭上に現れたウィンドウに表示される名前。 俺はこの名前をゲームの情報誌で知っている。 レガンクインビー。『エルソの災害』のボス。こいつを倒せば、『E.C.S』ではクエストクリアだ。こいつを倒せば、この町に安息が訪れる。 俺は鉄の剣を正眼に構えて、陶磁の蜂を睨みつける。「あんなレガン見た事無いけど、兎に角あれを倒せばいいんだよね?」 キルリも、腰に佩いた剣を抜いて同様に構える。「ああ。あの蜂さえ倒せば、少なくとも脅威は無くなる」「そう。……なら、ちゃっちゃとやっつけよ!」 キルリの叫びに反応して、レガンクインビーが羽を震わせて宙へと浮かぶ。




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