End Cycle Story

島地 雷夢

第12話

 俺は、死んだ? いや、どうやら死ななかったようだ。息を吸えるし、力を籠められる。体に気怠さがあり、痛みが走る。それに酷く眠くて、腹が減っている。このような感覚は、恐らくだが死んだら感じないだろう。だから、俺は生きている。 薄らと光が入る瞼の肉を上下に押しやり、眼を開ける。 最初に視界に入ってきたのは天井だった。木の板を打ち付けた天上には染みが幾らか浮かんでいる。視界の端の方には吊るされたランプが揺れている。この位置からはぎりぎり火が点っていない事が窺える。 俺の体に掛け布団を掛けられ、頭の下には枕が敷かれている。ベッドの上か、床に敷かれた布団の上かは判断つかない。首を横に回してある程度の高さを確認すれば分かるだろうけど、首を動かそうにも首も痛みが走っているので動かすのも億劫だった。なのでそのまま天井を見詰める。 ここは何処だろう? そしてどうして俺は生き残れたんだろう? という疑問が湧いてくる。が、その答えは誰も答えてくれない。この場には俺しかいない……と言うよりも、俺が心の中で呟いているだけだから、当然か。リャストルクを握っていれば答えてくれるだろうけど。あ、リャストルクもどうなったんだろう? 願わくば、本当の薙ぎ手とやらを捜すのを手伝ってくれる人にでも拾われている事を。 あぁ、瞼を開けてるのも辛くなってきたなぁ。どうせ動けないから寝ておこう。天井見ててもここが何処か分からないし。 目を閉じて、夢の世界へと旅立つ瞬間に、今更ながら額に何か置かれていたと気付き、それを退かされたが、気にしなかった。

『……また眠っちゃった』『まだ回復し切ってねぇか。今はゆっくり寝かせておこうぜ。キルリの嬢ちゃんは、悪いが桶の水を取り替えて来てくれねぇか? あと、新しいタオルもな』『分かった』『……さて、スーネルの嬢ちゃん』『はい』『もう一度確認するが、嬢ちゃんがシイナの奴の本当の養子なんだな?』『はい。私はカムヘーイの街の孤児院を兼任している教会で暮らしていました。十四になっても教会にいる子供は私だけでした。引き取り手が見付からなかったからです』『どうして見付からなかったんだ?』『私は盗賊団の頭の娘だったらしいのです。その盗賊団と言うのも、物品を奪うだけでなく、殺しなども平然と行う外道だったらしく、それに加えて腕も立っていたようなので周りからは恐れられていたようです。私が一歳になるかならないかの時に王都の騎士団に捕まり、盗賊団の全員が死刑にされたそうです。その際に、物心つく前の赤子だった私は教会の前に預けられたそうです』『ってぇ事は』『あの盗賊頭の娘、と言われ、引き取ろうとする人は現れませんでした』『そうか。悪いな。言いたくなかっただろ?』『いえ、お構いなく。私としましては、このまま修道女にでもなろうかと画策していた矢先、今から一週間前にシイナ様が突如教会に訪れて私を養子として引き取ってくれました。教会の修道女様に確認を取って貰えれば、真偽の程は確かめられると思いますが』『いや、そこまではいい。スーネルの嬢ちゃんの話を訊く限りは、シイナが嬢ちゃんを養子にしたんだろうって事は予測出来る』『そうですか』『で、今ベッドで寝てるソウマの坊主はシイナの養子じゃない、と』『はい。養子になったのは私一人でした。それに、私のいた教会にはソウマと言う名前の子供はいませんでした』『……となると、だ。どうしてソウマの坊主はあいつの養子だって嘘を吐いたんだ? 坊主に特になるような事でもあるのか?』『それは、私にも分かりません。ですが、何か事情でもあるのかもしれません』『事情ねぇ。でもなぁ。だからと言って他人に成り代わろうとしたのはいただけねぇがな』『けれど、彼は私を助けてくれました』『そこなんだよなぁ。普通成り代わろうとすれば、その相手を殺すか監禁するかはしなきゃばれるってのに。ソウマの坊主は瓦礫の下敷きになったスーネルの嬢ちゃんを薬草まで使って助けたんだからなぁ。根っからの悪者って訳でもねぇだろうし』『うん、ソウマは嘘を吐いてたけど悪い奴じゃないよ』『お、キルリの嬢ちゃんか。サンキューな。スーネルの嬢ちゃん、ソウマの坊主の体を拭いてくれるか? まだ汗が引かねぇからよ』『分かりました』『て言うか、キルリの嬢ちゃん?』『何?』『嬢ちゃんはソウマの坊主が嘘を吐いてたって知ってたのか?』『知ってたんじゃなくて、一昨日の夜に知ったの』『一昨日ってソウマの坊主と初めて会った日か』『うん。あの日の夜。十時過ぎだったかな。ベッドに入って寝ようとしたら、隣の部屋の扉が開く音がしたの。ソウマも寝ようとしてたからどうしたんだろう? って思って何となく後をつけたの。そしたら何の事は無い。あの喋る剣を取りに台所に言っただけだった。けど、喋る剣が発した声で、ソウマが嘘を吐いていたって分かったの』『喋る剣、ねぇ。何て言ったんだ?』『このままだと、命が危なくなるって言ってた。それを扉の向こうで訊いて私は咄嗟にソウマの方へと行こうとしたけど、それよりも先にソウマが剣に問い掛けた。そして、剣は本物の養子を見付けないと疑われるって答えた。その一言で、私はソウマが嘘を吐いていたって分かったの』『今まで気付かなかったってのは? まぁ、俺もソウマの坊主の嘘を見抜けなかったから言えた義理じゃねぇけどよ』『ソウマと初めて会った時、ソウマはシイナさんの家が崩れてるって言ったら、血相を変えて走り出したの。目も見えなかったから、転んだけどね』『は? 目が見えなかったのか?』『うん。最初は私の声は聞こえてたけど、眼が見えないから視線が変な方に彷徨ってたし、『ヒール』を使ったら焦点が定まったから、間違いないよ』『何でソウマの坊主は目が見えなかったんだ?』『シイナさんの家から投げ出された影響、って言ってたけど』『ってぇと。ソウマの坊主はその時シイナの家にいたのか? もしかして強盗か?』『いえ、彼はシイナ様の家にはおりませんでした』『そうなの?』『はい。シイナ様とサウヌ様とソアネ様、それに私しかおりませんでした。それに、強盗目的で入っていれば、魔封晶の欠片の力で気付きます』『強盗じゃねぇようだが、……嘘吐きまくりだな、ソウマの坊主』『そうね。……でも、見えるようになると一直線に瓦礫のある方へと駆けていって、必死に瓦礫を避けてたよ。あの行動は嘘を信じ込ませようって必死さじゃなかった。家族を本気で心配する感じだった。それに、眼を治す前に言った――瓦礫の下に家族がいるかもしれないって言葉は本気って取れた。それに、シイナさん達の……遺体の腕を見付けた時、泣いたの』『泣いたのか? 赤の他人のソウマの坊主が?』『うん。信じられないものを見るような目をして、希望を砕かれたような顔をして、俯いて、泣いたの。でも』『でも、何だ?』『シイナさん達を掘り起こした時、ソウマは驚いてた』『驚いた? 何でまた?』『分からなかった。私はシイナさん達が綺麗な遺体だったから驚いたんだと思ったけど、今だったらそうじゃないって考えられるの。ソウマは、自分の家族じゃなかった事に驚いてたんだと思う』『は? それはどういう意味だ?』『……これは完全に憶測だけど、もしかしたらソウマはあの光の柱が現れた亀裂から落ちて来たんじゃないかって思ってるの』『…………』『恐らくソウマは家族と家にいた。けど、何かの拍子で家族毎亀裂に吸い込まれて異空間に放り出されて、亀裂から生じた光の柱に合わせて落ちたんだと』『いや、その話は無理がねぇか? 第一、あの亀裂は空高くに開いたんだぞ? そんな亀裂の近くに吸い込まれるってぇのは、空に浮かんでもいねぇ限りは不可能だ』『そうでもないよ。亀裂は魔封晶で守られてなけでば場所を問わずに出現する。どのように出現するかまだ解明されてないけど、一つの異空間に繋がる亀裂が二つ。それも別々の場所に繋がる亀裂が出現する可能性だって無い訳じゃないよ』『そりゃ、そうだけどよ』『だから、ソウマは勘違いしたんだと思うの。シイナさんの家を自分の家と。そうすれば、辻褄が合う』『無理矢理だな』『でも、その可能性は確かに捨てきれません』『スーネルの嬢ちゃんもキルリの嬢ちゃんの憶測を支持すんのか?』『私には彼が悪人には見えません』『まぁ、こいつ一見無害にしか見えねぇな。寝顔だって安心しきってるぞ。逆に肝が据わってるってだけかもしんねぇけど』『それでも、普通はここまで気を抜く必要はない筈です。こうやって体を拭いていても身を捩る事さえしませんよ』『……寝首を掻かれるような事をしてねぇ、って事か?』『もしくは、そのような事とは無縁の生活を送っていたと思います』『そう言うもんか? にしても、キルリの嬢ちゃんよ』『何?』『何で嬢ちゃんは坊主の肩をそんなに持つんだ? 会ってまだ間もないだろ?』『……確かに。自分でもそう思う。けど、肩を持とうとする訳はあるの』『訳?』『このままだと、ソウマは一人になっちゃう。一人は辛い。一人は寂しい。一人は怖い。誰も頼れる人がいない。誰も相談出来る人がいない。伝手もないだろうと思う。何も知らない場所に放り出されたと思うから、元いた場所まで帰れないかもしれない。そう考えると、私には他人事に思えなくて。だから、私はソウマの肩を持ってる』『成程、な。……だが、それだけじゃねぇんだろ』『え?』『キルリの嬢ちゃんは家族を失って一人だ。だから一人になる怖さを知ってて、ソウマの坊主に自分と同じ思いをさせたくねぇ。それは本心だろうけど、他にもあるだろ?』『……うん』『言ってみな。言わなかったのは恐らく自分じゃ仕様もねぇ事だって思ってるからなんだろうが、そう言ったもの程、俺としては確信が持てんだよ』『……似てるの。ソウマは』『誰にだ?』『私の父さんに。髪も瞳の色も、顔も体格も違うの。でも、仕草や口調、醸し出す雰囲気が似てるの。ここまで似てると、他人の気がしなくて。……さっき言ったのも勿論だけど、父さんに似てるソウマを無碍に出来なくて。……それに、その』『……それに?』『…………っ』『いや、顔を赤らめて恥ずかしがる必要ねぇぞ! あとこれ以上は続き言わなくていいからな! いいんだよそんな理由だけで。仰々しい飾り言葉よりも、素っ気ない本心からの言葉の方が説得力があるもんだ。……って分かった分かった! 訊いた俺が悪かったよ!』『セデン様はデリカシーが無いのですね』『敢えて否定しねぇよ』『……とにかく! 私はソウマをどうこうするつもりはないの。ソウマが悪者だって疑わないし、レガンかノーデムが化けてるとも思わない』『レガンかノーデムが化けてるってのは、俺も思ってねぇよ。何せ、先祖のエルフの血を宿すスーネルの嬢ちゃんと共鳴したって言ってたんだからな。でもなぁ、だからって、あの夜に尾行までするか? 女一人で? 早くソウマの坊主と合流でもすればよかったのに』『仕方ないじゃない。でも、亀裂には吸い込まれなかったわ。吸い込まれる前にソウマが飛び込んで中にいるノーデムを殲滅していったから。それに、私がソウマの前に現れたらあのまま引き返してたかもしれないじゃない。ソウマは誰にも見付からないように向かってたんだから』『それもそうだな。その御蔭で、スーネルの嬢ちゃんが助かったんだから結果オーライか』『で、私は見付からないように屈んで井戸の裏に隠れてたの。そしたら瓦礫を避けてスーネルちゃんを助け出して、その後にセデンさんが来た』『まさか、あの場にキルリの嬢ちゃんがいるとは思わなかったな』『まぁ、見付からない位置にいたからね。帰路の途中でソウマはいきなり走り出した時は驚いたよ』『まさか、魔封晶の結界範囲からいなくなるとは思わなかったが、あの突然現れた亀裂だと欠片程度じゃ防げねぇってソウマの坊主は思って、スーネルの嬢ちゃんが近くに引き寄せようとしてた手を払い除けたのかもな』『でも、まさか喋る剣を落とすとは思わなかった』『あの剣と精神薬を持ってたキルリの嬢ちゃんが現れなけりゃ、ソウマの坊主は死んでたな』『私も焦ったよ。ソウマを助けたい一心で何かやらなきゃって思って、セデンさんとスーネルちゃんの前に姿を現したんだもん』『で、キルリの嬢ちゃんが空間魔法が使えるって言うスーネルの嬢ちゃんの精神力を回復させて、無意識にエルフの血を解放し、喋る剣で亀裂のあった場所を薙いで、亀裂を呼び戻す荒業をするとはなぁ』『まさか、私にあんな力があるとは思いませんでした』『まぁ、本人は気付かないのも無理はねぇよ。あの時初めて先祖の力が発現したんだしな』『……ただ、あの空間にいたレガンが気になります。あのレガンは彼に危害を加えず、立ち去りました』『だな。俺達があの場に向かった時、レガンの野郎はソウマの坊主を介抱してるようにも見えたな』『……で、セデンさん』『ん? 何だ?』『話の腰を途中で折るけど、結局、セデンさんはソウマをどうしたいの? 私とスーネルちゃんはソウマに悪い気がしないから、嘘を吐いた事を問い詰めたりはしないけど』『俺か? ……身分を偽るような嘘を吐いた事はいけねぇ事だからな。その事については色々と言うつもりだ』『…………』『だが、だからと言ってもここから追い出したりはしねぇよ。その後の措置はまずは本人の弁を訊いてから、だな』『……そう』『そうですか』

「ん……」 寝ている間に体の痛さは……少しは引いてくれたようだ。気怠さも無くなった。でも喉の渇きと腹の空き加減は増幅してる。まぁ、どのくらい経ったか分からないけど、何時も以上に動き回って飲まず食わずだったから、当然か。あと、妙な圧迫感を覚えているのはそれらが影響してるんだろう。 あ、そう言えば、結局ここは何処なんだろうか? 俺は上半身を起こして、辺りを見ようとするが、上手く起きれない。 その理由は、明白だった。 首を曲げて確認したら、キルリが俺の胸に、あの瓦礫の下敷きになってた少女が俺の腹に頭を乗せて眠っていたからだ。「…………」 えっと、ここにこの二人がいるって事はつまり。 とか何とか思っていると、扉が開く音がする。「お、ソウマの嘘吐き坊主。気が付いたか」 首を横にして音がした方を向けば、セデンが桶を手にして部屋に入ってきていた。 あぁ、やっぱりここはセデンの家か。そして、少なくともセデンは俺が嘘を吐いていたと知っている。 ……俺、詰んだかも。 疑われてレガンかノーデムとして殺されるかもなぁ。そうでなくても、この少女に成り代わろうとした奴という事で、裁判所にしょっ引かれるかもしれない。 そう思うと、どうして生き残ったんだろうと憂鬱な気持ちになり、眼を閉じて現実逃避をした。



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