End Cycle Story

島地 雷夢

第11話

 少女がオッドアイでない事を確認した瞬間に、放たれた矢のように俺は服を掴む手を振り払ってダッシュで逃げた。けど、手を振り払われた少女は腕を伸ばして逃がさまいと俺の肩を掴んでくる。え? もしかして、事の顛末を知ってるから直に制裁を加えようとしてるとか? 尚更逃げます。俺はまだ生きていたいんです。嘘を吐いたのだって少しでも生きたいからだよ。俺は肩を掴む手を無理矢理放して後方へと走る。筋肉痛が凄まじく、少し動いただけで悲鳴を上げる。でも、痛みに耐えずにその場で蹲ってしまったら今度こそゲームオーバーだろう。体力もカチカ家へと向かう際にノーデムの亀裂に吸い込まれていない間は常に走ってたし、そこからは瓦礫を避け続けてたりしたから限界だ。でも、生きる為と言い聞かせて後ろから何か声を投げ掛けられても振り返らず、ただただ前だけを見てを走る。 吐きそうになるけど走る。荒く苦しい呼吸をしながらも走る。足がつんのめって転びそうになっても走る。筋肉が言う事を訊かなくても走る。痛み以外の感覚が無くなっても走る。止まりたくなっても走る。自分に鞭を打って。 速度的にはどうだ? 全快時の全力には及ばなくても、精々四割は出て欲しい。けど、実際はもしかしたら二割程度しか出せていないのかもしれない。セデンに簡単に追い付かれる速度かもしれない。けど、それでも前へと進んでいる事には変わりないので足を止めずに動かし続ける。 真っ直ぐ。ただ真っ直ぐ走る。真っ直ぐな道を走る。 真っ直ぐ走り続けて、変だと気付く。 どうして、セデンが追い付いてこないんだ? やはり俺の走力は二割を切っているだろうに。それでセデンが追い付かない道理はない筈だ。走るのが苦手だとしても俺なんかよりは断然早いだろう。なのに、何でだ? そして、更なる疑問。どうしてリャストルクは質問に答えてくれないのだ? 俺が疑問に思えば答えてくれるのに、全く応答しない。俺の思考が向こうに流れ込んでいるから俺の呟きが分かっている筈だけど。 手にした剣を見ようと感覚の無い手を眼前へと持ってくる。「おい、リャ」 返事は無かった。 だって、俺はリャストルクを持っていなかったんだから。もう片方の手にでも持っているのかと意味の無い確認を取るが、やはりそちらの手にもリャストルクは握られていない。つまり、落としてしまったようだ。感覚が消えていたから気付かなかった。何たる失態だ。俺の身を守る手立てを一つ失ってしまった。拾いに戻ろうとすれば、セデンにかち合うだろうから、戻るに戻れない。非情な決断として、見捨てるしかないようだ。 一日も経ってないけど、今までありがとう。俺はお前がいたからこそ生きていられたよ。リャストルクがいなければ、俺はレガンドールに殺されていた。無知な俺の質問に答えてくれたり、俺の言った事を信じてくれたりして、それだけで俺の心は楽になったよ。
『この世界でのバトルではエスケープが出来ません』
 リャストルクへの感謝の言葉を紡いでいたら、例のウィンドウが現れた。 ……へ? 何でこの文が出てんの? 俺は別に異空間にいる訳じゃないんだけど……いや、まさか。 足を止める。すると疲労が一気に押し寄せてきて膝から崩れ落ちそうになるが、残った気力を振り絞って崩れるのを防ぐ。肩を上下させて大きく息を吸ったり吐いたりしながら辺りを確認する。 密集した木で囲まれた空間だった。つまりはレガン、もしくはノーデムの異空間だった。俺はどうやら、何時の間にか亀裂に吸い込まれたか自分から突っ込んでしまっていたらしい。 しかも、状況は最悪だ。 今の俺はリャストルクと言うとても優秀な武器を持っていない。それに加えて体の至る所に張られてる筋肉は激痛を訴えてくる。呼吸が整う気配も無い。重心が上手く取れずにふらつきかける。ベストコンディションとは程遠い状態で、一人この空間にいる。 この空間の中央には、レガンが一体いる。ここが異空間だと分かったのはある意味、こいつの御蔭だった。 星も輝いていない漆黒の闇が支配しているこの空間で唯一、発光していたからだ。レガンの放つ光によって周りを取り囲む木々を確認出来た。周りを照らすと言っても、強烈な閃光ではない。どう言った原理が不明だが、レガンの放つ光はとても弱い。薄らとしているのだが、その光が球状に広がって辺りを照らす。 この光を放つレガン。太陽が昇っていた時に対峙したレガンドールではない。目も鼻も口も無い無表情な顔面は同じだが、レガンドールのようなマネキン体ではなく、人のような体付きだった。無機質さは感じられず、肉付きが俺よりもよい。 腹筋だったり胸筋だったりがくっきりとしており、腕の筋肉もあり、足もがっしりしているように見える。が、だからと言って筋肉質ではない。程よい体付きだ。人間で言えば健康な食生活を送って、適度な運動をしている人が自然になるであろう体系だ。スレンダー? とでも表現すればいいのか? そこら辺の知識があまりないから上手くは言えないが、要は自分の憧れる体系だって事だ。 俺はそのレガンを注視すると、奴の頭上にウィンドウが現れる。
『レガンロイド』
 そう表示されていた。知らない名前だった。少なくとも、俺はだが。もしかしたら、『E.C.S』をやり込んでいる人なら分かったかもしれない。 こいつは、序盤には登場しない敵かもしれない。序盤に登場する通常の敵はノーデム側はドギーノーデムとキャシーノーデム。レガン側はレガンドールとレガンパペットだ。出会っていないレガンパペットは両腕を不自然な角度で上げ、おぼつかない足取りで歩く。まるで操り人形のような格好をしているそうだ。今挙げた四体は序盤の敵故に然程手古摺らないらしい。それでも、俺はレガンドールに殺されそうになったけど。まぁ、この情報はあくまでゲームとしての『E.C.S』のものだ。この世界では違ってくるのだろう。 だから、この世界に来たばかりの俺でも、序盤では出現しないであろう敵と遭遇してしまう場合もあるのだろう。ゲームのように決まったルーチンで敵は出現しない。意図せず出逢いたくない相手と出遭ってしまう可能性はゼロではない。 最低でも、最初の中ボス並みの強さでいてくれよ? 最初の中ボスであるリザーダーノーデムはステータスポイントの振り方次第でレベルが6あれば何とか勝てるらしい。俺の今のレベルは4。だけど、ここで問題がある。俺はまだレベルアップして得たステータスポイントを振っていない。リャストルクが一撃で相手を屠っていたから、ステータスポイントは全能力に1ずつ振れるまで溜まったら使おうとしていた。 実際、今は8も溜まっていて全能力に割り振れるが、能力値アップよりもクエストを優先していたのでノータッチ。今ここでステータスポイントの操作をしようとしても、バトルフィールドではメニューを開けない。キャシーノーデムと戦っている時に確認した。これはゲームでもこの世界でも同じだった。 つまり、俺は実質レベル:0でこの未知なる敵に挑まなければいけなくなってしまった。 俺の攻撃手段は徒手空拳と魔法の二つだけ。そのうち前者は筋肉の痛み故に満足に動けないし、それ以前に喧嘩もあまりした事の無く、したとしても数年前の兄妹喧嘩と妹を助ける為の喧嘩が最後で、俺にとってはパンチの基礎も分かっていないのでダメージを与えられる自身は無い。兄妹喧嘩の際は蹴りオンリーで、妹を助ける際はがむしゃらに殴ったり蹴ったり噛み付いたり引っ掻いたりだったし。この場で参考になる動きではない。 後者は使用回数がある。俺の精神力は20なので、今覚えている四つの魔法の内、消費量が判明している『ファイアショット』と『フロストカーテン』は合計で四回しか発動出来ない。『ウィンドヴェール』と『サンダーフォール』はメニューを開いて詳細を確認していないので効果、消費量ともに不明。この場面でのぶっつけ本番は危ないので今回は除外。 更に、『フロストカーテン』は攻撃に使えるかどうかが不明瞭なので実質『ファイアショット』だけを駆使して闘わないといけない。 俺のカードは一つだけ。弾は四発。ついでに満足に動けるだけの体力と状態ではない。果たして、俺はこの局面を乗り越える事が出来るのか? 相手の生命力が低ければ勝機はある。可能性はゼロではないので絶望には浸らない。まだ、浸らない。 レガンロイドはただ顔を俺に向けているだけだ。ピクリとも動こうとしない。それが逆に俺の警戒心を煽ってくる。何かアクションを起こせば、俺も動けるのだが、こうも動かないと対処の仕様が無い。 試に摺り足で右に動く。足を上げる為の体力も温存しておきたいからこの移動だが、意外と疲れるのは気の所為か? 俺が動いてもレガンロイドは動かない。顔を俺にずっと向けているだけだ。 敵意は無いのか? と思えるほどに何もしてこない。レガンとノーデムは強くなる為に人を殺している。ゲームで言う経験値を得てレベルアップする事だ。なので、人を異空間へと連れ込んだら殺しに掛かる筈。 もしかして、俺を観察している? でも、意味なんてあるのか? ……分からない。分からないけど、このまま目の前のレガンを警戒したまま時間が経過するのは得策ではない。時間が経てば体力は回復するだろう。けど、筋肉の痛みは増していき、疲れが俺の意識を刈り取ろうと狙ってくる。 かと言って、自分から動くのも得策ではない。もし先手を取って『ファイアショット』を放ったとしても、当たるとは思えない。動いていないからこそ、相手の攻撃に対して柔軟な対処が出来る。 だが、俺は『ファイアショット』を一度も使った事が無いのでどのような軌道を描き、どの程度の大きさの弾で、どのくらいの速さで放たれるのかを知らない。相手が動き出してから魔法を放って予想と違ったものだったら、相手からの一撃は受ける事になるだろう。 仕方がない。俺は腹を据え、『ファイアショット』がどのような魔法かを確認する為に先手を取る事にした。「ファイアショット!」 痛む右手を上げ、レガンロイドに向けて魔法の名前を声に出す。俺のイメージとしては、手の際から火球が一直線に飛び出していくというものだ。違っていても、然程変わらないだろうとは思っている。 そのイメージと同じで、掌の中央部分に熱が集まると、握り拳大で、赤と橙が綯い交ぜになった色をした火球が出現し、辺りを照らしながらレガンロイドへと向けて放たれた。 が。「何、で?」 疑問を声に出してしまう。しかしここには俺以外にはレガンロイドしかいない。勿論相手は俺の問いに答えてはくれない。
『精神力:15/30』
 火球は突如として消えてしまったのだ。レガンロイドの手前で、跡形も無く、恐らくは熱も残さずに消え失せてしまった。「ファイアショット! ファイアショット!」 気が動転してしまい、二回連続で放ってしまう。ここは一度放つのをやめ、何故掻き消えたのかを考えなければいけない筈なのだが、それでも口は勝手に魔法の名前を紡いでしまった。 やはりと言えばいいか、火の弾はレガンロイドには届かなかった。
『精神力:5/30』
「ファイアショット!」 俺は本当に馬鹿だ。また言ってしまった。目の前で起きた現象が信じられずに、反抗の意思でも持ったのか――いや、反抗じゃないな。恐怖したんだ。レガンロイドは身動ぎ一つもせずに『ファイアショット』を無力化したんだ。音も立てず、それに加えて圧力と言うものが感じられない。 圧力が感じられない事が一番の恐怖に繋がっている。「能ある鷹は爪を隠す」と言う諺を知っているのがより影響している。つまり、生半可な強さを得ている者は無駄に圧力を撒き散らすが、本当に強い者は圧力さえもコントロールしている、と俺は捉えてしまっている。だから目の前のレガンロイドは俺のレベルでは到底敵わない格上の相手と本能が認識した。 無駄に抗う為に最後の一発を放ってしまい、やはり空しく消え失せてしまう。精神力の無駄遣いであり、唯一の攻撃手段を失ってしまった。
『精神力:0/30』
 魔法は当たらなかったが、状況が進展した。 レガンロイドが動き出した。目に見えない程に速く、ではない。非常にゆったりと、まるで公園を散歩しているかのように俺の方へと歩いてくる。 魔法が放てない今、俺に取れる行動は逃げの一手だけだ。俺はレガンロイドから目を逸らさずに出来うる限り速く歩く。相手の射程が分からない。もしかしたら魔法や特殊技を使ってくるかもしれない。けど、使ってこないかもしれない。だから最低でも相手の手や足が届かない範囲をキープしておかないといけない。 が、ここで最悪な状況に陥った。「あっ……」 急に体から力が抜けて、膝を地に付ける。膝に腕を掛け、頭を押さえる。頭がぼーっとする。視界がぼやつく。耳が遠くなる。一体何が起きたんだ?
『状態異常:虚脱』
 その答えは無機質なウィンドウが答えてくれた。 状態異常。ここにきてまさか陥るとは思わなかった。レガンロイドは何もしていないように見える。なのに何故急に状態異常になったのだろう? もしかしたら、精神力が0になってしまったからだろうか? 他に考えられない。多分、そうなんだろう。この場合の虚脱は心肺機能の衰弱からくるものではなく、気力を失った状態なのだろう。精神を使い果たした代償……とでも言えばいいのだろうか。 体勢を保つ事が出来なくなり倒れてしまう。体を支える必要が無くなった途端に、腕以外にも、足も動かなくなる何も出来ないでいる。腹も力が入らず、弛緩し切っている。これでは芋虫のように這う事さえも出来ない。全身に痛みが走るが、先程よりも和らいでいるのは恐らく神経伝達に何かしらの支障が出ているのかもしれない。転がろうにも、体を揺らすだけの動きも出来ない体。唯一首だけは動くので、レガンロイドへと視線を向ける。 レガンロイドは確実に一歩ずつ、俯せの俺の方へと近付いて来る。 何も出来ない俺は、もう死を覚悟した方がいいかもしれない。 俺だって死にたくない。レガンドールに襲われた時だって、仕方ないと死を甘んじて受け入れようとしたけど、死にたくない。まだ、死にたくない。例え奇跡が起きて、この場を逃れようとも、嘘がばれてしまった今では、エルソの町へは戻れない。養子と偽っていた自分は何者なのか、と疑われ、レガンかノーデムだと誤解されて殺しに掛かってくるだろう。俺が何を言っても言い訳にしか聞こえない筈だ。仮にエルソの町へと向かわなくても、レガンかノーデムの亀裂に迷い込んでしまえばそれまでだ。満足に動けない俺は奴らの恰好の得物だろう。だから、俺はこの場を逃れても、殺される可能性は残っている。 どうやら、年貢の納め時のようだ。 レガンロイドが、俺の直ぐ傍まで来て、見下ろしている。その無表情な顔をただただ俺に向けてくる。出来る事なら、焦らさずに一思いに殺して貰いたいと切に思う。あまり長く見てるだけでいると、俺はまだ助かる可能性があるかもしれないと錯覚してしまう。もう、ここまで来たら助かる見込みは無い。例えリャストルクが初めて会った時のように空に生じた亀裂から落ちて来たとしても、それを振るうだけの力が入らない。なので、どう足掻いても俺は御終いだ。だから、早く殺して欲しい。 俺の懇願が詰まった視線を受けたレガンロイドは、右の手を動かす。 突かれて死ぬか、貫かれて死ぬか、殴られて死ぬか。何でもいいので早く殺してくれ。 しかし、レガンロイドは俺に攻撃してこなかった。 動かした右腕は、掌を上に向け、俺の方へと差し出された。 意味が分からなかった。どうして、俺に手を差し伸べてくるんだ? 俺はレガンにとって強くなる為の糧でしかない筈だ。だからここまで弱り切っている俺は殺しやすい獲物と認識されなければ可笑しい。 なのにレガンロイドは攻撃せずに、右手を差し伸べてくる。早く掴めと言わんばかりに更に俺に近付ける。しかし、手を取らない俺に業を煮やしたのか、差し伸べた手を引くと、レガンロイドは俯せになっている俺を転がして仰向けにし、上半身を起こして背をバトルフィールドの端に張られた障壁に預けるようにと動かす。 どうして、俺を助け起こすんだ? 疑問をなるべく無くしていこうと一人で考えようとした時、レガンロイドが今まで見た事も無い速さで動く。それは俺に攻撃を加えようと動いたのではなく、俺から見て前方の方へと動いた。俺はどう動いたか分からなかった。ただ、一瞬のうちにフィールドの中央へと移動したと言う事実だけしか分からない。 レガンロイドが避けた攻撃を避ける為に動いたのだと、刹那の後に分かった。
 ピシャァァ……ンッ!
 雷の雨だった。先程までレガンロイドがいた場所――つまり俺の目の前に幾重にも重なる雷が降り注いだ。この雷は物理法則を無視しており、電気が通りやすい物質攻勢をしている俺を完全に無視して地面へと落ちた。地面に落ちた後も周りに電気が伝播する事も無く、雷が降り終えた地面には黒煙が舞い上がる。 しかし、直撃はしなかったが、爆音で耳がいかれ、目の前で強烈な閃光が降り注いだ事によって、視界が奪われる。この失明は一時的な物であって欲しいが、それは杞憂に終わるだろう。レガンロイドの他に誰かがこの空間に現れたのだ。この異空間にどうやって入ってきたのかは謎だが、余程の実力が無ければ実行できないだろう。だが、その現れた者が俺の助けになるとは限らない。もしかしたらレガンと敵対しているノーデムかもしれない。そうしたら、今度こそ俺は死ぬだろう。このレガンロイドは変わり者のようだが、ノーデムはそうではない筈だ。 視覚と聴覚が失われると、意識が朦朧としてきた。どうやら、眼が見えて耳が聞こえていた状況だと緊張して少なくとも体が臨戦態勢? とでも言えばいいのか、気が張っていたのだろう。視覚と聴覚は人間にとって重要な情報収集の方法だ。それが奪われたとなると、脳が勝手に気を張る必要なしと判断したらしい。 気を失ったら、もう目覚める事は無いんだろうな。動かない俺は新参のノーデムに殺されて糧とされるだろう。どうせ助からないのだから、気を失ったまま殺されれば痛みを感じずに楽に死ねる。俺が俺に対して出来るせめてもの慰めなんだろう。 ありがとう、と俺は朦朧とする意識の中で、安らかに眠るように機能した自分の体に最後の感謝の言葉を捧げ、暗い暗い闇の底へと意識を落としていった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品