End Cycle Story

島地 雷夢

第10話

 じり、と俺はつい後退りをしてしまう。それがいけなかったのか、更にセデンは警戒して俺の一挙手一動作を見逃すまいと目を光らせている。 ヤバい。これどうやって打破するべきなんだ? ここは取り敢えずこちらから先に質問して時間を稼いで考えるしかないか?「……セデン、さんも、どうしてここにいるんですか? 門番の仕事はどうしたんですか?」「門番の仕事は相方を残してきたから大丈夫さ。どうしてここにいるのかって言うのは、坊主を追い掛けてきたからだよ」「どうやってですか? 視界を遮って灯りもつけずに一気に駆け抜けたから大丈夫だと思ってたんですけど」「あの粉雪か? 確かにあれの所為で坊主の姿は見えなかったな。だがな、それは俺と相方だけだ。相棒だけは別だよ」「相棒?」 相棒って、相方と何が違うんだ?「そいつだよ」 セデンはランタンを持っている方の手でリャストルクの上に止まっている雀を指差す。え? この雀が相棒?「名前はチュン太って言ってな、雀だが夜目がかなり利いて、遠くも見通せる秀でた眼を持ってるんだよ。チュン太に先行させて坊主を追わせて、戻ってきたチュン太の道案内でここまで来た訳だ」「ほぉー」 可愛い名前をしている雀だな。と言うか、この雀って夕方あの見張り小屋でパンを突いてた奴じゃないか? こいつはやっぱり飼われている雀だったんだ。ただ飼われているだけの雀だったらどれ程よかった事やら。まさか夜目が利く上に尾行までするとは。どんな隠密機動だよ。 と言うよりも、こいつ鳴き声が「ちゅん」じゃないの? 何で「ほぉー」なの? 声帯とか喉の構造が梟と同じなの? あ、もしかして走ってる時に聞こえた梟の鳴き声ってこいつだったのか。どうでもいいような、どうでもよくないような情報を今知った瞬間だった。「因みに、セデンさんは何時ぐらいからここに?」「丁度さっきだな」 とすると、俺が瓦礫を避けている姿は見てない訳だな。見付かってからまだ一分程度。見付けて直ぐに俺の方へと来たんだろう。「で、こっちの質問にも答えて貰おうか」 すっと目を細められる。返答次第では俺はよくて捕縛、悪くて左手で持っている剣で切られる気がする。ヤバい。時間稼いでもいい案が思いつかない。リャストルクならいい案でも浮かんでそうなんだけど、生憎と今は足元に突き刺していて触れていないので思考の流通が出来ない。ここでリャストルクを掴んでしまうと敵意があると見なされて問答無用で切り掛かられてしまうだろう事は予測出来る。つまり、俺一人で打破しなければいけない。 どうする? どうする? どう答えればいいんだ?「……答えられないのか?」 更に警戒度合いを上げてしまった。少し腰を落として剣を持つ手に少し力が加わった。もう臨戦態勢に入ってしまったらしい。 ヤバいヤバいヤバい! マジでどうする!? 本当の事は言えない。実際は助けたけど、カチカ家の養子の遺体を埋めに来たって言った時点で俺への警戒度合いはマックスになる。真実だけは話しては駄目だ。真実を話さず、且つ言っても嘘だと分かり難い方便は無いか!?「………………言っても信じて貰えないかもしれませんけど」 もう、賭けだ。当たって砕けろ!「言ってみろ」 取り敢えず、弁明は訊いて貰えるらしい。だから俺は嘘を言う。この世界である筈だろうシステムを言い訳に使う。「……血が、騒いだからです」 血。つまりは『ブラッド・オープン・システム』。遥か昔の祖先の血を甦らせて体現させる方法。こう言っておけば、祖先の血が目覚める前兆だと錯覚してくれるかもしれない、と薄氷程の希望を抱いて口にした。「血、だと?」「はい。俺が寝ようとした時に、血が熱く、沸騰するかのような感覚に襲われました。それは養子に引き取ってくれた家の方を向くと一層強くなって、何かあると思って行きました。セデンさんに見付かると何かと言われると思い、魔法を使って視界に入らないようにして出て行きました」 セデンは別に口を挟んでこないので、このまま続ける事にする。「ここまで来ると、血が更に沸き立ちました。そして瓦礫の方へと引き寄せられる感覚がありました。そちらに向かうと、この子が倒れていました。呼吸も浅く、心拍も弱っていたのでこのままでは危険だと思い、周りで薬草を探し、呑ませていました」 先程俺を見付けたと言うので、俺がここに来てからの行動は嘘を報告する。こう言った方が、瓦礫を避けて云々よりも時間的経過からしても真実だと擦り込ませやすいと思ったからだ。そして真実も少しだけ加味して俺の心の動揺を誤魔化そうと変な知恵を働かせる。 この嘘はセデンが本当に今来たばかりなら通用する。けど、それ以前に隠れ潜んで、俺がボロを出す為にわざと今来たと言っていたら、もう人間として信用されない。瓦礫を避けていた瞬間を目撃されていれば尚の事。俺が養子でないと見破られる。「……そうか。で、この暗い中そこの喋って光る剣の明かりを頼りに薬草を探した、と」「はい。こいつは俺がキルリに助けて貰ってから直ぐにレガンの亀裂に飲み込まれた際に空から降ってきたんです。そして、俺を助けてくれました。名前はリャストルクって言います。この話はキルリも知っています」 リャストルクの話は嘘を吐かなくてもいい。この話で嘘を吐く理由が見当たらない。「何でその剣は喋るんだ?」「それは俺にも分かりません。でも、リャストルクからは害意は感じないので一緒にいても大丈夫だと思います。もし害意があるなら、この場で俺を唆したりしてセデンさんを襲っている可能性があります」 リャストルクは空気を読んで敢えて声を発していないようだ。きっとこの場面ではリャストルクが下手に声を出すよりも俺に一任させた方がいいと考えたのだろう。「……最後にだが、坊主は本当にシイナの養子か?」「はい。俺はソウマ。ソウマ=カチカ。シイナさんの息子です」 心が痛い。本当は後ろで横たわっている少女こそが本物の養子だ。でも、俺は嘘を吐かなければ死んでしまうかもしれない状況にいる。だから、少女の養子と言う立場を奪い取ってしまっている。この少女が起きてこの場で真実を話せば瓦解する嘘だが、延命の為に吐くしかない。少女がまだ起きないように只々願うだけだ。 最後の嘘だけは嘘だと見破られたくない。これが嘘だとばれたら、他の話も嘘だと思われてしまう。それだけこの嘘の影響力は他を上回っている。 なので、俺はセデンの眼をしっかりと見る。ぶれる事無く、臆する事無く、自分には非が無いと言い聞かせ、生き残る為に必要だと自分を無理矢理納得させ、眼をきちんと開き、堂々と、真っ直ぐ瞳の奥底を見据える。 五秒、十秒、三十秒、一分、と時間は過ぎていく。その間も目は逸らさない。「……どうやら、嘘は吐いてねぇようだな」 セデンさんが眼を閉じ、嘆息しながらそう呟く。どうやら騙せたようだ。よかった、人間としての地位を保ち、一命は取り留めたようだ。安心した所為か、肺から一気に空気が抜けていく。全身に嫌な汗が纏わり付く。「でもな、そうだとしても何で一人で来た? 夜は特に危険だって分かってるだろ? レガンやノーデムの他に夜盗も出たりするんだぞ?」 セデンが殺していた表情を怒りに歪める。あ、この世界でも夜盗はいるのか。ここでの脅威はレガンとノーデムくらいだと思っていたんだけど、考え改めないとな。まぁ、夜盗とか盗賊が出るから門があって、門番もいるんだろう。「……そうですね。失念してました」 ここは素直に謝った。「ったく。まぁ、無事だったからいいけどよ。今度夜中に血が騒いだとかなったら誰か腕の立つ奴も連れて歩けよ?」 と、セデンは剣を腰に佩いた鞘に収めると、空いた手で俺の頭を拳骨で殴る。痛い。目の前がちかちかする。蹲って殴られた箇所を両手で押さえる。けど、理不尽な攻撃ではないので甘んじて受ける。俺は嘘を吐いてセデンを納得させてしまったので、この痛みで終わった事には感謝する。 それに、セデンが俺を殴った理由は夜に一人でここまで来たからだ。この世界での成人が何歳からかは分からないけど、子供が一人で出歩いていいものではない。だから躾と心配させた罰と言う意味での拳骨だろう。 ……でも、やっぱり少しばかり前言撤回。頭いってぇ。痛いのは勘弁だよ。
『生命力:223/300』
 しかも今の一撃でも生命力が減ってしまった。ここまで来るのに確か39のダメージを受けて残りが261だった筈。それから38も減ってしまうとは。キャシーノーデムから受けた合計ダメージ(ただし、全て掠った程度)とほぼ同等の威力の拳骨とか。もしかして、セデンって強い? まあ、強くなければ門番なんて仕事には就いていないだろう。「ほら、行くぞ」 と、頭を押さえて蹲っていたらセデンが俺の肩を叩く。涙目になりながらも、立ち上がってセデンの方を見ると、セデンが横たわっていた少女を負ぶっていた。どうやら、セデンが運んでくれるようだ。正直助かる。このままにしておくのも億劫であったし、背負って歩くにも筋肉が足りない。と言うよりも今まさに筋肉痛が……。寝て起きてから現れるんじゃないの筋肉痛って? こんな惨状故にセデンが何も言わずに少女を背負ったのは俺にとっては好都合だった。因みに、セデンの頭の上にはチュン太が止まって羽を休めていたりする。 俺は動くと痛む筋肉で顔を顰めながらも、地面に突き刺したリャストルクを引き抜いて、帰路を歩く事にする。俺はセデンと横一列になって歩く。帰りはレガンとノーデムの襲撃を心配する必要は無かった。今は少女が魔封晶の欠片を持っているのでエンカウントはしない。この世界では1000歩で効果が消えるのではなく、時間経過で効果が無くなるらしいので今は大丈夫らしい、とはリャストルクの言葉。大体一年は効果があるそうだ。「……にしても、ソウマの坊主よ」 歩いて五分くらい経ってから、セデンが俺に顔を向けて話し掛けてくる。「何ですか?」「お前、血が騒いだって言ってたな?」「はい」 まぁ、嘘なんですけどね。まさかこの嘘が通るとは思っていなかった。とか心の中で呟いていると、セデンが俺の眼を見ながら言ってくる。「だから右と左の眼の色が違うんだな」「は?」 そこで何で目の色になるのだろう? 脈絡が繋がってるか?「坊主。お前、先祖の力が宿ってるんだな」「それはどういう?」「いやな。昔から、右と左の眼の色が違う奴は先祖の力が宿ってるって伝えられてるんだ。実際にエルソから北にずっと行った所にあるマカラーヌって都市には先祖の竜の力を宿している事で有名なファイネ=ギガンスって奴がいるんだが、そいつの眼も左右で違う。そいつの場合は右が金で左が紫だけどな」 まさかのキャラクターメイキングで助かっていた事実。オッドアイと『ブラッド・オープン』が関係していたとは。まぁ、俺の世界でも左右で瞳の色が違うと特別な力を有しているとか言われたりするしな。こっちでもそうなんだろう。もしあの時元の俺と同じように両目とも焦げ茶色にしていたらあの嘘は通用しなかった事だろう。よくやった。あの時の俺。「それは、知らなかったです」「何だ? 知らなかったのか?」 知らないよ。エルソの町の中を歩いても誰にも奇異の視線を向けられなかったけし。キルリも俺の眼の事には触れてこなかった。もしかしてガセネタか? と内心で疑っているぞ。「まぁ、この話自体が眉唾もんだから仕方ねぇか」 眉唾なんかいっ。ってもしかしてリャストルクも今の話は知らなかったとか?『初めて聞いたぞい』 心の応答でリャストルクも知らないと言ってくる。もしかして本当にガセではないだろうか?「俺だって小さい頃に爺さんに訊かされただけだしな。何で爺さんが知ってたのかは分からねぇけど」 セデンは昔を懐かしむように笑う。セデンのお爺さんは一体何者だろう? でもお爺さんの御蔭で疑われずに済んでいるのでいいとしよう。「で、爺さんの話だと先祖の力を宿している奴は同じように先祖の力を宿している奴と時折共鳴するんだと」「共鳴?」「ああ。何故かは知らんがな」 まぁ、両目とも同じ色のセデンは『ブラッド・オープン』出来ないのだろう。だったら知らない訳だ。それに子供の頃の話なら特にな。興味が無ければ覚えないようにするのが人間だし。 え? ちょっと待って。と言う事はつまり?「この嬢ちゃんも、先祖の力が宿ってるって事だろうよ」 ……マジですか。 セデンの言葉に冷や汗が。この少女の眼がもしオッドアイじゃなかったら、疑心が募ってしまうかもしれない。ヤバい、今も綱渡り状態だった。いや、この少女が目を覚まして真実を語っても俺の身は危ないのに変わりは無いから最初っから綱渡りをしていたんだけど。少女が口を開くよりも早く危険が訪れるだけか。 さて、本当に少女が目を覚まさないように願う。せめて、家に着いて、恐らく寝かされるだろうから。その時まで。そこまで行ったら俺はもう逃げ出した方がよさそうだ。筋肉痛でいたいけど我慢しないとな。キルリとの約束を反故する事になってしまうけど、自分の身が一番大事だし、今のうちに心の内で謝る。旅費はレガンとノーデムを倒した際に結構貯まったので心配ない。筈。駄目なら別の町へと向かう際にレガンとノーデムを狩りまくるだけだ。リャストルクがありさえすれば、一撃で葬れるからな。今の所。『じゃがのう。いくら旅費があってもそれを使って食料を買わなければ意味が無いのではないか? 今の時間じゃと何処の店も閉まっとるぞ』 ……そうでしたよ。忘れてましたよ。金があっても食べ物が無いと二〜三日で腹が減って動けなくなるよ。ここらって野生の動物は……いるだろうけど、仕留める自信は無い。襲ってくるならリャストルクで返り討ちに出来るけど、それは動きを読めないと出来ないし、逃げる相手だと脚力の差で捕まえられない。そこらに生えている木の実は毒があったら一回は毒消し草で解毒出来るけど、二連続だと終わる。生命力が無くなる。 ……どうしましょう。『逃げるにしても、明日の早朝じゃろうな。町なら朝市をやっとるじゃろう。そこでなるべく日持ちする食料を買い込み、袋も買って町を出ればよかろう』 そうだね。それしか道は無いな。……じゃあ、今日は寝ない方がいいな。もし寝てしまったら疲れ具合からして早朝を通り過ぎて昼前ぎりぎりまで寝てしまうだろう。「……ん」 とか何とか心の中で今後の予定表を書き込んでいたら、男の声ではない澄んだ声が聞こえた。……まさかっ!「お、どうやら気が付いたようだな。薬草様々だな」 セデンが背負っている少女へと視線を向ける。少女は身動ぎをしている。あ、ヤバい。目を覚ましてしまった。 もう、こうなったら今から走って逃げてみようかな? 今なら『フロストカーテン』を四回発動出来る。四回も使えるなら目を晦ませる事も出来るだろう。チュン太に追い掛けられるだろうから、そうしたら悪いけど死なない程度に叩き落させて貰おう。 よし、逃げよう。 そう決めて足に力を籠めたら、服の右肩部分の布を掴まれた。セデンにばれたか!? とも思ったが、セデンならば逃がさないように肩をがしっと掴むはずだ。だが、服だけ掴むのは何故? そう思ってセデンの方に視線を向けると、少女が俺の服を掴んでいた。 しっかりと眼を開けて。リャストルキの放つ光とセデンの持つランタンの光で、顔が照らされる。 その眼はオッドアイではなく、両目とも黒だった。



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