クロスカード~全ては願いを叶える為に~

島地 雷夢

03

 それは生き物と呼ぶに相応しくない形へと変貌した。 秋果は雨の降る公園を進み、丁度バスケットのハーフコートに足を踏み入れた時だった。空から黒く巨大な雨粒が降ってきた。それが同じ場所へと集中的に降り注ぎ、一つに固まった。 おおよそ秋果の三倍ほどの大きさになったそれの身体はどろどろとしており、黒い異形の眼を持ち、ずずずと己の身体を引き摺りながら秋果へと向かって行った。 不定形の異形が進むと、まるで酸で溶けたかのようにハーフコートが削れていく。降り注ぐ雨がその身体に触れると白煙を上げる。 この異形の身体に触ってしまえば、秋果の身体は溶解されてしまうだろう。直接触れずに剣で攻撃しても、不定形の偉業よりも剣の方が先に音を上げる。 ならば、と秋果はクロスカードをホルダーから取り出す。それは先程手に入れた【リッチー:Lv1】のカードだ。
『【リッチー:Lv1】サモン』
 秋果はプロセッサーに【リッチー:Lv1】のカードを入れ、ボタンを押して召喚する。秋果の目の前に召喚されたリッチーは相も変わらず青白い肌に人の髑髏の杖を携えている。 リッチーは背後にいる秋果は一瞥する。リッチーに視線を向けられた秋果はゆっくりとこちらへ向かってくる不定形の異形へと手を翳す。 ほんの少し前まで秋果と闘いを繰り広げていたリッチーだが、秋果の指示に従い、火焔を、氷の礫を、形ある風を生み出して不定形の異形へと放っていく。 火焔は不定形の体表を焦がし、氷の礫は不定形の身体を抉り、形ある風は進行を妨げる。 一番効力があるのは火焔であり、炙られれば不定形の異形の身体は灰煙を上げて僅かに縮んでいく。また、氷の礫を放ちその身を抉る事により、抉られた部分への火焔の効力が増す事が分かった。 なので、リッチーは火焔と氷の礫を主軸に不定形の異形を攻撃して行く。形ある風はある程度進行してきたら押し返す目的で使用している。土を盛り上げる事はしない。盛り上げても逆に攻撃の邪魔になり、更に溶かされてあまり妨害も出来ないからだ。 リッチーの攻撃は続いて行く。しかし、それは有限だ。リッチーの力が尽きるのではなく、召喚時間が不定形の異形を倒し尽くすまで持たないのだ。 およそ三分が限界だ。その間にリッチーは目の前の敵を打ち倒すべく火焔や氷の礫、形ある風を生み出してはなっていく。徐々にその姿は小さくなっていくが、それでも時間が足りない。 残り三十秒を切ったくらいで、秋果はホルダーからあるインストールカードを取り出す。それはこの階層で手に入れた新たなカード。イラストには黒い枠のカードが描かれており、そのイラスト内のカードのイラスト部分が光り輝いている。 秋果はそのカードをプロセッサーへと挿入する。
『【エナジーサプライ(小)】インストール』
 液晶の中で挿入したカードが分解されると、光となって同様に液晶に映し出されている【リッチー:Lv1】のカードへと収束する。 すると、黒ずみほとんど見えなくなっていたイラストが見えるようになったではないか。ただし、完全に黒ずみが消えた訳ではなく、サンバイザー越しに見たかのように灰色がかっている。
『【エナジーサプライ(小)】 使用するとプロセッサーにセットされたクロスカードのエナジーを少し回復する。使用すると消滅する。』
 秋果が使用したのは【エナジーサプライ(小)】。クロスカードの力の源であるエナジーを回復する事が出来るカードだ。このカードをインストールする事により、リッチーの召喚時間を延ばす事に成功する。 この伸びた時間で、リッチーは更に不定形の異形へと火焔を放ち、氷の礫を打ち込む。不定形の異形はその大きさをどんどん縮めていき、歩みも遅くなっていく。 そしてついに。液晶に映ったイラストが完全に黒くなり、リッチーが光となって消えてカードが排出されるのと同時に、不定形の異形は光となって消えて行った。 秋果は【リッチー:Lv1】のカードをホルダーに仕舞いながら、残されたインストールカードを三枚手にする。 手に入れたカードは【再生(大)】に【エナジーサプライ(小)】、そして【プロテクション:Lv1】のカードだ。
『【プロテクション:Lv1】 使用すると一度のみ状態異常から身を守るヴェールに包まれる。使用すると消滅する。』
 イラストは非常口への誘導灯や男子トイレの標識にいるような人間の絵に薄緑色の膜が覆われている物であり、更にその周りには毒々しい紫の煙が漂っている。 この【プロテクション:Lv1】を使えば状態異常を一度だけ防ぐ事が出来るようになる。つまりは、この先の階層、もしくはこの階層の強敵が何かしらの状態異常を与えてくる可能性があるという事。 秋果はじっと【プロテクション:Lv1】のカードを眺め、徐にプロセッサーへと挿入する。
『【プロテクション:Lv1】インストール』
 液晶に映し出されたカードが分解され、薄緑色の光となって秋果の体を覆う。これにより、秋果は一度だけ状態異常から身を守る事が出来る。 秋果が【プロテクション:Lv1】を使用したのは強敵に対する備えだ。万が一にも状態異常で絶体絶命な状況に陥ってしまえば目的を果たせなくなってしまう。 一度だけとは言え、それによってどのような攻撃に状態異常が含まれているのかが分かれば対処の仕様がある。チャンスがあるのとないのとでは心の持ちようや肩にかかる重荷が変わって来るものだ。 因みに、【スラッシュ:Lv1】【シールド:Lv1】【プロテクション:Lv1】と言ったLv表記のあるインストールカードは消滅条件を満たさない限り効果は継続される。スラッシュなら一度切り付けない限り光を纏ったままであり、シールドは攻撃を喰らうまで目の前に展開され続ける。このプロテクションも状態異常を喰らうまで維持される事鳴る。 その事を秋果は【シールド:Lv1】を使用した時に理解している。この階層ではもう強敵以外に状態異常を使ってくる相手はいないと踏み、事前にインストールして効力を発揮させたのだ。 秋果は公園の一角――池が存在する方へと目を向ける。 不定形の異形を倒した際、そちらの方から何か金属性の物が崩れ落ちる音が雨音に混じって聞こえてきた。恐らく、池への侵入を防いでいたフェンスが倒れた囲われた音なのだろう。 つまり、池に強敵がいると言う事だ。 秋果は池に向かう為に冷たい雨の降りしきる中、歩を進めて行く。

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