異世界トリケラロード

島地 雷夢

大切な出逢い

「……きゅ、きゅぁ……?」 ……あれ? 俺どうしたっけ? えっと……あぁ、そう言えば。毒のある奴を食べて泡吹いて倒れたんだ……よな? でも、こうして意識を取り戻したって事は、毒の影響から抜け出せたって事だ。 これはトリケラトプスの持つ毒に対する抵抗力……じゃないな。ラーテルじゃあるまいし。 流石に毒に抗体があるって発表はなかったと記憶しているし、もしあったとしても俺はまだ卵から孵ったばかりの幼い状態だ。抵抗は弱く、毒に負けるだろう。 自力で解毒出来ないとなると……誰かが俺を助けてくれた? でも、一体誰が? そう言えば、ここは俺がさっきまでいた場所と違うな。 洞穴……かな? 目の前から微かに光が漏れて、それがここを照らしている。 天井はごつごつした岩で、苔も生えている。地面も湿った土に背の低い植物が広がっている。 そして、今俺が伏せている場所には草が敷かれている。それも、地面から生えてるんじゃなく、わざわざ何処からか取って来て万遍無く敷いたみたいだ。 この草を敷いたのは、俺を助けてくれた人なんだろうな。 ……人、だろうか? そもそもこの世界に人っているのか? 人じゃない知的生物の可能性もある。 それはファンタジー世界で定番中の定番なエルフとか、ホビットとか、あとドワーフや獣人。吸血鬼とか魔族とか鬼とかもありえる。大穴として知性のあるゴブリンやオークなんて線もある。 ただ、今述べた種族は述べて行くにつれ、俺を助ける可能性は低くなっているけど。特に吸血鬼以下に述べた種族は俺を餌と見なす可能性が高い気がしてならない。 …………もしかして、解毒したのは俺を食べる為、とか? 毒のある状態じゃ自分も毒にあたる可能性があった、とか? で、毒が抜けて元気な姿を見せたら即KILLされて血を抜かれて美味しくいただかれる、とか? ……その可能性が濃厚になってきた。 逃げよう。 直ぐにこの場から逃げよう。 幸い、出口の場所はおおよそ分かる。光が差し込んでいるという事は、そこから外に出られるという事だろう。 俺は身体を起こして、逸る気持ちに任せて駆け出していく。「きゅぁっ⁉」 しかし、直ぐに足がもつれて転んでしまう。 まだ毒が抜けきっていないのか、はたまた解毒するのにかなりの体力を消費したのか、思ったよりも身体が動かしにくく、やけに頭部が重く感じる。 トリケラトプスの頭って、フリルの部分を合わせると結構な大きさなんだよな。トリケラトプスの全長は成体で大体九メートル。頭部は約二メートル五十センチくらいあって、そのうち半分をフリルが占めているんだったよな。 そして、フリルにはしっかりと分厚い骨があって、他の角竜に比べると頑丈だがその分重みがある。 更に、今は角は短いけど、成長するにつれて角も伸びて行く。確か目の上にある二本の角は一メートル八十センチくらいまで伸びるんだよな。 つまり、何が言いたいのかと言うと、トリケラトプスの頭部はかなり重いのだ。それを支える為に首の筋肉が発達していたらしいし。 体力が削られている今、頭部がやけに重く感じているのにはそのような理由が十中八九起因してる。 実際、今の状態だと頭を上げるだけでかなり体力が消費される。ぶっちゃけ、もう頭を上げたくない。 うぅむ、こうなったら這って行くようにゆっくりと前進していくか? 顎を地面に擦るような形で、やや腰を上げて後ろ脚を主に活用して這いずれば行ける気がする。肌が痛まないように、顎の下に敷かれてる草を当てればいい筈だ。 そうと決まれば、と俺はやや腰を上げ、前脚は顔の横に置いて、主に後ろ足で地面を蹴って地面を這っていく。 俺が這いながら前進すると、後ろの方で何やら起き上がるような気配がした。 そして、俺の身体は空中に浮いた。 別に蹴り飛ばされた訳でも、地面から間欠泉が噴き上げた訳でもない。 何者かに掴まれたのだ 身動き出来ずにじたばたとしたが、直ぐ様動きを止めて俺を掴んだ輩の姿が……いや、俺を咥える輩の姿が視界に入る。 それは、真っ白な犀だった。 シロサイという犀がいるのを俺は勿論知っているが、あれよりも肌は白い。純白と言ってもいい程にだ。 その白さはアルビノのような何処か病的で異質な感じがするものではなく、何処か和らげで、見ているだけで心の棘が抜け落ちて行くような安らぐ色合いをしている。 その犀の瞳の色は活力と生命力を象徴するかのような新緑を思わせる澄んだ緑色をしている。 犀が俺を咥える力は絶妙で、地面に落ちないようにしっかりと、しかし決して痛みを感じないぎりぎりのラインで上顎と下顎で俺の身体を掴んで離さない。 俺は身動ぎを一切やめて、全てを犀に任せる事にした。 俺を害するようならば、このように優しく咥える事なんてしない。もっと顎に力を咥えるとか、歯を立てるとかする筈だ。 それに、真っ白な犀の瞳からは俺に対する憎しみも怒りも、そして敵だと認識しているものではなかった。どちらかと言えば、親戚の幼子に向けるような微妙な距離感を醸し出しつつも慈しみの心を向けているかのような、そんな目をしている。 その瞳と顎の力加減から、犀は俺を害する気は全く無い事が窺える。なので、俺は犀に身を任せる。 犀はそのまま洞穴の奥へと進んでいく。すると、そちらの方からも段々と光が差し込んでくる。どうやら、こちらの方からも外に続いているようだ。 そして、犀に咥えられた俺は外に出た。 いや、外ではないな。 そこは自然が生み出した箱庭だった。 俺と犀が出た場所は他よりも高い場所であり、辺りを一望出来た。 周りは岩壁で囲われているが、天井には大きな穴がぽっかりと開いてそこから日の光が差し込んできている。 大小様々な木々が生えており、草の種類も豊富だ。小鳥が囀り、上を飛んで行く。リスが木の上に昇って行き、角の生えた兎が駆け抜けて行く。 中央には大きな池があり、畔では肩にごつい突起を持った鹿が休んでいる。 あそこは、もしかして俺がさっきまでいた場所じゃないか? どうやら、俺の卵があった場所は森は森でも箱庭の中の森だったらしい。 犀は俺を咥えたまま、階下に広がる箱庭の森へと向かって行く。 ある程度進んだところで、俺を降ろして真っ白な犀は近くに生えていた木から発破を数枚摘まむと俺の前に置いた。 見た目は紅葉に似ており、やや黄緑色で、少し触ってみると少し弾力のある柔らかさだった。 これを俺の前に置いたという事は、食べろという事だろうか? 俺が思考を巡らせていると、犀は更に紅葉のような葉を摘まむと、今度はそのまま自分の口に入れて咀嚼し、呑み込んでじっと俺を見てくる。 もしかして、毒が無いから安心して食べられると教えてくれたのだろうか? 先程の事もあったので、俺は恐る恐る紅葉のような葉を咥え、口の中に入れて咀嚼する。 ……噛みやすく、それでいて噛めば簡単に千切れて行き、特に苦労も無く呑み込む事が出来た。 味はトリケラトプスになってから食べたものの中で二番目に位置する。一番目はあのグリーンベリーだ。 この紅葉のような葉は、匂いは紅葉と同じでキャベツの芯のような柔らかな甘みがある。決してくどくなく、強過ぎず、かといって薄すぎもしない。飽きもしないで食べ続けられる絶妙なバランスの味だった。 俺は目の前に置かれた紅葉のような葉を次々と口の中へと運んで行く。犀はそんな俺を一瞥すると微かに笑った……ように見えた。

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