喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 取り敢えず、急な来訪にもかかわらず家の中に上がらせて貰えた。椿と楓は丁度夕飯を食べようとしていた時だったので、二人が作った料理が居間のテーブルに並べられていた。 今日の椿家の夕飯は銀しゃり、大根と人参と油揚げの味噌汁に法蓮草の煮浸し、鰈の煮付けに里芋の煮っ転がし、そして豚肉と生姜のそぼろだ。殆どが醤油や味噌で茶系統に色づいている。個人的には、もう少し彩りが欲しい所だが人様の夕飯に物申す程無遠慮ではないし、そもそも無遠慮を働いてお邪魔しているのは俺の方なので口には絶対に出さない。 楓に「……食べてく? 流石に鰈は二人分しかないけど」と訊かれたので丁重にお断りした。これは椿と楓の食事なので、突然の乱入者である俺が食っていいものではないからな。 その旨を伝えると「じゃあ、お茶とお煎餅でも」と番茶と醤油煎餅を出された。いきなり押しかけたのだから、茶も煎餅も頂く訳にはいかないのだが椿に「いいから食っとけよ。折角楓が出してくれたんだから」と言われた。 ……確かに、出されたものを拒否するのは失礼なので渋々首肯し、煎餅を一枚食べて番茶を啜る。「で、アリバイ工作って何だよ?」 鰈の煮つけを頬張りながら、椿が斜向かいに座る俺に質問してくる。「今日の……取り敢えず午後二時くらいから椿の家で遊んでるって事にしてくれないか?」 俺は頭を下げつつ二人に頼み込む。「どうして?」 椿の向かいに座る楓がやや眉根に皺を寄せながら尋ねてくる。「実は、ちょっとSTOに行ってる間にメールが来ててな。親戚から果物貰ったから七時頃に俺の家に届けに来るって内容だった」「誰だよ?」「中学の頃の友達だ」 俺の返答に椿と楓が顔を見合わせるが、気にせずに俺は続ける。「そいつと会わない為に、午後はずっと椿の家で遊んでてタブフォを見るの忘れてたって事にしてくれ。頼む」「いや、話が見えねぇんだけど……」 椿は箸を置き、腕を組んで首を傾げる。「中学の頃の友達なんだろ、そいつ? 友達だったじゃなくてさ」「あぁ」「……んん?」 椿の確認に俺は首肯しする。あいつは今でも友達だし、仲違いはしていない。 ただ、俺の答えに椿は更に首を傾げる結果になる。「だったら、桜花はどうして避けるの?」 楓が椿と同じように首を傾げながら質問してくる。 って、あぁ。椿が首を傾げた理由は友達なのに俺が避けるような行動をする理由が分からないからか。 別に避けては……いや、避けてるか。「……ちょっとな」「喧嘩か?」「喧嘩じゃないな」「じゃあ、何だよ?」 椿が釈然としないという面持ちで、少し目をすがめる。 流石に話さない訳にはいかない、か。 でもなぁ……出来ればなるべく話したくはないんだよな。このまま無言を貫いても好転はしないって分かってるんだが……。 …………端折って言えばいいか。省きはするけど、嘘は吐いてないから心が痛む事も気が引ける事も無い。 俺は椿と楓を交互に見て簡単に話す。「……去年の夏にな、俺は怪我したんだよ。で、そいつは怪我の原因が自分にあると思い込んでんだ」 あの時の事を思い出して気持ちが少し沈むが、頭を振って払拭して話を続ける。「怪我をしたのは自己責任なんだけどな。それでも、あいつは自分の所為だって言って聞かなくてな。あれ以来いちいち俺を気に掛けてくるんだ。それにちょっと煩わしさ覚えてな。会うのに気が引けるんだ」 まぁ、中学を卒業してから今に至るまで、向こうの事情もあって会ってないんだよな。その代わり、メールでのやり取りはしてる。でも、最後の方に俺の身体の心配をする文を打つのは止めて貰いたいな。 気にするなと言っても訊かないし、大丈夫と答えれば本当に? と訊き返してくる。しつこいんだよな……。別にあいつの事嫌いじゃないんだけど、煩わしさが生まれてきちまってる……。「怪我、ねぇ」 天井を仰いでいた椿が頭を掻きながらそんな事を呟く。「因みに、どんくらいの怪我だったんだ?」「…………」 椿の問いに、俺は無言で眼を逸らし湯気を立ち上らせる番茶を凝視する。「あ、いや。嫌なら言わなくていいから」 俺の様子から察した様で椿は慌てて首と手を横に振る。 詳しくは言いたくないけど、端折って言えばいいか。「…………入院するくらい、だな」「マジか……」 少々目を開く椿と、目をパチクリさせる楓。流石に入院期間は言わないでおく。言ったら言ったで面倒な事になりそうなので。「そう言う訳だから、会うのに気が引けるんだ。だから、頼む」「って言われても……」 再び俺は二人に頭を下げるも、椿はやや唸りながら渋る。そりゃ、承諾は出来ないよな。自分でも最低な頼みをしてるって分かってる。「……そもそも、椿と遊んでたって事にしても、その子はずっと桜花の家の前で待ってる可能性もあるんじゃない?」「あ…………」 楓の言葉に、俺はその可能性がある事を思い出す。 あいつ、下手すると俺が帰ってくるまでずっと家の前で待ってるかもしれない。俺よりも両親の方が早く帰って来てたら、その場合は家の中に招き入れる可能性ってのも……。それを考えると、アリバイ工作を働いても意味がないような……。「普通にその可能性があんのか」 椿の確認に、俺は小さく頷く。 その可能性があるなら、時間帯的にももう家に帰って会った方がいいか……。流石に夜遅くまで待たせるのは駄目だし。「……悪かった。邪魔したな」「って、帰るのか?」「あぁ」 出された番茶を全て飲んでから立ち上がり、アリバイ工作用に持ってきたDGを入れたバッグを背負い、帽子を被り直す。「ちょい待て」 居間から出て行こうとしたら、椿に呼び止められた。「俺も行くから」 椿は立ち上がりながらそんな事を言う。そして居間から出て行って台所へと向かいラップを持って戻ってくる。 夕飯にラップを掛け、味噌汁だけはその場で一気に飲み干す椿。「いや、なんか悪いからいいよ」「アリバイ工作を頼みに来た奴が言う事か?」 軽く息を吐くと、椿は楓の方を向く。「と言う訳で、楓は食い終わったら帰ってていいから」「いや、私も行くから」 どうやら、楓も来るようで既に夕飯にラップを掛け終えていた。椿と同様味噌汁だけは飲み干して。「ちょっとお母さんに言ってくるから。先に行かないでよ?」 そう言うと楓は今を出て玄関へと向かって行く。「……いや、本当にいいから」「だから、アリバイ工作を頼みに来た奴が言う事かっての」 溜息を吐く椿。流石にここまで来ると罪悪感しか湧かない。二人が俺の家まで赴く必要はない。「でもな」 更に言葉を紡ごうとするより先に、椿が先に口に出す。「桜花は、その友達が身体の事を気に掛けるのが煩わしいんだろ? 初対面の俺と楓が一緒にいれば訊いて来ないかもしれないんじゃね? それに、お前の友達ってのにも何となく会いたいからな」 椿はどうやら俺の事を気遣って一緒に行くと言ってくれたようだ。それと、多分楓も同じだ。俺は自分の事しか考えずに急に来たのにな……。椿は嫌な顔一つせずにそんな事を言ってのける。「……悪い」「気にすんなって。友達だろ? その代わり、俺とか楓が困ったら助けてくれよ?」「……あぁ」 笑いながら言う椿に、俺は約束する。「ただいま。お母さんには言ってきたから」 楓が戻ってきて、玄関から俺達に声を掛ける。「おぅ。じゃあ、行くか」 俺と椿は玄関へと向かって、外に出る。きちんと施錠を終えた椿と楓に自転車で行った方が楽だと伝え、二人はそれぞれの愛車に跨る。 さぁ、家に戻るとするか。

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