喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 額に手を当て、薄らと開けていた目をアケビ達の方へと向ける。「……いや、お前達は、もう、行ってくれ」 アケビ達の会話が耳に入っていた俺は絞り出すように行くように促す。もう、時間は一刻の猶予も無い。目の前に表示されているマップの黒いマーカーは真っ直ぐと跡地に向かっている。あそこまで辿り着いてしまったら、更にヤバい事になるだろう。 だから、俺の回復を待つよりも先に行ってもらった方がいい。サクラとリークは、俺と違って鳥に乗れるくらい回復している筈だし。「俺も、回復次第、後を追う」「でも」「大丈夫だ」 食い下がってくるアケビに吐き気を堪える事もせず、息を吐きながらそう言う。説得力はないが、これだけは譲れないな。 俺を心配してくれているアケビと視線がかち合う。逸らす事をせずに真っ直ぐに見つめ返す。「……分かった」 アケビは目を閉じ、【鳥のオカリナ】で鳥を呼ぶ。「行こう。皆」「いいのか? 今のオウカだとモンスター相手に何も出来そうにないけど」 ツバキがそう言うが、アケビは首を横に振り、若干ふらついているリトシーに顔を向ける。「そこは、リトシーに守って貰う。いいよね?」「しーっ」 リトシーはふらつきながらも了承する。「じゃあ、先に行ってる。行くよ、サクラ」 アケビはふらついているサクラを促し先に乗せ、その後にきまいらを抱えて鳥に乗る。二人と一匹が乗っても大丈夫なようで、鳥は力強くはばたいて下半身が蛇となりラミアのようになった神子―の場所へと飛んで行く。フレニアも後を追っていく。「…………本当にいいのかよ?」「あぁ」 眉に皺を寄せるツバキに目だけで早く行けと伝える。「……分かったよ。ただし、リークは置いてくからな。リトシーだけだと攻撃手段に乏しいからな。リークもそれでいいか?」「しーっ」 リトシーよりも早く普通に戻っているリークが頷く。「ほら、俺達も行くぞ」「……本当、御免なさい」 シェイプシフターを元の場所に還したカエデがまた俺に謝り、二人は【鳥のオカリナ】で呼び寄せた鳥に跨り去っていく。「…………」 ここに残されたのは俺、リトシー、リークだけだ。「……さて、と」 俺は皆が飛び立ってから二十秒くらい経ってから【鳥のオカリナ】を使って鳥を呼び寄せる。 未だに酔いは醒めてなく気持ち悪いが、無理矢理体を起こしてリトシーとリークを鳥の背中に乗せていく。「「しー?」」 まだ本調子じゃないのに大丈夫か? と言った視線を二匹は向けて来るが俺はそれに弱々しく笑うだけだ。「頼む」「ピー!」 俺も背中に乗り、鳥に飛んで貰う。 向かう先はラミアが地上へと出てきた穴。 鳥は穴の中へと入り、そこから入り込む光だけで照らされる空間へと降り立つ。 鳥の背中から転がり落ち、回復した分そのまま酔いに戻りながらも直ぐにメニューを開いて生命上薬を使用する。 使用する相手は俺の直ぐ隣りで浅い呼吸をしている白髪の老人――カウロだ。使用する画面で名前がそう表示された。カウロとは神子が言っていた名前だ。つまり、この老人こそが鬼神。百年もの年月は相応に老いていったと言う事か。 生命上薬がカウロに振り掛けられ、恐らくこれである程度は大丈夫だろう。そちらを見て確認出来ず、酔いを醒ます事を優先させる。 リトシーとリークが俺の額と目に葉っぱを当ててくる。それが少しひんやりとして気持ちがいい。「……どうして、助けた?」 カウロが当然の疑問を口にする。俺は顔も向けずに囁き声で答える。「お前にも、後始末、付けさせる、為だ」 浅く息を吐きながら、カウロに言い聞かせるように言葉を紡ぎ出す。「自分の、蒔いた、種に、責任を、持て」 死んで責任逃れをするのは俺が許せない。他人を巻き込み、勝手な事をするだけして何処かに行くのだけは、どうしても許せない。「…………私は」 ぽつり、ぽつり、と。「生まれた時から魔力が存在していなかった。魔法が使えないどころか、成人しても翅を動かして自力で飛ぶ事も出来ない。セイリー族は魔法を多用する種族だからな。使えなければそれだけで格下扱いだ」 カウロは淡々と語っていく。「誰もが私を魔法の使えない能無しと馬鹿にし続けた。両親でさえも私を庇う事はしなかった。同年代の奴等には虐められた。集落に私の居場所は存在しなかった。それでも、唯一私を――俺を蔑まず、馬鹿にもしなかった者がいた。それがフラトだ」 フラト――それは神子の名前か。カウロは昔を懐かしむように少しだけ声を和らげ、口調が変わる。「フラトは俺とは違い莫大な魔力を有してこの世に生まれ落ちた。生まれた時から俺とは真逆の待遇を受けていたフラトは、囲まれて虐められていた私を何度も助けてくれた。それこそ、一声で散って行ったな。魔力がある無しは関係ない。困っている人がいれば私は助ける。フラトが何時も言っていた言葉だ。フラトは本心から人の為にと行動していた。その分自分を犠牲にしていても。自分の事なんて二の次だった。どんなに些細な事でも、わざと困った振りをしていると分かる輩の頼みでも、無理難題を押し付けられても、フラトは全てに手を差し伸べた。自分が利用されていると気付いていても、無碍にはしなかった」 カウロは歯をギリリと鳴らす。「だから、あの日。スケアリーアングールが襲撃して来た時も、フラトは常に魔法を放ち続けていた。回復の魔法に身体能力向上の魔法を常に。十晶石の加護が無ければ、セイリー族と体格差のあるモンスター相手はかなりキツイものがあるからな。戦いに赴く者が少しでも楽になるように、負傷して帰ってきた者の傷を癒す為に、眠る間も惜しんで、掛け続けた。フラトの何時もの行いが影響して、内心でそうするのが当然だと思っている者ばかりで、フラトに休みなんてやらなかった。フラトの他に回復、補助を掛ける事が出来る者がいても、だ。誰も彼もが、フラトに縋りついた」 伝承とは違う事がカウロの口から語られる。訊いた話ではカウロとフラトの二人にだけ任せておけないから応戦していたそうだが、現実は違い、フラトに頼り切っていたらしい。「だから、全てが終わった日、疲労が溜まり、精神もすり減っていたフラトは本来なら防げる筈だったスケアリーアングールの一撃を喰らい、致命傷を受けてしまった」 俺はゆっくりと顔を傾け、カウロを見る。「俺は――もっとフラトに生きていて欲しかったんだ」 切なく、そう呟くカウロの目尻に涙が溜まる。「俺は最初こそフラトを忌み嫌っていた。自分と真逆の立ち位置にいたんだ。逆恨みしないとそれこそ当時の俺は精神が持たなかった。けれど、フラトは何度も敵意をむき出しにする俺に何度も手を差し延ばしてきた。馬鹿かと思った。が、次第に俺の中からフラトを妬む感情が薄れて行った」 目を閉じると、涙が溢れて伝っていく。「次第に話していくと、フラトの為人が分かっていった。彼女は優しい。こんな俺でも馬鹿にせず、虐げず、蔑まずに接してくれる。自分の出自とは関係なく、俺個人を俺として見てくれている。俺と普通に話をしてくれる。俺と一緒に笑ったり、泣いたり、ふざけ合ったりしてくれる。俺はフラトのそう言う所に惹かれていった。俺は、フラトの為になるようにと体を鍛え、馬鹿にされ、いい加減に教えられても武術を身につけた。肉体的疲労だけでも彼女の負担を軽くしたかった。襲撃のあったあの日も、少しでもフラトが回復魔法を発動する回数を減らす為に俺は前線に立ち続けた」 カウロは一息吐くと、僅かに顔を歪める。「……なのに、彼女は死んでしまった。最後の最後、自分の命を犠牲にして俺に力を託して。襲撃が終わり、フラトがいなくなった虚無感にさらされ俺は集落を後にし、放浪していた。何十年か無心で放浪しているとある遺跡に迷い込んだ。そこには死者を復活させる禁術が記された石碑が眠っていた。俺はそれを偶然目にした瞬間、胸に開いた孔に風が吹き込むような感覚に襲われた。この術を使えば、フラトを生き返らせる事が出来る、と」 カウロの話を自分の意思で集落からいなくなったと言うよりも無意識のうちにいなくなったように思える。フラトとの様々な思い出が詰まった場所。楽しい時や別れの時を思い出してしまう場所。少しでも現実から逃避する為に集落から遠ざかったのだろう。その先で、禁術を見付けてしまった。「フラトが生き返る喜びが胸を占めていたが、次第にどうしてあの時フラトが死ななければいけなかったのかと疑問に思うようになり、彼女をあそこまで疲弊させたセイリー族を憎悪するようになった。そもそも、あいつらがいなければフラトは自分を犠牲にする事は無かった。彼女の恩恵を当然のように捉えていたあいつらがいなければフラトは死ぬ事は無かった。と」 鬼神と呼ばれ、英雄扱いされたカウロがセイリー族を憎むようになった原因は幼少の頃の影響もあるのだろうが、それよりもフラトをいいように利用し続けた事の方が大きいようだ。「俺はあいつらを根絶やしにする為に、彼女を利用した報いを与える為に禁術の贄としてセイリー族を選んだ。だが、万が一に備えて禁術の応用で傀儡を作り出し、魔力を持たないモンスターも集め、クルルの森に放した。莫大な魔力とフラトの魔力を取り戻す為に幻人を狩り幻塊を作った。瘴気を得る為に未練の残っていたスケアリーアングールをアンデッドとして甦らせた。そして、今日。ようやくフラトを生き返らせる準備が整った。なのに……彼女は生き返らなかった」 深く息を吐くと、カウロは俺の方に顔を向ける。その顔は後悔と落胆に満ちた表情をしていた。「…………俺は、何をやってるんだろうな。多くを犠牲にしてまでフラトを生き返らせようとした結果がこれだ。彼女の体は仇敵の魂を取り込み、化け物になってしまった」 カウロはゆっくりと俺に手を伸ばし胸倉を掴んでくる。「どうして? どうしてだよ……? 俺はただ、もっとフラトと一緒にいたかっただけなのに……」 弱々しく呟くカウロに、俺は胸倉を掴んでいる手をそっと離す。カウロの上体を起こし、俺も立ち上がる。 そして、カウロの頬を全力で殴る。酔いから完全に回復し、体調も万全で体重移動もバッチリな一撃が、フラトの頬に吸い込まれるように向かい、当たると同時にカウロは倒れる。「自分を悲劇の主人公みたいに言うな。お前はただの自己中心野郎だ。多くを巻き込んだお騒がせ野郎だ。虫唾が走る。苛立ちが募る。自分が引き起こした事の重大さを身を持って知れ。自分の犯した罪にきっちり向き合って清算しろ」 冷たく、カウロに言い放つ。少しは同情するが、かと言って許される事をしていない。結局は自己満足の域から出ないままだった。本人しかよいと思っていなかった。だから、カウロのしようとしていた事はエゴでしかない。 俺はカウロを担ぐと、そのままそこで待機したままだった鳥の背中に放り投げ、後に続いて俺も乗る。リトシーとリークも順々に飛び乗ってきたので優しくキャッチして抱える。「だから、お前には全ては無理だとしても責任を取って貰う。死ぬとか言うなよ? 死ぬのはただの責任逃れでしかないからな。ある程度当事者達が納得の行く終わりへと持っていけ。……あと、死ぬと頼みを訊けなかった事になる」 鳥が羽ばたき、上昇している中、俺はカウロに一方的に言う。「こんな人に迷惑しかけない大馬鹿な事を仕出かしたお前を助けて欲しいって言った人がいるんだよ。そう頼んだのは神子――フラトだ。フラトは魂だけになっても俺達の前におぼろげな姿で現れ、切実に頼んできたんだ。だから、その人の頼みがあるから、お前はまだ死なせない。今お前が死ぬ事をフラトが望んでいない筈だからな。フラトはお前にただ生きて欲しかったんだよ。余計な事をせずにな。フラトにとってもお前は特別だったんだよ。だからお前が生き残れるように身を捧げたんだろ。その気持ちを無碍にしたお前だけど、それでも心配してたんだよ。だから俺は……少なくとも俺だけかもしれないが、頼まれたからこんな事を引き起こしたお前を助ける努力はする。勿論、何度も言うが責任は取って貰うが」 個人的な解釈もあるが、それでも完全に間違っては無いだろう。悲劇の主人公ではないが、悲劇の中の登場人物である事に変わりない。イベントの悪役であるだろうが、それでも完全な悪ではない。エゴで動いていたが、それでも自分以外の為に動いていた。完全に悪で、自分の為だけに動いていたならこんな事は言わない。たった一人でも他人を想いやる事が出来たから、俺は無理矢理にでもそう結論を出す。 一方的に言い終えると、カウロの肩が僅かに震えていた。



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