喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

another 03

 暗い。 暗い。 全てが黒に染め上げられている。 眼球が収められている筈の右目でさえも、光を感知出来ない。 眼球が腐り落ちた左側には、吐き気を催す程の森の清い風が入り込んでくる。 それが苦痛でならない。土に埋まっている時には感じられなかった堪えがたい痛み。 他にも、肉の削げ落ちた箇所から体内へと入り込み、骨を溶かすかのような清純さ。口内を爛れさせ、舌の動きを麻痺させる聖。死した体で嫌と言う程に感知させられる溌剌とした生気。それらが体を蝕み、内面を更に黒く染め上げていく。 それでも、腐り骨の露出した大蛇――スケアリーデッドアングールは執念の下、動く。 全ては百年前に我が身を打ち滅ぼした妖精を根絶やしにする為。 全ては百年前に手に入れる事が出来なかった秘宝を手中に収める為。 自らの宿願、復讐の下一度落とした命がどのような因果か再び我が身に舞い戻り、達成せんとする。 手始めに、スケアリーデッドアングールはこの神聖なる森の空気を自らの体に心地よいものに変えるべく、体内から瘴気を発生させる。 小動物、はては【縮小化】の呪いを受けているモンスターでさえも、その瘴気に触れる事を拒み、方々に逃げていく。本能から、この薄気味悪い霧に触れてはいけないと悟ったのだ。 この瘴気は生前スケアリーアングールが体内で生成していた毒が素となっている。その毒素に死して腐敗した肉の腐臭、死臭、死して尚も蓄積され続けた魔力が合わさり瘴気として昇華された。 瘴気は死した者には力を与え、居心地のよい快感を与えてくれるが、命あるものには苦痛と、力を削ぎ落される魔の霧と化している。全ては自身の体の為、そして憎き妖精への報復の第一歩として瘴気を生み出し続ける。 瘴気は薄まる事を知らず、着々とクルルの森を呑み込んでいく。「……百年もの昔に打ち倒された大蛇よ」 瘴気を生み続けるスケアリーデッドアングールの耳に、声が入り込む。「さぞかし、憎かろう」 それは腐骨蛇にとって虫唾の走る言葉である。「成仏も出来ず、この世に残された怨念よ」 それは腐骨蛇にとって悪寒の走る言葉である。「さぞかし、つらかろう」 それは腐骨蛇にとって蜜に浸るような言葉である。「その恨みつらみを、あいつらにぶつけてしまえ」 様々な負の感情、そしてそれとは相反する感情が綯い交ぜになる不思議な声。「百年もの間ただ独りで受け続けた苦痛をぶつけてしまえ」 決して、心地のよい響きではない。 しかし、スケアリーデッドアングールはその声に逆らう事はない。「だが、お前の力は生前よりも大分こそげ落ちてしまっているようだ」 いや、逆らう事が出来ない。 どういう訳か、この声が聞こえ始めてから、体の自由が利かなくなってしまっている。「その程度の力では、報復なぞ出来ないだろう」 声は正しい事を述べている。生前ならば埋められた体をいとも容易く地表に出す事が出来ただろう。しかし、一度死した身では脆くなり、無理に動かそうとすれば分断され惨めな姿をさらしてしまう事になる。力だけならば生前よりも遥か上なのだが、他――耐久、敏捷、魔法性能、そして知性。それらにおいては格段に劣ってしまっている。 言葉を理解する機能は残っている。それにより自身に訪れる感情の本流を察する心の欠片は残っている。が、それに反応する機能を損失し、感情を顕わにする心の大半が瓦解し、自らの意思を言葉にする術を失い、知性の欠片も無くし、ただ本能の赴くままに動くだけの存在と成り果ててしまっている。 三千もの配下を従えていたスケアリーアングールは、ここまで変わってしまった。執念、復讐、宿願。それだけで動く死した体。そこには生前のプライド、信念は欠片も残されていない。「そこで、私がお前に力を分け与えよう」 ふと、スケアリーデッドアングールの体に魔力が流れ込む。百年も溜めていた自らの魔力の数倍もの密度の魔力が体を満たし、生前と同等……いや、それ以上の魔力で溢れる。それにより上級アンデッドとしての能力が使えるようになる。「さぁ、これで以前の配下をこの世に喚び戻す事が出来るだろう」 無意識のまま、腐骨蛇は身体から腐肉と魔力を合わせて自己増殖させた液状の肉を体中の穴と言う穴から放出する。 その肉を媒介とし、黄泉の世界に幽閉されている配下が現世へと舞い戻る。その数はまだ千にも満たないが、時間を掛ければ配下全てをこの世へと喚び戻す事が出来る。 死の淵から舞い戻った腐骨蛇の配下は、己が主に影響され物言わぬ傀儡と化し、ただひたすら瘴気と共に多数の生気で満ちる妖精の集落へと侵攻していく。「私達の願いを成就させる為の先兵を生み出し、火種を撒き散らせ」 声が完全に消え去ると、自由が戻った体で次々と配下をこの世に喚び戻していく。


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