喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 結局、ケーキ作りのノウハウのある俺が指南しながらのケーキ作りとなった。リトシーとファッピーには別の用件を言い渡し、そちらに赴いて貰っている。 とは言っても、俺もケーキ作りはしていないからな。俺がやれる事はメレンゲ作りだな。STO初日でコツは掴んだのでつつがなく出来るようにはなった……筈だ。 で、サクラとアケビと向い合せになるようにメレンゲを作っている俺は、ついと二人の方を見やる。「……大丈夫か?」「大丈夫、です」「平気」 二人はそう言いながらひたすらに卵白を混ぜている。同時に初めた俺の方は既に角が立っている。二人は白くなっているが全体的に水っぽい。まだ砂糖を入れてないからその影響ではないのだと思うが、だとしたらリズムの問題だろうか?「痛くはないですが、結構疲れます」「右に同じ」 ガッチャガッチャと不規則に手首と肘を固定し、肩を回してやりづらそうに泡立て器を動かす二人。 それは俗に大丈夫ではないのではないか? まぁ、ケーキ作りをしていなくても、メレンゲ作りは現代ではハンドミキサーが主流で、そちらの方が疲れず短時間で出来るからな。あまり泡立て器片手に自力で卵白を泡立てると言う事をしないだろう。 恐らく、その差がこう現れている気がする。 一応二人の努力は買うが、このままだと下手をすると角が一生立たない卵白の完成となってしまうだろう。流石に、ここは適材適所とした方がよさそうだ。「……予定変更。卵白は全部俺が混ぜるから、お前たちは黄身とバターと小麦粉、砂糖をひたすら混ぜてろ」「……はい」「……分かった」 二人は肩を落とし、肩を軽く揉みながら卵白の入ったボウルを俺の前にずずいと押して寄越してくる。まぁ、練習あるのみだからこのまま続けさせてもよかったのだろうが、それなら……あの喫茶店で二時間ひたすら卵白なりメレンゲなりを泡立てていればいい。 今回の目的はケーキを作って食べる事だ。失敗前提で動いてはいけないきがしたので、ここは戦力をきちんと配分した方が皆の為だろう。「じゃあ、アケビさん。僕達は生地の方を作りましょう……」「そうだね」 やや顔に陰を落としながらも横に置いていた卵黄入りのボウル二つをそれぞれの前に持っていく。 あ、その前にやって貰う事があった。「悪い、生地作る前に型にバター塗ってくれ」 先にそうしておいた方が手間が省けるだろうと思い、サクラとアケビにケーキ型にバターを塗って貰う事にした。何でもこうしないと生地がへばり付いて綺麗に取れないらしい。 だが、全部のケーキ型にバターを塗っては駄目だ。「そのシフォン型にだけは塗らないように」 サクラが危うくバターを塗りかけたのでストップをかける。「何か、シフォン型は粗熱を取る時に逆さにするから、取れやすくするとそのまま落下してべしゃっとなるらしいからな」 逆さにするのは何でも自重でケーキがしぼまないようにするからだとか。 アケビは普通のケーキ型だけでなくシフォンケーキの型も買ってきており、折角なのでシフォンケーキも作ろうと言う事になった。「分かりました」 サクラはシフォン型から手を離して残りのケーキ型にバターを塗っていく。 今回用意されたケーキ型はシフォンケーキのものも合わせて三つ。それら全てを使ってケーキ作りとなる。 型にバターを塗り終え、今度こそと二人は黄身を混ぜて液状にしていく。 そこに砂糖を加えて行き、やや白っぽくなるまで混ぜていく。この作業なら失敗する要素が少ないので見なくてもいいだろうと自分の作業にのみ目を向ける事にする。「で、バターを加えて」 サクラが小さめのボウルに入った溶けて液体となったバターを加えたようだ。きちんと混ざるように泡立て器を必死に動かしている音が俺の鼓膜を響かせている。そこまで必死になって動かさなくても大丈夫なのだが、まぁ、いいか。俺は気にせず自分の仕事に集中してメレンゲを作る。「……バターない」 が、どうやらサクラは分量を間違えたようで、小さめのボウルに入っていた溶かしバターを全部投入してしまったようでアケビはぼそりと呟いた。顔を上げて確認すると、確かにバターが全部なくなっていた。あれって確かケーキ三つ分の分量だったから相当な量の筈だが。「あっ、す、すみません……」 自分の失敗に気付き、体を縮こませながら謝るサクラ。「気にするな。卵白加える前の生地の状態の奴を一度全部合わせてまた分ければ分量は等分になる」 と俺は言ったものの、これは俺がボウル一つずつに溶かしバターを用意しなかったのが悪い。なので俺は謝るが、何故かサクラとアケビは俺の所為じゃないと口を揃えて行ってくる。いや、俺の所為なのだが……。「兎にも角にも、私はまずバターなしの生地を作る。その後に全部の生地を合体させよう」「は、はい」 アケビはボウルに入ったままの小麦粉をそのまま投入しようとしたので慌てて制止させる。「おい、小麦粉はきちんと篩に掛けながら入れろ。そうしないとダマになりやすいらしい」 レシピ本(STOのアイテムではなく現実のもの)を以前に見た時そう書いてあった。まぁ、お好み焼きの生地を作る時にそのまま小麦粉を投入してしまったらダマがたくさん出てそれを無くすのに苦労した経験がある。ケーキ生地も同じなのだろう。「分かった」 俺の言葉にアケビは頷いて小麦粉を篩に掛けながら混ぜた卵黄へと振り掛けていく。「…………やり過ぎた」 だが、アケビはサクラと同じく分量を間違えたようだ。小麦粉の量が凄く減っている。およそ四分の三は消費したな。「大丈夫です。最後に全部混ぜるんですから」 と自分も同じような失敗をしたサクラは肩を落としているアケビを励ます。「まぁ、これも俺がそれぞれ分量ごとに分けなかったのが悪いか」「「悪くないです」」 で、また否定される訳だが、普通は俺が悪いだろう。 …………今更ながら思うが、この生地、最初から大きいボウルで一緒くたに作った方が効率的だったか? 本当に今更だが、こうなるとそうした方がよかった気がしてならない。 だが、そこまで大きなボウルがこの場に無いので、結局その案は実行される事は無かっただろうし、今変に水を差すような言葉を発してはいけない事だけは分かるので俺は黙々と卵白を混ぜ続けるとしよう。 アケビは小麦粉が全部混ざるように力強く泡立て器を動かしていく。粉が溢れて辺りに少々飛び散っているが、気にしないでおこう。分量は多少減少しても大丈夫な筈だし。「じゃあ、残ったこっちの方も混ぜましょう」 サクラが残った僅かな小麦粉を篩いながら混ぜ、それを終えると最後に残った三つ目のボウルの卵黄を混ぜていく。「砂糖投入ー」 自分担当の生地づくりを終えたアケビが砂糖を投入していく。「で、これを全部一気に混ぜ……どうする?」「どうしましょう?」 流石にボウルの大きさが足りない事に気付いたサクラとアケビは首を捻って考えている。 結局、空いたボウルもフル活用で何度も生地を往復させてどれもこれも似たような柔らかさになるようにした。もう少し効率的に分け方があったのではないか? と思わないでもないが、折角二人が必死に挽回しようとしていたので口は絶対に挟まない。 俺の方もメレンゲ三つ分が完成したので、二人が作り終えた生地に混ぜていく事とする。「じゃあ、このメレンゲを少量……泡立て器で掬った分をそっちの生地に混ぜて少し緩くするぞ」「分かりました」「了解」 先にメレンゲを少し加えおく事で、全体にメレンゲを馴染ませやすくなるそうだ。 メレンゲを掬い、生地に投入して混ぜていく。底の方を穿り返すようにしないと、下に混ざらず残ってしまうらしいので。「で、混ぜ終わったら今度はメレンゲの方に生地を流し込む。混ぜる時はヘラを使って底から持ち上げながら回すように」「「はい」」 メレンゲに生地を流し入れ、ヘラで混ぜていく。意外とよく混ざらないのできちんとやらないと焼いた時に生地とメレンゲ部分でマーブルになり、食感も違ってきてしまうだろうな。 と思いながら三人とも生地を混ぜ終え今度は型に流し入れる作業へと移行する。生地を流し入れたら表面が平らになるようにヘラで均し、揺すってから軽く持ち上げて何回か落とす。こうする事によって生地を流し入れる時に入ってしまった無駄な空気を抜く事が出来るそうだ。「さぁ、石窯に入れるぞ」 型にも流し終えたので、いよいよ焼きに入る。「リトシー、ファッピー。そっちの準備はいいか?」「しー」「ふぁー」 石窯の前にいる二匹は頷いてOKサインを出してくる。 リトシーとファッピーには石窯に火をくべて貰った。リトシーの【初級木魔法・補助】の木のドームを解体して燃料とし、石窯に投入してからファッピーの火で着火。そのまま二匹に様子を見て貰い、足りなかったら燃料と火の補充を任せていた。 その準備も終えたようなので、石窯へと型を投入して扉をきちんと閉める。燃料に使用し木材は取り出してない。ここは森の中なので、そのまま出してしまったら燃え移って火事になりかねないと判断したからだ。まぁ、ここはゲームの中なのでそうなる確率は低いだろうが、念の為だ。 焼く時間は三十分前後。大体そのくらいで焼ける筈だ。レシピ本にもそのような事が書いてあったし。 で、焼けるまでの間俺達はデコレーションの生クリームを泡立てたり、苺のヘタを取ったり、蜜柑の皮を剥いたりとしている。生クリームは俺が担当し、残りはサクラとアケビが行う。苺のヘタを取りながらサクラはリトシーに時折食べさせ、アケビは外側の皮を剥き終わった蜜柑の房をファッピーと一緒に食べながら内側の皮も向いて行く。「…………全部食べるなよ?」 一応、釘を刺しておく。 で、わいわいと作業を進めながら三十分が経過した。 石窯の扉を開けて中からケーキを取り出す。 最悪の事態――黒焦げにはなっておらず、焼き目がきちんとついている。一応串を刺して生焼けではないかを確認する。 生の生地がどれも引っ付いてこなかったので、どれも中まで火が通っている。「…………」 が、サクラの表情は暗くなっている。 その理由はサクラが混ぜて型に入れたスポンジケーキだけが膨れていなかったからだ。「…………大丈夫。私のもそんなに膨らんでない」 と、アケビも自らが混ぜたスポンジケーキを前に持って来てサクラを励ます。確かにサクラのスポンジケーキよりも膨らんではいるが、それでも想定していたものよりも膨らんではいない。 恐らく、二人共メレンゲに生地を投入して混ぜる時に気合を入れ過ぎたのだろう。混ぜる事は大事だが混ぜすぎてはいけない。混ぜすぎるとメレンゲの泡が消えてしまい、焼いた時に膨らまなくなってしまうそうだ。「……まぁ、最初なんだから気にするな」 俺はそう言いながら自分の担当したシフォンケーキを逆さにし、リトシーの作り出した木のドームの成れの果てとなった木の枝(根?)を一つ折ってそのまま地面に突き刺し、そこにシフォンケーキを逆さにして穴に嵌めるように固定させる。これでいいだろう。「あと、ずっとそのままだと折角のケーキが水を含んでぐずぐずになるから型か外して粗熱を取っとけ」 俺の言葉で二人はわたわたと用意した網の上に型から外したスポンジケーキを乗せる。 粗熱を取り終え、俺の指示の下サクラとアケビは上下に二等分をするように切り、断面に生クリームを塗ってくりそこにそれぞれ苺と蜜柑を乗せていく。切り離した残りの部分を乗せて全体に万遍無く生クリームを塗り、上の方にも綺麗に盛り付けを行っていく。絞り袋が無いので、生クリームは塗るだけとなってしまったが、最初からそこまで凝る必要はないだろう。 俺の方はシフォンケーキをナイフを使って切り離し、皿の上に乗っける。俺の方はまぁまぁ膨らんでいて、シフォンケーキに見えなくもない出来となっている。初めて作ったにしては上出来だろう。
『シフォンケーキが出来た』
 調理を終えると、例のウィンドウが表示され、光となって胸の中に仕舞い込まれる。
『苺のショートケーキが出来た』
『蜜柑のショートケーキが出来た』
 サクラとアケビの前にも同じウィンドウが表示され、俺と同様光となって体へと仕舞われていく。 調理台の上に取り分け皿とフォークを用意し、完成したケーキを実体化させて並べる。 アイテム欄から取り出した事により、まだ生暖かさの残っていた状態から冷えた状態へと変化していた。流石はゲームだよ。「じゃあ、食うか」「……ですね」「うん」「しー」「ふぁー」 サクラはまだ尾を引き摺っているのか沈みながらの返答だったが、俺達は声を合わせて「いただきます」と手を合わせる。リトシーとファッピーは手を合わせられないから泣き声だけを上げたが。 それぞれが作ったケーキを五等分にして皿に分けて食べていく。 まず、サクラの作った苺のショートケーキをリトシーへと食べさせる。「しーっ♪」 リトシーは口をもごもごとさせながら飛び跳ねる。お気に召す味のようだ。 俺も自分の口に苺のショートケーキを運び、咀嚼する。「うん。旨いぞ、これ」 お世辞ではなくそう思う。確かにスポンジは膨らんでなくてずっしりとしているが、それはそれでいい食感となっている。生クリームも塗り過ぎておらず、苺も程よく中で散りばめられており、クリームの甘さと苺の甘酸っぱさの味のバランスが整ったものとなっている。「……ありがとうございます」 サクラはそう言うとアケビの作った蜜柑のショートケーキをフォークで切り分けてファッピーの口へと運んで行く。「ふぁー♪」 ファッピーはアケビに向けて胸鰭をパタパタと動かして何かサインを送っている。多分、美味しいとでも言っているのだろう。「ありがとう」 きちんとアケビに伝わったようで綻びながらアケビはファッピーの頭を撫でる。 俺もリトシーに上げてからアケビの作ったケーキを食べる。 こちらのスポンジは少し膨らんでいる所為かずっしりともふっくらとも言えないどちらつかずの食感だが、それが蜜柑の感触と相まって面白いと個人的に思う。 アケビはサクラと違って生クリームを大量に塗ったくっていたが、これはこの蜜柑がかなり酸っぱいからだろう。その酸っぱさと両立出来るように調整をした結果がこれだろうな。あれはつまみ食いではなくどのような味がするのか確かめていたのか。「うん、こっちも旨い」「ありがとう」 アケビはそう言いながらシフォンケーキを口にする。「……ふんわりしてる」 感想はそれだけだった。まぁ、生地自体は二人のそれと同じだし、デコレーションなぞ全く無いからな。感想と言えばそれくらいしかないか。「ですね。オウカさんが混ぜたケーキはふんわりしてます」 サクラもファッピーに食べさせた後に口にして、同様の感想を言ってくる。 俺もリトシーの食べさせてから自分のを食べる。確かに、他の二つに比べるとふんわりとしていて口当たりが柔らかい。味も甘過ぎず素朴と言うのが一番しっくりくるか? まぁ、本職の人が作るケーキよりも味も食感も劣るのは分かるが、自分で作ったものだからその分思い入れがあるのかより旨く感じる。勿論、サクラとアケビの作ったものの方が旨いがな。 俺達は自分達で作ったケーキを食べながら、今後ケーキを作る時の課題、そしてイベントに向けての話し合いを行ってその日はログアウトした。 モンスターと戦わず、のんびりとした一日だった。こういう日も本当に悪くないな。心が和む。 現実世界へと戻ったのと同時に、以前に家族全員でキャンプ場でカレー作ったり飯盒で御飯炊いたりした時の事を思い出した。あの時も心が和んだな。 ……だが。あれは何時の事だっただろうか? まぁ、昔の事だから朧げにしか思い出せないのは仕方ないだろう。 俺は頭を振ってDGを外し、夕飯を作る為に自室を出て行く。

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