喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 さて、今日は何やらサクラとアケビの二人で作ったものを披露してくれるそうなので楽しみだ。二人は何のスキルを上げていたのか分からない為、どのようなものを製作したのかも不明だ。 俺の予想としては、防具ではなかろうかと思う。火を扱うエリアにいた事だし、鍛冶でもしてプレートのある籠手か胸当てとか、ファンタジーでよく見かける奴を作っていそうだ。 折角のVRゲームなのだから、現実では専門の職人でないと出来ない事をするだろうし、その中で真っ先に思い浮かんだのがそれだった。あながち間違いではないと思う。 ……が、俺の予想は全く掠りもせずにハズレだった。「……何だ、これ?」「石窯です」「石窯」 二人揃ってそうのたまった。 集合場所として何故かモンスターの出現するクルル平原の草むらで、アケビがメニューから呼び出したアイテムが俺の目の前に聳え立っている。 継ぎ目が薄らとある白くて卵型の物体。側面に車輪が一つずつついていて引いての移動が可能。大きさは昨日の単眼蛙と同程度か。後ろに恐らく食材や燃料を入れるだろう大きめの口、そして引く側にある小さめの口三つは恐らく火力調整用の通気口、もしくは火の継ぎ足し用として機能するのだろう。どちらにも金属製の扉が付いている。「デカくないか?」「いっぱい作れるようにしたんです」 と胸を張って答えるサクラ。いや、そんなに作ってどうするよ? 料理アイテムにも所持制限があるんだから沢山作っても意味無い気がする。「……で、昨日作ってたのはこれ、と」「はい」「うん」 異口同音で肯定するサクラとアケビ。「しーっ!」「ふぁーっ!」 で、その石窯の上にリトシーが乗っかって飛び跳ねている。それは玩具じゃないから遊ぶなよ。あとファッピーもはしゃいでいる。ファッピーには先程昨日の事を謝ったが、気にするなと言わんばかりに左の胸鰭を左右に振っていた。「……まぁ、何だ」 俺は頭を掻きながら視線を石窯からそれを製作した女性二人に向き直す。「これ作った意図は?」「大きいのを作った方がスキル経験値が溜まる」 アケビがあっけらかんと言ってのけた。「それだけ?」「いえ、それだけではないです」 サクラは首を横に振ると、そのまま石窯の軽く叩き俺へと目を向ける。「これがあれば、何時でもケーキを焼く事が出来ますっ」 両手の拳を握り顔の前に持ってくるサクラ。「…………あー」 そう言えば、最初の方に約束してたな。今まで忘れてしまってたが、ケーキを作るって。気が向いたらとは言っていたが、サクラは五日くらい経つと俺の木がそちらに向くと思っているようだ。「でも、幾らデカくても焼く時は少量ずつの方がいいんじゃないか? 火の通り具合だって場所によって違う訳だし」 実際、一度に焼いてしまえば黒焦げと生焼けのケーキが絶対出てくる。そうならないように一個用の小さい窯と言うかオーブンでも作ればいいような気がする。「その点は問題ないと思う」 と、アケビが窯の蓋を開ける。「中を見て貰えば分かるけど、上段と中段、下段に分けている。それぞれの場所で火をくべて、熱を内部と石に籠らせる構造」 確かに中では石? で出来た仕切りで上段と中段、下段に分けられていて、仕切りが落下しないように柱を等間隔に配置している。 これなら、焼きにムラが出来ない……か? でもあまりにも広いから火から遠い程熱が弱くなると思うが。「石窯は火を取り出して余熱で焼くものだから、そこら辺は心配ない」 どうやら顔に疑問が浮かんでいたらしく、アケビが補足説明をしてくる。「……そうか」 あまり調理器具には詳しくないので、余熱程度できちんと焼けるのかが分からないが、設計者がそう言うのできっとそうなのだろう。「と言う訳でですね」 サクラが何時の間にか石窯の上へと昇っており、リトシーを捕まえて一緒に降りてくる。「早速作りましょうっ」 リトシーを抱えたまま、目を輝かせてそう宣言してくる。 どうやら、サクラの中では今日のSTO内での活動はケーキ作りと決めているようだ。アケビはそれに賛同しているようでうんうんと頷いている。 まぁ、ここ数日は色々と慌ただしかったから偶にはゲームの中でものんびりと料理をするだけでもいいのかもしれない。 が、だ。いくらそうしても色々と足りないではないか。これではケーキなぞ作れない。「いや、材料ないぞ?」「抜かりなく用意した」 と、アケビがメニューを弄りながらそう言ってくる。成程、昨日もしくは今日の内に既にケーキ作りに必要な食材アイテムを入手していたのか。多分、市場とかで買いそろえたのだろう。普通にモンスターを倒しても肉しか手に入らないからな。 だが、いくら材料があったとしても、だ。「いや、調理器具がないと」「それも買い揃えた」 またもやアケビがメニューを弄ったまま答える。成程、調理器具は雑貨屋で買いそろえたのだろう。 でも、だ。食材や調理器具があったとしてもここが屋外のを忘れてはいけない。「……まさか、地べたに座って材料混ぜるとかじゃないだろうな?」「石窯と一緒にアケビさんと調理台も作りました」 と、今度はサクラがメニューを弄り、目の前に三人並んで作業が出来るくらい大きいテーブルを呼び出した。支える足は太く、白い石で出来ているように見える。「さて、これで準備は万端」 その上にアケビが材料となる生クリーム、卵、小麦粉、苺、砂糖、油等を。そして泡立て器にボウル、ケーキ型等を呼び出して乗せていく。「さぁ、作ろう」「いや、こんな所でやってたらモンスター来るだろうが」 アケビの一言に俺は突っ込みを入れる。 いくら準備万端だとしても、こんな草むらで料理を開始したら普通にモンスターとエンカウントしてしまう。そうなると料理どころではないだろう、下手をすると調理台をひっくり返されたり折角作った石窯を破壊されかねない。「「……あ」」 で、どうやら二人はその事を失念していたようで、口をぽかんと開けたままボウルを並べる手を止めた。「忘れてたのか……」 俺は呆れて息を吐く。 まぁ、ケーキ云々を忘れていた俺が言える事ではないが。 外に石窯を用意したのは大きさからして街中で出すと邪魔になりそうだったからだろう。だが、そこからこのまま外で料理しようとしているとは思わなんだ。「取り敢えず、移動するか」 だが、街でやるとすると注目を浴びる事になるな。これだけデカいのだし。流石に周囲に目がある中で料理するのは気が引けるぞ。「……だったら」 と、アケビが材料と調理器具を仕舞いながら森の方を指差す。「森でやろう」「何でだ? 森だってモンスター出るだろ」「道以外にもセーフティエリアがあるし、結構広いから大丈夫だと」 どうやらアケビはクルルの森に入った事があるようだ。でも、森に入ったとしてもそのセーフティエリアに辿り着く前にモンスターに出くわす可能性があるだろうに。 と進言したら。「道から直接行ける場所があるから大丈夫」 との事。 なので俺達はアケビ先導の下クルルの森へと道を進んで行く。セーフティエリアなのでモンスターは全く出現せず、森の中に入ってもあの単眼蛙は現れなかった。 森の中は木漏れ日が地面に注ぎ、リスやら小鳥やらの小動物が行き交っている。背の高い木だけではなく光の当たる場所には草も生えていて、そこで薬草が採取出来るようになっている。が、基本は木によって光が制限されていてあまり活発に草は生えていない。地面が露出している場所でもセーフティエリアである道は明るく、そうでない場所は暗く表現されていた。「……ここ」 と、先導していたアケビが立ち止まる。 道と同じ地面の色をした開けた空間。円形でだいたい十五メートルくらい直径がありそうだ。のまた、このエリアだけ木が一つも生えておらず、所々に草が生えており、奥の方に巨大な岩が鎮座している。「ここなら、モンスターが出ない」「そうか」 広さも申し分ないし、またモンスターとも出くわさず人の迷惑にもならない場所なのでここなら思う存分あの石窯を使ってケーキが作れるだろう。 サクラが石窯と調理台を出し、アケビが食材と調理器具を顕現させる。「じゃあ、始めるか」「はいっ」 サクラは元気いっぱいに頷き、腕まくりをする。って、料理する時くらいはそのローブ脱いだらどうだろうか?「って、サクラは【初級料理】持ってなかったよな?」「昨日習得しましたっ」 そうか。なら料理が出来るな。じゃあいいや。「ちょい待ち」 と、アケビが片手を前に付き出して制止してくる。「何だ?」「オウカ君にこれ」 と、俺に向けて三連続メッセージを飛ばしてくる。「……何だ?」「昨日頑張って作った装備。今着てるのからそれに変更して」 このタイミングで言う事か? と言うか、だ。「俺はこの装備でいいと」「それより高性能だから」 とか言ってくるアケビ。今の装備よりも高性能なら確かに外して新たに装備し直した方がいいのだろう。が、それにしたってタダで貰う道理はない。「だったら金きちんと払うぞ」「いらない」「いやいや、この今の装備はイベントのアイテムを手に入れるってのを条件に受け取ったが、これに関しては全くそう言う話が無いからな」「しつこい」 頑なに拒んでくるアケビ。俺は当たり前のことを言っているのに、頬を膨らませながら不機嫌そうな顔をしてくる始末。何なんだよ一体……。「……アケビさん、僕に内緒で」 と、何やら小声でぶつぶつと独り言を発し始めるサクラ。何故かアケビに半眼を向けているのが気になるが、別にアケビを嫌っているようには見えないな。嫌いだったらそもそもパーティー組もうと思わない訳だし、一緒に石窯を作ろうとも思わないだろう。 と言うか、サクラとアケビは結構仲がよくなっているように思う。昨日と見比べれば、サクラはおどおどせず、またどもらずに普通にアケビと接している。道中も俺を壁にせずに普通にアケビの隣を歩いていたし、世間話もしていた。 昨日の石窯共同制作で互いに近付いたのだろう。人見知りと言っていたが、サクラは結構打ち解けやすいのかもしれないな。 と言うのは一旦横に置いておくとして、だ。「俺としてはどうにか等価交換に持っていきたいんだが」「だから、しつこい」 一蹴された。そんなにしつこいか俺?「…………」「…………」 暫し眼を逸らさずに俺とアケビは無言を貫き通す。「…………分かった」 先にアケビが折れた。「なら、対価としてカーバンクルの召喚具を手に入れるのを手伝って。今直ぐじゃなくて、イベントが終了してから」 軽く息を吐きながらのアケビの条件。まぁ、あの怪盗相手だとあのような必勝法を使わない限りは苦戦するだろうから、一緒にクエストを進めるのは悪い話ではない。それに、俺一人とかサクラとのパーティーだけではクリア出来そうにないし。「分かった。手伝う」「うん」 これにて交渉成立。「……さっきから何だ?」「…………何でもないです」 と、さっきからアケビを半眼で見ているサクラにそう問うてみるが、何故か不機嫌そうに目を逸らすだけだった。だから、何なんだよ?「じゃあ、早速その似合わない装備を剥ぎ取って装備し直して」「剥ぎ取ってとか言うな」 そこまでこれ似合わないのか? 俺は気にしないのにな。 俺はメッセージを開いて新たに貰い受けた装備を選択する。
『アングールジャケット:アングールの皮を材料にした上等な上着。耐久+12 魔法耐久+13 運-6 耐毒・小 耐久度182/182 ※レベル10以上で装備可能』
『クォールグローブ:クォールの糸を材料にした上等な手袋。耐久+6 魔法耐久+4 器用+7 運-5 耐木・小 耐久度133/133 ※レベル10以上で装備可能』
『シントブーツ:シント鉱石をプレートに加工し、覆うように被せた上等な長靴。筋力+4 器用+5 敏捷+12 耐麻痺・小 耐久度159/159 ※レベル10以上で装備可能』
 使用した素材自体は今まで俺が装備していたのと同じだが、別の装備に使用しており、更に上等なと付け加えられている。確かに全体的に能力がアップしているがそれに比例してレベルが10以上でないと装備出来なくなってしまっている。昨日レベルアップしていなければ装備出来なかったな。 で、見た目はと言うと素材は同じでも色が全くの別物となっていた。 ジャケットからは鱗と斑紋が消えており、色も毒々しい色から澄んだ夜闇のような藍色をしている。丈も腰骨あたりまでで、襟が立ってて金具で前を留める形となっている。 グローブはジャケットとは対照的に雲が浮かぶ空のように手首に当たる部分は白、そこから指先までは空色をしている。 ブーツについては蛇腹に金属プレートで覆われていて動きが阻害されにくいように配慮が施されている。プレートの色もグローブと同じ空色。その下地となるブーツ本体はジャケットと同じ色だ。 以前の装備に比べて色に統一性がある。まぁ、今回のはそのように意図して作られたものだろう。「で、装備し直したが?」 アケビ曰く。「……前回より大分いい」 との事。うんうんと何度も頷きながら満足そうな顔をしている。 サクラ曰く。「に、似合ってますっ」 との事。何故か目線をあちらこちらと動かしながらの言葉だったが。 自分では本当によく分からないが、二人からすれば前の恰好よりもこの恰好の方がいいらしい。「しー♪」 リトシーも俺の周りを飛び跳ねている。あの微妙な反応はしてないから、リトシーとしてもこの恰好の方がいいのだろう。「……ふぁー?」 俺と同様にファッピーにはやはり違いが分からないようで小首を傾げている。ファッピーと俺の感性は似通っているようだ。 まぁ、兎にも角にも今度こそケーキ作りを始められると言う事だな。「さて、作るとするか」「はいっ」「うん」「しーっ」「ふぁーっ」 二人は右手を高く上げ、一匹は高く飛び跳ね、一匹は右の胸鰭をぱたぱたと振り、それぞれやる気を見せている。 やる気があるのはいい。いいのだが一つ疑問が浮かぶ。「……因みに、この中でケーキ作った事のあるのは?」「「「「…………」」」」 同時にそっぽを向きやがった。リトシーとファッピーは当然としても、サクラとアケビよ……。 大丈夫だろうか? 少し不安になってきた。


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