喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

33

 チャットによるとサクラとアケビは南エリアの建物にいるらしい。目印は煙の上がっている煙突だそうだ。まぁ、工房だから高温の火も使うだろうし、排煙システムが無ければ駄目なのだろう。 兎にも角にも俺はリトシーを抱いたまま工房とやらに向かう。走っていくがやはりデスペナルティで身体が重く感じてしまうな。 南エリアに入り、取り敢えず上の方を確認する。煙を見付ければそこが工房となり、うろつく手間が省けるので。 ……が、結構甘い考えだった。 煙が五つくらい上がっている。どういう事だよおい。工房って一つだけじゃなくて複数あるのか? それとも別の施設か? と心の中で愚痴を言っても仕方がないので煙の上がっている建物の内、一番近くにある場所へと向かう。 そこは工房ではなく実験塔と言う名の建物だった。名前の通り他の建物よりも細長く円筒形で、煉瓦ではなく見た目コンクリートで成形されているかのような外観だ。どのような実験を行う場所なのかと言う疑問はあるが今は工房を捜す事が優先事項なので取り敢えず入ってマップに登録してから工房を捜しに戻る。 その次に近い場所も工房ではなく調薬所と看板が下がっていた。ここで薬の調合が出来るのだろう。見た目は木組みに土壁、暖簾が掛かっていて引き戸、そして茅葺屋根。この場所だけ世界観を間違えて設置してしまったかのような疎外感がある。 一応場所を登録してから次に向かう。 三件目で漸く工房と書かれた立て看板が出入り口の横に立てられえていた。 一階建てであり、横に長いそこは窓が大きめに設計されている。出入り口には扉が存在せず、床ではなく地面が露出している。 出入り口と大きめの窓からは赤く熱せられた金属をハンマーで叩いているプレイヤーや木を削って弓を作っているプレイヤーなど様々な作業をしているプレイヤーが丸見えだ。一応区切られており、火を全く使わない場所が存在しているように見える。 その中で、火を使うエリアにサクラとアケビ、そして死に戻りをしたファッピーの姿を確認出来た。 パーティーメンバーを発見した事だし、さて入ろうと足を前に出すと、急に体が固まってしまう。 どうした? バグか何かか? と言う考えが過ぎった瞬間に視界が暗転してウィンドウが表示される。
『制限時間を超過しましたので強制ログアウトを実行しました』
 ……マジか。 立っていた筈の俺は直ぐ様横たわる感覚を味わい現実世界に戻ってきた事を悟る。 DGを外してベッドから上体を起こす。「……やっちまったな」 そう言えば一昨日から制限時間を三時間に設定したままだった。慣れるまでは少なめの時間と決めていたからそうしたんだが、……つい初日とか二日目の設定――つまりは五時間設定のままだと勘違いしていた。 この五日で結構慣れたな。疲れはするけどある程度の分別は付いたしもう五時間とか六時間設定をデフォルトにしてもいいかもしれない。 とか考えてる場合じゃない。 俺は直ぐにDGの液晶を触り『Summoner&Tamer Online』のアイコンをタップする。ログアウト状態でもフレンドにはメッセージを送れるとリースが言っていた(メッセージに書いてあった)から、今直ぐにメッセージを送ってログアウトした理由を伝えるとしよう。 実際にSTOのアイコンを選択してそこにメッセージ機能があるか分からないが、あるとしたらそこぐらいしかないだろう。なかったら休止時間終了後に直ぐログインして事情を説明する。 STOの項目にはデータの初期化や制限時間の設定、現ステータスの確認が出来るようで、他に『みんなの掲示板』なるものや公式サイトへアクセスする為のバーナー、『運営からのお知らせ』と並んでおり、最後の方に『メッセージ』と言う項目が存在していた。 即座にタップし、一番上にあった『サクラ』を選択してメッセージ作成を行いログアウトをしてしまった旨……そしてログインしたら直接謝るがファッピーへの謝罪文を打ち込む。そして送信。 一応、メッセージの項目にはゲーム内と同様に受信箱と送信箱が用意されており、受信箱に先日リースから届いたメッセージが入っている事から、同一のものだと窺える。まぁ、それも当然か。 五分くらい経つと液晶に『メッセージを受信しました』と表示されたので受信箱を開き、今送られてきたメッセージを確認する。
『送信者:サクラ  件名:わかりました
 工房の中からオウカさんがこちらに来るのが見えたのですが、急にログアウトしてビックリしました。強制ログアウトだったんですね。 あと、ファッピーは気にしなくてもいいそうです。何があったのかは気になりますが、それは明日お聞きします。 話すのを忘れていたのですが、僕は今日も用事があるのでもうログアウトをします。ちょうどアケビさんと製作していた物がぎりぎりで完成したのは嬉しいです。 アケビさんはもう少し生産系のスキルの経験値を上げるそうなのであと二時間くらいはいるそうです。 では、また明日。                    』
 成程、サクラももうログアウトをするのか。いや、もうしたのかもな。で、何を作ったかまでは書かれていないが、出来てよかったな。ようやく物作りが出来てサクラも嬉しい事だろう。 取り敢えず、アケビはまだいるのか。だったら休止時間を終えたらまたやり始めて合流してもいいかもな。交流を深めたり出来るだろう。 と、勉強机の上に置いていたタブフォが震え出したので直ぐにそれを手に取る。母からのメールを受信しており、何事だろうと開く。どうやら仕事がもう終わったらしく、久しぶりに材料買って食事を作るから、荷物持ちとしてデパートまで来てくれ。との事。 母が指定したデパートは近くの地下鉄駅から三駅離れた場所に建っていて、母の職場が近くにあるらしい。一応食材は冷蔵庫にあるのだが、そこにある食材だけでは母の作りたい料理が出来ないのだろう。 一度作ろうと決めると妥協せずに凝るからなぁ。もしかしたら食材じゃなくて調理器具の可能性もある。だから荷物持ちに俺を招集したのかな? 兎にも角にも、行って帰ってくるとすれば結構時間が掛かると見てアケビがSTOにいる間に始められそうにないな。 まず俺はサクラに『また明日。物作り出来てよかったな』と返信をしてから今度はアケビに『俺も用事が入ってしまったから今日はもうやらない』と文章を入力して送信。 そして上着を羽織ってデパートへと向かう。バスに乗ると酔うので危なくても自転車に乗り二十分。その後地下鉄駅構内で七分待ってから五分くらい地下鉄に乗り、地上に出てデパートへと向かう。 デパートの入り口で母が待っていて、どうやら大量の塩を使って丸のままの鶏を隠して焼く料理をするそうだ。なので、良質な丸鶏と塩を購入。それに加えて香り立たせる為にハーブとか諸々、そして付け合せにも諸々、と家にある食材では足りないものを購入。互いに両手に袋を持って家へと帰る。 家に帰って母が料理をする傍らで俺は母の脱いだ服をハンガーにかけて皺を伸ばしたり、アイロンがけを行う。母が料理をする際、俺が手伝おうとするとやんわりと拒否してくるのが常なので無理に手伝おうとせず今のうちに出来る家事をしておくのをしている。 その後、父も早く帰ってきて久しぶりに家族三人で夕飯を食べる。塩の旨味と封じ込められた鶏の旨味、そして様々なハーブの香りが鼻孔をくすぐって旨い。母が作る料理は凝ってはいるものの味が濃すぎると言う事はなく、素材の味を生かしつつ柔らかい味付けをしている。このような塩をふんだんに使ってもしょっぱ過ぎると言う事が無いのが不思議だ。 今度、暇がある時に教えて貰うとするかな。 両親は明日早いらしく、夕食を済ませて軽く家族で団欒をした後にさっさと風呂に入って寝室へと向かって行った。洗い物を終え、シャワーを浴びた俺は部屋に戻りDGの画面を確認する。メッセージを二つ受信しており、一つはアケビからで『分かった』と一言。二つ目はサクラからで『明日楽しみにしていてください』との事。 何を楽しみに……と思ったが即座に今日作ったものを明日披露するのかと合点がいき、はたしてサクラは何を作ったのだろうか? と明日を楽しみにする。「……さて」 DGを机の上に置いて俺は椅子に座ってタブフォを操作する。 今日こそSTOの情報を仕入れる。色々と知っていないと対処が出来ない。今日の単眼蛙なんて即死技を持っているとは知らずにリトシーとファッピーを無駄死にさせてしまった。 そうならないように少しでも敵のモンスター等の情報を持っておかないといけない。 タブフォをインターネットにつないだ瞬間、いきなり電話が掛かってきた。「……姉貴?」 発信元は『野上 花桜梨』と表示されていた。一体何の用だろう?「もしもし?」『ログインしろ』 単刀直入過ぎる。主語が抜けているからどれにログインするのか分からない。「……ログイ」『サモテ。北門に来い』 姉貴は俺の質問を先回りして答え、そして直ぐに切れる。通話時間は僅かに五秒。用件だけ言って、俺の意向をガン無視して一方的に通話終了。 ……姉貴、STOをサモテって略すのか。あと、姉貴もDG買ってSTOやってるのか。 と、どうでもいい事を思いながらも俺は姉貴に言われた通りにDGを被り、ベッドに横になってSTOの世界へと赴く。ここで断ると言う選択肢は俺には無い。俺にDGとSTOを買ってくれたのは姉貴だ。そんな姉貴の頼み(命令)を無視出来る程俺は性根が腐っていない。 今思えば、夜のSTOは初めてだ。空には星が輝いて昼間とはまた違う美しさがそこにあった。 街灯がないので暗いのかと言われれば、そうでもない。何やら光る球体が地上から三メートル程離れた場所に浮かんでいて、それが視界を暗黒に染め上げないでいる。流石はゲーム。現実で出来ない事平然とやってのけるな。「……しーぃ?」 とリトシーが眠そうに目を閉じて体を横に傾けてくる。どうやらリトシーは夜は素直に寝ていたい子のようだ。まぁ、寝る子は育つと言うしな。「悪い。寝てていいからな」「…………しぃー……」 俺はリトシーを抱えると、そのまま北門へと向かって走っていく。デスペナルティはまだあるから怠い。リトシーは寝息も立てずにすやすやと眠っている。 夜でもプレイヤーは普通に闊歩しているが、NPCはあまり見ない。やはり普通の人と同じように生活リズムがあって、夜はもう寝ると決められているのだろう。建物の明かりがついている所もあれば、消えている所もある。店に限っては殆どが閉まっている。 夜の街並みを眺めながら北門へと辿り着くと、そこには門番はおらず、代わりに一人のプレイヤーとパートナーがいた。「来たか」「ぎー」 俺より頭半分高く、髪をサイドで纏めている女性。宙に浮く照明で照らされている顔は俺に似ていて、違うのは目が俺よりも大きい事と、顔の造形が父よりも母に似ている事。俺は父寄りの顔だ。 まさしく、姉貴だ。どうやら姉貴も俺と同様に顔は弄らなかったようだ。服装は動きやすさを優先したぴっちりと体にフィットしたインナースーツの上に短パンと半袖のジャケットを羽織った恰好。靴もブーツとかではなく、ヒールが存在せず地面をしっかりと踏み締めれる構造となっている。また、左手にだけ指貫の手袋をしている。 で、そんな姉貴の隣にいるのはデカいクワガタ。リトシー二匹分の全長でつぶらな瞳をしているが吊り上っていて好戦的な印象がある。鋏には丸みがあって挟まれても突き刺さったり切れたりする事はないか。光が当たって黒光りしている。「久しぶりだな」「久しぶり」 互いに同じ言葉を交わし、俺は姉貴の方へと歩いて行く。「桜花、お前そのままの顔なのか」「姉貴もだろ」 意外そうな顔をする姉貴にそっくりそのまま返す。「私はこれでいいんだ。自分のDGでやる時くらいは自分の顔でいさせろ」 ややむすっとしながら答える姉貴の言葉に疑問を覚える。「自分のDGって何だよ?」「そのままの意味だ。私は自分のDG以外に別のDGでもサモテに入る」「何で別のあるんだ?」「GM用だ」 軽く息を吐く姉貴の言葉に俺は一瞬言葉を失う。 ………………GM? GMって最近聞いた事がある。と言うか昨日訊いた。確かゲームマスターの略だよな。「って、姉貴がGMかよ」「そうだ」 嘘と言わずにそのまま首肯してくる姉貴。「で、GMって何?」 結局ゲームマスターについて調べる事が出来ていない。丁度いい機会なのでGMである姉貴に訊いてみる事にする。「執行人」 あっけらかんと言ってのける姉貴。いや、それ意味が変わっている気がするんだけど?「私のやっているGMの仕事がそれなんだよ。GMには他にも仕事があるが、私は違反行為や迷惑行為を行ったプレイヤーに罰を与えるGMの仕事をしている。週二で」 軽く肩を竦め、姉貴は更に踏み込んだ説明をしてくれる。……踏み込んだとしてもGMの全体像なんて全然分からない範囲での説明だったけど。 そして更に疑問が追加された。「て言うか、姉貴って大学生だろ? それ訊くとGMって運営ってのがやるものじゃないか?」 実は大学通っていません……何て落ちは無い。実際入学式で撮った写真をこっちにメールで寄越したし、姉貴と父宛の郵便で大学通信なるものがこっちに届いたり、成績表が届いたりしているのできちんと大学に入っているし、留年も退学もしていない。 俺の疑問を、姉貴はいとも簡単に粉砕してくる。「そこでバイトしてるんだよ。で、大学卒業したらそこに就職出来るようにコネを作った」 胸を張りながら答える姉貴。バイトがGMって出来るものなのか? そしてゲームの製作会社でバイトって一体何をやるのだろうか? ……分からん。バイトした事無いし。と言うか、まだ三月中は中学生だからやれないし。「まぁ、そんなのはどうでもいい」 どうでもいいのか。姉貴にとってはそうかもな。「桜花」 姉貴は俺に指を突き付けて、こう言ってきた。「私とPvPしろ」


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