喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

another 01

 オウカの胸を貫いた槍は弧を描いてリリィの手元へと戻っていく。これはオウカの持つ【初級鎚術】のスキルアーツと同様の遠距離攻撃のスキルアーツ【ボルク】だ。ただ、覚える時期は遅く【中級槍術】とならないと習得は出来ない。その代わり、貫通効果があり複数の敵に判定が持てるようになっている。「さって、これで邪魔者はいなくなったわね~」 槍を片手で回転させ、石突を屋上へと叩き付けるようにして穂先を青く透き通る空へと向ける。にんまりと笑うリリィはメニューウィンドウを呼び出し、装備状態にある得物を装備解除をする。槍は光となってリリィの胸の中へと仕舞い込まれる。 軽く伸びをして、首を回し辺りを見る。「さっさとアケビちゃんとサクラちゃんを見付け……あれ?」 足を一歩踏み出そうとした時、唐突に目の前にウィンドウが現れる。そのウィンドには『メッセージを受信しました』と表示されている。「メッセージだ。誰だろ?」 リリィは僅かに片方の眉を上げながら、恐らくは装備関係の依頼だろうと思い、メッセージの文章を視覚化させる。「んなっ⁉」 しかし、メッセージの内容はリリィにとっては想像していたものとは全く違い、目を疑うような内容となっていた。
『リリィ様 貴殿が他のプレイヤー様にストーカー行為、許可なく抱き着く、装備の変更を強要させる等のハラスメント行為を行っていると複数のプレイヤー様から通報を受けました。 当方はこれを悪質な行為とみなし、貴殿の所持金、アイテム、召喚具の没収。レベル、スキル、ステータスを初期値に戻す措置が決定されました』
「…………嘘」「嘘じゃない」 と、耳元で声がしたのでリリィは一気に三メートルばかり左前方に跳び退く。そこには先程までいなかった一人のプレイヤーが毅然と立っていた。 性別は女性。服装は黒いスーツに身を包み、暗褐色のタイを締めてビシッと決めている。ハイヒールを履き、膝裏まで伸びている墨のような髪を腰の辺りでゆったりと一つに纏めている。表情は何処まで行っても感情と言う者が垣間見えない程に無機質な印象がある。「先程あった通報でもう余地無しとなってな。メッセージ通りの措置が決定した」「……」「まぁ、まだアカウント削除にならなかっただけマシな部類だろう。同じ事をまたやると削除対象になるがな」 ゆっくりと近付きリリィの肩をぽんと叩くと、女性はかつかつと足音を立てながら距離を開けていく。「あぁ、申し遅れたな。私はここの運営の一人だ。一応兼任でゲームマスターをやっている」 三メートル程離れた所で女性は簡潔にリリィに自己紹介をする。「まぁ、あれだ。お前は色々やり過ぎた。自分の行いはきちんと責任を持てよ? 持てないのならやるな」 色々とショックだったのだろう、リリィは絶句したまま女性の言葉に耳を傾けるばかりで、自分からアクションを起こす事はしていない。だが、それでも何かしらの抵抗はするかもしれないと考えているのか、女性はリリィから目を離していない。「一応言っておくが、先程お前がPKプレイヤーキルしたのはカウントされていない。キルをする前の通報であったし、そもそもはあいつ(・・・)が先に攻撃を仕掛けたって事になるから、それに関しては双方合意のPvP。もしくは正当防衛としてカウントされるので不問となる」 あと、他のプレイヤーに被害が及ばない場所だったってのもあるな、とやや肩を竦めながら捕捉をする。「で、これからお前のステータス諸々を初期設定以下にまで戻す措置を行うから、逃げようと思うなよ?」 運営と名乗る女性が指を鳴らすと、リリィを囲むように天から漆黒の槍が降り注ぐ。計六本。等間隔に屋上に突き刺さったそれ等は互いに繋ぐように青白い光が間を行き交う。「ったく、どうしてモニターの前でキーボードを叩いて設定し直すってのが出来ない? いちいちこっちまで来るのは面倒だっての」 溜息を吐きながらも、女性は指先を槍の檻に閉じ込められたリリィに向ける。「対象プレイヤー:リリィ。ユーザーID:wdrut67w20kl。ゲームマスター権限により以上のプレイヤーの設定を初期状態に戻し、更生が見られるまでパートナーモンスター、召喚具の入手を禁止する」 厳かで、一切の慈悲をも認めない固い声でリリィに言い渡す。 黒の槍を繋ぐ青白い光は段々と太くなり、音も無く一斉にリリィに向かって突き抜けていく。 全ての光がリリィの体を突き抜けるが、外傷は全く見当たらない。それにも関わらず膝から崩れ落ちて半立ちのような姿勢となるリリィ。その後に、足先からゆっくりと光の粒子となって空中に溶けて行く。「あと、客観的に自分のした事を知りたければ、掲示板でも見ろ。そこに書いてあるから」 女性は残りが頭だけとなったリリィにそれだけ伝える。リリィは頭の先まで光となって消え去り、後には『Reformat』の文字だけが残った。 シンセ博物館の屋上には女性一人だけとなった。「……さて、現実世界に戻るか」 女性は軽く息を吐きながらメニューを開き、ログアウトを開始する。「あと、明日か明後日……」 と呟きながら、光となって意識は現実世界の体へと戻っていく。


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