喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

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 カーバンクル、ねぇ。確かカーバンクルって丸い柘榴石の事だった筈。 いやいや、この場合のカーバンクルは伝説上の生き物の事だろうな。 つまり、このチェインクエストを全てクリアすればカーバンクルの召喚具を手に入れる事が出来る訳だ。あの役場でチェインクエストがどうのカーバンクルがどうのと言っていたプレイヤーがいたから間違いないだろう。「遥か昔に絶滅したカーバンクルの額に埋め込まれた珠。それがカーバンクルの宝珠だ。世界でも七つしか現存していない希少なものでね。その中でもここにあるものが一番保存状態がいいとされている」 館長が鎮座している宝珠に視線をやり、ガラスケースを撫でる。STOではカーバンクルは絶滅した種族なのか。普通ファンタジー系のゲームならあの可愛らしい容姿から普通に出す事の方が多いだろうに。「その為、万が一にも備えて警備の者の実力は折り紙つき。セキュリティも万全を持している」 一見して人の目以外にセキュリティなぞ見受けられないが、そこはゲームだ。現実とは違うものが仕掛けられているのかもしれない。床に魔方陣が仕掛けられていて、それを踏むと発動する、とか。「ただ、相手はあの怪盗ドッペンだ。何が起こるか分からない。そこで予防線の意味も込めて役場でも募集を掛けたのだ。……引き受けてくれたのは、君達だけだけどね」 俺達の方に向き直った館長は、軽く息を吐いて少し肩を落とす。どうやらもう少し人が集まると思っていたようだ。これがもしゲームでないとしたら、こう言った依頼は腕に自信が無ければ逆に足を引っ張りかねないので安易に受ける人はいないだろう。 それにしても予防線……ねぇ。確かに守る奴は多くてもいいだろうが、それだと人員の中に怪盗が紛れ込む確率を上げてしまわないか? もしかすると、今回のクエストはこの二階にいる誰かに扮した怪盗が正体を現して開始されるとかか? 取り敢えず、今回は俺とリトシー、そして急遽パーティーを組んだ忍者が警備の手伝いをする事となる。忍者は今回で五回目……もしかすると一日に何度も受けているのでそれ以上やってる可能性があるな。まぁ、どちらにしろ頼りになる事に変わりないか。最初だけ、だが。本人も途中から駄目と言っていたし。どうして駄目なのかは訊いていないが、それもクエストが始まったら分かるだろう。「そうだ。君達に気を付けて欲しい事がある」 と、館長は軽く目を開いて手をぽんと叩く。「館内は全域で魔法、スキルアーツは使えない。万が一魔法やスキルアーツが当たって展示品が破損してしまっては危ないからね。発動自体をさせないように展示品の配置、床の矢印、天井の照明の配置等、建物自体で封印の魔法陣となるように設計している」 マジか。って、それがセキュリティて事なのか? まぁ、強盗が入って来てもそいつが魔法やらスキルアーツやらで威嚇出来なくなるメリットもあるか。でも、こちらもそれで撃退が出来なくなるので一長一短だな。話からして普通の攻撃は出来るようだけど。ってか、普通に攻撃出来るならそれが原因で破損してしまう場合も当然あるだろうに。 兎にも角にもスキルアーツも魔法も使えないが、俺の場合はあまり意味ないな。魔法も覚えてないし、スキルアーツも【シュートハンマー】以外は酔うので無理。実質何時ものように動けばいいか。 ただ、そうなるとリトシーの【初級木魔法・補助】によるあの木のドームを出現させる事が出来なる事が悔やまれるな。あれがあれば怪盗を閉じ込めておく事が容易に出来ると言うのに。開発側はそれを危惧して魔法もスキルアーツも使用不能の空間にしたのだろうな。 忍者がどのようなスキルを覚えているのかまだ訊いていないが、まぁ、見た目通りに動いてくれればいいか。俺より敏捷はありそうだし。これで俺より動きが遅ければ言っては何だが見かけ倒しだぞ。 とか考えていると、館長が腕時計を確認する。「……さて、そろそろ時間となるな」 もう、そんな時間か。俺もメニューを開いて時刻を確認すると午後三時三十四分となっていた。もう直ぐチェインクエストの始まりだな。「一つ、注意が」 と、俺の肩を忍者がちょんちょんと叩いてくる。「何だ?」「残り三分になったら、怪盗のマントから目を離さないように」「マントから?」「そう」 忍者は言い終えると、首や肩、足首を回して何時でも動けるように準備を始める。仮想現実でやっても意味あるかどうか分からないが、気持ちの問題だろう。 それにしてもマント、か。どうやら忍者は怪盗のマントによって何度もクエスト失敗をしてしまっているようだ。一体どのような仕掛けがあるのやら。 と、考えていると午後三時十五分となる。俺は急いでメニューを消す。「……時間だ」 館長が腕時計から目を離し、館内を見渡す。 が、そこには周りをぐるりと歩く警備の者と、そしてカーバンクルの宝珠を囲んで護るように待機している者がいるだけで、怪盗なんて何処にもいない。「……来ないな」 辺りを警戒しながら館長は訝しむ。周りの警備の人もどうように緊張の糸を張り巡らせる。「もしや、嘘の挑せ……」 ここでいきなり館長が倒れた。俺は慌てて駆け寄って確認すると、健やかな寝息を立てている。つまり寝ている。何で急に眠ったのだろうか? と思ったの束の間。次々と床に倒れる人が続出した。運がいい事に、誰もが頭を展示品の角にぶつけたりして怪我をする事無く寝入った事だろう。流石に遠目に見える人はどうかは分からないが、少なくとも俺の近くにいた人は皆無傷だ。 現在、このフロアで寝ずに立っているのは俺達のパーティーだけだ。「さて、皆さん眠ったかな?」 と、あまりにも軽めの口調が階下へと続く階段の方から聞こえてきた。人の姿は見えないが、その代わりに誰かがこつこつと固い音を鳴らしながら階段を上る音が聞こえてくる。 焦らず、ゆっくりと。余裕を持って階段を上り終えたそいつは仮面で表情を隠していた。仮面は右半分が白で塗られて笑っており、左半分が黒で塗られて泣いているように見える。髪は隠されておらずに、灰褐色の髪が肩辺りを触っている。黒のマントに身を包み、首から下を隠している。靴は見るからに少しヒールのある革製だろうか? 見るからに怪しい奴だな。そいつは辺りを見渡していると、俺と忍者、そしてリトシーに顔を向けた状態で固まる。「おやおや? 眠っていないのが二人、それにモンスターが一匹いるねぇ」 口調からして軽いが、それでも驚いていると分かるイントネーションだった。「久しぶりだなぁ、眠らない人と出会うなんて」 次いで感嘆の声を上げると、そいつは三歩前進する。「……で、君達はここの館の人の依頼を受けて、僕の――怪盗ドッペンの邪魔をしに来た人達?」 自ら怪盗と名乗ると、首を傾げて俺達に問うてくる。俺は頷く事もせずに腰のフライパンと包丁を抜いて構える。リトシーも目を吊り上げて怪盗を睥睨し、忍者は身を軽く屈める。「そう。……なら、頑張って邪魔をして見せてよ」 怪盗は俺達の所作から是と受け取る。怪盗がそう言うのと同時に、ゲージの下に『00:05:00』と時間が表示される。一秒ごとにカウントが減っていき、これが0になるまでカーバンクルの宝珠を守りきれればクエストクリアとなる訳か。 マントを手で抑えたまま、怪盗が駆け出していく。床で横になっている警備の人を軽やかに避けながらこちらに向かってくる。 屈んでいた忍者が走り出し、怪盗へと手を伸ばして捕まえに掛かる。見た目通りに身のこなしが軽く、見た目通りに素早いな。俺よりも。 が、怪盗の方も負けておらず、一瞬だけ止まるとそのまま後ろ走りを開始して壁際まで向かう。後ろ走りでもかなりの速度で、忍者との距離が狭まる事は無かった。 怪盗の背が壁に触れただろう瞬間に、壁を蹴って忍者の頭を通り越してそのまま前進していく。忍者もそれに慣れているようで、慌てずに怪盗の後を追う。 これだけでたったの六秒しか経過していない。俺はあの二人のスピードについて行く自信はない。目で追う事は出気るが、敏捷の値が足りなくて簡単に振り払われてしまうだろう。俺、リトシーとだけで受けなくてよかったよ。 怪盗はジグザグに移動して忍者を撒こうとし、忍者の方は怪盗の進路を予測して先回りしようと展示品の間を縫うように進んで行く。互いに時折展示品を飛び越えて距離を縮めたり開けたりしている。 そしてそんな二人は結構動いているのに警備の人は踏まずに、他の展示品にも触れる事はない。器用の値も高いんだなあの二人。NPCにもステータスが反映されているか分からないけど。 とてもアクティブな鬼ごっこを眺めながら、俺は頑張って跳ねて二人の攻防を見ているリトシーについ問うてしまう。「……なぁ、リトシー」「しー?」「俺達って、いる意味あるか?」「…しー」 リトシーは身体を横に振りながらジャンプする。 だよなぁ。これ見る限りだと、本当に俺達が必要ないように思えるよ。だって予備動作も無しに軽々と展示物を飛び越えるんだぞ? そして足元を見ないでしっかりと床だけを踏み締めているし。現実に出来る人がどれだけいる事やら。 忍者は未だに怪盗を捕まえる事が出来ないでいるが、このクエストの達成条件はあくまで宝――つまりはカーバンクルの宝珠を五分間守り切る事だ。このまま近付けさせないように追い掛けていれば平気な気がする。 正直、忍者一人でクエストクリア出来そうな雰囲気がばんばん醸し出されているが、実際はこのクエストをクリア出来ていない。それも何度も失敗している。 経過時間を見ると漸く残り四分になる所であった。息が上がっていない所を見ると、忍者の体力も結構高いのだろう。俺はそこまでの体力はない。 取り敢えず、俺が追い掛けても邪魔になるだろうし、そしてこのカーバンクルの宝珠の前から下手に動かない方がいいだろう。 すると、今俺に出来る事と言えば忍者を応援する事だな。「頑張れー」「しーっ」 リトシーも忍者に声援を送る。そう言えばリトシーの目を見ればキラキラと輝いてるな。さっきは忍者の恰好に少し怯えてたのに。もしかして忍者の動きに魅せられて印象ががらりと変わったとか? 確かに、あの忍者は陸上選手顔負けの走り高跳び走り幅跳びをしてるよ。「君の御仲間は僕を捕まえる気が無いように見えるけど?」「……そうだね」 怪盗と忍者が走りながら会話を繰り広げる、と言うか、お前等結構余裕だな。あと、捕まえる気が無いんじゃなくて忍者の邪魔をしたくないだけだ。二人共そこを勘違いしないで貰いたいな。「君はそれでいいの? これだと君一人だけ動いて疲れて不平等じゃないかな?」「…………いや」 忍者は俺個人として気になる間を作ったが、首を横に振る。「オウカ君には、きちんと役割がある」 俺の役割、ねぇ。 それはもしかしなくても残り時間が三分を切った時だろうな。確か、怪盗のマントに注意だったな。「その時になったら、否が応でも動いて貰う」「ふぅん。そっか」 怪盗は素っ気なく言葉を返す。 時間表示は『00:03:34』となり、まだ三分を切る事はない。が、俺は怪盗のマントを注視して見る。あれの何処が注意を必要とするのか探る為だ。 ただの黒いマントに見えるが……気になる所と言えば、さっきから手を振る事も無く、マントでしっかりと体を隠しながら走っている事だろうな。普通は手を振って反動をつけた方が早く走る事が出来るのだが、怪盗はそんな事をしていない。もしかすると、マントに注意とは、単純にマントを脱いで機動力を上げた状態の事を刺すのだろうか? もしそうなると、俺では太刀打ち出来ないのだが。「……さて、こうまでも邪魔をされるとは予想外だよ」 忍者との一進一退の追いかけっこを繰り広げている怪盗が展示品を跳び越えながらそう呟く。「あまり時間が掛かると、皆さん起きてしまうからね。そろそろこっちも少し手を変えていくとしようか」 残り時間が三分となると、怪盗がマントをばっと広げる。マントの下にはタキシード姿であり、よくそんな動きづらそうな格好で走っていられるなと言う感心の他に、予想とは違う事に驚いた。 マントだと思っていたものが、マントじゃなかったからだ。 マントに見えていたのは皮膜の翼。ばっと翼を広げると、それは怪盗から離れて宙を飛び始める。一言で言えば、蝙蝠だ。それも人間くらいの大きさだ。翼を広げれば二メートルくらいあるだろうな。八重歯が特徴的なそいつの耳は天に向かって尖っており、目が金色に輝いている。 ……もしかして、パートナーモンスターか? NPCもパートナーモンスターと組むのかよ。「さぁ、ドリット。二手に分かれてさっさと戴くとしよう」「キーッ」 耳を劈く声を上げながら、巨大な蝙蝠が俺の方へと飛んでくる。 


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