喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

13

 機械的な乗り物ではなく、生物に乗って空を飛ぶ日が来るとは思わなかった。 四不象の足先に雲が寄り集まり、それが軌道を描きながら空を駆けていく。地上を走る馬のような振動は無く、比較的乗り心地はいい。 下にはシンセの街並みが広がっている。高度はどのくらいだろうか? 家が小さく見えるので二十メートルくらいはあるか? 飛行速度は緩やかで、身に受ける風が気持ちいい。進行方向としてはこのまま北の門へと突き進んでいるので、恐らくはそのまま街を出るのだろう。 いや、それは今はどうでもいいとして。 俺はこのコート女に訊かないといけない。そうしないと色々と納得がいかない。目の前に座って前方を向いているコート女に質問を改めて投げ掛ける。「お前はサクラと知り合いじゃない。今日初対面って事だよな?」「お前言うな。そうだけど」「で、結局お前はどうしてサクラを狙ってたんだよ?」「だからお前言うなよ君~」 コート女は笑顔を浮かべながら後ろに座っている俺の顔面を鷲掴みにしてそのまま押してくる。手の平で視界が隠れる寸前に見えた笑顔は目が笑っていなかった。「おい、俺を後ろに押すな。落ちるだろ」「だから、お前って言わないできちんとリリィさんもしくはリリィおね~さんって呼んでさえくれればこの手を今直ぐに離すけど~?」 さっきっから変な呼び方を俺にさせようとして来るコート女。 こいつは状況を理解しているのだろうか? 俺は四不象の体に手を付いて難とか落ちまいと堪えているが、その手をコート女の腰に回せば仲良く落下する未来が待ち構えている事に。実際、限界が近付いてきたら実行に移そうと思っているが。 あと、俺はこいつが気に食わない。緑髪はただウザいだけだったが、コート女は何か知らんが気に食わない。兎に角、こいつだけは名前で呼ばない。そう決めた。「……あの、リリィさん。僕も、知りたいん、です、けど。そして、狙われてた、って、初めて、訊いたん、ですけど……」 コート女の前に座っているサクラが途切れ途切れに自分もどうして狙われたのか知りたいと口にする。何だ? サクラ自身も知らないのか? もしかして服装備を売る買うの話だけして確信には全く触れてなかったのか? まぁ、コート女に人見知りしてるし、そこまでの余裕はなかったんだろうな。今現在も人見知り中の言動になってる訳だし。 と言うか、この様子からサクラが一方的に商談を押し切られた感が否めないな。いや絶対押し切られただろう。その証拠に初期の服装渡してしまっているし。普通は渡さないと思うが。「サクラちゃんも知りたいか~」 コート女が意外とばかりに声を上げる。いや、意外ではないだろう。何も言われずに屋上まで連れて来られればな。「そりゃ、狙われた本人だからな。当たり前だろう」「狙われたって言われると何かぞくぞくするわ~」「いいから話せよ」 そして離せよ。道連れの準備は万端だがな。「話は昨日まで遡るわ」 俺の顔面を鷲掴んだまま、コート女が俺とサクラが知りたかった誘拐行動の意図を説明していく。「昨日、私はオーダーで受けた防具の製作を終えて、軽く気分転換に街を歩いてたのさ」 そこはいい。どうでもいい。「で、そこで見たんだよ」「何をだ?」「メイド服でもじもじおどおどしながら接客をする可愛らしいサクラちゃんの姿を~っ!」 アイアンクロウしている指の力を強めて豪語するコート女。「…………………………………………」 俺は言葉を失う。そして痛さで顔を顰める。レベル差による筋力と耐久力の差が如実に現れていてむかっ腹くるが、そこは今は苛立ちを表さずにぐっと堪え、コート女の話を先に進ませる事にする。「お前、喫茶店に来てたのか?」「来てないよ~。だからお前言うなっての」 指に力を加えて行き、更に俺を後方へと押し込んでいくコート女。さて、そろそろ死の道連れダイブのカウントダウンを始めよう。準備をしながらも知りたいので質問はするが。「じゃあ、どうやってサクラの姿を見たんだ?」「そりゃ、テラスに出て来た時に丁度よく近くを歩いてたんだよ~」 サクラは昨日は接客をしていた。その際に客を席へと案内した。その一場面をこいつは偶然目撃したんだろうな。ちっ。「で、その時思った訳」 鷲掴んでいる指の力を弛緩させるコート女。「この子に私の作った服を着せたいって!」 が、先程よりも力を込めてアイアンクロウを開始しやがるコート女。「でね、サクラちゃんが出て来るのを物陰からひっそりと待ってた訳。で、出て来ても直ぐに君たちログアウトしちゃったじゃん? あの時はサクラちゃんが一人になるのを待たずに突撃して連れ去っちゃえばよかったって思ったよ」「誘拐は犯罪だぞ」 当たり前の事を言ってみたが、コート女は訊く耳持たなかった。「で、地団太を踏みながらもまたログインして来るんじゃないかって待ってたの。午前三時まで」「粘り過ぎだ」 そんな夜中まで待とうなんて気が知れている。普通そこまで行ったら寝てしまうだろうに。夜更かしは健康の敵だ。夜行性の動物でもない限りな。「そしてさ、今日も朝の六時から十二時までログインしてたんだけど、全然見掛けなくってそのまま強制ログアウト。六時間捜し回っても見付からなかったわ。それでも私は諦めずにまたログインをしたのよ」 朝の六時からゲームかよ。俺からすれば考えられないな。体に無理が生じそうで。そうでなくとも午前の三時までVR世界に入り浸っていたのだから、睡眠は三時間未満だろう。無鉄砲にも程がある。絶対数年後には身体にガタが来るな。わざわざ心配なんざしてやらねぇけど。「ログインして街を歩いてたら、見付けたのよ! 薬屋さんから出て来るサクラちゃんを!」 アイアンクロウを解除して、両手で握り拳を作り息を荒げ始めるコート女。漸く視界が回復したぞ、この野郎。そして残念だ。こいつを落下させる事が出来なくてな。 で、あの時に見付かったのか。こう言っては何だが俺としてはそのタイミングで見つかってよかったと思う。それよりも前に見付かっていたら生命薬は買えなかっただろうからな。「見付けて直ぐに私はサクラちゃんの腕を引っ張って、何が何でも私の作った服を着させるように色々と仕向けたわ! 初期の服なんてもう着させない為にも! そこらのNPCが売っている防具よりも防御性能の高い服を! 値段も一式で1000ネルにしてお買得に! そしてレベルが低くてもきちんと装備可能な服を! 昨日のうちにね!」 そこまでしてサクラに着させたかったのかよこいつは。確かに武器と防具には装備可能レベルが存在するけどさ。レベル1から装備可能なものは表記されないが、レベル2以上からは説明の欄に表記されるようになる、と説明書に書いてあったな。 つまり、今サクラが来ている服タイプの防具はレベル1からでも着れ、尚且つ防御面も心配のない一品となっているらしい。装備の能力が上がる程装備可能レベルが引き上がってしまうらしいが、それをさせないとは、コート女の腕は確からしい。俺個人としては気に食わない奴だが。 で、こいつの言う事から本当にサクラは押し切られた形で装備を購入したらしい。そして、見た目が恥ずかしいから初期の服装に着替え直す事の出来ないようにわざわざ初期の服を口車に乗せて奪い取る、と。歪んでるな、色々と。「丁度サクラちゃんも防具を買う予定があったらしいからね、もう歯車がガチッと嵌まる音が頭の中でしたよ~。ついてるって!」 コート女がサクラの頭を撫で始める。サクラはびくっと震えて身を縮こませてしまう。「そ、そして、こうして私の願いが、成就されたって訳よ。やっぱり、サクラちゃんはこう言った恰好似合うわ~。現実世界だとコスプレ会場でもない限りこんな恰好させられないし、VR万々万々歳っ!」「ひゃうっ⁉」 撫でていた手を今度は腰にしゅるりと回してがっちりとホールドを行う。もう異性だったらセクハラだぞ。いや、同性でもセクハラか。いやいや、現実では性別が違う可能性があるから、異性同性関係なくセクハラだな。「はぁ、はぁ、で、で。誰もいない空間で、私は、思う存分に、はぁ、恥ずかしがってもじもじするサクラちゃんを、撮りまくって、はぁ、はぁ、満足です……。本当にありがとうございました~~~~~~っ‼」 息が更に荒くなって、更にきつくホールドをして、更には背中に頬擦りを始めるコート女。俺の方からでも見える横顔がとても幸せそうで、鼻血をたらりと一筋流している。こいつ、変態だな。で、VRでも鼻血は実装されているのか。「…………え、えぅ」 表情までは見えないがサクラはこちら側から僅かに見える顔を真っ赤に染め上げて俯いてぷるぷると身体を震わせている。声も震えているからもしかして泣いてるんじゃないか?「……ふぁー」 あ、ファッピーが物凄い形相でコート女を睨んで怒りで全身をプルプル震わせている。魚でも羅漢像のような顔をするんだな。でも、ここで俺にかましたようなタックルをすれば腰に手を回されているサクラも巻き添えを喰らって一緒にパラシュートなしのスカイダイビングをする羽目になってしまうし、火を吹けばサクラも丸焦げだ。自分の主人を助ける事が出来ない事に不甲斐無さを覚え、自分とコート女に対して怒りで震えているのだろう。 安心しろファッピー。俺が何とかしてやる。「おい、いい加減離れろよ」 腰に佩いた包丁をすらりと抜き放ち、刃をコート女の首筋に当てて脅しに掛かる。現実と違って首筋を切っただけではしなないので脅しの効力は小さいが、それでも連続で切り付けたり突き刺してぐりぐりと傷口を汚く広げるように包丁を回せば生命力が減っていって死に戻りになる筈だ。「はぁ、はぁ、はぁ、サクラちゃ~~~~~~んんんんんんっ‼」 駄目だ全然聞いていない。この変態コート女はそのまま顔面をサクラの背中に押し付けていく。 よし、切ろう。今直ぐ包丁で突き刺そう。そして傷口を抉ろう。 俺はファッピーに向かって実行の意思を伝える為に首を縦に振る。ファッピーも首……ではなく頭を縦に振ってきた。やれ、と言う意思表示だろう。言わずもがな、だ。パーティーメンバーに害を為す野郎は何であれ始末あるのみだ。
「……いい加減にしろ」
 と、重厚な声が響き渡り、四不象が急にロデオマシンの如く上下左右に荒ぶり始めた。俺は直ぐに四不象の体にしがみついて落ちまいと抗う。サクラも同様だが、片手で一番前に座っているリトシーを抱えながらだ。そんなサクラを支えるようにファッピーが横に張り付く。「おわわわわわわわわっ⁉」 で、コート女は突如の揺れに対応する事が出来ずに揺られて、体が浮き上がる。そしてそのまま四不象の背中に落ちたが、そこは丁度四不象が背中を捩った瞬間だったので太腿にクリティカルヒット。バランスを崩して体が右に傾き、そのまま落下。 ……したらよかったのにな。「落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる~~~~~~~~~~っ‼ 助けてサクラちゃ~~~~~~~~~~~~~~~んっ‼」 サクラの腰に腕を回していた結果、サクラにしがみつく形で落下せずにいやがるコート女。幸いなのはサクラが四不象の背中を掴んでいる手とは逆方向に体が投げ出されていた事だな。その御蔭でファッピーが支える事が出来た訳だし。 そして、コート女が投げ出された瞬間に四不象が暴れなくなったのも大きいな。もし暴れたままだとサクラも投げ出された事だろう。「く、苦しいっ」 しかし、サクラも落ちるのは時間の問題だろう。人一人の重さが乗ってしまっているのだ。逸早くこの状況を打破せねばなるまいて。 ただ、その状況打破はコート女を救い上げる、何て馬鹿な真似をする事を当然指してはいない。「ふぁー!」「いった~い!」 ファッピーがコート女の右腕に噛み付いた。それも本気だったらしく、あまりの痛さにコート女は右腕をサクラから離す。現在こいつは左腕一本でサクラにしがみついている状態だ。 さて、引導を渡してやるか。「落ちろ」 俺は躊躇いも無く、無慈悲にコート女の肘関節目掛けて逆手に持った包丁の刃先を突き立てる。「いったぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ⁉」 変な叫び声を上げながら、痛みを堪える事が出来ずに命綱の役割を果たしていた左腕を離したコート女が一人スカイダイビングを開始する。因みに、突き刺した場所に傷口は存在しなかった。流石全年齢対応VRゲーム。血生臭い事は実装しなかったか。「このクソ野郎が~~~~~~~~~~~~~~~っ‼ 次会ったら覚えてやがれ~~~~~~~~~~~~~~っ……‼」 三下の敵が逃走する際に吐くような台詞をほざきながら重力に従うコート女。女性がそんなはしたない言葉を口にするものではないな。もっと粛々としろ。「イェイ」「ふぁーっ」 俺とファッピーは落ちていくコート女から目を離して手と鰭でタッチを交わす。これでパーティーメンバーに仇名す害虫を駆除する事が出来てサクラが落ちずに済んだ。そしてこいつとの友情が芽生えた気がする。 四不象は自分を喚び出した【サモナー】を落とされても俺達を落とす事はせず、そのまま北門を通り過ぎて外の道の真ん中あたりに差し掛かると高度を落としていく。 そして、そのままゆっくりと着地して俺達が降りやすいように屈んでくれる。 俺から降りて、リトシーを抱えたまま震えているサクラをファッピーと二人(一人と一匹)掛かりでゆっくりと降ろす。「その方等よ」 と、四不象が俺達に顔を向けて口を開いて声を発したではないか。喋るのか四不象は?「我の召喚者が迷惑を掛けた事を、心から詫びる」 そのまま四不象は頭を地面すれすれにまで下げる。 って、この声は四不象が荒ぶる前に訊いた声だな。つまり、こいつもコート女の暴挙に堪忍袋の緒が切れたのか。「これは詫びの印だ」 四不象は頭を上げると、そのまま頭を振る。すると、生えていた鹿のような角がぽろんと落ちたではないか。「我の角を受け取って欲しい。それを素材に武器を作成すれば、その方等の力となるだろう」 マジか。まさかの召喚獣の体の一部を貰えるとは思わなかった。しかも素材なので好きな用に加工が可能。ただし、生産系のスキルが必要になるが。「でも、お前はいいのか? 折角の角が」 俺は角を二本とも拾いながら四不象に尋ねる。「なに、直ぐに元の長さに生え戻る」 と言った瞬間に角の生えていた部分に光が集まり、新たな角が出現した。マジか。「では、我は元の場所に戻るとしよう」 四不象の体が光に包まれ始めた。もうこの場にいる意味が無いのだろう。「なぁ」「何だ?」 俺は消えかけている四不象に、この言葉だけは言っておきたかったので、心を込めて口にした。「頑張れ」「……心遣い、感謝する」 一瞬の間から、俺の予想通りに四不象は常に苦労していたらしい。そりゃ、あんな変態コートが自分のサモナーならな、絶対に振り回されて苦労する。俺が四不象の立場だったら絶対に召喚に応じない。それでも四不象は忍耐力の賜物か、律儀に喚び出しに応じて馳せ参じているので、本心から偉いと思うし、尊敬もする。なので、労いの言葉を贈った。 頭を下げた四不象は、光となって完全に消えて行った。


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