喚んで、育てて、冒険しよう。

島地 雷夢

08

 失念していた。 このゲームでは、モンスターを倒しても金は貰えない。大抵のゲームならばモンスターを倒せば金を入手し、それを元手に武器を新調して言ったりするが、STOではそれは不可能。 STOで金を稼ぐには、モンスターから得られるドロップアイテムを換金する事、街で随時受け付けているクエストをクリアする事、そして店の手伝いをする事、プレイヤー同士で売買を行う事、道端で拾う事。主にこれらをする必要がある。
 モンスターを倒しても直接金銭を得られないのは、野生の動物が金を持っている訳がないと言った当たり前の事から来ているのだろう。まぁ、烏とかヒカリモノが好きな動物は別だが。 正直、今となっては普通にモンスターを倒せば金を入手出来るようにして欲しかったと切望するよ。もしくは、モンスターから得られるドロップアイテムの獲得率を100%にして欲しいものだ。ホッピー二匹を倒しても俺はドロップアイテムを手に入れられなかったのだし。
 ケーキとコーヒー代を払えなかった俺。そのウィンドウが表示されると、会計をしていた女性店員の表情が一変した。笑っていると言う形自体は変わっていないが、客に向ける営業スマイルが消失。代わりに後ろに鬼やら般若やらが見えそうな程の凄惨な笑みへとチェンジ。 恐らく、あのまま逃げていたら食い逃げとして街中を追い掛け回され、何かしらのペナルティを追っていたと思う。まぁ、元から逃げる気なぞは無かった訳だが。 俺が取った行動は至ってシンプルだ。
「皿洗いして払う」
 こうやって代金を払うしかない。それをNPCの店員に言っても通じるかどうか定かではなかったが、言った瞬間に『タダ働きをしますか?』と出たので即行で『はい』を選択した。 拘束時間は二時間となっていた。既にゲームを初めて一時間は過ぎていたので、このままだとタダ働きの最中に強制ログアウトが発生すると言う最悪の事態になりかねなかったのでメニューを開いて即三時間から多く見積もって二時間延長して制限時間を五時間に設定し直した。これで働いている間に現実に強制連行される事が無くなった。 因みに、桃色髪は所持金を全く使っていなかったそうだ。500ネル払っていてもまだ500ネル残っていた。
「代わりに払いましょうか?」
 と既に選択を終えた俺に尋ねてきたが、丁重に断った。自分の尻は自分で拭かねばならない。一時的にとは言えパーティーを組んでいる奴には、こう言った事で迷惑を掛けてはいけないのだ。 なのだが。
「だったら、私もします」
 と言って桃色髪もこの喫茶店で一時的に働く事に。ただ、俺と違うのはタダ働きではなく店の手伝いと言う事できちんとした雇用関係が成立し給金が発生する事だ。こいつはきちんとケーキと紅茶の料金を支払ったしな。 で、現在。 俺は黙々と皿洗いをしている…………訳ではない。 言っては何だが、皿洗いをやるとばかり思っていたのだが、見当ハズレ過ぎた。 まさかのケーキ作りの手伝いをさせられる事に。普通そう言うのを頼むか? 現実では有り得ない。一応どうしてかと訊いてみた所「君、【初級料理】のスキルあるでしょ? だから」と返された。 それだけかよ、ケーキ作りを手伝わせるのは。
 まぁ、ケーキ作りとは言ってもメレンゲを作る為にひたすらに泡立て器で混ぜ続けたり、固すぎず、かと言ってべしゃっとならないくらいに角が立つホイップクリームを仕上げる為に泡立て器で混ぜ続けたりする作業なのだが。 本格的に焼いたりと言った事はしていない。流石にそこまではゲーム内とは言えども任せられないようだ。 それでも、見知らぬ輩に普通はメレンゲ作りやクリームの泡立ては任せないだろう。メレンゲの硬さでスポンジ生地の出来が、ホイップクリームの滑らかさでケーキの食感が左右されるのだ。 店の味と言うのがあるし、修行をしていない奴が作ったものを使ってしまえば店の味と異なり、下手をすれば客離れを引き起こしてしまうだろう。
 こうして俺が泡立て器で泡立て続けているのは、あくまでゲーム内だからこそ許される行為だと言う事を念頭に置いておこう。そうしないと、いざ飲食店でアルバイトをする事になった場合に変な勘違いをしてしまいそうだしな。 ゲームでこのように素人でも出来るようになっているのは、ひとえに現実では中々体験出来ない事を出来るようにする為なのだろうな。俺がやっている卵白や生クリームの泡立てだって、人によっては一生やらずに人生に幕を閉じる人だっている。 自分が当たり前にやっている事は他人も当たり前にやっている訳でない。…………台所戦争とかな。
 また、やりたくとも様々な要因が積み重なって出来なかったり、環境が整っておらず断念せざるを得ない人もいるだろう。そのような人に気軽に……と言えば語弊があるかもしれないが、少なくとも現実の世界よりはあまり周りに左右されずにする事が出来る筈だ。 STOは戦闘だけでなく、釣りや料理、鍛冶や薬作りと言った様々な事をやれるように作られている。どれを選ぶかは個々人の自由だ。その自由を阻害するような障壁をなるべく取り除いた結果が、これなのだろうと勝手に解釈する。こればかりは開発者しか正確な回答を出せないからな。
 俺としても、桃色髪からケーキを作って欲しいと暗に言われ、約束してしまったので一部とはいえケーキ作りの手伝いをして経験を得られるのは自分の成長にも繋がるし、ちょっとした充足感も味わえる。 因みに、泡立て器は電動ミキサーとかではなく、普通に手動。手に持ってガッシャガッシャと混ぜ回していく奴だ。電動はこの世界観に合わないと言う事で排斥されているのだろう。魔法とかある訳だし。SFモノではなく、あくまでファンタジーな世界を舞台としているゲームだからなSTOは。
 効率よりも雰囲気を大事にする。これは大事だろう。ここで電動のなんかを出されていたら急に現実に引き戻されるような悲哀な感覚が襲ってきただろうから。現実で出来ない事をするのもゲームの醍醐味の一つなのだから、こう言った仕様は歓迎だ。俺個人としてはな。 因みにこの店、売れ行きが結構いい。プレイヤーだけではなく、なんとNPCもケーキを買って店で食べているのだ。プレイヤーだけならば下手をすれば席に空白が目立つと言うような事態に陥る可能性もあったのだが、NPCも導入する事により、席に空白が見られない。 また、プレイヤーと同様にNPC同士でゆっくりと食べながら会話をしたりする者もいるし、一人で来て食べ終えると直ぐに店を出て行ったりする者もいるので完全な一定間隔で客の出入りがある訳ではない。それこそ現実に近い不規則な流れで客の入れ替わりが行われている。
 このようにNPCも店に赴き買い物をしたり料理を食べたりするようにプログラミングをされているのは、プレイヤーが店の手伝いを出来るようなシステムがあるからだろう。 店の手伝いをして給金を得るようなシステムがあるのに、客が全く来なくては手伝う意味がなくなってしまうし、店側から無理に給金を取り立てたような罪悪感が湧いてしまう。 まだアルバイトというものを経験していない若輩者が零す戯言だが、少なくとも俺はそうだ。 なので、NPCが普通に買い物をして、サイクルを作り出しているのは店側にプラスになるだけでなく、ゲーム内の街に活気をもたらしているようにも見えるのでいいと純粋に思える。 まぁ、その代わりにこちらは腕を動かし続ける事になるのだが。
「終わった」
 金属のボウルに入った生クリームを泡立て終え、軽く一息吐く。流石に厨房での作業なのでゲーム始め立ての衣装のままではなく、一時的に店のエプロンと帽子を借りて行っている。
「じゃあ、今度はまたメレンゲ作りお願いね」
 横からホイップクリームの入ったボウルと、それを混ぜていた泡立て器を取られ、代わりに現れて綺麗になっている泡立て器と卵白の入ったボウルが渡される。
「分かった」
 俺は言われた通りに泡立て器で卵白を混ぜていく。 厨房には俺以外に五人の料理人――パティシエとでも言えばいいのか――がいる。そのうちの一人、所謂調理場での全権を握っている主任とかと言われるであろう五十代くらいの口髭を生やした男性が全体を仕切っている。 因みに、俺にボウルと泡立て器を渡したのはその男性ではなく、俺より二歳かそこら年上だろうという感じの三つ編みの女性である。この女性は主に盛り付けをしている。テキパキとこなしていて手際がいいと個人的に思う。
 俺も自分の仕事を全うするべく、卵白を泡立て始める。透明でとろっとした卵白をメレンゲにするには想像以上に大変であり、俗に言う手首のスナップを利かせろなどと言った事をしないと一定間隔で混ぜられない。 手首が痛くならないのは幸いなのだが、何気に体力が減っていっている。走る時よりも減少の幅が狭いのだが、現在は四割を切っている。
 菓子作りはリアルでも体力を使うのだ、と暗に表現しているのだろうか? と疑問に思いながらも混ぜ続ける。今では多少慣れたもので、リズムよく混ぜていく事が出来るようになった。 白く泡立ち、気持ち硬くなったらそこで砂糖を数回に分けて投入。砂糖をいっぺんに入れてしまうと泡が全部消えてしまうそうだ。なので、砂糖は一気に投入してはいけない。そこはNPCに厳重注意された。 実際、白くなって角が立っても砂糖を入れると一気に柔らかくなってしまうので、そこからまた角が立つようにするまで結構な労力が必要となる。現実でやると次の日肩が筋肉痛になりそうだな。だが、砂糖には泡を消す他に泡を長持ちさせる効果等もあるらしいのでメレンゲ作りでは必要だそうだ。
 砂糖に手を伸ばしながら、ふと心配になって桃色髪の方へと視線を向ける。 桃色髪はフロア? で接客を行っている。リトシーと魚も桃色髪について行きながら接客の手伝いをしている。厨房からでも客席の様子が分かるようにガラス張りとなっているのが特徴で、客側からも菓子を作る行程を見れる。
「……いらっ、しゃい、ませ。二名、様、です、ね?」
 来店してきたNPC二人に桃色髪は相手の顔を見ずに視線を下にしたまま接客をしてしまっている。口ももごもごとしており、はっきりと言っていない。人見知りと言っていたが、NPC相手にも人見知りが発動するのか。まぁ、見た目もまんま現実の人だから無理もないのか?
「しー」「ふぁー」
 そんな桃色髪をサポートするようにリトシーと魚が元気よく客に向かって声を掛け、笑顔で接客を開始する。言葉は通じないが、それでも誠意を込めているのは伝わって来るな。
「こ、こちら、へ、どう、ぞ」「しー」「ふぁー」
 NPC二人を客席へと案内する桃色髪。動きがぎこちなく、足元が覚束ない。足をもつれさせて転んでしまわないか心配だな。 そんな桃色髪も初期の服装ではなく、店の制服を支給されてそれを着ている。頭にふりふりの布(何て名前なのかは知らない)と特にフリルの付いていないシンプルなエプロンを装着し、丈の長いスカートをはいていて所謂メイドのような格好をしている。 これでこいつは性別が女であると分かった。別に相手に性別を訊かずとも、こうやって判断する方法があるのかと感心? した。 結構似合ってはいると思うのだが、如何せん伏し目がちになって、猫背気味にもなり、挙動も覚束ないので少々残念に見える。もう少し堂々として、笑顔でも見せればばっちりだと思うのだが。
 そんな桃色髪をカバーするのがリトシーと魚であり、桃色髪が先導して席へと案内する間に二匹は客へと近寄りにっこりと微笑ながら一緒に向かう。NPCと言えども可愛いのには目が無いらしく、二匹に暖かな視線を向けたり撫でたりする。 桃色髪には……目もくれていないが。お前も人見知りとか言ってないで客に失礼のないように頑張れよ。自分から手伝うとか言ったんだからさ。 ただ、そんな桃色髪に目を向ける輩もいるのだが、それは決まってプレイヤーだ。それも男性プレイヤー。席へと案内する際に背を向ける桃色髪に様々な視線を注ぐ。 様々は本当に様々で、心配そうなものもあれば、何か身の危険を感じさせるような、その類いの視線を向けていた。数としては後者の方が多い気がした。
「ごちゅ、ご注文が、お決まり、次第、お呼び、下、さい」
 もごもごとどもりながらも定型句を言い終えた桃色髪はそのまま元いた定位置へと戻っていく。リトシーと魚はその間も客の傍にいて場を和ませている。 今更ながら、モンスターを手伝わせるのをよく店側は許可したよな。衛生的な面から考えて、普通は駄目な筈だけど。そこはゲーム内だから深く気にしていないのだろうか? 謎だ。 っと、桃色髪がフロア担当の従業員NPCに何か言われている。きっと接客時の注意を言われているのだろう。取り敢えず、俺からは注意されないように頑張れとしか言えないな。
「君、手が止まってるよ」
 と、盛り付けをしている女性NPCに俺も注意されたので、メレンゲ作りを再開させる。


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