うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第22話 『異世界に飛ばせるらしい』

 慣性に従って、身体が前方へと引き寄せられる。
 シートベルトをしていなければ、フロントガラスを突き破って外へ投げ出されていただろう。
 それでも必死に歯を食いしばって、身体にかかる力が無くなるのをじっと待つ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、どうだ!?」

 トラックが止まったのを確認し、慌てて窓から身を乗り出して後ろを見た。。

 慌てた様子で空へ舞い上がるシロと、その背に乗るタバサの姿。
 アシハナはシロから降りていたようで、少し離れた場所で尻餅を付いている。
 そして。今まで見たことが無いような巨大な光の魔法陣が、まばゆいくらいに輝いていた。

「成功……したのか?」

 俺の呟きに答えてる人は誰もいない。
 だがサイズこそ違えど、あの魔法陣はトラックで人をいて異世界へ飛ばしたときに出る物と同じだ。
 魔法陣が緩やかに回転を始め、中心から見慣れない人影が吐き出されてくる。
 恐らく、あれが元妻の再婚相手のはず。気を失っているのか、吐き出された人影はピクリとも動かない。
 光の魔法陣は次第に解けるように粒子となり、虚空へと消えていった。
 近くにいたアシハナが恐る恐る人影に近付いて行くのが見える。

「……どうやら終わったようだな。お疲れ、ホオズキ」

 どこを見渡しても、あの漆黒の化け物の姿は見当たらなかった。
 そのことに胸を撫で降ろし、助手席へ声を掛ける。

 だが、返事は無い。

「……ホオズキ?」

 助手席を見ると、そこにはピクリとも動かない女神像が、行儀良くシートベルトをしながら鎮座していた。
 慌てて手を伸ばすが、触れても石のような不思議な感触がするだけ。ホオズキが宿っていたときのような温かみは感じない。

「そうか……力を使いきったら、眠りにつくようなことを言っていたもんな」

 月の影響を無す力は、長く見積もっても十分も使っていないだろう。
 それでもかなりの力を消費したのは事実。

「あのバカ、最後に一言くらい言ってから行けば良いのに……」

 そう呟き、シートに深く身体をあずけた。
 手探りでタバコを一本取り出し、口に咥えて火をつける。

「ふぅ……疲れたな……」

「お父様! 大丈夫ですかっ」

 ふと気が付けば、窓からタバサがこちらを覗き込んでいた。
 おそらくトラックからに降りてこないため、心配して来たのだろう。

「ちょっと疲れただけだ。そっちはどうだ? タバサもアシハナも怪我はしていないか?」

「はい、シロが上手に立ち回ってくれたので問題ありませんでした」

『ブナー』

 タバサの胸元から、のんきな声がする。
 ちんちくりんな毛玉がタバサに抱かれてこちらを見ていた。

「……また小さくなったのか?」

『ブナ、ブナ』

「くすっ。どうやら、口にした魔力の籠もった宝石の力が尽きてしまったようです」

「ああ……魔力がないと、あの身体を維持できないんだったな」

 デタラメな生き物だ。
 だが異世界の幻獣だというのなら、そういう物なのかもしれない。

「流行さん、魔法陣から吐き出されてきた人はどうしましょう?」

 アシハナが、背中に気を失った男を背負いながら近付いて来た。
 初めて見る顔だが……こいつが、元妻の再婚相手か。
 何とも複雑な気持ちが込み上げてくるが、俺はそれを飲み込んで行く。

「こんな場所に放置しておけないからな、荷台に乗せてくれ。あと帰り道は人払いが効いていないはずだから、助手席はどちらか一人が乗って、もう一人とシロは荷台でそいつを見ていてくれ」

 二人とも助手席に乗せてしまえば、普通に警察に捕まってしまう。
 いや、空荷であれば荷台に人が乗っても違反なんだが……。

「わかりました。では、わたしが荷台に乗ります」

「良いのですか、タバサ?」

「トラックの荷台に人が乗るのも違反なんですよね? なので、魔法で姿が見えないようにしてしまおうかと思いまして」

「そんなことが出来るのか?」

 その言葉に思わず目が丸くなってしまった。
 タバサははにかみながら頷く。

「消耗も激しいので、ちょっと大変ですけれども……大丈夫です、やれます」

「そうか……なら頼む。なるべく安全運転で走るからな」

「はい、お父様」

 にっこりと微笑み、タバサはシロを抱いたまま荷台へ移動する。
 アシハナも背負っている男を荷台に乗せ、助手席へ乗り込んで来た。

「流行さん、神様は像に戻ってしまったんですね」

「力を使いきって眠りについたんだろ」

「では神像が壊れてしまわないように、私が抱いていることにします」

 荷物のように扱うのがためらわれたのか、アシハナは大きな胸に埋めるようにして女神像を抱きしめた。
 俺はそんなアシハナがシートベルトをするのを確認し、ゆっくりとトラックを発進させる。

 あの化け物を轢いたにしては、すこぶる調子は良さそうだ。
 あれだけの質量の物体にぶつかったのに、どこにもガタが来ていない。

「これも、ホオズキが守ってくれたってことなのかね……」

 隣に座るアシハナにも聞こえない小さな呟き。
 ちらりと女神像へ視線を向けてから、俺は結花や元妻の住む家へと向かうことにする。





 結花や元妻の記憶は、無事に戻っていた。
 俺が再婚相手の男を拾ってきたことには驚いていたが、そこはなんとか誤魔化せたと思う。
 そして元妻にはタバサとアシハナがめちゃくちゃ可愛がられていた。

 そして、あっという間に時間が経っていく。





「おとう、聞いてよ!」

 とある土曜日に、結花が家へと遊びに来ていた。
 何度も新幹線に乗って来られるだけのお小遣いは無いはずなんだが……どうやら、母親から交通費を貰ったらしい。
 そして結花の話題は、その母親と再婚相手のことだ。

「あの人、自分は異世界へ行って大冒険をしていた……だなんて、お母やあたしに自慢げに言うんだよ? あたしが中学二年生だからって、厨二病みたいなこと言うなんてバカにしてると思わない!?」

「落ち着け、結花。父親なる人を『あの人』呼ばわりはないだろ……」

「だってっ」

「ほら、タバサがお茶を入れてくれたから、それでも飲め」

「むぅ……お父が真面目に取り合ってくれない……。そりゃあ、異世界とか世迷い言にもほどがあるけどさぁ」

 頬を膨らませてぶつぶつと文句を言う結花。
 その話を聞き、タバサやアシハナさえも苦笑を浮かべている。

 どうやら再婚相手の男は、異世界にいたときのことを覚えているようだ。
 どうしてこの世界に戻って来られたのかはわかっていないようだが、話を聞く限りではずいぶんと異世界生活を満喫していたらしい。

「結花、今度海へ行こうと言っていましたよね。いつころの予定でいるのですか?」

 これ以上、愚痴のような話に俺を付き合わせては悪いとでも思ったのか、アシハナがそう話の流れを修正する。
 そして、結花はあっさりとそれに食い付いた。

「出来れば長期休暇中の方が良いから、やっぱり夏休みになったらだよね! おかあが再婚するから新聞配達はもうしなくて良いって言われたし、時間はありあまってるけど……ねぇお父、車……出して欲しいなー。だめ?」

 先程までと態度をコロリと変え、今度はあざとく上目遣いになりながらおねだりしてくる。
 ちなみに結花の通う中学校の夏休みまでは、まだ多少の期間はあった。

「……アシハナ、車の免許、取りに行ってみるか?」

「えっ、良いのですか、流行さん!?」

「今から免許取りに教習所へ行けば、結花の夏休み前にはなんとかなるだろ」

 飲み込みは早いので、学科さえどうにかなれば実技はストレートで合格出来るはず。
 通いでも1ヶ月くらい。もし合宿で取るなら半月でなんとかなるだろう。
 教習所の代金はちょっと懐的には痛いが……未来への投資と思えば安いものだ。

「アシハナお姉ちゃん、免許とるの?」

「うちの会社は今、流行さんしかトラックを運転出来ませんから。まだ普通免許しか持てませんけど、いずれは私もトラックドライバーになるべく精進中なのです」

「へぇ、そうなんだ。タバサお姉ちゃんは事務員しているんだよね?」

「そうですよ。今はお父様に簿記のやり方を習っているので、経理もそのうちに担当すると思います」

「うちみたいな零細企業は自分達でやらないとな」

 今は動かせるトラックは俺の一台しか無いが、人が増えた分は少しずつ仕事も増やしている。
 任せられる仕事は二人に任せないと、とても回しきれないのだ。

「ふぅん……夏休みなったら、あたしもお父の会社でバイトさせて貰おうかなぁ……」

「あのな、結花……。中学生をバイトで雇うのは無理に決まっているだろ」

 新聞配達くらいならともかく、中学生は労働基準法で雇ってはいけないことになっている。
 そもそもうちの会社に学生バイトを雇えるだけの余裕は無い。
 雇うならトラック運転手だろう。荷運び役が今の倍になれば、それだけ収入も増える。

「そこは……ほら、親子なんだし、家事手伝い的な感じでどうにかならない?」

「お前は家にいたくないだけだろ。家にいれば、新しい父親と嫌でも顔を合わせることになるし」

「むぅ……わかってるなら、なんとかしてよ、お父!」

「無理だ、諦めろ」

 そもそも結花の親権は元妻の方にある。
 俺に勝手なことが出来るわけでもないのだ。

「ほらほら、それよりもせっかく来たんだからタバサやアシハナと遊んでこい。シロも暇そうに転がっているし連れて行ってやれ」

 結花を追い払うように、手振りで遠ざかるように指示をする。
 それに頬を膨らませたが、元々結花も二人と遊びに来たのだ。諦めて、シロも連れてタバサの部屋へと行ってしまった。

「ふぅ……賑やかで平和なことだな」

 タバサ達が来るまでは、こんなに賑やかな日が来るとは思っていなかった。
 俺はソファーに深く座ってタバコを咥える。

 あれから一度もホオズキは夢枕に立っていない。
 ただ仕事の依頼が無いだけなのか、それとも本当に眠りについたのか……。
 平和と言えば平和なのだが、あれで全部終わったのかと思うと少し拍子抜けだった。

 世界の澱みを解消するために異世界へ人を送り続けていた。
 その澱みはすでに全て解消されているのだろうか?
 それとももう一人の管理者が、俺の知らない誰かを新たに選び出して、そいつに仕事をさせているのだろうか。

「……いや、もう終わったことだ。このことにこれ以上思い悩まされる必要は無いか」

 タバコを灰皿に押しつけて火を消し、ソファーから立ち上がる。

『待ってください、流行!』

「……っ!?」

 不意に、どこかで聞いたような声が頭に響いた。
 思わず息を呑み、慌てて辺りを見渡していく。

 白亜の世界に来たわけでは無い。
 寝たわけでは無いので当然だが、ここは普通に自宅のリビングだった。
 ではどこから声がしたのか……。

 ドンッと、窓が叩かれる音がした。
 そちらに視線を向けると、窓を叩く三十センチくらいの大きさの女神像──もとい、見慣れた感じのする自称・神の姿が見える。

「ホオズキ!?」

 窓を開け、俺はそれを掴み上げた。
 本当に存在しているのかと思い、引っ繰り返したりしながらマジマジとその姿を観察する。

『ひゃぁっ、や、やめてください、ひっくり返るとスカートがめくれてしまいます、流行!』

「……本当にホオズキか?」

『はい、そうですよ。わたくし以外に誰がいると言うのですか』

「いや、それはそうなんだが……」

 全長三十センチくらいの人間の存在は、残念ながら俺には心当たりは無い。
 だが……。

「お前は力の使いすぎで眠りについたんじゃ無かったのか?」

『わたくし自身、そう思っていたのですが……何故か先程この身体で目が覚めました。それで、すぐにもう一人の管理者に連絡を取ったのです』

 そしてホオズキが語るのは、何とも拍子抜けするようなことだった。
 と言うのも俺があの化け物を送った際に起こった波紋のエネルギーは膨大だったらしい。
 もう一人の管理者が、そもそも自分の責任で起こったことなので自分で処理しようとしていたのだが、失敗。
 その影響で起こる新たな澱みや様々な問題に一人では手が回らなくなり、無理矢理もう一人の管理者であるホオズキを起こした……とか。

「……それで、どうして女神像に宿っているんだ?」

『それが……どうやらこの像に宿っている間に流行に名を付けられたため、予想外に結びつきが強くなりすぎたようなのです。簡単に言えば、わたくしは自力でこの像から抜けられません』

「……はぁ?」

『ですから、しばらくはこの像に宿ったまま、流行にお世話になることになります』

「はぁぁっ!?」

 なんだ、そりゃ……。
 ホオズキの言葉に、俺はつい頭を抱えてしまった。
 訳が分からない。どうしてこんなことになってしまったのか。

『それともう一人の管理者からお願いがあります。流行に、お仕事の依頼です』

「……また、俺に誰かを轢かせるつもりか?」

『端的に言うとそうなりますね。もちろん、受ける受けないは流行次第になりますが……』

 そう言い、ホオズキは俺をジッと見つめて来る。
 その人の内心を見透かすような眼差しに、いたたまれない気分になって来た。

 すでに俺はこの世界の事実……この依頼を受けなかったときに起こる災害を知っている。
 他の奴に任せれば良いとも思うが、それが真城の様な奴である可能性もある以上、また化け物がこの世界に送られてくる可能性もあるのだ。
 お人好しの俺では断れないだろうと、その眼差しは物語っているような気がする。

 いや、実際にそうなんだけどな。

「はぁ……わかった、詳しい情報をよこせ。あと今は家に結花がいるから、ちょっと場所を変えるぞ」

 タバサとアシハナにはいまさらではあるが、結花にこの事を知られたく無い。
 俺はホオズキを抱えたまま外に出て、相棒のトラックの元へ行く。

『まずは受けてくださってありがとうございます、流行。そなたに感謝を。それで、今回の依頼なのですが──』

 そんなホオズキの言葉を聞きながら、俺はトラックの表面を撫でる。
 どうやら、うちのトラックはいまだに轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい。

『流行、ちゃんと話を聞いているのですか?』

「……すまん。もう一度最初から頼む」

 小さく溜息をつき、改めてホオズキの話に耳を傾ける。

 今夜は久し振りに寝るのが遅くなりそうだった。

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