うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第20話 『獣』

「アシハナ、忘れ物はないか?」

「はい、大丈夫です!」

 アシハナが先日のデパートで買ってきたという袴姿で元気よく頷いた。
 腰には木刀を差しており、さながら侍のような出で立ちだ。

「……その格好で良かったのか?」

「問題ありません。さすがに甲冑を着て歩くわけにもいきませんし、武器も刃のついた物を持っては犯罪になってしまいます」

「それはそうだが……化け物相手に、心許なくないか?」

 それはさながら、敵の爆撃機を竹槍で落とそうとするかのようなものだ。

『移動中はわたしが人払いをかけますので、警察に捕まることはありませんよ?』

 女神像に宿った自称・神が、ちゃっかりダッシュボードに腰をかけながらそんなことを言う。
 ちなみに今回は二人乗りのトラックに三人で乗り込むため、人払いをして貰わなけば化け物の元へ行くのも苦労することだろう。

 だがそんな俺の心配に、アシハナは首を横に振る。

「そもそも、そのような化け物を前に装備を固めても大差あるとは思えません。なにより、刃のついた武器は私では買えませんから」

「……それもそうか」

 言われてみればそのとおりだ。
 現代日本において銃刀法に反しそうな物を気楽に買えるわけがない。
 もし買えたとしても、金額がとんでもないことになるだろう。

「で、タバサだが……」

「すみません、お父様。お待たせいたしました!」

 まだ事務所から出て来ていなかったタバサが、急いだ様子で出て来た。
 しっかりと戸締まりを確認し、シロを抱きかかえながらトラックまでやってくる。

 こちらはアシハナと違って、いつもの私服姿だ。
 ただ、その手には何故か先日の仕事で手にれた宝石を持っている。

「その宝石は?」

「中には魔力が含まれていますし、何かに使えないかと思いまして。魂を喰らう獣が魔力に惹かれるのでしたら、よりおびき寄せやすくなるかもしれません」

「なるほどな」

 そのことはまったく考えが及んでいなかった。
 そもそも、ずっと女神像と一緒に神棚に置いてあったので、宝石の存在すら忘れていた。

「それと……先程も地震がありましたが、震源地は少しこちらに近付いていたようです」

 そう言って、タバサは一番新しい地震の震源地を教えてくれる。
 奇しくもそれは結花の住んでいる街に近い場所だ。

「片道、四時間かかるが……都合が良いと言えば都合が良いな」

 なにしろ、化け物を送り返した後に元妻の再婚相手が戻ってくる。
 あの辺りに住んでいるのは間違いないので、家に帰すのも容易だろう。

「よし……タバサもアシハナも乗ってくれ。今回はシロや余計な物も乗っているから少し狭いだろうが……」

 そう言い、俺は運転席へと乗り込んだ。
 ダッシュボードにいられると邪魔なため、自称・神を無造作に持ち上げてアシハナに投げ渡す。

『ひゃぁぁっ!? な、流行ながれ、わたくしを投げないでください!』

「すまん、邪魔だったんでつい。アシハナとタバサはちゃんと乗ったか?」

「はい、乗りました」

「お父様、大丈夫です」

 自称・神の文句は聞き流しつつ、助手席に乗り込んだ二人の様子を確認する。
 二人乗りなだけあってシートベルトをつけられないのが難点だが、この際しかたない。

「安全運転はするつもりだが、二人とも気をつけてくれよ」

 そう告げ、俺は無意識にタバコを取りだしていた。
 それを咥え、火をつける。

「ふぅ……それじゃ、化け物退治に出発するとするかっ!!」

 景気づけにクラクションを長押しする。
 あとでご近所さんからクレームが来るだろうが、それも無事に帰ってこられたらの話だ。

『……うるさいです、流行』

『ブナナー……』

 自称・神とシロから文句を言われるが、俺はそれに応えず、タバコを咥えたたままニタリと笑みを浮かべた。
 アクセルを踏み込み、ゆっくりとトラックを発進させる。

 目的地は中部地方にある田舎道。
 なるべく民家から離れており、十分に加速できるだけの直線のある道路が望ましい。

 俺は頭の中に地理を思い浮かべながら、さらにアクセルを踏み込んだ。





 ラジオから緊急地震速報を告げる音が聞こえてくる。

「また地震が来ましたね、お父様」

「明らかに頻度が多くなってきてるな……」

 しかも、今回の地震は明らかにでかかった。
 運転中のトラックからも揺れを感じ、慌てて車を止めたくらいだ。

『空腹に苛立ちを覚えているようですね。今の揺れに、かすかな怒りを感じました』

「そんなのがわかるのか?」

『おそらく近付いたからでしょう。そこな幻獣も同じ物を感じているようですよ』

 言われてシロを見ると、確かにタバサに抱きかかえられながら、もふもふな毛糸のような体毛を逆立てていた。
 落ち着きなくきょろきょろし、ときおり牙を見せて威嚇するように口を開ける。

「そこまで近付いて来ているというわけですね……」

 ラジオでは今回の震源地がどこかを何度も連呼していた。
 それはすでにこの場から車で一時間もしない場所。本当に近くまで来ているらしい。
 そして、すでに太陽は山の丘陵に隠れてしまい、薄墨のような闇が空を覆い始めている。

「時間的にもちょうど良いな。月の影響を無くすのは、どれくらい持続させられるんだ?」

『おおよそ三十分くらいかと……。無理をすれば一時間近く維持できるかもしれませんが、あまり期待はしないでください』

「じゃあ、もう少し近付いてからじゃないとダメだな」

 あちらもこちらに近付いて来ているため、実際には一時間もせずに遭遇するだろう。
 だが見つけてすぐにトラックでくことができるわけでもないため、ギリギリまで温存しておいた方が良い。

「お父様、揺れも収まりましたし、そろそろ……」

「わかった。ここら辺は民家もないし、少し飛ばすぞ」

 タバサに言われ、俺はハンドルを握り直す。
 そして二十分も速度を上げて進んだころだろうか。

『ブナッ、ブナブナブナ!!』

 シロが突然上空を見上げるようにしながら、盛んに吠え始めた。
 それに遅れて、自称・神もハッとした様子で空を見上げる。

『流行、来ました!』

 その忠告に遅れること数秒。

『グルァアァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!』

 まるで空が割れるかの錯覚してしまいそうな、つんざくかのような咆哮が聞こえて来た。
 それに驚き、俺は思わずブレーキをグッと踏み込む。

「きゃぁぁっ、お、お父様、この声は──」

「あのとき聞いた咆哮……間違いない、あの化け物だ!」

 それは真城の奴に会いに行ったときに聞いた咆哮と同じだった。
 そして、ドンッ! と下から突き上げてくるような振動が襲いかかって来る。

「……っ!? これは、あのときと同じっ」

「2人とも、しっかり何かに捕まってろ! 自称・神、人払いは出来ているのか!?」

『それは問題ありません! あと、長ったらしいので自称は取ってください!』

「その話は後回しだ!」

 シフトレバーを急いで操作し、急発進で車をバックさせる。
 刹那。先程までトラックが止まっていた場所に、漆黒の羽毛に覆われたそいつが降ってきた。

 ここまで近くで見るのは初めてだ。
 あのとき空を飛ぶこいつを見たときは、全長が五メートルから十メートルくらいだと判断したが……そんなものじゃない。
 蛇の様な尻尾を限界まで伸ばしたとすれば、おそらく十五メートルくらいにまで届くだろう。

 東洋の龍と蛇を合わせたような姿だと思っていたが、こいつはもっと醜悪な化け物だ。
 あのままトラックを動かさずにいても、実体化していない以上は被害はなかっただろうと思う。
 だが被害がないとわかっていても、アレに触ろうだなんて思えない。

「お、大きいです……」

「流行さん、このまま轢くのですか!?」

「無理だ! この距離では速度が出ない!!」

 アクセルを踏み込んでいるため、エンジンに悲鳴のような音を上げさせながら高速で化け物から遠ざかる。
 だがまだ距離が足りない。ここから最高効率で加速したとしても、あの化け物と衝突するまでに時速八〇キロメートルまでは加速できない。
 何より、奴が突っ込んでくる俺たちをそのまま身体で受け止めようとするとは思えなかった。

『流行、月の影響をなくして欲しいときは早めに言ってください。わたくしが力を行使してから効果が出るまで、三十秒はかかるはずです』

「……三十秒か。いや、加速する時間を考えたら、まだ余裕はある方か?」

 重量がある中型トラックだ。どうしても加速には時間がかかってしまう。
 加速を開始してから自称・神に力を使ってもらっても、おそらく間に合うだろう。
 だが、問題もある。

「くそっ、また空を飛びやがった!!」

 ふわりと空中に舞い上がった化け物の姿を見て、思わず俺は愚痴ってしまった。
 あっという間にトラックを越える高さまで浮かび上がり、狂暴そうな目でこちらを見ている。

「おい、自称・神、あいつを地面に縫い止めるのに良い方法は無いのか!?」

 一応、鈎付きロープなど拘束できそうな物はいくつも用意してきている。
 だがその持ってきたどれもが、化け物の姿を見て意味が無いと悟ってしまった。

 鋭い牙。鋭く長い爪。
 自称・神に頼んで実体化して貰った場合、それらは遠慮なくロープなどの拘束具を切り刻むだろう。
 それにあの体躯だ。力もかなり強いことは想像つくので、普通に引きちぎられるかもしれない。

『わたくしに無茶振りをしないでください。そのようなレベルでの世界への直接的な干渉は出来ません。今こうしてここにいるだけでも、かなりの無理をしているのですから』

「くそっ、使えないな」

 一縷の望みをかけて聞いてみたのだが、やはり無理なようだった。
 あんな化け物を拘束するのは、それこそ自称・神が使うような不思議な力しかないと思ったんだが……。

 だが、今度は自称・神のかわりにタバサが名乗り出てくる。

「お父様、ここはわたしにお任せください。魔法でなんとか押さえ込んでみます!」

「出来るのか、タバサ?」

「わかりませんが……やって、みせますっ」

 気合い十分に宣言するタバサ。心強いが、任せてしまっても大丈夫だろうか。
 トラックは十分な加速する距離を確保するために、あの化け物から離れなければならない。
 つまりタバサが魔法であいつを拘束するのであれば、生身でアレの前にでなけれならないのだ。
 しかも押さえ込むためには実体化させなければならない。

「私も行きます。この木刀では渡り合えるとは思いませんが、魔法を使うタバサの護衛くらいは出来ると思いますから。それに、シロも連れて行けばアレは魔力の濃さからトラックよりも私達を狙ってくるのは間違いありません。その隙に、流行さんは加速するための距離をとってください」

 それはあまりにも危険だ。
 だが……くそっ。

「わかった、それしか手段がないなら二人に頼む! だが、絶対に無茶はするなよ!」

「はい!」

「絶対に、お父様の元へ戻りますから、ご安心ください」

 俺の言葉に、二人は力強く頷いた。
 まだ化け物からはあまり距離は離れていないが、ブレーキを踏んでいったん停車させる。
 そのタイミングをはかって、二人はシロを連れて助手席から飛び降りた。

『ああっ、二人とも少しお待ちを!』

「はい、何でしょうか神様?」

 助手席のドアを閉める前に、自称・神が慌てた様子で二人に声をかける。

『魔力の籠もった魔石をわたくしに貸してください』

「ええ、構いませんけれども……これがどうかされたのですか?」

 言われるまま、タバサは宝石を自称・神へと素直に手渡した。
 それを受け取り、今度はアシハナに抱かれているシロへと近付く。

 こいつ、こんなときに何をする気だ……?
 そんなことを考えている間にも、自称・神は動いていた。

『異世界の幻獣よ、この際なのでそなたにも働いて貰います。……ていっ!』

『ブナッ!?』

 いきなりシロの口を無理矢理開かせたかと思うと、そこへ宝石を押し込んだ。
 かと思えば口を閉じさせて、無理矢理それを飲み込ませる。

「お、おい、何をしてるんだ!?」

『大丈夫です。幻獣も、あの魂を喰らう獣と同じ……魔力を糧にする存在ですから』

「いや、そうじゃなくて──え?」

 ゾワリと、背筋が震えてしまうような悪寒が込み上げてきた。
 その気配のする方……シロへと、慌てて視線を向ける。

「あつっ! シロ、いきなりどうしたのですか!?」

 何らかの刺激があったのか、アシハナが反射的にシロを地面へと取り落とした。
 シロはまん丸なボディーで弾むように着地し、コロコロと数メートルほど転がっていく。

 次の瞬間。

『ブ……ナーーーーッ!!』

 まばゆい光が、夜の闇を切り裂くようにして放たれた。

「うぉっ、目がっ……!?」

 思わず顔に手を当て、目をキツく瞑る。
 どれくらいそうしていただろうか。
 まぶた越しにも光が収まったのを感じ、ゆっくりと開いていく。

「きゃっ、し、シロ……?」

「な、な、な……」

 タバサとアシハナの驚愕した声。
 俺もその対象を見て、あまりのことに言葉を失ってしまう。

『ブナッ、ブナァァァァァァアッ!』

 そこには白い毛に覆われた全長七メートルくらいの、ドラゴン……としか形容出来なさそうな生き物が、威風堂々と立っていた。

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