うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第18話 『事前の備え』

「社長、さっきから何やら考え込んでいますが、どうかしたのですか?」

 トラックの運転中、不意に横からそう声を掛けられた。
 ちらりと助手席に視線を向けると、アシハナが心配そうな眼差しを俺へと向けてきている。

「いや、別に何でもないさ」

「なら良いのですが……」

 考え込んでいると言っても、さすがに運転中に脇見したりぼーっとしている訳ではない。
 ただ隣にいるアシハナとの会話が少なくなっていただけだ。

「今日は次の会社で外回りのお仕事は終わりですね。戻ったらタバサと事務仕事ですか?」

「それなんだが、俺はちょっと出かけようと思っている」

「……そうなのですか?」

 キョトンとした顔で俺を見て、アシハナは軽く首をかしげた。
 いつもならば、外回りを終えて会社に戻れば、就業までひたすら事務仕事をするだけだ。
 それだけに普段と違うことをするという俺の言葉が理解出来ないのだろう。

 ちなみに外回りの後にするのは化け物退治のための準備だ。
 今回の自称・神からの依頼のことは、アシハナにもタバサにも話さないでおこうと考えている。
 速度をつけて、トラックをぶつけるだけ……とはいえ、さすがに二人に関わらせるのは危険すぎる仕事だ。
 出来ることならばそんな危険な真似はさせたくない。

 だがそんな俺の考えを見透かしたように、アシハナは目を細めて俺を見つめてきた。

「……流行ながれさん、何か隠していませんか?」

 でなく、わざわざ名前で俺を呼んでくるアシハナ。
 だが俺は、そんなアシハナの追求を適当にうそぶいて誤魔化す。

「ちょっとした野暮用だよ。大人にはいろいろ付き合いがあるからな」

「私も、大人のつもりなのですが」

「一八歳はまだまだ子供だ。ともあれ、アシハナはタバサとシロと、一緒に仲良く留守番をしていてくれ」

「……わかりました」

 納得はしていないような声色で、アシハナはひとまずは頷いた。
 しかし、視線がずっと俺に突き刺さったままだ。

 俺は無言でその視線をいなしつつ、タバコに火をつけて口に咥える。

「ふぅ……」

「じー……」

「………………」

「じー…………」

 めちゃくちゃ居心地が悪いな。
 痛いほどの視線を感じながら。俺は頑なに顔を前に向けながら運転をし続ける。





「お父様。今日はどちらへ行かれていたのですか?」

 夜になり、タバサやアシハナ、シロとともに食卓を囲む。
 その最中に突然タバサがそんなことを聞いてきた。
 一瞬アシハナに視線を向けるが、アシハナは素知らぬ顔をしてトンカツを口に運んでいる。

「どちらへ……とは、どういうことだ?」

「今日の夕方からのお仕事です。外回りを終えていつもなら事務仕事をするところだったのに、お一人で出かけられたじゃないですか」

 どことなく責めるような眼差しが俺へと向けられた。
 俺は素知らぬふりをしつつ、味噌汁を少しだけ口に含む。

「おっ、良いダシが出ているな。また腕を上げたんじゃないか、タバサ?」

「誤魔化さないでください! お父様、今日は朝から……いえ、昨夜から様子が少しおかしいです。いったい何を隠しているんですか?」

 むぅっと唇をとがらせて、タバサが痛いほどに俺を見つめてきた。
 アシハナも物問いたげな眼差しで俺をジッと見ている。

 そんなに俺の態度は変だっただろうか?
 上手く隠せていると思ったんだが、なかなかにうちの義娘達は鋭いようだ。

 しかしあの自称・神との話を説明するわけにもいかない。
 教えてしまえば、二人も化け物退治に協力すると言い出すのは間違いないだろう。

「……実は資金繰りがちょっと厳しくてな。知り合いの会社を訪問して、何か仕事がないか聞いて回っていたんだよ」

 とりあえず、そう話を作って二人に説明することにした。
 まるっきり嘘だというわけではない。事務仕事をしているタバサであれば、うちの資金繰りに余裕がないことはわかるだろう。
 だが、その言葉は信じてくれないようだ。

「嘘ですよね、お父様?」

「嘘だと思います、流行さん」

 二人に同時にそう断じられ、俺は思わず言葉に詰まってしまう。
 どうする……? いっそのこと、話してしまった方が良いだろうか。
 だが二人を危ないことに巻き込みたくないのは俺の本心なのだ。
 次の仕事はそれだけ危険なことだと思っている。それだけに、出来れば事情を話すこともしたくはない。
 どうするか……。

『ブナー!』

「……うわっ、シロ!?」

 悩んでいると、突然シロが俺へと飛びついてきた。
 かと思えば素早く俺のトンカツを奪い、猛烈な勢いで食べ始める。

「あっ、こらシロ、勝手に人のを!!」

「シ、シロ? こら、止めなさい!」

 アシハナが、慌てたようにシロを取り押さえようと手を伸ばした。
 だがその手をひらりとくぐり抜け、今度はアシハナの皿へと顔を突っ込む。

『ブナナー!』

「ああああっ、私のトンカツがぁぁっ!」

 涙目になりながら、悲痛な声を上げるアシハナ。
 シロはそんなアシハナの様子も気にせずに、ガツガツとトンカツを食べ続ける。
 そのまま、一人と一匹は追いかけっこを始めてしまった。

 助かった……のか?
 暴れるアシハナとシロを見て、タバサも俺を追求することを忘れて、珍しく大きな声を上げて注意をしている。
 完全にこちらから注意が逸れているのを確認して、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 そして更に追求されないようにと、箸を置いてさっさと退散することにする。





 とはいえ……いつまでも隠しては置けないよな。

「はぁ……どうしたもんかなぁ」

 タバサとアシハナから逃げるようにして、俺は風呂に入っていた。
 風呂とトイレは、あの二人が干渉してこない、ある意味聖域のような場所だ。
 湯船につかりながらあれこれと考えを巡らせ、俺は深々と溜息をつく。

『お父様、少しよろしいでしょうか?』

「タバサっ!?」

 磨りガラスのドア越しに掛けられた声に、ビクリとしてしまった。
 ここは聖域──安全地帯だと思っていただけに、不意打ちのようなそれに必要以上に声がうわずってしまう。

「どうしたんだ? 話なら、今は入浴中だから後にしてくれ」

『いえ、流行さん。ここでなら逃げられないでしょうから、ここではっきりさせてください』

「アシハナまでいるのか……」

 よくよく目をこらしてみると、磨りガラスの向こう側には二人分の人影が見えた。
 何やら、ごそごそと動いているように見えるが……。

『お父様、わたし達も一緒にお風呂に入らせていただきますね』

「はぁっ!?」

『せっかくですので、お背中でも流させてください』

「いやいや、待て! まさかお前ら、服を脱いでいるんじゃ──」

 まさかとは思う。だが磨りガラス越しに見える二人は、そのまさかの光景を想像させるに足りる動きをしていた。
 そして俺が止める間もなく、磨りガラスのドアが開かれた。

「お待たせいたしました、お父様」

「なっ──」

「こ、このような布地の少ない格好で人前に出るのは恥ずかしいですね……」

「って、水着……?」

 思わず身構えてしまった俺の視界に飛び込んできたのは、カラフルな水着に着替えたタバサとアシハナの姿だった。
 タバサはピンク系のフリフリの付いた可愛らしいワンピース。
 アシハナはそのスタイルの良さをいかした黄色いタンキニ。
 二人は恥ずかしげに胸元を隠しながら、おずおずとあまり広くない浴室へ入ってきた。

「どうでしょうか、お父様。結花に夏休みになったら海に行こうと言われて、一緒に買った水着なのですけど……」

「昨日デパートへ行ったときに、結花の勢いに負けて買ってしまったのですが……変ではありませんか?」

「あ、ああ、二人とも良く似合っているが……」

 このような格好をしているところは初めて見るが、二人とも良く似合っていた。
 恐らくは結花のコーディネートだと思うが、なかなか上手い選択だ。

 そして二人の水着に見惚れてしまったために、浴室への侵入をあっさりと許してしまった。

「お父様、一緒に湯船につかっても良いですか?」

「は? あ、いや」

「少々狭いので窮屈ですけれども……結花が泊まっていったときには三人でも入れましたから、大丈夫なはずです」

 タバサとアシハナはそう言い、全裸で湯船につかる俺へと寄ってきた。
 二人してお湯の中に入り、身体を寄せてくる。

「お、おい、二人ともっ」

「くすっ。これでお父様ももう逃げられませんよね?」

「今度はシロの邪魔も入りませんし、隠していることを全部話して貰いますから」

「あ……」

 その言葉に、ようやく俺ははめられたことに気が付いた。
 慌てて二人を見るが、まるで俺を逃がすまいとするかのようにしっかりと掴まってくる。

 このような格好をすれば俺が動揺すると思ったのだろう。
 確かにいきなりのことで動揺してしまった上に、このような体勢になってしまうのを許してしまった。
 これでは逃げられない。

 それに娘みたいな年齢の二人ではあるが、むき出しの肌が密着してしまうと、どうしても照れ臭い気分になってしまう。

「お父様、覚悟を決めて話してください」

「流行さん。何を隠しているのですか?」

 何を言っても折れそうにない意志の強い視線が、俺の顔へ突き刺さる。
 ……ここまで、か。

「はぁ……わかった、話す。だからとりあえず少し離れろ」

「嫌です」

「口ではそう言っても、また逃げようとするかもしれませんから」

「あのな……」

 とはいえ、今日は散々口先で誤魔化したり逃げたりしていたからな。二人は今度こそは……と決意を固めているのだろう。
 まったく……出来た義娘達だ。

「年頃の娘ならば、少しは慎みをだな」

「お父様相手に慎むことなんて何もありません。家族ですから」

「そうです、流行さ──お父、様。私達は家族なんですから」

「……アシハナ、今、お父様って……?」

「~~~~~~っ。わ、私のことはどうでも良いので、流行さんのことを話してください!」

 ツッコミを入れると、瞬く間にその顔が真っ赤になってしまった。
 そこまで恥ずかしかったのであれば、無理に言わなくても良かっただろうに……。
 いや、アシハナでさえそれだけ覚悟を決めているんだから、俺にも覚悟を決めろと言うことか。

「昨日、居眠りをしたときにまた自称・神と会った」

 いまだに抱きつかれているのが気になるが、俺は正直にあの自称・神から伝えられたことを。そしてあの化け物を退治するという依頼を受けたことを打ち明ける。

 二人はそれを、神妙な顔をして聞いていた。
 特に退治して欲しいという下りには、かすかに怯えるように身体を震わせてもいる。

「さすがに今回は危険だからな。二人には知らせずに、俺一人でやろうと思ったんだが……」

「……危険ならば、お父様一人に任せることなど、出来るわけないじゃないですかっ」

「そうです。むしろ黙ってあの化け物を退治しようとして、怪我でもされたら……私達は、どうすれば良いのですか?」

 至近距離から、二人に責めるような眼差しを向けられる。
 だが、こうなると思ったから言えなかったのだ。

「言ったら、お前達も戦うとか言い出すだろ」

「当たり前です! むしろ、魔物と戦うのは私も望むところです。元々国に仕える騎士として、戦いの場に身を置いてきたのですからっ」

 アシハナが、身を乗り出すようにして力強くそう口にする。
 眉をつり上げて凜とした表情を浮かべ、噛み付かんばかりの勢いだ。

「わたしもアシハナさんと同じ気持ちです。巫女でしたので戦いの場におもむいたことはありませんが、わたしの魔法の力が役に立つはずです!」

 ぎゅっと俺の腕を抱きしめるようにして、タバサもそんなことを言ってくる。

「それにお父様は、どのようにしてあの空を飛ぶ化け物を地上に降ろすつもりだったのですか? トラックでくためには、飛んでいる状態では無理なはずです」

「うっ……いや、それは何か道具を使ってだな。フック突きロープで相手を引きずり下ろしたりとか……」

 いや、自分で言って、無理だろ……とは思うけれども。
 上空高くを飛ばれるとそもそもフックを引っかけられないし、引きずり下ろすにしてもトラックの力で大丈夫か? というのもある。
 何より、降ろしてから反転して、時速八〇キロメートルまで加速する余裕があるのかも問題だ。

 自称・神に頼るにも月の影響を無くすだけで力が尽きるだろう。
 あとは他に被害が出ないように人払いしてもらうとして……って、何だか無理じゃないかって気がしてきた。

 言葉に詰まってしまった俺を、タバサとアシハナがにんまりと見つめてくる。

「それはわたし達にお任せください。必ずや、役に立って見せます!」

「ええ、だから……もう一人でやろうとしないでください、流行さん」

 あーくそっ、これ以上は何も言えそうにない。
 そもそもまともな作戦もないし、あの化け物を異世界に飛ばす目処も立っていないのだから当然だが……。

「はぁ……わかった、俺の負けだ。二人とも、俺に力を貸してくれ」

「「はいっ!」」

 タバサもアシハナも、俺の言葉を聞き、とても良い笑顔で返事をするのだった。

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