うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第17話 『世界を救うということ』

『そなたにして欲しいことがあります』

 自称・神の言葉に、俺は思わず眉をひそめてしまった。
 今の話の流れでそんなことを言われるということは、ほぼ間違いなく厄介ごとを押しつけられる気がしてならない。

「俺に拒否権は?」

『そうですね……そなたには、わたくし達への不信感があることでしょう。断るのでしたら、それでも構いません』

「やけにすんなりと引き下がるんだな」

 てっきり、また災害が起きて娘が……とか、その手のことを言われると思ったのだが。
 いぶかしげな視線を向ける俺に、自称・神は小さく首を横に振った。

『無理強いをしたくないだけです。情に訴えれば、そなたは確かに引き受けてくれるのでしょう。ですが……』

「…………」

 急に、しおらしい態度をとられても困ってしまう。
 込み上げていたムカムカが収まっていくのを感じて、俺は深く息を吐いた。
 まだ足にじゃれついてきているシロを抱え上げ、自称・神を見据える。

「で、何をして欲しいんだ? 大体予想は付くが、話を聞くだけはしてやる」

『良いのですか?』

「良くも悪くもない、話を聞くだけだ。判断するのはそれからでも遅くは無いだろ」

 そう言い、胸ポケットからタバコを……出そうして、夢の世界なのを思い出した。
 当たり前だが、胸ポケットにはタバコは入っていない。
 俺は少し胸元で手をさまよわせ、誤魔化すように抱え上げたシロの頭をワシャワシャと撫でる。

「で、俺に何を依頼しようとしたんだ?」

『……流行ながれ、そなたのトラックを用いて、異世界へ送って欲しい相手がいるのです』

 初めて会ったとき、この自称・女神から聞かされたような言葉が飛び出してきた。
 それに軽く眉をひそめながら、無言で先を促す。

『相手は異世界から送られてきた人の魂を喰らう獣です。あれは……この世界の人間では、どうすることもできないでしょう。長い時間をかければ特性を把握し、有効な攻撃を加えることで退治できるかもしれません。ですが、それまでに数え切れない程の多くの命が──魂が、捕食されます』

 さもありなん。
 人類は愚かであっても間抜けではない。多くの犠牲者を出し、その正体を知り……いずれは分析してあの化け物を退治できるだろう。

 だがそれはいつの日か。
 新月の夜にしか視認することが出来ず、触れる事も出来ない。
 最初から数えて数回の新月は、おそらく何が起こっているかも理解出来ないだろう。
 精々が超常現象としてゴシップネタでもてはやされるだけだ。

 だが数年も経てば……毎月同じように犠牲者が出れば、誰もがその存在に気付く。
 その頃には莫大な人数の犠牲者を出しているのは間違いない。
 それに奴は吠えることで地震を起こしていた。小さな揺れであれば問題無いが、大きな揺れも起こせるとすれば……それは、大災害がいつ起きるかわからないと言うことだ。

 くそっ、話を聞いてしまえば、俺に拒否することなんて出来るわけがないだろうがっ。

 今、あの化け物のことを知っているのは俺やアシハナやタバサのみ。
 そして……自称・神の言葉からすると、俺のトラックでアレを異世界へ送り返せるのだろう。

「答える前に聞かせてくれ。何故、あんな化け物をこの世界に招き入れた」

『わたくしが流行に依頼をするとき、相手側の異世界の管理者からどのような者が欲しいかを予め聞き、対象を指定しています。その代償としてあちらの世界の管理者が同等の価値を持っていると認めた物で……わたくし達がこの世界に害のないと判断した物を受け入れています』

 つまり異世界の神──管理者とやらは、俺が送った人間達と同価値として、あれらの物をこちらに送って来ていたらしい。
 タバサやアシハナは良い。シロも、まぁ構わない。
 だが人一人と交換したあげくが、宝石や銅塊というのはどういうことなのか……。

 世界によって価値観が違うのだろうが納得がいかない。

『わたくし達の依頼外で誰かを異世界へ送った場合、送り先の異世界の管理者がどう思うか……流行には想像出来ますか?』

「求めてもいない物を押しつけられたってことだよな。悪く言えばゴミを押しつけられた……少し表現を和らげるのであれば、厄介払いされたってことか」

『はい。ですので、そのような場合は先方の管理者次第ではありますが、同等の価値と思わしき物をわたくし達の判断を待たずにこちらの世界に送って来ます』

 ゴミのような価値の物が送られてくる。
 大抵はその世界では無価値でも、この世界では売ってお金に換えられる物なのだろう。
 だから真城は、少しでも金を得るためにそれを繰り返していた。

 だがあの日、元妻の再婚相手を送った異世界は文字通り同じ物をこちらに送って来た。
 自分達の世界には不必要な化け物を、厄介払いするかのように。

「つまりは、あの化け物がこの世界に来たのはあんたらの意図するところではなく、現場の暴走から厄災を招き入れてしまった……というわけか」

『そうなりますね。出来ればわたくし達の手であの獣を処理したいのですが、先程も言いましたように干渉することは出来ません』

よどみをどうにかする波紋があれば、戸籍を弄ったように干渉出来るんじゃないのか?」

『あの獣をどうにか出来るほどの波紋を起こすのであれば、恐らくはどこかの都市が壊滅するほどの天災が起こる可能性がありますが……あなたは、それを起こしたいと思いますか?』

「思わないな……くそっ、話なんて聞かなければ良かった」

 思わず舌打ちをしてしまう。
 どんなことをお願いされるかなんて、事前に予想は付いていたのだ。
 そして、聞いてしまったことで俺の中で断るという選択肢が無くなってしまった。

 いや……俺は最初から引き受けるつもりでいたのかもしれない。
 あの化け物を野放しに出来ないのは、誰にでもわかることだから。

「あの化け物を異世界に跳ね飛ばしたとして、また変な物が送られてくるなんてことはないだろうな?」

『ありません。わたくしが送り先の異世界の管理者と交渉いたしましょう。ですので、流行のトラックでいたところで、あの獣は元いた世界へ戻るだけになります』

「ならば、引き受けるかわりに俺からも条件を出させてくれ」

 ガリガリと頭を掻きながら、俺は自称・女神を見た。
 そんな俺の視線に、彼女は居住まいを正しながら小さく頷き返してくる。

『拝聴いたします。その条件とはなんでしょうか?』

「俺が、あの化け物を元の世界に送り返してやる。だからその報酬として、アレがこの世界に送り込まれたときに真城の奴が轢いた男をこの世界に還せ」

 元妻のために、ここまでしてやるような義理は本来なら無い。
 俺にとって何も得にならないことだ。
 だが……記憶の改竄が、元妻や結花にまで及んでいることは、どうにも気分が悪かった。
 ならば化け物を退治して世界を救うついでに、それくらいの報酬を要求しても悪くはあるまい。

『わかりました、わたくしの責任でもって交渉いたしましょう』

「助かる。で、やっぱりアレを送り返すためには次の新月を待たなければいけないのか?」

 化け物は月の無い夜にしか実体化はしないらしい。
 トラックで轢くからには、実体化していて貰わなければどうにもならない。

 一週間ほど前に新月が来たため、次は大体三週間くらい後だ。それくらいなら待てないことは無いが……少し懸念することもある。
 今日は化け物が一吠えして大きな地震を起こしていた。
 おそらく化け物がこの世界に現れた翌日の地震も、アレが起こしたと考えて間違い無いはずだ。

 ならば、三週間も放置しておくことは大丈夫なのだろうか?

『出来るだけ早く送り返すのが望ましいでしょう。ですので、あちらの世界と交渉が済み次第お知らせいたします。わたくしがそなたのトラックを介して、なんとか一夜のみ……月の影響を世界から断ってみせましょう』

「そんなことが出来るのか?」

 世界への干渉は出来ないと言っていたのに。
 いや、トラックを介して人払いが出来るのだから、その延長だろうか。

 そんな俺の問いに、どこか悲しげに自称・神は頷いた。

『可能、不可能で言えば可能です。ただし二度目はありません。わたくしは眠りにつかなければならなくなるでしょう』

「……なんだ、それは」

『人払い程度ならばともかく、月の影響を断つのはそれだけ大変なのです。それに予定していなかった波紋の影響を、最小限まで抑えなければなりません。その為にわたくしは力を使い果たします』

「あんたがいなくなって、この世界は大丈夫なのか?」

『管理者はわたくしだけではありませんから』

 いや、そのこの世界のもう一人の管理者が、あの真城を選んだ張本人だろ……。
 果たしてそれで大丈夫だと言えるのだろうか。
 だが、だからといって、俺が彼女に言えることは何もない。

「わかった……じゃあ、こっちはそのときに備えておく。交渉が終わったら知らせてくれ」

『はい。流行……どうぞ、この世界をよろしくお願いいたします』

 そう言うと、自称・神は俺へと深々と頭を下げた。
 その状態で白亜の世界がぐにゃりと歪み、次第に彼女のことも認識出来なくなってきた。

『ブナー!』

 シロが俺に抱かれながら、自称・神に何か声をかける。
 その返答を聞くこともなく──





「お父様、お疲れでしたらベッドで休まれた方が……」

「……っ!? あ、ああ、タバサか」

 タバサに顔を覗き込まれながら声を掛けられ、俺は目を覚ました。
 慌てて周囲を見渡すと、どうやらリビングのソファーで寝てしまっていたらしい。

『ブナナー』

「あら、シロも一緒にお父様と眠っていたの?」

『ブナッ』

 腹にしがみついていたシロは元気よく返事をし、俺の上から飛び降りた。
 そのまま、何ごとも無かったかのようにちょこちょこと歩き去って行ってしまう。恐らくはアシハナのところにでも行ったのだろう。

「お父様、お風呂が沸きましたけど……どうなさいますか?」

「あー……今入ると湯船で寝てしまいそうだから、先にタバサとアシハナで使ってくれ。その後に、眠気が覚めているようだったら入るよ」

 そう答えながら、俺は今度こそタバコを取りだして火をつけた。
 そのままゆっくりと紫煙で肺を満たしていく。

「わかりました、それでは先にお湯をいただきますね」

 にっこりと微笑み、外で素振りをしているアシハナを呼びに向かうタバサ。
 それを見送り、俺はもう一度タバコを噴かした。

「ふぅ……俺が、この世界を救う、ね」

 つい自嘲的な言葉が口をついて出て来てしまった。
 俺はそんなことが出来るほど、だいそれた人間じゃない。あくまでも一般人だ。
 ただ、他にやれる人がいないからやるだけ。

 おそらく大義をかかげたところで、俺は化け物に立ち向かうことは出来ない。
 だが……。

「世界ではなくく、結花や元妻を救うと考えれば……命の一つや二つかける意味もあるか」

 それに結花や元妻だけじゃない。
 この世界で暮らしていくことになったタバサやアシハナという、新しい二人の義娘もそうだ。
 家族の生活を守るためならば、俺みたいな一般人でも命をかける価値はあるだろう。

 そもそも結花の──離婚の所為で離ればなれになってしまったが、家族の為に俺は自称・神からの依頼を引き受けたのだ。
 何も知らず罪も無い少年をトラックで轢いて異世界に送ることに比べれば、化け物に体当たりを喰らわすくらいたいしたことはない。

「……さて、化け物退治にはどんな準備が必要かな」

 俺はそう呟きながら、短くなったタバコを灰皿へと押しつけた。

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