うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第15話 『自称・神との対話』

 自宅へと帰ってこられたのは、すっかり夜も更けた時間だった。

『ブナナー!』

「ぐふっ!」

 帰りが遅くなってしまったからだろうか。
 ドアを開けるなり、待ち構えていたように玄関にいたシロから、思いっきり腹部に体当たりを喰らってしまう。

流行ながれさん!?」

「お父様、大丈夫ですか!?」

「あ、ああ、大丈夫だ……」

 不意を突かれた所為で思いっきり鳩尾に喰らってしまったが、勢い自体はそれほどでは無い。
 その俺に一撃を食らわせたシロは、鋭い爪を俺の服に食い込ませながら、ぶらんっと腹部にしがみついていた。

「こら、シロ、いけません!」

 アシハナがシロを叱りながら、俺から引き剥がそうとその丸っこい胴体を掴んだ。
 だが余程ガッチリ掴んでいるらしく、なかなか離れてくれない。
 重くてしかたないが……無理矢理引き剥がそうとすると、服が伸びてしまいそうだな。

「いやアシハナ、このままで良い。気の済むまでシロにはしがみつかせてやってくれ」

「ですが……」

 なおもそう言いながらシロを引き剥がそうとするも、やはり離れてくれなかった。
 それを見て諦めたのだろう。小さく息をつき、シロの小さな毛玉のような身体から手を離す。

「承知しました。ですが……シロ、あとでおしおきです。覚えておきなさい」

『ブ、ブナー!』

 フルフルと首……がどこにあるのかはわからないが、顔の辺りを器用に横に振る。
 そんなシロの様子に苦笑しながら、俺はぽんぽんとその頭を撫でた。

「さて、それよりも風呂を沸かすとするか。二人とも疲れただろ?」

「あっ、わたしが沸かしてきます! どうぞお父様はリビングでくつろいでいてください」

「良いのか、タバサ?」

「はい。お夕食は外で食べましたし、食事の支度をしなくて良いのでわたしも暇ですから」

 にっこりと微笑み、タバサは早速浴室へと小走りで向かって行った。
 こういったことをするのが楽しいようで、機嫌が良さそうに鼻歌交じりだ。

「では、私はお風呂の用意が出来るまで、外で素振りでもしてまいります」

 そう言ったアシハナは、先日繁華街で買った木刀を嬉々として持ちだしてきた。
 木刀を買った日から、毎日自主的に素振りをして鍛錬しているのだ。

「アシハナは身体を動かすのが好きなんだな」

「それもありますが……奴隷に落とされてから身体がすっかり鈍ってしまいましたので、鍛え直そうと思いまして。この世界は平和なので無用かとも思っていましたが、今日のアレのような化け物もいるようですから」

 アシハナが言うアレとは、あの黒い染みのような化け物だろう。
 アレを見て戦うという発想が出てくる辺り、アシハナも異世界の人間なのだと思わされる。
 正直なところ、アレは俺たちではどうしようも無いような化け物な気がするんだが……。

「無茶はしないようにな」

「はい、承知しております!」

 元気よく頷き、アシハナは早速外へと飛び出していった。
 すぐに、気迫のこもった掛け声とともに、風切り音が一定間隔で聞こえてくる。

 そんなアシハナを見送ってから、俺はリビングへ移動してソファーへと腰を下ろした。

「それにしても、化け物か」

『ブナー』

 俺の呟きに返事をするように、腹にしがみついたままのシロが鳴き声を上げる。
 そう言えば、こいつも化け物……というにはあまりにも可愛らしいが、異世界の生物だよな。
 見ての通り小さいし非常に大人しい性格をしているが、もし何かが違っていれば俺も襲われていた可能性もあったのか。

「シロは人間と同じ物を食べているが、魂とかを食べたりはしないのか?」

『ブナ?』

 俺の問いに、キョトンとした様子で首をかしげる。
 言葉は通じているようだが、意味まではちゃんと通じていないらしい。
 だがそんな仕草が可愛らしくて、俺はもふもふな白い毛玉をわしゃわしゃと撫で回す。

「お前が人を襲うような生き物じゃなくて良かったよ。というか、ろくに知らずに拾ってくるのはさすがに迂闊すぎたかなぁ……」

 今まで出て来たのは基本的に無害な物か、タバサやアシハナという善人だった。
 だからシロが出て来たときは、まったく警戒していなかったからな。
 だからこそ、あの金髪ロン毛の真城が勝手に人を送り、その報酬として送られてきたという化け物はある意味衝撃的だった。

「あの化け物……どうなるんだ? 今はまだ気付いている人はいないが、そのうちに絶対に騒ぎになるはず……」

 俺やタバサ、アシハナ、そして真城にしか見えていなかった。
 だがタバサが語ってくれた伝承の魔物のと同じような性質を持っていれば、月の無い夜……新月の晩には実体化し、辺りに大きな被害をもたらすことだろう。
 そのとき、この世界はどうなるのか……。
 もしかしたら、あの化け物こそが自称・神の言っていた禍(わざわい)なんじゃないか?

 ぼんやりとシロを撫でながらそんなことを考える。
 気が付けば、長時間の運転の疲れが出たのか。それともあの化け物や真城とのことで精神的な疲労があったのか、俺はソファーに腰をかけたまま眠りに落ちていく。





 目を開けると、そこは白亜の世界だった。どうやらうたた寝でもここへ来られるらしい。
 そのことに気付くなり、俺はとっさに声を荒らげてしまう。

「自称・神、出て来い!! 今回は余すこと無く説明してもらうぞ!!」

『ブナー!!』

 ……って、ちょっと待て。
 すぐ側……それこそ俺の腹の辺りから、聞き覚えのある鳴き声が聞こえて来た。
 慌てて視線を落とすと、そこには先程までと同じように服にしがみつく毛玉の姿。

「どうしてシロがここにいる」

『ブナナ?』

 問いかければ、きょとんとした様子で首をかしげていた。
 だが突然、シロは服に立てていた爪を引っ込め、俺の腹部からポテッと地面に落ちる。
 かと思いきや、猛烈な勢いで俺の背後へ突進していくシロ。

『ブナーッ!』

『……っ!? な、何故ここに異世界の幻獣がっ……ひゃぁあぁっ』

 その声にとっさに振り返ると、そこは毛玉に襲われて慌てて振り解こうとする、自称・神の姿があった。
 シロの爪に引っかかれ、ただでさえ薄くて身体のラインに沿うようなデザインのドレスが、大胆にめくられていく。

『あ、あの、流行、これをどうにかしてください!』

 必死に、はだけてしまいそうな肌を隠そうとドレスを押さえる自称・神。
 今までの超然とした態度はそこには無く、いかにも年頃の女性という感じを受けてしまう。
 表情は乏しいながらも、羞恥と焦りで頬はほんのりと赤く染まっているようだ。
 長く生きすぎて感情が摩耗していると言っていたが、わたわたと動く様子に人間味を感じさせられてしまう。

「……シロ、もう良いからこっちに来い」

『ブナッ!』

 俺がそう声を掛けると、シロはすぐに自称・神から離れて戻って来た。
 飛びつくようにして俺の身体にしがみつき、そのまま服に爪を立ててよじ登ってくる。

 地味に重いんだが……まぁ、良い。今はシロよりも自称・神だ。

『はぁ、はぁ、はぁ……酷い目に合いました……』

「酷い目にあったのはこっちだ。っていうか、待て」

 俺は自称・神の格好を見て思わずそう口にしていた。
 つい、はだけた肌をマジマジと見つめてしまう。

『……なんでしょうか、流行? そのように見られても困るのですが』

「あんた、なんで服をはだけているんだ?」

『説明するまでも無いでしょう。その、異世界の幻獣が不埒にもわたくしのドレスを引っ掻き、引っ張ったからです。それがどうかしたのですか?』

「…………」

 俺はつい、自分にしがみついているシロを見てしまった。
 そしてもう一度自称・神に視線を戻すと、拳を握りしめて殴りかかる。

「うぉらぁっ!」

『……っ!?』

 いきなりの俺の凶行に驚いた様子で息を呑む自称・神。
 だが、俺の拳はいつかのように彼女の身体を通り抜け、ただ虚空を殴っただけだった。
 やはり以前に何度か試したときと同じで、俺は触れないらしい。

 では、シロはどうだろうか。

「ふぅ……。よしシロ、もう一度行ってこい」

 服に張り付いているのを引き剥がし、自称・神へと投げ付ける。

『ブナーッ!』

『ひゃぁぁっ!? な、なんなのですかっ、流行……止めさせてくださいっ! あっ、ダメです、脱げてしまいますからっ』

 びたんと自称・神の胸元に張り付いたシロは、そのまま爪を立ててそれを引っ張り始めた。
 先程以上にドレスがはだけていき、色々際どいところまで見えそうになってしまう。

 ……なるほど。良くわからないが、とにかくシロはこの自称・女神に触れることはわかった。
 俺は無言で自称・神に近づき、シロの首根っこを掴んで引き剥がす。

『はぁ、はぁ……危ないところでした……』

 着衣を乱した状態で地面に座り込み、息を荒げる自称・神。
 いそいそと、今にもこぼれ落ちそうな物を俺の視線から隠していく。

「……おい、自称・神。もう一度聞くが、これはどう言うことだ? どうして俺は触れないのに、こいつはあんたに触ることが出来る」

『…………』

「答えないなら、もう一度ぶつけるぞ?」

 自称・神は、自分の俺とでは存在の次元が違うと言っていた。だから、俺では彼女に触れないのだと。
 だがシロが触れるのであれば、また事情が変わってくる。
 何しろ、今まで堪っていた鬱憤を思いっきり晴らす機会がめぐってきたのだ。
 俺がシロを掴んだまま投げるポーズを取ったのを見て、自称・神は観念したように口を開く。

『その異世界の幻獣が次元をまたぐことの出来る存在だからです。現世うつしよかくの狭間にいる、幻のごとき獣……。だからこそ、それはそなたにくっついてこの空間へと来られたのでしょう』

「……つまり、シロはあのもう一人のトラックドライバー……真城の奴が呼び出してしまった、あの化け物と似たような存在だということか?」

 その問いに、自称・神もあの化け物のことを認識していたのだろう。ためらいがちにだが、小さく頷いた。
 と言うことは、シロであれば新月の夜ではなくてもあの化け物に触れられるのかもしれない。
 ……いや、サイズが違いすぎるし、シロにどうにかできる相手だとは思わないから、そんなことを試す気にもならないが。

 そして、もしかするとこの自称・神もシロと同じような存在なのだろうか。
 色々新しい疑問も出て来たが、とりあえずシロを投げるのは止めにして、自分の身体に改めてしがみつかせる。

「まぁ、シロのことはとりあえず良い。そんなことよりも、あんたに聞きたいことがある」

『聞きたいこと……ですか。おそらくそうだと思い、そなたをこの空間へと呼んだのです。異世界の幻獣が一緒なのは想定外でしたが……』

 そう言い、自称・神はドレスの乱れを直し終えたのか立ち上がって姿勢を正した。
 いつもしているようにどこか作り物めいた微笑を浮かべ、俺を真っ直ぐに見つめてくる。

『わたくしからも、そなたに話しておきたいことがあります。ですが……まずは、流行の質問から聞きましょう』

 そう言うってことは、今まで黙っていたり誤魔化していたことも話してくれるつもりになっているってことだろうか?
 どういう風の吹き回しなのか、自称・神の意図がわからない。
 だが答えてくれるというのであれば、こちらにとっても都合が良い。

「なら、遠慮なく聞かせて貰おう。あんたもすでに知っているようだが、会ってはならないと言っていた真城の奴に会ってきた。それで話を色々聞いたが、アレはどういうことだ? あんたが俺に説明した話と、かなりところで食い違っていたぞ」

 俺のその言葉に、小さく溜息をつく自称・神。
 わずかに眉根を寄せて俺を見つめてくる。

『何故会いに行ったのですか。わたくしは、そなた達は会ってはならないと言ったはずです』

「そんな説明で、はいそうですか、ってなるわけがないだろ。正直、俺はあんたをそこまで信用できていない。ならば、話の裏を取ろうとするのは当然のことだと思うが?」

『……確かに、流行への説明は不足していたことは否定いたしません。ですが、わたくし達も人に何もかもを打ち明けることはできないのです』

「だが、今日という今日は余すことなく説明して貰うぞ」

 この白亜の世界に来て最初に怒鳴ったように、次に自称・神と会えるのがいつになるかわからない以上、ここで聞き出せることは全て聞き出したい。
 俺はシロをいつでもぶつけられるようにしつつ、彼女を睨むように見つめる。

 どれだけそうしていただろうか。
 先に根負けしたのは自称・神の方だった。

『……わかりました、流行。わたくしの権限で話せることは、全てお話しいたしましょう。どうしてあの者と会ってはならなかったのか、あの魂をむ獣はなんなのか。なぜ、あなたが異世界へ人を送る力を手に入れたのかを。ですから、その手に持った異世界の幻獣を離してください』

 そう答えた自称・神は、心持ちシロから逃げるように身体を引きながら、手で胸元をガードするように身構えていたのだった。

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