うちのトラックは、轢いた相手を異世界に飛ばせるらしい

森平

第10話 『傷痕』

『ブナー』

 ニュースに気を取られていると、いきなり足下にもふもふした感触が押しつけられた。
 何かと思えば、シロがぐいぐいと俺に身体を押しつけてきている。

「えっと……なんだ?」

「社長を気遣っているのではありませんか? さっきの社長は、どこか遠い目をしていましたし」

「シロちゃんも、社長の様子がおかしいことに気付いたんですね」

 思わずきょとんとしてしまった俺に、アシハナとタバサがそう説明してくれる。
 さすがにそれは無いだろう……とは思うが、もしかすると二人の言う通りかもしれない。
 むしろそう思っておいた方が癒される気がするので、俺は足下のシロを持ち上げて、わしゃわしゃと身体中を撫で回した。

「ありがとうな、シロ。おかげで元気になったよ」

『ブナナー』

 俺の言葉に反応して、鷹揚おうように頷くシロ。
 ……まるで言葉が通じているかのような反応だ。

「ふふっ、シロちゃんは可愛いですね」

「ええ。しかもシロは賢いです」

 タバサもアシハナも年相応な女の子らしい、ほんわかとした表情を浮かべていた。
 うちの義娘たちはすっかりシロの魅力にやられてしまったらしい。アニマルセラピーとでも言うのか、二人を和ませる力がシロにはあるのだろう。
 俺も、シロとそのシロを見て表情をほころばせている二人を見て心が癒されていくのを感じる。

「……二人に、聞いて欲しい話がある」

「はい、なんでしょうか?」

「もしかして、先程の事故に関することですか?」

 表情を引き締め、姿勢を正してから二人に声を掛けた。
 二人も居住まいを正し、小さく頷く。

「ニュースに関する……と言えば、そうだな。正確には事故を起こしたドライバーのことだ」

 あのドライバーが昨夜見た顔であることを説明する。
 さすがにそれには驚いたようで、二人とも目を見開いていた。

「見間違い、もしくは勘違いということは無いのですか?」

「無い……とは断言できないが、ほぼ間違いないと思う。あの金髪ロン毛もそうだが、ニュースでちらっと写った大型も俺の記憶の通りだったからな」

 見たのは昨夜のことだ。
 ある程度日が経っていればともかく、一晩であれば俺も間違えていない自信がある。

「社長。お仕事をするときは神様のご配慮で、他の人には見られないように人払いがされるのですよね?」

「ああ……あの自称・神にそう説明されたわけじゃないが、間違いないと思う」

 そうで無ければ、今までにやった数回の仕事の全てで、通行人や対向車とすら合わなかったのはおかしいだろう。
 いくらこちらがなるべく人気のない場所で、人気の少ない時間を狙ったとは言え……だ。

「あのニュースでは、被害に遭った方が何人もいました。もしかしてお仕事以外で異世界に送ろうとしたからでは?」

「その可能性もあるんだが……」

 アシハナの指摘に、俺は明確な返答をできない。
 元々何もわかっていないのだ。自称・神からトラックでいた相手を異世界に送る力があると言われ、指定された相手をただ轢いてきただけ。
 経験から色々わかったこともあるが、同時に検証もできていないのでわからないことも多い。
 検証をしようと思えば、誰彼かまわずに轢かなないといけなくなるから論外なんだが。

 そもそも神というのだって彼女が勝手に名乗っているだけだ。
 確実にわかるのはタバサやアシハナは異世界の人間であること。それに自称・神が戸籍を偽造することができるということだけ。

「あの自称・神はしばらく仕事の依頼はないと言っていた。すぐに何かがあるわけじゃない……と、思う」

 それだけが救いだろうか。
 あの金髪ロン毛が、自称・神に切り捨てられ……その結果がアレだという可能性もあるからな。
 しばらく仕事から遠ざかれるのであれば、その間は何もないだろう。

「社長、安心してください。わたしたちはずっと社長の味方ですから」

「ええ。もし何かあったとしても、全力で社長を──流行ながれさんをお助けいたします!」

 二人は微笑みながら、そんなことを言ってくれる。

「あっ……あの、アシハナさん、今社長のことを流行さんって……」

 と、タバサがアシハナの言葉を聞いて、驚いたようにそちらを見た。
 その視線に晒され、ほのかにアシハナの端正な表情が赤くなって行く。

「あ、いえ、先日結花に家でも社長と呼ぶのはおかしいと言われたので。それなら、昨夜帰宅されてからご主人と呼んだのですが止めてくれと言われまして。ですが、お父様とか父上とか呼ぶのは恥ずかしく……」

「むぅぅぅ、ずるいですアシハナさん! わたしが寝てしまってから、そんな話をしていたんですね! わたしだって、おうちでは『お父様』って呼びたいのを我慢していたのにっ」

 拗ねているのか、みるみるうちにタバサの頬が膨らんできた。
 そんなタバサを見てアシハナは慌て始める。

「べ、別にずるいという話では……それを言うのなら、タバサだって先日は流行さんのベッドにもぐり込んでいたではないですか! 私は座敷で一人で寝ていたのに!」

「あれはっ、アシハナさんが一人で部屋を出て行ってしまって、わたし一人になってしまったので……。わたし、寂しいので一人では寝られないんですっ! それに元の世界では、お父様とかいなくて甘えたことがなかったからっ」

 今度はタバサの頬が赤くなってきた。
 あわあわとしながら言い訳する様子を見ていると、自然と笑みがこぼれてくる。

「ぷっ……くっくっく……」

「「……っ!?」」

 思わず漏れてしまった笑い声に、タバサもアシアナもびくっとして赤い顔を向けてきた。
 俺は、そんな二人の頭を同時に撫でる。

「わかったから、二人ともそんなことで喧嘩なんてするな。……タバサ」

「は、はいっ」

「今から、業務時間以外では俺のことを『お父様』と呼ぶように。もちろん結花のようにおとうでも良いし、パパでも良いが……遠慮なく、本当の父親だと甘えてこい」

「……っ、はい、お父様っ!」

 喜色満面とはこのことだろうか。
 今まで見たことないくらい華やかに笑顔を浮かべるタバサ。
 それに頷き返し、俺は次にアシハナを見る。

「アシハナ」

「はいっ、流行さんっ」

「今度タバサが来たときには、ちゃんとアシハナも呼ぶことを約束しよう。と言うよりも、アシハナも独り寝が寂しければ遠慮なく来ても良いからな。俺たちは家族なんだから」

「で、では、今晩、早速お願いしますっ!」

 こちらもまた、とても良い笑顔で頷いた。
 そんな二人を見ていると、心の奥底に沈殿していた不安がどんどん薄れてくるのを感じる。

『ブナブナー!!』

「っと、そうだな……シロも、家族の一員だ。これからもよろしくな」

『ブナー』

 しかたないとでも言うかのように頷くシロ。
 ここまで来ると、ほぼ間違いないと思うが……多分こいつは本当にこちらの言葉がわかっているのだろう。
 さすが異世界の生物だ。

「もしかしたら、シロは聖獣とか霊獣と呼ばれるような存在なのでしょうか……」

 そんなシロを見て、タバサがぽつりとそう漏らす。

「なんだ、その聖獣とか霊獣って」

「わたしのいた世界の話になりますけども、神様の使徒としてその世界を守護する存在のことです。四聖獣、七霊獣がいまして、わたしは一度だけ霊獣とお会いすることがあったのですが、人の言葉を解するだけの知識と深い知性を持った方でした」

 あれだろうか、古代中国の言い伝えの四神、青竜、白虎、玄武、朱雀……みたいな。
 いや、実際にこの世界にそういうのがいるかどうかは知らないけども。

「さすがにそれほどの存在を異世界に送ってくることはないと思いますが、それに近しい存在なのかもしれません」

 そんなタバサの説明にシロはもっともらしく頷いた。
 ふんぞり返ろうとして、そのままコロリと後に一回転。

『ブナッ……ブナ! ブナー!』

 それだけでは止まらずにコロコロとテーブルから落ちてしまった。
 柔らかい体毛のおかげで弾み、怪我はなさそうだが……。

「ああっ、シロ、どこへ行く!?」

 てんてんと弾みながら遠さかって行くのを、慌ててアシハナが拾いに向かう。
 その様子を見る限りでは、とてもすごい存在には思えない。

「まぁ、この話はここまでにしよう。まだ業務時間だ、仕事に戻るぞ!」

「「はい、社長!」」

 元気の良い、タバサとアシハナの返事が聞こえて来た。
 小難しい話は終えて、俺はタバサの作った書類のチェックに戻る。

 完全にさっきのニュースを忘れたわけじゃないが……。
 今は新しい義娘たちを心配させないよう、毅然と仕事をしないとな。





 夜になり、タバサとアシハナはシロを連れて一緒にお風呂へ行ってしまった。
 それほど広くない浴室ではあるが、小柄な二人+一匹ならば多少の余裕はあるのだろう。
 俺はリビングで一人、タバコを吸いながらくつろいでいる。

「さて、今のうちにやれることをやっておくか……」

 あの自称・神にはこちらからコンタクトを取ることはできない。
 今俺にできることは、もう一人の選ばれしトラックを駆るドライバーのことを調べること。

 俺は火の付いたタバコを咥え、ゆっくりと紫煙を吸い込んで行く。

「すぅ……はぁ……。さすがに、ネット上にはそれなりにニュースの情報が載っているな」

 片手でスマートフォンを弄りつつ、検索してヒットした内容を気になる物から片っ端から確認していく。
 と言っても、ほとんどが事故の当時の内容ばかりだ。

「昼間の駅前での暴走。……さすがにこんな場所で仕事をしようなんて考えないよな」

 事故現場は真昼の駅前。
 とにかく人が多くて、例えあの自称・神の同類の計らいで目撃者を出さないようになっていたとしても、まず現場にしようとは思わない場所だ。
 場所は昨夜の現場──結花の住んでいる街から見て、俺の住んでいる場所とちょうど正反対といっても良いくらい逆方向だ。
 距離的には、わずかにあちらの方が近い。

「ふー……。寝不足で事故の線もあるな。その場合は操縦を誤ることも考慮できるが……」

 まぁ、そこは今考えてもわからない。

「轢いた本人は、意味不明な供述をしている。だが、その内容は公開されていないか」

 あの自称・神のことでも話しているんだろうか?
 トラックで人を轢いて異世界に飛ばすとか、傍から聞けば意味がわからないだろう。
 しかし、具体的な供述内容がわからないとなると、手がかりにはならないな。
 しかたないしこれも後回しだ。

「おっ、誰かが事故現場の写真を撮ったのか。あいつの乗っていた大型の写真も──」

 いろんな角度で撮られたトラックの写真に目を通していると、違和感を覚えてスマートフォンを弄る手を止めた。

 紫煙をもう一度吸い込み、灰皿へと短くなったタバコを押しつける。
 だが、俺の視線はトラックの画像に釘付けだ。

「この傷、あきらかにおかしい……よな?」

 まるで何かで引っ掻いたような傷が斜めに、荷台の左側面に三本ほど平行に走っていた。
 俺が目撃したときには、このような傷はなかったと思う。
 いや、対象を轢くその瞬間に、高速で走っている大型をちらっと見かけただけだ。
 詳細な部分まではさすがに覚えていないし、見逃しただけという可能性もある。

 しかしこの傷はかなり大きく、目立つ傷だ。
 それに事故現場の写真を見る限り、こんな傷がつくような事故ではないだろう。

『ブナナー!』

「こら、シロ! 身体を拭かずに行ってはいけませんっ」

「待って、シロちゃん!」

 浴室の方からそんな声が聞こえてきた。
 その声で俺は思考の海から戻ってくる。

「って、うぉっ!? っと……どうした、シロ」

 顔を上げるなり、濡れてぺったんこになった白い毛玉が飛びついてきた。
 慌てて、ぶつかる寸前にキャッチしたが……。

「シロ、濡れたままうろついては──ひゃぁっ!?」

 今度はバスタオル一枚で飛び込んで来たアシハナが、変な声を上げて慌てて引っ込んだ。
 そして入り口から顔だけをだして、そっと中を覗き込んでくる。

「あ、あの、流行さん、シロがすみません……」

「いや……気にしなくて良いよ。タオルだけこっちにくれれば、俺が拭いておくから」

「わ、わかりました。すぐにタオルを……」

 そう言い、頭を引っ込めるアシハナ。
 だがすぐに、堂々とした様子でタバサが同じくバスタオルを巻いただけの格好でリビングに入ってきた。

「お父様、こちらのタオルを使ってください」

「ああ、ありがとう……」

 タバサのモコモコな髪も、濡れている所為でボリュームがなくなっていた。

「そういや、シロも毛がぺったんこになっているんだな。こうやってみると、思ったよりもスマートな体型……なのか?」

 短い手足も、この状態だとはっきりと存在がわかる。
 想像していたよりも爪が長い──

「……爪痕、か」

 シロの前足を見てみると、三本の爪が伸びていた。
 もしこれで真っ直ぐに引っ掻くと、三本の平行な傷痕ができる。
 そう、あの大型トラックの側面に付いていたような……。


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