ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
閑話「エメラルド・エーデルワイス 後編」
4日後、私は目を覚ましたました。
「4日て。いくらなんでも早すぎなのでシュ」
そんな事を言いながら、私は辺りを見回します。
ここはどこかの屋内で、私はベッドで寝かせられていたようです。
私はどうやら助かったみたいなのです。
窓の外を見ると、外はうっすらと白んでいて、もうすぐ朝が訪れようとしています。
私は数日間、眠ってはいましたが、その間の事はなぜか、なんとなくぼんやりと覚えていました。
けれども、その記憶の大半は、若い男と女の言い争いのようなものだったので、わりとどうでもいい記憶のような気がします。
◇
それよりも、目覚めてから数十分。
私はとても重要なことに気付きました。
魔力が全く回復していないのです。
たった4日とはいえ、それだけの時間があれば多少の回復はするものです。
今の私の魔力は、全くの空っぽ。
ついさっき全部使っちゃいましたって感じのなくなり方です。
でも……
「魔力がないのに普通に動けてるのでシュ」
そしてようやく気が付きました。
「あれ、私の魔晶石……」
私の中にある魔晶石の力が、失われていたのです。
代わりに何故か、ヒトの心臓が出来ていました。
「ど、どう言う事でシュか……」
その日、私は妖精族から人族へと生まれ変わったのです。
◇
私は枯渇していた魔力の補充をするべく、たまたま近くで眠っていた人族の男の胸元へと潜り込みました。
これはおそらく元妖精族としての本能だと思われます。
もはや今の私には、それほど魔力は必要ないので、急いで補充をする必要もありません。
けれども、元妖精族としての本能が、魔力を欲してしまっているのだと思います。
しかも、知らないうちに魔力接収も発動させていたみたいです。
人族になっても、スキルは使えるのですね。
もっとも、その能力は人族相手には効果が無いので、全く無意味な行為ではあるのですが、勝手に発動するのですから、仕方ありません。
妖精族以外から魔力を吸収するには直接接触して吸い取る必要があります。
特に人族から魔力を吸い取る場合は、心臓の近くから吸い取るのが一番効率的です。
ですので、恥ずかしながらもこの男の胸の中でしばらくおとなしくさせてもらうことにします。
決して他意はないのです。心地が良さそうだからとか、そういう理由ではないのです。
心臓の近くならば背中側からでもよかったのでは?という意地悪なツッコミも無しの方向でお願い致します。
◇
その男の魔力はとても純度が高く、なかなか上手く魔力操作を出来ません。こんな事は初めてです。私は悔しくて、ついムキになってしまいました。
途中、男が誰かと会話をしたり、動いたりしても、服にへばりついて頑張りました。
相手はどうせあの若い女でしょう。
この男に対するあの偉そうな態度がなんとも気に入りません。
私は意地でもこの手を離しません。
さあ、早く魔力をよこすのです。
◇
気が付けば、なぜか私の魔力はほぼ回復していました。
この男からはほとんど魔力を吸い取れなかったというのに。
悔しいですが、今日のところはいいでしょう。また今度リベンジなのです。
ふむ……。
どうやら私は
この男の事が嫌いではないようです。
あの脆弱で愚かな人族の男なのに。
魔力も回復し、心の落ち着きも取り戻したので、私はこの男の事も含め、改めて状況を確認しようと思います。
私は目を開けて辺りをゆっくりと見回しました。
そこにはついさっきまで私が魔力を吸い取ろうとしていた人族の少年と、ベッドに横たわる人族の少女が目に入ってきました。
私はその時、その少年を見て思ったのです。
この少年こそ、我が主人であると。
◇
モヤにかかっていた記憶も次第に晴れていき、私は思い出しました。
白髪の男や魔物達から、私を救ってくれたのはこの彼です。そしてここに連れ帰り、保護をしてくれたのもこの彼。
聞こえてきた話の内容から推察すると、私は今のこの国にとって、とても特殊な存在で、とても扱いに困るものらしいです。
大昔の絶滅種の生き残りと聞けば、さすがに私でもそれがどれほどの大事なのかくらいは大体理解できます。
どうしてこんな面倒な存在である私を、わざわざ助けたりしたのかはわからないですが、彼は「理屈じゃないんだ」と言って助けてくれました。
わざわざ魔物達や白髪の男に、ちゃんと話をつけてまで。
私をこの屋敷で匿ってくれました。
そっちの女も最初は嫌な感じだったけど、なんだかんだ言いながらも協力的だったので許してあげる事にします。たぶんあれがツンデレとかいうやつなのでしょう。なかなかいいものを見たのです。
ならば、もしかすると二人はやはり、いい仲なのかもしれません。うん、やっぱり気に入らない。
◇
きっと、私がこうやって目覚めたのも彼のおかげなんだろうと思えてなりません。普通なら、また数百年コースの眠りで間違いなかったはずなのですから。
それに昨晩、この彼からそんなような事を言われたような気もします。
「お前はもう人間だ」とか、「自分は御主人様なのだ」とか。そんなような事を言っていたような気がします。たぶん。
そうだ、この方は私の御主人様だ。
もし、あのまま目覚める事なく数百年の時を過ごしていたとしたら、間違いなく私は命を落としていました。
魔物に見つかり食べられたかもしれないし、何者かの手に渡って実験や研究の対象にされていたかもしれない。
もし、それらを回避できたとしても、この肉体が数百年という時に耐えられるはずもありません。すぐに朽ちてしまっていたでしょう。
彼は私の命の恩人であり、私の御主人様だ。
そう、御主人様。
私がどうして人族に生まれ変わったのかはわかりませんが、御主人様と同じ種族になれたのだと思えば、それほど悪い気はしません。
私が御主人様と同じ人族として生まれ変われたというのなら、
私は御主人様と共に、人生の終わるその時まで、
御主人様の側で一生仕え続けよう。
私はそう、心に強く決めました。
◇
御主人様は、ベッドに横たわる少女の容態を見て、酷く狼狽しておられました。
やはり、その方とはそういう間柄なのでしょう。少し羨ましいですね。
しかし、御主人様が困っておられるのなら、私も力になって差し上げたい。
そう思って、その少女の事をじっくりと観察してみたのですが……。
『エミィ、これってどういう事だ?何か知っているなら教えてくれないか』
私は御主人様のその問いかけに即答する事が出来ませんでした。
一目見て、あれは、私の魔力接収の影響だと理解していたからです。
それと同時に、彼女に妖精族の血が混じっているという事実に驚愕していたからです。
御主人様にとってその方が大切な方だというのなら、私は迷いません。
「取り引きをしましょう」
彼女を救う方法は簡単です。
私が身分を捨てればいいのです。
そう、私が御主人様の奴隷になればいいのです。
実は他の方法もありましたが、やめました。
私は御主人様に仕えると決めたのですから。
それに、
私が御主人様の『妻』になるだなんて、畏れ多くて出来ません。
これは取り引きです。
私がずっと、御主人様のお側にいられるための、
私の命と彼女の命の取り引きです。
彼女の命を救う事で、私の命は御主人様のものとなるのです。
正妻の座はお譲りしますが、
願わくば、私は、お二人と共に。
そして、いつか世界樹のベリル様の元に。
彼女の宿した妖精の欠片を求めて。
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