ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第十六話「事の顛末(前編)」
「ま、マリン?!」
突如現れたマリンの姿を見て、俺は声を出して驚いた。
今まで気を失っていて、呼吸もひどく弱々しかったあの状態が、まるで嘘のようだ。
まあ、元気になったのなら良かったが……。
まったく、心配させやがって。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、マリンは俺とエミィのすぐそばでしゃがみ込み、顔を覗かせるようにして話しかけてきた。
ただ、マリンの表情を見る限り、怒っているような様子はない。
普段なら「この変態!」とか言いそうな状況だが、そんなそぶりはない。まだ本調子じゃないという事か。
それとも、だいたいなんとなくの状況は察している感じなのか。
「いい雰囲気のところ悪いんだけど、色々と説明してもらえるかな?」
どうやら後者のようだ。
言い方はあれだが、特別含むところもないような言い方だった。
他意はなく、そのままの意味に聞こえる。
マリンの言葉に、俺はエミィの方へ向き直す。
エミィもその言葉にあわせて俺の方に顔を向き直していた。
「……」
近い。そう言えば、目と鼻の先なんだっけ。
なるほど。相手が幼女でなければこれは確かにいいシチュエーションだ。
「あ…」
目の前のエミィは俺を見つめながら小さく言葉を漏らすと、みるみる顔を赤くさせてモゾモゾと、もがき始めた。
どうやら俺の腕の中から抜け出そうとしているらしい。
何いまさら照れてんだよ。
必死にもがくエミィを見ていると、なんだか少し面白くなってきたので、腕の中から抜け出せそうで抜け出せないくらいの微妙な力加減でもてあそんでやる事にした。
さあ、頑張って抜け出せ。
「で、もう大丈夫なのか?」
腕の中で幼女を翻弄しながら、俺は真面目な顔でマリンに対して問いかける。
「ええ、多少だるさは残ってるけどもう平気よ」
「そうか。良かった」
確かに少し気だるそうにはしているが、真っ白だった顔色も良くなっているし、特別無理をしている様子もない。
一時はどうなるかと思ったが、取り敢えずよかった。
「んー!んー!」
マリンと話している最中も、エミィは俺の腕の中から抜け出そうと頑張っていた。
何だろう、とても微笑ましい感じだ。
「てか、そろそろその子放してあげなさいよ。可哀想じゃない」
「ん?そうか」
そういえば、嫌がる姪っ子を抱き抱えて満面の笑みを浮かべていた近所のオッサンの姿を思い出す。
なるほど。今ならあの時のオッサンの気持ちが痛いほどよくわかる。
これはなかなかにいいものだ。
「んー!んー!うぅぅ」
しかし、あまりいじめてやるのも可哀想か。
わりと楽しめたので、少し腕の力を抜いてやる。
するとエミィはするりと器用に俺の腕の中から抜け出し、マリンのところに駆けていってしまった。
そして、そのままマリンの後ろに回り、俺の見えない位置に隠れてしまった。
「あれ、嫌われちまったかな」
「そうみたいね。うふふ」
「ちぇ」
せっかく幼女の素晴らしさがわかってきたのに残念だ。
ん、残念?
「ねえ、サフィア」
「なに?」
「なにじゃないわよ。そろそろ紹介してよ」
「ん?ああ」
エミィに自分を紹介しろということか。
いや、紹介も何も、眠ってるエミィとは毎日顔を合わせてるだろうに……。
まあいいか。起きてるエミィとは初だしな。
俺は横から覗き込むようにして、マリンの背中に隠れてしまったエミィに話しかけた。
「エミィ、そのお姉ちゃんはマリンだ。
これからは俺よりも、そのマリンに世話をしてもらう事の方が多くなると思うから、媚びを売ってでも仲良くなっておく事をオススメする」
「コラ、なんて紹介をするのよ。もっと普通に紹介しなさいよ」
そう言うと、マリンは自分の後ろにいるエミィの方に顔を向け、ニッコリと微笑んだ。
エミィは顔を上げてマリンを見つめる。
「マリン・サルビアよ。マリンでいいわ、よろしくね。サフィアに何か変な事をされたらすぐに言うのよ」
「は、ハイ!わかりました!よろしくお願いしまシュ!」
「しねえよ!」
エミィは元気よくそう返事をしたあと、マリンの背中からマリンの正面へとテクテクと移動した。
そして、スカートの裾を少し持ち上げて可愛らしくお辞儀をした。
「あら可愛い」
そんなエミィにご満悦といった表情のマリン。
うむ。確かに可愛い。
次に、俺はマリンにエミィを紹介する。
「で、この子はエミィだ。エミィ、マリンに自己紹介だ。出来るか?」
「は、ハイ!」
俺がエミィの事をいろいろ説明しても長くなりそうだったので本人に自己紹介させる事にした。
決して丸投げしたわけではない。断じてだ。
それにほら、俺は今はエミィの主人でもあるわけだし。
それに、エミィにさせた方がマリンは喜ぶだろう。
ほら、マリンの顔がだらしない事になっている。
「初めまして!私の名前はエメラルド・エーデルワイスといいまシュ。どうぞエミィとお呼びくだシャい!」
そしてまた、可愛くお辞儀をするエミィ。
またしてもご満悦なマリン。
そしてやはりエミィは可愛い。
「ねえサフィア」
「ん?」
「あんたが幼女趣味に目覚めた理由がわかった気がするわ。これは仕方ないわね」
「いや、目覚めてないから」
いきなり何を言い出すんだ、このアホは。
まったく、人聞きの悪い。
確かにさっきはちょっと危なかったがまだギリセーフだ。
俺に幼女趣味はない。至ってノーマルだ。
そう、まだ、ノーマルだ。
◇
「それで、結局何があったわけ?」
マリンが話を本題に戻す。
そうだよ。幼女が可愛いとか言ってる場合じゃなかった。
取り敢えず部屋の隅に追いやった机とベッドを元の位置に戻し、俺は机の椅子に腰を下ろした。
マリンもいつものように、俺のベッドの端に腰掛けて、エミィはマリンの膝の上に乗せられている。
「まず、マリンはどこまで覚えてる?」
「えーっと、朝にサフィアを起こしに行ったら、エメラルドちゃんと二人仲良く添い寝してたのは覚えてるわ」
「あ、そゆこともありましたね」
なんと言う薮蛇。
「大丈夫よ。怒ってないから。幼女の良さは私も理解したし」
「いや、マリンさん?」
幼女可愛いし仕方ないよね、的な理解の仕方はどうだろう。
俺は別に可愛いから添い寝してたわけではないぞ。
いや、可愛いけどもな。
いやそうじゃなくて。
「まあいい。で、そのあと突然調子を崩したのは覚えてるか?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。顔色も最悪だったし立ち上がることも出来なかったみたいだし」
「ふーん」
「ふーんて。そのあと俺がマリンを抱え上げて俺のベッドに寝かしてやったんだぞ。そのあとだいぶうるさかったけど」
「あー」
そこは覚えてんのね。
「でも、その辺で記憶は最後ね。すごく苦しかったのはよく覚えてるけど。あれなんだったの?」
「うーん、どうやらマインドダウンだったぽいな」
そんな俺の言葉にピクリと眉をひそめるマリン。
「マインドダウン?それって、魔力を使い過ぎて空っぽになった時になる、立ちくらみみたいなやつでしょ?」
「ああ」
「いや、あれはそんなんじゃないわよ。とにかく凄く苦しかったんだから」
その時の事を思い返したのか、途端に苦い顔をするマリン。
相変わらず表情がコロコロ変わる奴だ。
「じゃあ、マインドダウンの強い版だ」
「えー。じゃあって何よ。なんか説明が雑じゃない?ていうか、そもそも私、あの時魔力なんて使ってなかったんだけど?」
「うん、あの時マリンは魔力を使ってたんじゃなくて魔力を吸われてたんだよ」
「吸われてた?誰に?」
「エミィに」
「へ?」
「その節は、大変ご迷惑を……」
深々と頭を下げるエミィ。
つむじも可愛い。
「えっと、どういうこと??」
こういう事だ。
妖精族であるエミィは、眠りの間、大地や大気に存在している微量の魔力を吸収し、それをエネルギーへと変換して生きていた。
それは、体内にある魔晶石の働きによるものであり、生命活動を維持するために必ず必要な物。
妖精族にとっての心臓のようなものである。
しかし、エミィが長い眠りから目覚めるのと同時に、その魔晶石の力は失われ、魔力をエネルギーに変える事が出来なくなってしまった。
「え、じゃあどうするのよ」
「普通に食事すればいいみたいだよ」
「あ、別に魔力じゃなくていいのね」
「うん。エミィはもう、妖精族じゃないからね」
「はい?」
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