ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第十一話「目覚め」
「いえ、こっちの話です」
「あらそう」
俺はそう言って下から見上げると、そこにはジト目で見下すマリンの姿があった。
そして、それを見て固まる俺。
そして、そんな俺の胸元には眠る少女。
あはは。こりゃまいったね。
◇
「ねえ、サフィア。それ、どういう事か説明出来るもんならしてみなさいよ」
腕を組み、仁王立ちで俺を見下しながら、言葉を投げるマリン。
一応、俺の言い分を聞く気はあるようだが、許すつもりは全く無いといったような態度だ。
幼い少女を胸に抱き込み、一緒に寝床で横になっている、今のこの俺の姿を見れば、そういう態度になるのも理解はできる。
だが、別にやましい事はしていない。
だから、マリンに許してもらうも何も無いのだ。
しかし誤解は解いておいた方がいいだろう。
「はよ」
マリンが足をドンとさせて催促する。
いろんな事がいろんな意味で昨日とは違うこの状況。
マリンが説明を求めるのはもっともだ。
ここで機嫌を損ねるのも得策ではないし、さっさと説明して誤解を解こう。
しかし、なんだか今日のマリン、様子が少し変だ。
焦っているというか、ソワソワしているというか、どうにも落ち着かない感じだ。
どうした?
トイレでも我慢しているのかな?
まあ、いい。
手短に要点だけ話してやろう。
空気の読める俺は、前置きもそこそこに結論のみを簡潔に言ってやる事にした。
「朝、起きたら、こうなって、ました」
「……」
「……」
「……」
むむ、簡潔すぎたか。
マリンの顔が『馬鹿にしてんの?』って顔になっている。
おー、こわ。
でもまあ、そうだな。
それじゃ説明になってないよな。
でも、俺だってわけわかってないんだ。仕方ないじゃないか。
「本当なんだ。むしろ俺が聞きたいくらいだ」
そう言って俺は身体を起こし、その場であぐらをかいてマリンに向き合った。
胸元にいた少女はと言うと、俺の服を必死に掴み、まるでセミか何かのようにしがみ付いたまま、決して俺から離れようとしなかった。
「な?」
しかし、すごい握力だ。
おかげで俺の服は伸び伸びだ。
コイツは、こんな状態でまだ寝ていられるのか。
俺が言うのも何だが大したもんだ。
案外、本当は起きてるんじゃないのか?
そんな俺と少女を見て、マリンはキョトンとしていた。
側から見ても、やはり不思議な光景なのだ。
「なによ、それ」
「さあ?起きたらこうなってた」
「寒いからって抱き枕がわりにしてたとかじゃなくて?」
「するかよ。どうせ抱き枕にするんならベッド使うよ。何でわざわざこんな雑魚寝で」
「ほら、そこは特殊な性癖とかが」
「ねえよ!」
なんとなく誤解は解けた様子だが、とりあえず俺を犯罪者にはしておきたいようだ。
酷いな、おい。
「まあ、サフィアの事はとりあえず今はいいわ。それよりその子の事ね」
俺いじりもそこそこに、マリンは俺のベッドの足元側に腰を掛け、少女の話へと話題を戻した。
俺は、ベッド横の床であぐらをかいたまま、少し見上げるようにしてマリンに答える。
「そうだな。こいつ、昨日までとはまるで別人だからな」
昨夜、この少女から魔物の気配が消えた。
そして次の日、と言うか今朝には、今までにはなかった仕草や表情を見せている。
これまでに起こった一通りの事をマリンに説明して、情報をマリンと共有させる。
とにかく、この少女は以前とまるで別人なのだ、と。
「別人……。確かにそうね」
「そうねって、もう視たのか?」
「視たって、識別?それはまだだけど、昨日までと違うのは見ればわかるわ」
「まあ、そうか」
確かに、この状況を見ていつも通りに見えるのならば眼科に行った方がいいな。
「じゃあ早速、『識別眼』を頼めるか?」
「えっとそれは……」
マリンは俺から視線を外し、答えを躊躇していた。
あれ、どうしたんだろう?
ちょっとよくわからない反応だ。
「ん?」
「あの……一応、確認してもいいかしら」
マリンは、恐る恐るといった感じでこちらに向き直り、聞いてくる。
「ん?確認?」
「その子……本当に昨日までと同じ子なのよね?」
「は?」
そう言ってまた顔をそらすマリンだったが、その表情はとても不安そうで、何かに怯えているようだった。
「だって全然違うのよ、その子」
「いや、違うのは俺もわかるけど」
「ううん、そうじゃないの……そうじゃなくて……」
ん?どういう事だ?
今日のマリンはやっぱりどこか変だ。
さっきは落ち着かない様子だったし、今も何だが歯切れが悪い。
明らかにいつものマリンらしくない。
「マリン、一体どうしたんだ?体調でも悪いのか?」
「ゴメン。なんでもないの。でも、今日は識別はちょっと無理かも……」
どうしたんだろう?
本当に調子が悪かったりするのか?
そう思い、俺はマリンの顔を覗き込むようにして身を乗り出した。
覗き込んだ先にあったマリンの顔は、血の気が引いたように真っ青だった。
息も絶え絶えで目の焦点も定まっておらず、ついさっきまで嬉々として俺をおちょくっていたマリンの姿からは想像もつかない程ひどい状態になっていた。
「おい、大丈夫か!?すごい顔色が悪いぞ!?」
思わぬ事態に、俺は慌てて立ち上がろうとしたが、胸元に少女がしがみついているのを忘れていた。動けない。
「だ、大丈夫よ。でも、ちょっとだけ部屋で休んで来るわ…」
そう言って立ち上がろうとするマリンだったが、力の入らない脚は床を踏ん張る事も出来ずに、そのままベッドの上に腰から落ちてしまった。
腰掛けていたのが俺のベッドでよかった。
机の側にある木製の椅子なんかに座っていたら転けて怪我をしていたところだ。
それでもマリンは自分の部屋へ戻ろうと、ベッドから何度も立ち上がろうとしていた。
何度も、何度も。
さすがにもう、見ていられない。
俺は胸元にしがみつく少女を無理やり引き剥がし、先程まで俺が寝ていた即席の寝床に寝かせ、マリンの目の前に移動した。
「あれ、おかしいな……力入んないや……」
マリンはそう言ったあと、俺の目を見て「えへへ」と苦笑いを浮かべた。
こんな時にまで、なに強がってるんだよ。
「えへへじゃねぇよ。もう、いいからお前は寝てろ」
そう言って俺はその場で立ち上がり、マリンのおでこをペシっと叩いた。
額を軽く叩かれたマリンは、「おぅっ」と間抜けな言葉を零しながら、力なくそのまま後方へと倒れてしまった。
そして俺はそんなマリンの体に自分の上半身を近づける。
「え?」
俺はそのまま太ももの下に腕を横から差し込み、もう片方の腕を背中に回しておもむろに抱き抱えた。
「えええ?」
いわゆるお姫様抱っこだ。
突然抱き抱えられたマリンは、目を丸くしたままポカンとした表情をさせていたが、今の状況を理解すると、こちらを向き、徐々に真っ青だった顔を真っ赤に変えて騒ぎはじめた。
器用な奴だ。
「え、ちょ、うそ!?なに!?」
激しく狼狽するマリン。
思ったよりは元気そうだ。
「ちょ、あんた、なにすんのよ!このスケベ!変態!ロリコン!人攫い!」
マリンからのいわれなき誹謗中傷を完全にスルーして、そのままベッドの真ん中に置く。
「え?もうおわり?」
「なにが?」
「あ、なんでもない……」
先程よりも顔を赤くしてそっぽを向くマリン。
まさか、俺が動けないマリンを無理やりどうにかしようとしたとか思ったわけじゃあるまいな。そのわりにちょっと残念そうなのが意味不明だ。
くそ、よく分からんが、なんか腹立ってきたぞ。
「取り敢えず、お前は今日一日ここで大人しく寝てろ。異論は認めない」
「えええええ」
その後のマリンは本当にめんどくさかった。
少し休めば大丈夫だとか、寝るなら自分の部屋で寝かせてくれとか、むしろもう治ったとか。
ダメダメ、異論は認めないって言っただろ。
てか、もう治ったってなんだよ。どんな嘘だよ。
「あーもー。いいから寝ろ。こんな言い合いしてても体調を酷くするだけだろ」
「大丈夫よ。もう元気になったから!」
さっきから起き上がろうとして踏ん張れずに背中から崩れ落ちてる奴がよく言う。
しかし、このままじゃラチがあかない。
どうせ動けないんだし、俺が部屋から出れば諦めて寝るだろう。
あの状態のマリンを一人にするのはちょっと不安だけど、仕方ない。
眠った頃を見計らって様子を見にくればいいだろう。
うん、そうしよう。
「とにかくもう寝ろ。また後で様子を見にくるから」
「ど、どこ行くのよ。ここに居なさいよ」
「居たらお前、寝ないだろ」
「それは……」
なんかブツブツ言いはじめた。
なにを言ってるのかは分からないが、どうせろくでもない事だろう。
とにかく俺はこの部屋から一旦出る。
「じゃあ、しばらく出てるから。ちゃんと寝とけよ」
「ぶぅ……」
納得はいってないようだが、諦めてはくれたようだ。
さて、マリンのおかげですっかりほったらかしになっていた、妖精族の少女も連れて出ないといけないな。
実はちょっと忘れかけてた。ごめんごめん。
後で謝るから。マリンが。
で、えーっと、
「あれ?」
これは、どう言うことなのかな??
俺は目の前で起きている光景に目を丸くして、しばらく言葉を無くしていた。
「御主人シャま?」
俺の目の前には、妖精族の少女が立っていた。
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