ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第九話「条件」
ヴァンパイアから託された少女に関しては、その全てをルビーさんから俺に一任されている。
というわけで、俺はしばらくこの少女の面倒をここで見る事にした。
しかし、この屋敷の主はルビーさんだ。
関与はしないにしても、何かしらの負担は強いてしまう事にはなる。
なので、筋は通しておかなくてはならない。
お伺いを立てる為にも、ルビーさんの元に出向く必要があったのだ。
俺とマリンはルビーさんの部屋を訪れ、中に入り、少女をしばらくこの屋敷で世話する事にしたと伝える。
そして、その間の少女の滞在の許可と、食費、衣類・雑貨費などの負担をお願いした。
ルビーさんは特別悩むでもなく、いくつかの事を条件に、許可を出してくれた。
一つ目は、俺とマリンだけで世話をする事。
二つ目は、その少女が人に危害を与えるような魔物であった場合は直ちに処分する事。
三つ目は、サフィア個人の所有物とする事。
四つ目は、騒がない事。
四つ目以外はなんとかなりそうだったので、その条件を飲んで、俺とマリンで少女の世話をする事にした。
そして、少女の滞在の許可をもらった上で、俺たちは本題に入る。
俺はルビーさんに、少女が魔物ではなく妖精族だったという事を報告した。
「……」
それを聞いたルビーさんは、特別驚くこともなく、少しの沈黙のあと、「そうか」と答えるだけだった。
それを見て俺は思った。
おそらく、ルビーさんはその事を初めから全部知っていて、俺に保護させる為にわざわざ俺をけしかけたんだな。と。
その証拠に、さすがに想定外だったであろうヴァンパイア達の登場では、全力で少女を守ろうとしていたのだ。
しかし、俺のその指摘は否定された。
ルビーさんはきっぱりと否定した。
そして、これ以上は詮索するなという鋭い目つきで、俺たちを睨みつけた。
(こりゃ絶対何か知ってるな)
態度を見ればわかる。
不自然すぎだ。
ひょっとしたらヴァンパイア達の登場もルビーさんが裏から手を引いてたりした可能性も無くはない。この人ならやりかねない。基本、なんでもありだからなこの人。
何者だよこの人。
しかし、あのルビーさんが俺たちにそんな邪推をさせるような不自然な態度を見せるだろうか。
そのあと、ルビーさんから色々と言い訳じみた説明を受けたが、どれもこれも、どうぞ論破してくださいと言わんばかりにお粗末な内容だった。
これで納得しておけ。
こういう事にしておけ。
と、言っているようだった。
たぶん、橋の下に少女を隠したのはルビーさんだ。
おそらく、どこかでこの少女を見つけ、保護しようとしたのだろう。
見た目に似合わず、あの人は子供に優しいからな。
俺たちみたいなのを引き取って育てようと思っちゃうくらいだし。
だが、ルビーさんはその子が人間ではなく、妖精族だったと気が付いた。
マリンの『識別眼』もなしに、よく気づけたもんだとは思うが、ルビーさんにはわかったのだろう。
なんだかんだであの人はよくわからない人だからな。
しかし、今は隠居の身とはいえ、ルビーさんはこのイヴニール王国の貴族であり元軍人だ。
妖精族の生き残りが存在していたなんて、世界の歴史を揺るがす程の大事件を放っておくわけにはいかない。
その存在をその目で確認してしまった以上、立場上、見て見ぬ振りはできなかったのだろう。
過去にも人族が誕生するより以前にいたとされるティラノサウルスの完全な化石が見つかったというだけで国中が大騒ぎになっていた事がある。
今回は化石どころか生きた子供だと言うのだから大騒ぎどころの話ではないだろう。
余裕で国が動き出すレベルの大事件だ。
本来であれば国の然るべき機関へと連絡し、彼女を引き渡すのが筋なのだろうが、どういうわけかルビーさんはそれを良しとはしなかった。
だから、俺だったのだろう。
少女の世話をする条件の三つ目の、俺個人の所有物とするってのも、おそらくそういう意図があるはずだ。
無茶振りもいいところだ。
要するに、国の関係者だった者として関われないが、目の届く場所には置いておきたかったと言う事だろう。
全くいい迷惑だ。
そのくせ、四つ目の条件に関しては、妖精族うんぬんとかは全く関係のない、ルビーさんのただの私情なので、守る気は無い。
くそくらえだ。
◇
「あの日の話の結果、この子をここに置いてあげても良いって事にはなったけど……」
「ああ。まんまとルビーさんの掌の上で動かされたって感じだな。」
「まぁ、そうね。でも、放っておくわけにもいかないし」
「そうだな。しかし、世話か……」
腕を組んで眉をひそめる俺を見て、マリンが不満気な表情で聞いてくる。
「なに、サフィア嫌なの?この子の世話」
「いや、そう言うわけじゃなくて」
「じゃあ、なによ」
「子供の世話とか、俺わかんないぞ?」
「ああ、そういう事ね」
俺の言葉を聞いて、得心いったという表情のマリン。
難しい顔をしている俺に対して、「あんたなら大丈夫よ」と言ってくるが、その根拠を開示してこないあたり、信用ならない。
「いや、でもやっぱ自信ないよ。と言うか、むしろ俺がマリンに世話をしてもらってるようなもんだからな!」
「なんで自慢気なのよ」
なかばヤケクソ気味に強がりを見せる俺だったが、強がりと言うよりも開き直りに近い。
さすがのマリンも苦笑いの呆れ顔でこちらを見ている。
「とにかく、よろしく頼むよ」
「まあ、別にいいけど」
◇
そうして俺とマリンはこれからの少女の世話についてあれこれと話し合いをし、その日は世話の内容と担当を決めて、ひとまず様子を見る事にした。
なんだかんだいいながら、世話の担当は結局ほとんどがマリンの担当になっていた。
単にマリンの世話好き属性が発動しただけなのか、それとも俺に信用が無いだけなのか、それは聞かないでおく事にした。
何はともあれ、当面の計画は立った。
まだまだ問題は起こるだろうが、その都度なんとかして行くしかない。
そうだな。落ち着いたらヴァンパイア達のところに挨拶に行こう。
この少女の事についても話しておかないといけないし、妖精族の事とかで何か情報が手に入るかもしれない。
俺はマリンとは違うアプローチで少女の世話をすることにしよう。
「さて、魔物達への手みやげは何にしよう。甘い物とか食べるかな?」
しかし、俺のそんな思いも裏腹に、翌日、事態は大きく動き出した。
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