ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
第二話「ルビー・ライラック男爵」
外はもう、すっかり明るくなっていた。
普段なら魔物の森へ向かっているくらいの頃合いだ。
さすがに今回はそういう訳にはいかないが。
そこまで俺も馬鹿じゃない。
ホントだよ?
まあ、もし森へ行くのを禁止されていなかったとしても、今のあの森は危険過ぎて、とても行く気にはなれない。
「でも、あそこは結構いい修行場だったんだけどなあ」
町の西側に広がる魔物の森は、俺にとって安全マージンを十分にとりつつ、適度な強さと数がいる狩場。
俺がここまでレベルを上げられたのはあの狩場があってこその結果だ。
それが今はもう使えなくなってしまった。
これからは他の修行方法で地道に上げて行くしかない。
これまで、俺の修行には大きく分けて3つの種類があるった。
まず1つ目は、ルビーさんからの剣術の稽古。
俺は、この屋敷の主人である、ルビー・ライラック男爵の奉公人ということになっている。
給金は貰えないが、衣食住を保証してもらえる、住み込みの雑用人というやつだ。
奉公人という体で、身寄りのない俺とマリンの面倒を見てもらっているのだ。
ルビーさんはそんな俺に、定期的に稽古をつけてくれている。
おそらく、気まぐれか暇つぶしなんだろうとは思うが、俺はありがたく教わることにしている。
そんなわけで、剣術に関しては、ルビーさんに師事しているのでとりあえずいい。
2つ目は、実戦訓練。
早い話が「魔物の森への特攻」だ。
魔物の素材も採れるし、レベルも上がるしで一挙両得、とても割のいい修行場だったのだが、それも過去の話となってしまった。
突然、生息する魔物達のレベルが跳ね上がってしまい、気軽に入って行ける場所ではなくなってしまった。
いい修行場所だったのに、残念だ。
そして3つ目。
魔力の鍛錬。
寝る前の少しの時間を使って自室でやっている修行だ。
正直、今まで魔力の鍛錬にはあまり力を入れてやってこなかったが、いい機会だし、これから真面目に取り組んでもいいかもしれない。
俺は4つの【ギフト】と呼ばれるスキルを持っている。
だが、どれも先頭には直結しない、補佐的なものばかりだ。
これまで、とりあえず使えるからいいやと、俺はそのスキルを磨く事を全くしてこなかった。
炎の弾を飛ばせるだとか、雷を落とせるだとか、そんなわかりやすいスキルだったならば、必死に魔力を鍛えて色々頑張ったりしたかもしれないが。
だから、俺の考えた優先順位は、まず、体を鍛える事と技術を習得する事だった。
だが、それだけではダメだったと、今さらになって思い知った。
マリンと一緒に狼の魔物に囲まれた時は、単純な先頭能力だけではどうにもならないこともあることを思い知った。
最終的にはスキルの連発で無理矢理どうにかしのいだが、昨日に至っては魔力不足で死にかける羽目になった。
絶体絶命の時に、切れるカードが多いに越した事はないのだ。
俺は今日からは心機一転、心を入れ替えて、肉体の鍛錬と同じくらいに、魔力の鍛錬を真面目にやろうと心に決めた。
◇
「と、言うわけです。ご教示を」
「断る」
ルビーさんがにべもない。
俺は今、魔力の鍛錬に関して教えを請う為にこの屋敷の主人、ルビー・ライラック男爵の自室にやって来ていた。
目の前にいる、白髪でとてもガタイのいい、まさに偉丈夫なこの男こそが、俺の頼みを即答で断りやがった張本人。ルビー・ライラック男爵。通称ルビーさんだ。
元王国軍の騎士団長で、めちゃくちゃ強い。
あと、白髪だからと言って、年寄りなわけじゃ無い。見た感じ、三十代半ばといったところだ。たぶん。
「なんでだよ、教えてよ。俺の師匠だろ」
「知らん。俺はお前の剣術の師匠ではあるが、魔操術の師匠ではない。お門違いだ。他を当たれ」
うーん。
ルビーさんの性格上、この展開は余裕で予想が出来ていたが、見事にその予想通りでどうしたものか。
「どうしても?」
「無理だ」
「そこをなんとか」
「ならん」
「ちょっとだけでも」
「くどい」
「ケチ!」
「なんだと!?」
やっべ、怒らせちまった。
ちょっと沸点低過ぎでしょ。
「そもそもお前は特殊過ぎる。戦闘における技術や知識ならともかく、魔力や魔術に関してお前に教えられるような事は何もない。例えあったとしても教える気は無い。面倒だ」
「ちょっ、」
最初は俺が特殊だからとか言いながら結局教えたく無いだけじゃないか。
「————貸してやる」
「え?」
俺がルビーさんの投げやりな態度に抗議をしようとした瞬間、ルビーさんは俺の方に何かを放り投げて来た。
俺は慌ててそれをキャッチし、受け取る。
「これは??」
ルビーさんが俺に投げ渡して来たのは一冊の本だった。
「魔操術について書かれている。参考になるかどうかは知らんが持っていけ。そしてさっさと出て行け。仕事にならん」 
ルビーさんから投げ渡された本を見ると、それは魔操術について書かれた指南書だった。
ルビーさんてば、ツンデレすぎるよ!
「おお!!ありがとう!ルビーさん!」
「なら出て行け。仕事が出来ん」
「はい!」
◇
「やれやれ、まったくあいつは…」
騒がしいのも帰り、ようやく部屋に一人きりになったルビーは、遠くに目をやりながら少し郷愁にふけって呟いた。
「……成り行きとはいえ、まさか俺が子育てをする羽目になるとはな」
力なくボソッと言葉をこぼしたルビーは、部屋の窓から見える外の景色に視線を移し、またボソッとつぶやいた。
「だが、まあ、悪くはなかった」
そう言うとルビーは懐から一振りの小剣を取り出し、それをしばらくじっと見つめた後、また、独り言を続ける。
「しかし、そろそろ潮時か。サフィアにあれが発現した以上、俺が力になってやれることは、もうそれほど残ってはいない」
ルビーはそう言うと大きく息を吐き、小剣を再び懐にしまって、そのまま黙って部屋を出て行った。
◇
「あれ、ルビーさんどこか行くの?」
台所で食事の準備をしていたマリンが、玄関に向かおうとするルビーに気が付いて声を掛けた。
「ああ、少しな。帰りはたぶん遅くなる」
「そう。わかったわ」
「おそらくサフィアもそのうち出て行くだろうから、お前はもうちょっと寝ていろ」
仮眠を終えたばかりでまだ少し眠そうなマリンを見て、ルビーは相変わらずの口調で言う。
そんなルビーを見て、マリンは少し目尻を下げる。
「ありがとう、ルビーさん」
マリンはそう言って、作り始めていた昼食を手際よく2つの容器に綺麗に詰め込み、その片方をルビーに手渡した。
「はい、お弁当。今度から出掛けるなら早めに言ってね。食材が無駄になっちゃうから」
「そうだな。気をつけよう」
そう答えながらマリンから弁当を受け取るルビー。
彼の口角がほんの少し上がり、その顔に笑みが作られていたのを、マリンはバッチリ目撃していた。
「……行ってくる」
それに気づいたルビーはまるで逃げ出すように、屋敷を後にした。
「へえ、ルビーさんもあんな顔するんだ」
滅多に怒り以外の感情を顔に出さないルビーの様子に、マリンは「ちょっといいものを見た」と思う反面、普段はそんな表情を決して零さないはずのルビーに対して、小さな違和感の様なものを覚えていた。
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