ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜

ななせぶん

第一話「マリン・サルビア」

 
 何もなかった。

 いや、何もかも無くなっていた、と言うのが正しいのだろう。

 そこにあったのは、ただ一面の焼け野原。
 どこまでも続く、圧倒的光景だった。
 見渡す限りが焼け朽ちた、そんな世界。

 そこが夢の中だと言う事はすぐにわかった。
 俺は今、夢を見ているようだ。
 いや、夢の中にいると言ったほうが正しい表現だろう。
 その証拠に、俺の体は幼児くらいの幼い姿になっていて、とても不思議な感覚だ。
 鏡がないので確認はできないが、おそらく俺に記憶に欠けていた幼い頃の姿だ。
 それはなぜか、何となくわかった。
 たぶん、これが夢だからだろう。

 どんな不思議な光景も、全て「夢だから」だという一言で片付いてしまう。

 目の前には、一人の男が立っていた。
 男は一面焼け野原の景色を見て、絶望しているのが見て取れた。

「この世界はもうだめだな」

 男はポツリとそう言うと、いつのまにか隣に立っていた女性の肩を抱き、そっと引き寄せた。

「ええ。だけど、せめて子供達だけは」
「ああ」

 二人はゆっくりと振り返り、俺の方を見た。

「サフィア、お前達は希望だ」

 男は低い声で俺にそう言って、その大きな手を俺の頭に乗せ、グシャグシャっと撫で回してきた。
 俺は抵抗する事もなく、されるがままにいたが、不思議と嫌な気はしなかった。
 男は俺の頭に手を置いたまま、膝を曲げて中腰になり、俺の顔に自分の顔を近づける。
 そして、静かにゆっくりと、噛みしめるように言った。

「お前は強くなれ。父さんよりももっとだ。そして守れ。母さんや、仲間達を」
「……うん」
「父さんとの約束だぞ」
「約束」

 俺がそう言うと、いつのまにか俺の右隣にいたマリンがこちらを見て微笑む。
 そして、またしてもいつのまにか俺の左にいた少年も微笑む。

 視線を正面に戻すと、先程の両親と思われる二人の横に、別の男女が立っていた。

「サフィアくんなら大丈夫さ。きっとうちの子達を守ってくれるよ」
「ええ、これから行く世界でも、この子達ならきっと大丈夫」

 二人はそう言って俺に微笑みかける。

 最初の父親らしき男が俺に話しかける。

「母さんを任せたぞ」

 もう一人の男が、俺の左隣の少年にこえをかける。

「母さんと、マリンを頼んだぞ」

 少年は「はい」と答えていた。

 俺は、何も答えられなかった。

 そして、俺たちは『消滅』した。

 目の前の男二人だけを残して。


 ◇


 暗闇の中、声が聞こえる。


 とても小さな声だ。


 耳をすます。


 確かに声がするがまだよく聞こえない。


 もっと神経を研ぎ澄ます。





『……見つけた』





 !?!?!?






「わあああああ!!!!」


 俺は大声を上げてベッドから跳ね起きた。

「はぁ…はぁ……なんだ、今のは……」

 なんだか変な、とても不思議な夢を見た。
 目が覚めた瞬間にほとんど全部忘れてしまったが、最後の声だけは覚えている。
 こんな大声を上げて目を覚ますほど怖い夢なんて生まれて初めてだ。

 それに、夢というにはリアリティがあった。
 あの声はまるで、誰かが俺の夢に入って来て言ったような、そんな感じだった。

「びっ………くりした……」

 見ると、俺のベッドの横にはマリンがいた。

 俺の声に驚いたのか、背筋をピンと伸ばしたまま目を丸くして、こちらを見ながらずっと固まっていた。

「ああ、マリン。おはよう」
「………」
「………」
「………」

 驚きのあまりまだ固まったまま俺を見ているマリンがそこにいた。

「もう一眠りするか……」
「ちょ、ちょっとサフィア!!?」

 まさかの二度寝に突入しようとする俺を見て、思わず正気を取り戻すマリン。

「なんでまた寝ようとしてんのよ!」
「いや、なんか変な夢見ちゃったからさ。寝覚め悪いし、やり直そうかなって」
「いやいやいや……」


 ◇


 マリン・サルビア。
 彼女はこの家で俺と共に暮らす同居人だ。
 歳は16で、レベルはたしか7くらいだったはず。
 この歳にしてはかなり高い方だ。

 綺麗な茶色の髪が腰元まで真っ直ぐに伸び、とても落ち着いた感じのする、お嬢様系美人だ。
 高飛車な印象はなく、清楚な中にも活発さを感じられる、とても豊かな表情の持ち主だ。

 何かを喋る毎にコロコロ変わる表情は、まるで百面相といってもいいくらいだ。


 俺は今、そんな彼女に説教を受けている。


「ねえサフィア、どうしてあんたは、私との約束を破って、また森なんかに行ってるのかしら」


 感情的にならず、声を荒げることもなく、静かな口調で問い詰めるマリン。
 マリンが本気で怒っている時の口調だ。

 言い訳をしようにも、俺に言い訳の余地はない。

「ええっと……ごめんなさい」

 マリンはとても真剣な顔で、俺の目を見つめている。

 さすがに、はぐらかしたり誤魔化したり出来るような雰囲気ではない。
 こういう時は下手な言い訳はせず、素直に謝るのが一番いい。

「服も身体もこんなボロボロで、ほんとに心配したんだから……」
「本当にサーセン!!」

 マリンその目には涙が浮かんでいたが、俺がベッドの上で全力の五体同地土下座するのを見て、なんとか溢さずに済んだようだ。

 マリンは気が強いくせに心配性で、涙脆いところがある。
 いつも心配させる側の俺がいうのもなんだが、すぐに泣くのは勘弁してほい。
 あれは最高にバツが悪い。

「ところでマリン」
「なに?」
「マリンは何故ここに?」
「………はぁ」
「ん??」

 ため息をつくマリン。
 どうやら俺は昨日、屋敷の前まで自力で歩いて来たようだが、そこで力尽きたらしい。
 そんな俺をマリンが見つけて、部屋まで運んでくれたのだと言う。

「あ、それはどうも、お手数をおかけしまして……」
「ほんとよ、まったく」
「でも、よく俺を二階まで運べたな。マリンって、そんなに腕力あったっけ?」
「無理に決まってるでしょ。ルビーさんに運んでもらったのよ」
「あー、ルビーさんかぁ……」
「サフィアは多分、今日も説教ね」

 そう言ってクスリと笑うマリン。

 ああ、マリンが笑顔で俺は嬉しいよ。

 ◇

 結局マリンは一晩中、俺の看病をしていてくれたらしく、それを聞いた俺がすぐさま再びジャンピング土下座をしたのは言うまでもない。

『治癒魔術』を使えるはずの俺がこんなにも傷だらけになって倒れていたんじゃ、心配になるのも当然か。
 しかし、まさか朝まで寝ずの看病をしてくれていたとか、それは申し訳無さすぎて胸が痛い。

 今度何かお礼しなくちゃな。


 ◇


「じゃあ、本当にもう大丈夫なのね?」

 マリンが念を押すように再度質問してくる。
 かれこれ、5、6回は同じくだりの会話をしている気がする。

「ああ、本当に本当の本当だ。マリンの看病のおかげですっかり元気になったよ。ありがとう」
「そ、それなら良かったわ」

 そう言って腕を組んで踏ん反り返るマリン。
 顔が赤いのをどうにかしないと、照れ隠しなのがバレバレだぞ?

「だから、マリンはもう部屋に戻ってゆっくり寝てくれ」
「うーん、本当に大丈夫なのね?」

 まだ言うか。

「大丈夫だから。何なら『識別眼』で見てくれていいから。ほら」

 そう言って俺はマリンの手をギュッと握る。

「ひあっ。あ、うん。だ、大丈夫みたいね」
「だろ」

 急に手を握られて驚いたようだか、マリンは『識別眼』を使って、俺が復調しているのを確認したようだ。

 ちなみに、俺がマリンの手を握ったのはイチャイチャしたかったからではない。そうしないと俺の体力や魔力がマリンに見えないからだ。

 マリンの使う『識別眼』は、対象との関係が大きく影響する。
 関係が近くなればなるほど、詳しい情報が見られるようになるのだ。
 対象との関係を近づける、一番簡単な方法は、物理的に接触する事。
 つまり、対象に直接触れる事だ。

 やれやれ、部屋に戻ってもらうのにここまでしないといけないとは、マリンの心配性にも困ったものだ。

「むしろ、全然寝てないマリンの方が心配だから。部屋に戻ってゆっくり寝てくれ」
「そ、そうね。じゃあそうさせてもらうわ」

 マリンはそう言ってムクッと立ち上がると、グイッと俺に顔を近づけて来た。

「次、約束を破ったらただじゃおかないからね!心配するのだってエネルギー使うのよ!」
「わ、わかったよ。反省してるって」

 俺の返事を聞くとマリンは姿勢を戻し、「ならばよろしい」と言って部屋を出て行ってしまった。

 ありがとう。そしておやすみ。


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