ラストフェアリーズ〜妖精幼女は前途多難〜
プロローグ「森の異変 前編」
前方に見える魔物の数はざっと二十程。
しかもどれもDランクくらいの魔物で下手するとCランクの魔物も混じっていそうだ。
それぞれ単体ならば、例えCランクでもたぶん勝てるだろう。
少なくとも負ける事はないと思う。
「しかし、こう一度に来られるとさすがになんと言うか……。困った」
「こ、困ったじゃないわよ!どうするのよこれ!」
俺は今、町の西側にあるやたらと広い森の中に修行という名の魔物退治へと出向いていた。
「サフィア、あんたいつもこんな危ない事やってるの!?信じられない!」
だが今日は、いつもとは少しばかり状況が違っていた。
俺と同じ家に住む、妹的存在の世話焼き娘のマリンと一緒に来ていたからだ。
「来たいって言ったのはお前だろうが。てか、いつもはこんな高ランクの魔物となんてやりあってねーよ」
「じゃあ、この今の状況はなんだって言うのよ!」
「しらねーよ!俺が聞きたいわ!」
マリンがギャーギャー騒ぐのも無理はない。
そもそもこの森にはこんな高ランクの魔物なんていなかったはずだ。
いたとしても、こんな数で群れになっていてるだなんて今までに見たことも聞いたこともない。
「あーもー、わかったから。マリン、ちょっとこっち来い」
「ん?なによ?って、わあぁ!?」
俺はマリンの腕をぐっと引き寄せる。
つまづいてよろけるマリンを胸で受け止め、そのままがっしりと抱きしめる。
「え、急に何よ。な、何してんのよ」
「いいからちょっとしばらくこのままにしてろ」
「え、う、うん。でも、これかなり恥ずかしいって言うか何ていうか…」
さっきまでうるさかったのに、途端に耳を真っ赤にさせてボソボソと呟くマリン。
よし、大人しくなった。
「で、でもこういうのはもっと雰囲気のいい所がよかったっていうか、いや、別にそう言うのを期待してるとかそんなんじゃなくて……」
コイツはこの今の状況を見て何を言っているんだろうか。随分と余裕だなオイ。
「マリン」
「は、はい!」
「気が散るから黙ってて」
「なっ!ヒドイ!」
俺に抱きしめられながら顔だけをこちらに向けて非難の表情で訴えるマリン。
俺はそんな視線を無視するように、こちらへどんどんと近づいてくる魔物達の方へと顔を背ける。
マリンはしばらく俺をジト目で睨みつけた後、「はあ。そう言う事ね」とボソリと呟き、すぐに顔の位置を俺の肩に戻し、おとなしくなった。
「それじゃ、ちょっと借りるよ」
「どーぞ」
マリンの気の抜けた軽い返事に、俺の緊張も少し和らぐ。
早速俺は『識別眼』を使い、ゆっくりとあたりを見回して状況を確認する。
「………なるほど。あれか」
「何かわかったの?」
「まあね。マリンはそこの木陰で待ってて。絶対に動かないように」
そう言って、抱きしめていたマリンを解放し、俺は魔物の群れの方へ歩き始めた。
「え、ちょっとサフィア!どこ行く気よ!あんたのレベルじゃとても無理よ!!」
俺の向かう先にいるのは、狼型の魔物のセイブウルフ。レベルはだいたい14前後。
特別レアなギフトを持っているわけでもなく、思った通りDランクの魔物だ。
ちなみにDランクの魔物の強さは、パーティーランクDの冒険者達で倒せる程度の強さなのだが、それは魔物一体を相手にした場合の話。
今回のように二十体もの魔物が群れをなしている場合は全く話が変わってくる。
パーティーランクDの冒険者達を二十パーティー分用意するか、パーティーランクBを数パーティーかパーティーランクAの冒険者パーティーを用意する必要がある。
このセイブウルフの場合は、特殊なギフトは『瞬足』くらいなので、ソロならレベル15くらいあれば何とか倒せそうだが、それが約20匹。
Aランクパーティー相当の案件だ。
Aランクパーティーといえば、構成や所持ギフトにもよるが、レベル二十代後半の6人パーティーというのが一般的だ。ソロならレベル40代後半くらいは必要になる。
そんな魔物の群れの中に、一人向かって歩いて行く俺のレベルが、たったの13なのだから、マリンが必死に止めるのも無理はない。
とはいえ、この歳でこのレベルってなかなか凄いんだぞ?
「サフィア!早く戻りなさい!死ぬ気なの!」
まさか。
もちろん勝つつもりだ。
勝てなきゃ死ぬんだから、勝てないと思うのはそれこそ死ぬ気なのと変わらないと思うんだぜ?
「大丈夫。こんなの慣れっこだから」
この森は俺の庭だ。毎日のように魔物狩りに来ている。
時にはこんな風に、数に囲まれるということも珍しくはない。
まあ、Dランクに囲まれたのは初めてだけども。
普段はせいぜいEランクかFランクの虫型や小動物型の魔物数体に囲まれる程度だ。
そもそもこの森でこんな大量のDランクの魔物達に遭遇する事自体が初めてだ。
森に何かあったのか?
まあ、今はそんな事はどうでもいい。
目指すは真正面の先にいるセイブウルフ。
レベル25のCランクの個体だ。
この個体だけが飛び抜けてレベルが高く、『統率』のギフトを唯一持っていた。
要するに、これがこの集団のボスだ。
「やっぱり、いたね」
人間も動物も魔物も同じだ。
集団になれば、そこには必ずリーダーが生まれる。
逆にいえば、リーダーがいるからこそ、その集団は集団として成り立っている。
だからこそ、総大将たるリーダーは、討ち取られてはいけない。
ならば、そこを攻めるだけだ。
俺は、Cランクのセイブウルフをボスウルフと勝手に命名し、視線をロックオン。
ボスウルフめがけて歩く速度をわざとらしく少し上げてやると、それに釣られて、魔物達が次々とこちらに飛び掛かって来た。堪え性のない奴らだ。
動きの緩急を利用したちょっとした誘い技だったが、上手く決まると思いの外気持ちが良い。
堪え性のない、せっかちなウルフ達がすごい速さで距離を詰めて来る。
それに合わせて俺も地面を強く踏み込む。
もちろん目指すはボスウルフだ。
ボスウルフは動かず、周りのセイブウルフ達がボスウルフの前に出るようにして立ち塞がり、一斉に俺めがけて飛び掛かってきた。
俺は、集団で飛び掛かってくるセイブウルフ達を前に、最大全力の速さで、中央突破する。
真正面から飛びかかってきていたセイブウルフは、手刀で意識を刈り取り捕獲し、あとは置き去りにして駆け抜ける。
しかし、セイブウルフ達にとってはその程度は織り込み済みだった様子で、こちらに向き直り、再び襲いかかろうとしていた。
が、それではもう遅い。
俺は、手に掴んでいたセイブウルフを勢いそのままにボスウルフめがけて力任せに投げつけると、ボスウルフは慌てる様子も無く、こちらに顔を向けたままサッと横に飛び避けた。
が、その一瞬に俺は『瞬足』を使ってボスウルフの後ろに回り、真後ろからの不意打ち鉄拳を浴びせた。
「グギギギギ!」
一瞬の攻防だった。
ボスウルフは悲鳴を上げたあと、あっけなく地面に倒れてしまう。
総大将たるボスが討ち取られ、動きの鈍るセイブウルフ達。素早さに精彩を欠いたセイブウルフは、もはや俺の敵ではなかった。
しばらくすると、セイブウルフ達は攻撃する事をやめ、俺から距離をとって警戒するようになった。
俺はボスウルフの後ろ脚を掴み上げ、周りにいるセイブウルフ達に向かって見せるように高く掲げた。
そして叫んだ。
「お前達の頭はこの通りだ!もはや戦う意味はない!全員この場から立ち去り、二度と人に危害を加えるな!」
俺は『統率』を使い、大声でセイブウルフ達に命令した。
「グルルル……」
セイブウルフ達は、少し唸り声をあげただけで、その場を去ろうとはしなかった。
あれ、上手く行かなかったか?
セイブウルフ達は動きを止めているものの、どこか落ち着かない様子でこちらを警戒している。
ひょっとすると、『統率』にはそれほど強い強制力はないのかもしれない。
『統率』の効果が続いているうちに追加の命令を出す。
「だが、縄張りを荒らす者は実力を持って全力で森の外へと追い払え!いいな!」
「「「「「「「ガウッ!!!」」」」」」」
今度は上手くいったようだ。
野生としての本能なのか、侵入者をただ見逃すだけというのは獣としてのプライドが許さなかったのかもしれない。
周りのセイブウルフ達は次々とここから立ち去って行った。
「ふう、意外となんとかなるもんだな」
そう呟いて、大きく一つ息を吐き、俺はマリンの元に戻る事にした。
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