複垢調査官 飛騨亜礼

坂崎文明

帰京

「飛騨君、帰ってきてくれるのね。助かったわ。春は陽気のせいか、変なトラブルやクレームメール多いのよね」

 運転席の中央にアームで固定されたタブレットパソコンから神楽舞の声が聞こえた。
 スカイプ経由で通話ができるように設定してあった。

「舞さんが毎日メール寄越すから、休んでるのか、仕事してるか分からなくなってね」

「それは申し訳なかったわ。飛騨君の会社『カレイドスコープ』っていつ連絡しても誰かいるから助かるわ」

「そうですね。ネット関連会社はいつ、何があるかわからないので交代で宿直を置くことになってます。一応、土日休みとかなんですけど、プロジェクト案件だと終了後、まとめて長期休暇を取ることもできます」

「最近、『作家でたまごごはん』のサーバー障害も多くて、『カレイドスコープ』の担当の方にも迷惑かけっぱなしなのよ」

 京都に着くには、まだ、一時間ぐらいはかかる。
 飛騨は少し焦った。

「――ちょっと、早いな。舞さんの会社ってセキュリティとか警備はどうなってます?」

「え? セキュリティ、警備って、リアルの?」

「そうです」

「うーん、7階建ての小さなビルの4階だし、1階に警備のおじさんがいるぐらいかな」

「なるほど。そりゃそうだよね。神沢社長に警備に気を付けてとお伝えください。最近、ネットの無敵の人の暴走とかあるからね」

 気休めに過ぎないが、冗談めかして警告してみる。
 幻視した光景の話をするわけにもいかないし。 

「はい。伝えておきますね。いつもありがとう」 

 今日の舞はおしとやかで妙に素直である。逆に妙な違和感を感じるが。 

「よろしく。あと1時間ぐらいでそちらに着くので、舞さんも気をつけてね」

 これも気休めだが、一応、言っておく。

「はーい。今日の飛騨君は妙に優しいわね。では、またね」

「では、また」 

 通話を切ると飛騨はさらに車の速度を上げた。  
 幻視がどれぐらい先の未来かは飛騨にも分からないが、その兆候はすでに見えているように思えた。

 数分後、舞から再び通話がきた。

「飛騨君、大変なのよ。『作家でたまごごはん』のサーバーがダウンしてしまって、今、復旧作業を『カレイドスコープ』に頼んでるところなの」

 最初の幻視の出来事が起こってしまった。事態は急速に悪化している。
 飛騨の額に汗がにじむ。

「サーバーデータのバックアップはしてる?」

「それは大丈夫。1時間単位で自動バックアップ取ってるから」

「まあ、駄作とはいえ、僕の小説も消えるとへこむからね。バックアップ取り忘れてるし」 

「そうね。このサイトの小説には作者の想いがこもってるものね。それはだけは守らないといけないわ」

「舞さんも気を付けて、すぐにそちらに行くから待ってて下さい」

「全く大げさね。愛の告白か何か?」

 舞は冗談めかして茶化してくる。
 いや、それ、死亡フラグに見えるんだけど。
 飛騨は嫌な予感を振り払うようかのようにかぶりを振った。

「舞さんもだけど、作品の方が気になって」 
 
「私はついでなのね。もう、失礼しちゃうわ」

 その時、ドアを開けて何者かが踏み込んでくる足音が聴こえた。
 続いて、数発の銃声と悲鳴が上がる。
 誰かが倒れる音がした。

「舞さん! 大丈夫ですか、舞さん!」

 返事はなかった。
 飛騨はアクセルをさらに踏み込んで高速をひた走った。


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