すばらしき竜生!

白波ハクア

第50話 大爆発

 二十分の休憩時間の後、Aブロックの決勝戦が行われようとしていた。
 その間、待機部屋で暇を潰していたロード。 面倒だから寝ようかと思っていたところに、実況役の生徒とガランドルのアナウンスが聞こえてきた。
『さあ、波乱のBブロックも終わり、残すはAブロックのみとなりました! ゲストは引き続きガランドルさんです!』
 観客からの拍手が待機部屋まで聞こえてきた。
『Aブロックは平穏に終わることを祈ってるぜ。って次は……ああ、ダメだ。また救護班はすぐに動けるようにしとけよ』
『試合に怪我はつきものですからね!』
『いや、そういう意味じゃ……もうそれでいいや』


「風評被害ここに極まれり……ってやつだな」
 ガランドルは次の選手――ロードの名を見て、Bブロックのような惨劇が繰り広げられると思っていた。
 だが、ロードは馬鹿じゃない。 相手を殺そうとは思っていないし、雑魚相手に本気を出そうとも思っていない。 だからガランドルが危惧していることは絶対にないと言い張れる。
 そんな感じで落ち着いているロードだったが、観客席の一部は真逆の反応を見せていた。
「ヤバイヤバイヤバイ! 次はロードだよ相手死んじゃうよどうしよう!」
 シエルは口早に騒ぎ、カリムの肩をグラングラン揺らす。
「ちょ、姉さ、やめっ、うげっ、あ……気持ち悪、うっ……なって…………」
 それでも彼女は揺らすのをやめない。 ロードがこの場にいたのなら「どんだけテンパってんだボケ」と頭にスマッシュをかましていただろう。
 しかし、悲しいことに現在ロードは待機部屋。 シエルの暴走を止めれる者はいないとカリムは悟り、天に召される覚悟を決めた時、彼女の肩にポンッと置かれるしなやかな手があった。
「はいはーい、そろそろやめなカリムが死んでまうよー」
 ツバキは細い腕からは考えられない腕力で、シエルを優しく引き剥がす。
「だってロードよ!? あのロードが一般人と戦うのよ!? 絶対にやらかす予感しかしないわ…………」
「ロードもシエルにだけは言われたくないと思うわぁ」
 Bブロックでこれでもかというほどやらかしてくれた馬鹿シエル。 それのせいでシエル達の席の周りは誰もいなかった。皆、悪魔の所業を見て怖がっていた。
 中には天使の皮を被った悪魔などと呼ぶ奴がいたが、シエルの知らない間に本物の悪魔ロードがボコッといたのは別の話。

「ゲホッ、ゲホッ! あー、今回はツバキの馬鹿力に助けられたな」
「馬鹿力は余計や。…………おっと、そろそろ始まるみたいやな」
 選手が出てくるゲートから、ロードが悠々と歩いてくるのが見えた。
『さあ、最初にでて来たのはロードくんです! 彼は一つ前の試合で圧倒的な差を見せつけてくれましたが、今回は大丈夫なのでしょうか?』
『殺さなければそれでいいや』
 実況の疑問に諦めたように返すガランドル。 ロードは後でシメると心の中で決意し、反対側から出てくる対戦相手に意識を向ける。
『ロードくんの反対側から出てきたのはエイラン・フォルゼさんだ! 彼女は素早い動きで対戦相手を翻弄してきました。この試合でもそれが見れるのでしょうか!』
 エイランは動きやすい盗賊風の装備をしており、手には軽めの剣、腰に数本のナイフを装着している。
「……あなたが噂のロードくんね」
 中心に歩きながら彼女は緊張した面持ちで言う。
「噂のって……別に俺は何もしてねぇけどな」
「謙遜しているのか、それとも本当に自覚がないのか。……まあ、どっちでもいいわ」
 エイランは構える。
「開始っ!」
「――私が勝たせてもらうからっ!」
 審判の合図と共に、ロード目掛けて一直線に駆け出す。
『おおっとこれはエイランさん。先手を取りに行った!』
 踏み込みはいい。初手で突進をしてくる度胸も大したものだ。 しっかりと鍛錬をして強さを磨いて来たのだろう。彼女のほうが、権力だけを振りかざして、ちっぽけな力を誇示しているどこかのピクルスより全然マシだ。
 ――だが、それだけだ。
「フッ!」
 ロードに肉薄したと同時に剣を前に突き出す。
 キィンとした金属同士がぶつかり合う音がして、エイランの目が開かれる。 それもそのはず。いい一撃を出せたと思っていたのに、ロードはそれを人差し指と親指の爪だけで挟んで止めていたのだ。
「…………なん――キャアッ!」
 理解が追いついていないエイランの頭を掴んで、始まりの立ち位置にぶん投げる。 すぐに体制を立て直したエイランは、追撃が来るだろうと読んで構える。だが、ロードは一切動こうとしなかった。
「…………軽い」
「なん、ですって?」
「踏み込みは高得点だ。さぞかし練習をしてきたんだろう。この正直さからして……練習相手は魔物か? 確かに魔物程度の知能なら速さで翻弄すれば楽に倒せる。だが、速さを求めすぎて軽い剣を選んだのが仇となったな。これが男の大人だったら軽く弾けるし、馬鹿正直な剣筋だから簡単に受け流せる。筋力トレーニングしていればもっと良くなっていたらはずだ」
 村長と少しだけ剣を交えたことや、子供達と村の男達との稽古から、ロードは自分よりも弱い奴の実力を精確に測れるようになっていた。
 そして、こんなにも言い当てるということは、今の一撃だけでエイランの実力は全部わかったという証明にもなる。
「この程度じゃ俺の爪だって切れやしない」
 それが最後の言葉となった。
 エイランは何も言い返せなかった。 俯いたまま剣を握る手だけが震えていた。
「そうよ……君の言っていることは全部正しい。…………けどね! 私はそれが正解だと思って練習してきたの! 私は私の戦い方で生きていくって決めたのよ!」
 エイランが俯いていたのは泣いていたからだった。 彼女は悔しかったのだ。一撃だけで全てを見通されて、自分とロードの力の差がありすぎるとわかってしまった。
 それでも諦めずに向かってくるその姿を、ロードは素直に賞賛した。
 彼は正々堂々向かってくる相手には真剣に相手をする。 今まではムカつく奴しか相手にならなかったから鬼畜の所業を見せていたが、今回は違う。
「と言っても俺は女性を殴るのは好きじゃないんだ」
 なんとも紳士的なロードさん。 観客席のほうで「おいぃ! 私ってば毎日殴られている気がするんですけどぉ!?」という声が聞こえてきたが、そんなものは華麗にスルーした。
「だからこれで終わらせてもらう」
 腕を地面に叩きつける。 会場の床はヒビが入り、ロードの腕は深くまでめり込む。
 拳から膨大な量の魔力を流し込み、一瞬にして二人が戦っている場所全体にそれは浸透した。


「――ヤバッ!」
 相棒が何をしようとしているのかをいち早く察したシエルは、防御の結界を慌てて自分の周りに展開する。 それを観客全員にも同士に展開する。突然、目の前に半透明な膜ができた観客達は不思議がるが、シエルはそれどころではない。
 同じような結界を重ねがけしてより強固なものへと作り変える
「姉さん? 何をして――」
「うっさい今忙しいんじゃい!」
 カリムは質問をしたが、シエルの慌てた声に遮られる。
「こんな大規模な魔力操作は初めて見たわぁ」
 ツバキはマイペースにシエルの張った結界を見ている。
 普通ならば結界というのは、術者の周りにしか展開できない。 それができるのは、シエルの天才的な魔力操作の精密さの現れだろう。
「ああっ! 対戦相手の人にも結界張らなきゃ!」
 それに気づいて二十メートル先のエイランにはより強固な結界を張る。
 それが完了すると同時にそれは起きた。
 地面が一瞬だけ盛り上がったかと思うと、鼓膜を破るかの如く轟音が鳴り、大規模な爆発を起こした。
 シエルが咄嗟に結界を張っていなかったら、観客席に爆風と地面が飛び散った欠片が直撃していただろう。
 だが、ちゃんと加減を考えていたのか、シエルが予想したよりも爆発は大きくなく、ホッと胸を撫で下ろす。
 更にエイランに当たらないように調整していたので、彼女自身に怪我はなかったが、爆発音で気絶してしまっていた。
「……カリム、ツバキ、大丈夫?」
 それでも一応は安否確認をする。
「ま、まだ耳がキーンってしてるっす」
「妾は目が痛いわぁ……」
 流石は特別クラスの二人。他よりも耐久力はあるようだ。
「姉さん。兄貴は一体何をしたんですか?」
 そんな疑問にシエルは悩む。
「うーん、簡単に言えば――魔力の暴発?」
「ぼう……はつ?」
「そうよ。ロードは地面に自身の魔力を流して、ステージ全体に浸透させたの。魔力ってのは意外と扱いが難しくてね、変な力を入れるとボンッ! って爆発するの。今回のはそれを大規模にしたやつね」
 魔力の流れを見ていたから気づけたんだけどね。と最後に言って説明は終わる。
「でも……当の本人は大丈夫なんか? シエルの説明からすると、あの爆発が直撃したってことになるんやけど」
 ツバキの心配も当然だが、シエルは手をナイナイと振った。
「いやいや、あのロードよ? あのロードなのよ? この程度の爆発だったら、かすり傷程度でしょ」
 ほら見なさいよ。とシエルはロードを指差す。
 その先には、腕をぐるぐると回して、一仕事終えたおっさんのような動きをしたロードがいた。 見るからにピンピンしている彼を見て、笑いと呆れが出てくる。
「おいコラ。さっさと結果言えよ」
 挙句には文句すら言い始めた。
『し、勝者はロードくん、です?』
 なんとも間抜けな勝者コールが聞こえたのであった。

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