すばらしき竜生!

白波ハクア

第24話 道中旅

 平野や森付近を通る馬車は何よりも危険が多いと言われている。なぜなら盗賊に襲われる危険性が増すからだ。 この世界の盗賊は特に危険だ。獲物を見つけると有無を言わさずに襲い掛かり、少しでも抵抗をしたら殺しに掛かる。
 だから、村から食糧を買いに遠出する人や、他の国や街に行く商人は必ず腕のある冒険者を雇う。 雇われた冒険者もそれを知っているので、全員が緊張感を持って依頼を全うするのだが…………。
「………z z z Z Z Z Z Z……」「………スヤァ………」
 ロードとシエルは馬車の屋根に登り、気持ちよさそうに日向ぼっこをしながら静かに寝息をたてていた。ロードに寄り添うようにして、シエルが腕に掴まって寝ている。
 その2人だけを見ていれば、ほっこりする光景なのだが、その周囲はそれどころではない状況だった。
「金目の物置いていけやァ!」「抵抗したら殺すぞ!」「早くしやがれ!」
 ……というように三人の盗賊に囲まれていた。 馬車を操縦している村人は顔を青くしながら、盗賊を出来るだけ刺激しないように懇願している。子供達は恐怖で泣いている子も居る。
「ろ、ロードさん! 助けてください!」
 村人が涙目で爆睡しているロードに助けを求めるが、もちろんこんな事で起きるロードではなく。
「……………あと五年寝かせろ……」
 なんともスケールのでかい寝言を一言だけ言って、再び夢の世界に潜り込んでしまう。やがて静かに寝息が聞こえてくる。
「シエラさーん!」「………んん? ………あぁ。はい、これあげる」
 次はシエルに呼び掛けて、なんとかシエルは起きた。 ゆっくり体を起こして眼を擦りながら何事かと周囲を見回すと、一体何を理解したのかスカートに付いているポーチからゴミ屑を取り出して盗賊に渡す。 そして、盗賊がゴミ屑を受け取ったのを確認したら、満足そうに頷いて再度眠りに入った。
 当然だがその行為は盗賊を激怒させた。 貰った物が何なのか理解した盗賊は、口々に罵詈雑言を大声で言い出し武器を突き出し、村人は更に顔を青ざめた。
 だが、盗賊は自分達の大声のせいで地獄を見ることになってしまう。先程まで爆睡していたロードが、流石の盗賊の声のうるささに不機嫌さを纏って起きたのだ。
「………うるせぇ」「…………んぁ? ロード?」「お前は寝てて良い」「………ふぁい……………スヤァ…………」
 馬車の屋根から降りたロードは、自分今めっちゃ不機嫌ですオーラを目に見えるほど濃く漂わせながらあくびをしている。
 その隙に盗賊達はロードを囲み、武器を構える。ロードが武器を何も持っていないのと防具を纏っていない事で、ロードを何一つとして警戒していなく、盗賊Aは完全に下に見た口調で話しかける。
「おいガキ、大人しく金目の物を出せ。逆らったら……分かってんだろうなぁ?」
 その瞬間、空気が凍てついた。
「……………じゃ………よ」「あ? なんだと?」「俺に命令と脅迫してんじゃねぇよ!」
 盗賊Aが見えない何かにぶつかったように吹っ飛んだ。その場にいるロードと眠っているシエルを除いた全員が恐る恐る飛んでいった盗賊Aに視線を移す。
 可哀想な盗賊Aの手足は有り得ない方向に曲がっており、突然の衝撃で気絶している。 唯一の幸運は、ロードが力を抑えている状態だった為に死なずに済んだ事である。
「おい、こいつらはなんだ? お前の知り合いって感じじゃなさそうだが……」「そ、そいつらは盗賊です!」「へぇ………殺すか?」
 平気で「殺す」と言うロードに残りの盗賊二人は危険を察知したのか、倒れている盗賊Aを放置して逃げ出す。盗賊らしい見事な引き際だと言えるだろうが、相手はロードだ。行動の全てが遅すぎる。
「………いえ、捕らえて国の兵に渡せば資金になりますので出来るな――――」「――金! 半殺しに決定!」
 村人の話を切り上げて逃走中の盗賊二人目掛けて、近くに落ちていた石を投げつける。 石は、ヒュン! という風を切り裂く音をたてながら2人の腰に見事に命中し、何かが砕ける音が聞こえてきた。
「――――ァアアアア!」「……いでぇ、痛えよぉ!」
 先程の投擲で、文字通り腰が砕けたようで盗賊は動けずに苦悶の声を出す。そこにゆっくりとロード悪魔が歩み寄り、盗賊達は御用となった。

        ◆◇◆

 可哀想な盗賊達はロープにキツく縛られて馬車の隅っこでずぶ濡れになって気絶している。しばらくは放置していたのだが、ずっとうるさく喚いていたのでキレたロードが"竜眼"によって威圧を掛けたら、恐怖で漏らしながら気絶した。
 そのままにするのも臭いので、水竜のブレスレットに強めに魔力を込めて荒れ狂う水球を作り出し、三人まとめて放り込んで洗濯した。なんとも家庭に便利な能力である。 乾かすのは時間が掛かるのと、面倒だったという理由でずぶ濡れのままだった。
 その後にシエルも起きてきたが、いつの間にか居た盗賊に驚きながら説明を聞いたら納得し、今は皆で他愛無い話をしながら時間を潰していた。
「………餌の臭いがするな。三体か?」「はい?」
 ロードがふと外を見て、そう呟いた。 当然意味が分からず、どうしたの? と聞く前に馬車が緊急停止した。
「ロードさん! 魔物が出まし―――え?」
 獣型の魔物が出たと知らせ、助けを求めようとしたところに黒い影が馬車から飛び出した。 その黒い影は見に見えぬ速さで魔物に接近し、その瞬間に魔物の姿が僅かな血痕を残して消えていた。
 村人は黒い影を見たのは初めてではない。村が襲われた時に助けに来てくれたロードが、普通では見えない速さで帝国軍を蹂躙した時も黒い影となっていた。 なので今回もロードが何かをしたのだろうと思い、お礼を言うために目の前を見るが、ロードの姿など一切見えなかった。 どこに行ったのだろうと目を凝らして見ていると真後ろから声が聞こえた。
「……足りねぇ。あと百体食いたい」
 不意に後ろから聞こえた声に振り向くと、腹を撫でながら座ってくつろぎ、意味のわからない事を言っているロードの姿が見えた。
「おい、発進して良いぞ」「え? あ、了解しました!」
 何事もなかったかのように会話に戻るロードを見て詮索は不可能だと理解し、村人も馬車を走らせる。
―――後ろでは有り得ない光景が広がっているのも知らずに。
「………一応聞くけどさ」「なんだよ」「それ………なに?」「三時のおやつ」「………ふざけやがって」
 シエルが指差した場所には、閲覧注意と出てきそうなぐらいのグロテスクな物が置いてあった。それは魔物の生首、力任せに引き千切られた手足、グチャグチャに潰れている胴体だ。 それを美味しそうに頬張りながら当然のように答えるロード。
「うまいぞ、食うか?」「え? 美味しいの? ………じゃあ」
 シエルが手を伸ばして魔物の足を恐る恐る受け取る。それをビビりながら口に持っていくシエルだが、ロードはそれを見て悪い顔をして真実を口にする。
「まぁ、竜族以外が食ったら死ぬけどな」「―――あっぶねぇ!?」「―――ブッ! あっはははは!」
 魔物を食べたら死ぬ。これは誰にでも知られている事なのだが、シエルはそういう知識に疎いと知っていたロードは、わざと食べるように促してみた。
 結果はシエルが足をぶん投げて、反応を見ていたロードは大爆笑。子供達は状況についていけずに完全に取り残されていた。 その後に、後ろから銃声が聞こえてきた村人は涙目で馬車を走らせ続けていた。

 それから一時間が経っただろうか。大きな壁が見えてきたと子供達がはしゃぎだした。 ロードも釣られて子供の視線の先を見ると、確かに大きな壁が薄っすらと見えるようになってきていた。
「あれが?」「はい、あそこが竜王国ドラグーンです。もう少しで検察門に着くので待っていてください」「分かった」
 やがて列が出来ている場所に到着し、少し経ったら検察の順番が来た。 村人は食糧調達と旅行だと伝えると、中に怪しい物が入ってないかを確認して、検察は案外すんなり終わった。
「それではロード様、シエラ様。私は盗賊達を兵舎に持って行くのと、商業組合に用事があるので、ここでお別れです。 どこに行くのか迷っているのでしたら、まずは冒険者組合の方へ行ってみたらどうでしょう? 冒険者であれば魔物の部位等の取引価格が高くなるのと、どこかの街に入る時の通行料が無料になるので取っておいて損は無いと思います」
「おおマジか。わかった、その通りにしてみる。………っと、そうだった。目を閉じて静かにしててくれ」
 村人は言われるがままに従い、何をされるのか疑問に思った。ロードは村人の額に触れながら白竜の指輪に多めに魔力を込める。
「おお、これは……!」
 村人でも力が流れ込んでくるのが分かるようだ。 ロードがやっているのは、村人に持続する結界を張って危険から身を守ってもらうようにしている。ついでに馬車にも結界を張って心配は無くなった。
「お前と馬車に強めの結界を張った。これで道中は襲われてもすぐに逃げれば大丈夫だ。 ………まぁ念の為に護衛を雇っていけよ」「ありがとうございますロード様。それではお元気で……子供達をよろしくお願いします」「じゃあな……」
 短い別れの後、馬車に乗り込んだ村人はロード達と反対方向に向かってゆっくりと動き出す。やがて馬車は人混みで見えなくなってしまった。
「ロードお兄ちゃん。シエラお姉ちゃん。……その………よろしくお願いします!」「「「「「よろしくお願いします!」」」」」「なんだ? どうしたいきなり」「だ、だって、もう頼れるのロードお兄ちゃんとシエラお姉ちゃんだけだから………」
 やはりいきなり見知らぬ土地に来るのは子供にとって不安なのだろう。今にも泣きそうなウルの頭に手を置いて優しくポンポンと軽く叩く。
「俺は約束は守る主義なんでね。ちゃんと最低限の世話はしてやるから、お前らも頑張って付いて来いよ」「―――っ、うん!」「よし、じゃあ冒険者組合とやらに行ってみるか」
 堂々と歩き出すロードに子供達ははぐれないようにしっかりと後ろを付いて行く。その光景を周囲の人は微笑ましそうに見つめている。
「………ところでロードは冒険者組合の場所を知ってるの?」
 ふと疑問に思ったシエルは質問をするが、返ってきた答えは………。
「知らん!」
 ロード達を見つめていた周囲の人達も含めて全員が盛大にコケた。

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