世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第62話 弟子たちの成長

「アカネ様っ!」
 困り顔から一転して、笑顔になったコノハは、人の壁をスルリと抜けてアカネの元に駆け寄る。
「お疲れ様、コノハ。中々帰って来なかったから心配したのよ?」
「も、申し訳ありません。ボク以外のペースがわからずに、休憩を多めに取ってしまったので……」
「別に攻めている訳じゃないわ。それに、ちゃんと二人のことも考えてくれたのね。ありがとう」
「――はい!」
 元気よく返事をしたその表情は、見ているこっちが笑顔になってしまうほど、喜びに満ちていた。
「……それにしても、あの竜を一撃なんて、その刀でよくできたわね」
 刀で硬い物を斬ろうとすれば、細い刀身のせいで刃こぼれするか、折れてしまうかするだろう。
 コノハは刀の状態には結構デリケートだ。たとえ刃こぼれ程度で済んでも、落ち込み度はとてつもない。 キツネ耳と尻尾は半日ほど垂れ下がり、大好物のアカネの手料理を食べなければ、その機嫌も治らない。
 しかし、それが今のコノハにはなかった。 つまり完璧に竜の喉元を切り裂いたということになるのだが、コノハは「違うのです」と首を振った。
「あれをやったのはシルフィードです」
「……シルフィが? あれを?」
 驚いてシルフィードへ視線を移すと、照れ臭そうにブイサインで返してきた。
(何あれ、めっちゃ可愛いんですけど……)
 愛人の照れブイサインを初めて見たアカネは、場違いなことを思ってしまう。そして、リンシア特製の魔法具『カメラ』を貰ってこなかったことを酷く後悔した。
(せめて……せめて脳内に永久保存を……!)
 凝視されて恥ずかしさに耐えられなくなったシルフィード。顔が真っ赤になり、ついにはリーフィアを盾にして隠れてしまった。
「お母様、離れた場所でイチャラブ空間を作らないでください」
 すかさず雪姫からのツッコミが入る。
「――ンッ、ンンッ! べ、別に作りたくて作っている訳ではありませんことよ?」
「口調が変わっています。バレバレです」
「シルフィが可愛いのが悪いのよ。後で悶絶するくらい褒めちぎってやるんだから」
「どうかやめてあげてください……」
 驚愕している村人達とは違って、日常のような雰囲気を出すアカネ達。そんな彼女らの元に、村長が恐る恐る説明を求めに来る。
「アカネ様、これは一体……?」
「……どうやら森を散歩していた三人が、偶然、竜と出くわして、折角だからと腕試しに挑んでみたら、これまた偶然倒してしまったらしいですね」
 偶然の部分を強調して、簡単に説明するアカネ。完全に確信犯だ。
「偶然で済む話ではないと思いますが……」
「ふむ、もしや迷惑でしたか?」
「――い、いえ! 実は森に強力な魔物が出たと村の者からありまして……どうしようかと頭を抱えていたところでした。むしろ皆様には感謝しかありません……」
「あらあら、たまたま殺ってしまっただけなので、感謝なんてされても痒いだけです」
 これは事前に話し合って決めたことだ。勝手にやることなのだから、報酬は貰わない。というより貰うと色々と面倒なのだ。
 村長もアカネ本人から「報酬はいらない」と言われてしまっては、何も言えない。
「……そうですか。では、せめて竜の素材は持っていってくだされ。私共には不要なので」
「よろしいのですか? 立ち寄った商人に売れば、それなりの金額になると思いますけど」
「ははっ、心配せずとも結構」
 笑い飛ばす村長。どうやらそれだけは譲る気はないらしかった。
「……そういうことなら、ありがたく頂戴しましょう。コノハ、お願いできる?」
「御意に……」
 すぐさま竜の死体まで駆けていき、解体作業を始めた。
「シルフィード、リーフィア、君達も手伝って!」
 さすがに全てを解体するのは骨が折れると悟ったのか、今まで死体に隠れていた姉妹も巻き込み始めた。
「……随分と仲良くなったみたいね」
「これでお母様の心配事も一つは減ったのでしょうか?」
 アカネの独り言に、雪姫が応える。
 三人が仲良くできているかについては、まだ雪姫には相談していなかった。それなのに考えがバレバレなのは、さすが右腕を名乗るだけのことはある。
 ……だが、まだ一歩届いていない。
「残念ながら、解決した心配事は一つじゃないのよ」
「ほう、それは一体?」
「コノハが他人と打ち解けられるか。それが今、解決したわ」
 姉妹とお喋りしながら解体する姿は、とても楽しそうだった。 そして、それを見つめるアカネは本物の母親のように、雪姫には見えた。
 チクリと胸を刺す感覚。 雪姫はこれが嫉妬なのだと理解しながら、あえて気づかないふりをする。
 そして、
「あの子も親の知らぬところで成長しているんだって思うと……嬉しくも、少し、寂しい気がするわ」
「そうですね……」
 本心を胸の奥に閉じ込めて、雪姫は曖昧な返事をするのであった。

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