世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第60話 子供らしい考え

(三人共……大丈夫かしら)
 アカネは村の子供達と戯れながら、そんなことを思う。
 コノハには命を賭してでも二人を守れ。とは言ってあるが、本心を言ってしまえば三人無事に帰ってきて欲しい。
 一番弟子の実力は、アカネが一番理解している。
 だから、余程のことがない限り、心配はいらないのはわかっている。 わかってはいるのだが、やはり万が一ということもあって、気が気でないアカネ。
 ……いや、もっと言ってしまえば、他にもアカネは心配に思っている部分がある。むしろ、そちらの方が懸念しているのかもしれない。
 それは、コノハのコミュニケーション力だ。
(あの子は私に勝つことだけを目的に生きてきた。私の部下でも、イヅナくらいしか話し相手がいなかったから、シルフィ達と上手くやれるか……心配だわ)
 三人が徐々に打ち解けていっているのは、アカネも知っている。シルフィードとリーフィアが、コノハに愛称呼びをしてほしいと言っていたのも聞いていた。
 しかし、アカネの伴侶である二人から一歩距離を置いているのか、呼び捨てで名前を呼んでも、愛称では呼んでいなかった。
(それに、あの子は口下手なのよねぇ……)
 質問されたら最低限の答えはする。 問題なのは、正直に思ったことをズバッと容赦なく言ってしまうことだ。
 そのせいで一部の部下とは何度か争いごとが起こっていた。 その都度、アカネとイヅナが止めに入るのだが、コノハの性格上それが治ることはなかった。
(いいえ、コノハが私とイヅナ以外を信頼していないのよね。だから、冷たく当たってしまう)
 アカネは妖達を『我が子』と慕っているが、本当の我が子は誰なのか。と問われたら、迷わず『コノハ』と答えるだろう。
 それほどコノハには愛情を持って育ててきた。 彼女に我儘を言ってもいいと言われたら、一度でいいから『お母さん』と呼んで欲しいと思っているくらいに。
 だからこそ、我が子と嫁二人の関係がとても心配なのだ。
「はぁ……」
 アカネは何度目かのため息を溢す。
「どうしたのー?」
 元気がなさそうに見えた村の子供達は、心配そうに顔を覗き込む。
「……何でもないのよ。さあ、次は何で遊びましょうか」
 魔物を狩りに行っている三人が心配なのだ。なんて言っても無駄だとわかっているアカネは、笑顔を作って子供達を誤魔化す。
「えっとね、僕、剣を習いたい!」
「あっ、僕も!」
「私もっ!」
 一人目の子から、次々に賛同者が現れる。
「えっと……それは危ないんじゃないかしら?」
 チラッと、アカネ達を遠巻きに見ていた村長に視線を移す。
「もし、迷惑でなければ教えてやってくれませんか」
 話を聞くと、時々来る冒険者にも手ほどきをしてもらっているらしかった。
「……わかりました。では、簡単なことだけ教えることにしましょう」


 子供達との遊びは、いつしか剣術の手ほどきへ。
 中には魔法を習いたいという女子もいた。しかし、そこは専門外なアカネ。 仕方なく安心と信頼の雪姫を呼び出し、驚く村人に説明をしてから、稽古は開始となった。
「――はぁ!」
 程よく気合の入った声。 これは子供達から出た声だった。
 驚くことに子供達は、アカネの手ほどきにとても真剣に向き合ってくれていた。ふざける者は一人もおらず、アカネの言うことを上手く吸収しようと剣を振る。
 それは魔法の方も同じだった。
「今時の子供は皆、こうなのですか?」
 とは雪姫の言葉だ。 もちろんアカネも同意見だった。
 なので、それとなく男の子に「なんでそこまで真剣なの?」と聞いてみた。 そしたら、
「早く強くなってお父さんとお母さんを守るんだ!」
 と、力強く、迷いのない無邪気な笑顔で返された。
 村長と同じように見守っていた親御さんは、その言葉に感動したのか涙ぐんでいた。
「……そう、じゃあもっともっと強くならないとね」
「うんっ!」
 魔物との戦いというのは、一般人には厳しいものだ。 それを知っていながら、子供は元気に返事をする。
「…………やっぱり、あなたも【魔王】は倒したいと思うのかしら?」
 それは単なる興味本意だった。
「――お母様!」
 雪姫が悲痛に叫ぶ。それを手で制す。
「……わからない」
 わからない。それが男の子の答えだった。
「わからない? どうして?」
「僕には魔王っていう人達が、本当に悪い人達なのかわからないんだ」
「……なんで、そう思うの?」
「だって、魔王って人達が悪さをしているところを、見てないから」
 その理由はなんとも田舎の子供らしかった。 世界を知らない。外に出たことがない者が言いそうな、いい加減な答え。
「見てないから、わからない……ふっ、ふふっ……」
 アカネは少年の答えを口に出し、肩を震わせる。
「――ふふっ、あははっ! あ~、面白い。いかにも子供らしい考えよ。これを聖教国の人達が聞いたら、激怒しそうね」
 いきなり笑いだしたアカネに、子供達だけではなく大人達も彼女を不思議に見つめる。
「でも――その答えは大好きよ。あなた、名前は?」
「えっ……カイン、です」
「……カイン君。さっき言った言葉。それを大事にしなさい。何が正しくて何が間違っているのか。それを決めるのは、他でもない君自身よ。決して周りの意見に流されてはダメ。それで大切な人を守るの。私との約束よ?」
「…………うん、わかった。約束する!」
 カインの笑顔は、やはり外を知らない無邪気なものだった。
 ――その心を忘れませんように。
 アカネはそう、強く思った。

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