世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第55話 コノハの甘え方

 平野を一台の馬車が通る。
 ただし、その馬車は馬車と言えるのか、とても悩む見た目をしている。
 その中で一番異質なのが、馬車を引いているものだろう。それは真っ白な毛並みの狼だった。常人ですら神々しく思える狼は、縄を口に咥えて苦労した様子もなく馬車を引いている。
 そして、馬車自体の見た目も、人々の視線を奪うものだろう。美しい装飾が施された外装。汚れを一切感じさせない純白。
 凄いのは外装だけではない。内装も乗り手のことを考えて、長時間座っていても腰を痛めないように、柔らかいソファが設置してある。
 貴族の乗っている馬車だと言われても信じてしまうそれは、一定の速度で走り続けるしか
「……ふ、あぅ…………」
 ゆっくりと動く風景を横目で流しながら、アカネは大きなあくびを噛み殺す。
「平和な風景を見ていると、眠くなるわねぇ」
「その気持ちわかるわぁ。けれど、平和なのが一番よ。ねぇリフィ……リフィ?」
「すぅ……すぅ……」
「あらら、可愛い寝顔だこと」
「一番平和を感じているのは、リフィのようね」
 眠さを我慢している状態で、安らかに寝ている者を見てしまうと、我慢するのも馬鹿馬鹿しく思えてしまう。
 もういっそこのまま寝てしまおうか。 そう思って睡魔の誘いに身を任せようとした時、外から何者かがアカネ達の馬車に近づいてくる気配を察知した。
 ――コンコンッ。
 馬車の扉を叩く音がした。
「どうぞー」
 アカネは軽い口調で、外の者を招き入れる。 やがて扉が外から開かれて、中性的な顔つきをした狐人族、コノハが中に入ってくる。
「アカネ様、人間の村が見えてきました」
「そう、ありがと。コノハも中に入っていなさい。ずっと動きっぱなしだったでしょう?」
 コノハには周囲の警戒のため、外に出て少し先を走ってもらっていた。
 狐人族は危険を察知する能力が他種族より優秀だ。その範囲はアカネよりも広く、唯一、コノハに負ける要素であった。
「いえ、いつもの鍛錬に比べればあの程度……」
 折角の主人の提案に、コノハは遠慮していた。
「…………コノハ、たとえ疲れていないとしても、休める時に休むのは大切よ? むしろ緊急事態に動けない……なんてことになったら、それこそ危険だわ」
 難しいことを言っているように思えるが、要はいいからお前も休め。とアカネは言いたかったのだ。
 ここまで強く言われたら、コノハが断ることはできない。
「承知しました。お言葉に甘えて……失礼します」
 そして、コノハはアカネの太もも、そこに頭を乗せて横になる。
「…………なぜ?」
 流れるような動作に、アカネは反応するのが遅れてしまった。シルフィードに至っては「膝枕……膝枕……」と呟き始めて、二人を凝視し始める。
「ボクはこれじゃないと疲れを取れません」
 それがコノハの言い訳だ。
 それでは今までの疲れは、どうやって解消していたのか。それが気になってしまうところだが、彼女が動く気配が一切ないため、説得も面倒に思えてしまう。
「……もう、村までだからね」
 そう言って頭を撫でる。 部下にも甘やかしてしまう優しさ。アカネが本当の母親みたいだと言われる原因なのだが、本人はそれを自覚していなかっし、別に嫌ではないのでどうでもよかった。
「はいっ♪」
 コノハは一気に上機嫌になり、キツネ尻尾を揺らしながら、ピンッと反り立った耳もピコピコと動いていた。 自然とペットを愛でているような感覚になり、アカネも癒やされ始める。
「…………んんっ……すぅ……」
 無理をしていた訳ではないが、コノハも疲れは溜まっていたらしく、静かな寝息が聞こえてきた。
(ウズウズ……)
 可愛い部下の寝顔を堪能していた時、そこでようやくシルフィードがこちらを向いて、ウズウズしているのに気がついた。
 彼女の視線は、ゆらゆらと揺れるコノハの尻尾を追っている。それだけでアカネは、シルフィードが何をしたいのかを察することができた。
「……刺激しない程度に、ね」
 コクリと頷いたシルフィードは、ゆっくりとキツネ尻尾に手を伸ばし、ふかふかの毛並みを撫でる。
 その瞬間、「ほわぁ……」という謎の声を発した。今までで一番のよい触り心地だったので、一瞬で癒やされてしまったのだ。
「……んっ、んぅ……えへへ、アカネしゃまぁ…………」
 くすぐったそうに身をよじるコノハ。しかし、夢を見ているようで起きることはなかった。彼女の表情はとても幸せそうで、見ているこっちが微笑んでしまうほどだ。
「こうして見ると、この子も可愛いわよね……とてもあんな戦い方をするとは思えないわ」
 コノハの戦い方は、乱暴で精密だ。 相手を圧倒する暴力的連撃。一見して適当に斬りかかっているだけかと思いきや、相手の隙を見逃さずに狙ってくる技量。
 それの全てが、まばたきを許さない速度で襲いかかってくる。今のシルフィードには決してできない荒業だ。
「この子は私から全てを学んだからねぇ。見た目に反した戦い方をするのも、仕方ないのよ」
 それでも師弟が全て同じ戦い方をするとは限らない。それはアカネとコノハでも同じことが言える。
 アカネが究極に至った時に編み出した『無の構え』。 どのような攻撃にも即座に対応するその技は、主にカウンターを狙う構えだ。刀を扱うコノハには難しく、重撃を受け流そうとしたら、刀身の細いそれでは簡単に折れてしまうだろう。
 コノハ本人もそれを理解して、自分にあった戦い方を彼女も編み出した。
 それを『暴の型』という。
 それぞれの武器には得意な立ち回りというのがある。それで武器ごとの相性も変わってくる。 コノハの構えは、その相性を問題としない。相手との相性が悪いのであれば、すぐさま立ち回りを切り替える。相手の動きづらい立ち回りをして、なおかつ攻撃の手を緩めない。
「シルフィもいつかは、本当の自分の戦い方がわかるわよ」
「……できるかしら。正直、不安だわ」
「えぇ、できるわ。少なくとも翁の元で修行していれば必ずね」
 暴力の権化と言えるぬらりひょんと対峙していれば、一番動きやすい立ち回りや構えが自然と身につく。むしろ、身につかなければ何度と擬似的に死ぬことになる。
「うっ……心が折れそう。……でも、頑張るわ。いつかアカネに追いついてやるんだから」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
 今は余裕の表情を崩さないアカネ。しかし彼女の見解では、十年後はどうなっているかわからなかった。
 シルフィードは少なからず【魔王】の力を、その体に取り込んでいる。ハクの加護も受け継いだ。これはアカネと全く同じだ。
 そして、アカネとシルフィードには圧倒的に異なる点が一つある。
 それは――体質だ。
 魔力が体に通らず、刻印がなければ体を動かすこともままならないアカネ。 魔力の扱いに関しては、凄まじい力を持つエルフ族のシルフィード。 どちらの地盤がしっかりしているかなんて、一目瞭然だろう。
 後はただただ経験を積むのみ。そうすれば、シルフィードは本当の意味でアカネよりも強くなる。……ただし、それは剣術に限った話だが。
 アカネ本来の戦い方は【式神招来】を使った大規模戦闘。【仙術】で相手を撹乱し、その隙に妖で葬る。アカネが武術を習得しているのは、単なる護身用のためだ。
 そのため全てを使った戦いでは、アカネはシルフィードに負けることはない。
『母上……我にも村が見えてまいりました。このまま行くと、十五分後に到着します』
 ……と、そこでハクから連絡が入る。
「了解よ。そのままよろしく」
『かしこまりました』
「さて、と……そろそろ二人を……あー、やっぱりもう少し寝かせてあげましょうか」
 リーフィアは疲労が溜まりに溜まって、肩こりが凄まじいことになっているくらいだ。 コノハは先程眠りについたばかり。
 どちらも起こすのには躊躇う。
「シルフィ。暇だからもう少しの間、お話相手になってくれないかしら?」
「ええ、喜んで……」
 和やかな空間。 それを実感しながら、二人は人間の村に着くまで、起こさない程度の音量で話に花を咲かせた。

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