世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第53話 説教と絶叫

「……ねぇアカネ」
「んー? なぁにシルフィ?」
「この子、どうするの?」
 そう言って指差すのは、今も気絶してベッドに寝かされているコノハだ。
 アカネ達は気絶してしまったコノハを馬車で運び、ひとまずの休憩を取っていた。まだ昼頃なので、大きめのテントを張って日光対策もバッチリだ。
 そこでアカネ達は交代をしながら、コノハを看病していた。 コノハは時々、「やめ……いやぁ……」とうなされており、額には汗が滲んでいる。
「すっごいうなされているみたいだけど……」
「あらら、悪夢でも見ているのかしら……可哀想に」
「いや、これはアカネさんが…………やっぱりなんでもないです」
 何か言い知れぬ圧を素早く察したリーフィアは、逃げるように端へ移動する。
「う……ん……あ、れ?」
 そうしている間に、コノハが目を開けてベッドから起き上がる。
「気がついた? 随分、うなされていたけど大丈夫?」
 シルフィードが静かに近づき、ちょうど沸いたお茶を差し出す。コハクはそれを受け取り、小さく一言。 
「…………誰?」
 コテンッと首を傾げるコノハ。
「…………うん、だろうと思ったわ」
 若干、落ち込んでいるシルフィードを完全無視して、コノハは自分の置かれている状況を理解するため、周囲を見渡す。
「――ッ、アカネ様!」
 そして、彼女が敬愛する人物を見つけ、ベッドから跳ぶ。 名前を呼ばれたアカネは振り向き、コノハに手を伸ばす。
「ア、ギャァアアアアア!?」
 コノハの絶叫がテント内に響く。 その理由はアカネにあった。彼女の伸ばした手は、コノハの顔からギリギリと音が鳴るほど、力が込められていたのだ。
「イダダダダッ! 何故っ!? 感動の再会がこれって――アダァ!?」
 アイアンクローの力が更に強くなり、コノハの絶叫も比例して大きくなる。
「コーノーハァ?」
「は、ハィイイイ! ななな、何でしょうかアカネさ――まァアァア!?」
「なぁんで貴女はここにいるのかしらぁ?」
「それはアカネ様を追いか――ピギャァ!」
 アカネは己の体に【ブースト】を施し、反則級だった腕力が超絶強化される。
「ちょっ、ちょっとストップ!」
「死んじゃう! コノハさんが死んじゃいます!」
 見守っていたエルフ姉妹だったが、そろそろコノハからヤバい音が聞こえたことで慌てて止めに入る。
「…………あっ、私ったら……ごめんなさいね」
「い、いえ……むしろごめんなさい」
 アカネの得意技、アイアンクローを久々に受けたコノハは、プルプルと怯えた少動物の様になっていた。
「ほら、そこで小動物になっていると、突然のことで二人が混乱しちゃってるでしょう?」
((いや、混乱している理由違う……))
 しかし、それを言っても意味がないのは二人もわかっている。だから言わなかったが、コノハには言い知れぬ同情感を覚えていた。
 ――彼女もまた、アカネの自由気ままな性格に振り回されている存在なのだと。
「さ、二人に挨拶しなさい」
「……はい、わかりました」
 同情の目を向けられているコノハは、それを知らずに立ち上がり、自己紹介をするため、シルフィード達に向き直る。
「……カンナギ・コノハ。年は数えていないから、わからない。一応、女。えっと……他に何を言えばいいかわからない、です」
 元々、このような自己紹介は慣れていないコノハ。何を自己紹介すればいいのかわからず、助けを求めるようにアカネを見る。
「……はあ、仕方ないわね」
 アカネもそこまで鬼ではない。コノハの横に立ち、代わりに紹介をし始める。
「この子が幼い時に私が保護したの。それからは私の部下として、色々な場所で働いてもらっているわ。妖を除いた私の部下の中で、実力は上位に入る凄い子なのよ」
「そ、そんな……! 勿体ないお言葉です」
 謙虚なコノハ。それでも尻尾はしっかりと揺れているので、感情というものがわかりやすい。
「そして、シルフィやリフィちゃんの先輩でもあるのよ?」
「……え、それって……」
 この状況で先輩だと言われたら、想像するのは一つくらいしか検討がつかない。
「コノハは私の一番弟子。幼い頃からずっと私が教えてきた……殴るという行為すら怖がったあの頃から、私の一番弟子を堂々と名乗れるくらいまで、ね」
 しかし、【魔王】としてのアカネの名前は、外では禁句だ。絶対に『妖鬼妃の一番弟子』とは自慢できないので、あまり意味のないことだった。
 それでも、コノハは一番弟子ということを誇りに思い、日々の鍛錬を欠かさずに耐え抜いたのだ。
「そう、なんだ。一番弟子、少し羨ましいわ……」
 その事実は姉妹にとって軽いショックだった。それだけ、一番弟子というものが特別に思えてしまったのだ。
 しかし、二人はアカネと愛し合っている存在だ。それは誰にも負けないことであり、誰よりも特別な存在なのだと嬉しく思う。 それでも二人が胸を張って言えるかと問われたら、恥ずかしくてまだ言えないが、それもまた可愛いとアカネは心の中で萌えていた。
「それで――コノハ?」
 和んでいた雰囲気が、ガラッと変化した。 左右に揺れていた尻尾がピシッと固まり、コノハの緊張度は限界を突破する。
「もう一度聞くけど……なんで貴女がここにいるのかしら?」
「えっと……それは、任務の帰りで……」
 コノハはその実力から、武力が必要になる任務を任されることが多かった。そして、アカネによって鍛えられた持久力もあったので、遠出の任務がほとんどだった。
 今回はその任務の帰りなのだとコノハは言う。
「一度、京に帰る前に一休みしようかと人間の国……確か『エーなんちゃら王国』というところに寄ったのです」
「『エール王国』のことね。コノハもあそこに居たの?」
「……はい。そこの冒険者ギルド内でアカネ様を見つけました」
「なら、なんでその時に声をかけてくれなかったの? そうすればもっと早くお話できたし、説教で顔を握ることもなかったのよ?」
 説教にしては、いささか物騒なものだったなぁ、と他人事のような考えをするシルフィード。
「それに貴女の説明だと、まだ任務完了の報告はしていないのよね?」
 アカネは咎めるように質問する。最初は後をこっそりとつけてきたのかと思って説教をしたが、どうやら違かったらしい。
 だが、それはそれで問題だった。
「報告しないとイヅナが心配するでしょう?」
 幼かったコノハを保護した時、その場にはイヅナも居た。二人で協力してコノハを育てたと言っても過言ではないので、いつまでも帰ってこなかったら、心配するのは当然だ。
「……すぐにアカネ様に声をかけなかったのは、まだ貴女と戦っても勝てないと思ったからです。報告に関しては……ごめんなさい」
 義親子でもあり師弟関係でもあるコノハは、アカネと会う度にその場で全力の試合を行っている。
 冒険者ギルドで声をかけられていたとしても、さすがにその場で試合をすることはなかったが、裏にある訓練場くらいは貸してもらっていたかもしれない。
「なぜ、あの場にアカネ様がいたのかは疑問に思いましたが、そのような理由で声をかけませんでした。……でも、アカネ様がエルフの二人を連れてどこかへ行ったと噂で知り、いても経ってもいられなくて……」
「追いかけてきた、と……それでもよくわかったわね。コノハって【魔力探知】使えたかしら?」
「――いえ、勘です」
「…………うん。だろうと思ったわ」
 サラッと言い切ったコノハに、アカネはそれしか言えなかった。
(どうしてこんなにも私の知り合いには脳筋が多いの? もう『類は友を呼ぶ』という言葉を信じられないわ。 ……まさか、私も隠れ脳筋だったり!? 本当にそうだったら、少しショックよ……)
 周りの知人関係に頭を悩ますアカネなのであった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品