世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第48話 二人の弟子入り

「あ? 稽古をつけて欲しいだぁ?」
 それは歓迎の宴会が終わった後のことだった。
 シルフィードはぬらりひょんを村の一角に連れ出し、自分に稽古をつけてくれないか、と頼んだ。
「……はい、貴方はアカネの師匠だと聞きました。それで私にも稽古を…………」
 かしこまったシルフィードに、ぬらりひょんは頭をガシガシと乱暴に掻く。
「あ~、まずはその口調をやめてもらおうか。あんたは嬢ちゃんの嫁さんだ。そうなると自然とオレの上司ってことになる。どうか気軽に翁って呼んでくれねぇか?」
「……わかった。それで、稽古を頼みたいんだけど」
「別にいいぜ」
「本当っ!?」
 あまりの嬉しさにグイッと一歩寄るシルフィード。
「近えよ。こんなところ嬢ちゃんに見られたら殺されちまう」
「あっ……ご、ごめん……でも、本当にいいの?」
「だからいいって言ってんだろ? 嬢ちゃんが認めた奴になら、オレは協力を惜しまない。それに……あんたも剣の腕に関しちゃ筋がいい。これは嬢ちゃんに少し鍛えてもらってたな?」
「う、うん。直接ではないけど、基本的な動きと体力作りなら……」
「それなら成長は早いぜ? だけど決して焦るなよ。焦らずにゆっくりと力をつけろ。余計なことは考えずに、ただ己を信じて剣を振れ」
 ――それを約束できるなら鍛えてやる。
 最後に約束をさせて、最強の剣豪はシルフィードを真正面から見つめる。
「強くなれるのなら、なんだってやってやるわ」
 それを彼女は更に強い信念を持って見つめ返す。何があっても止まることがない、強くなれる者が宿す意思を感じた。
「……ほう? 弱くしたとはいえ、オレの威圧を平然と受け流すか……嬢ちゃんは本当にいい奴を見つけたな」
「そ、そんな! 私なんて――」
「でしょう? 私の自慢のお嫁さんなのよ?」
 凛とした妖艶な声が、シルフィードの言葉を遮って頭上から聞こえた。
「アカネッ!?」
「はーいシルフィ。二人が外に出て行くのが見えたから、こっそりついて来ちゃった」
 村の一軒家上に立っていたアカネ。彼女はその場所から飛び降りて、華麗に着地した。そして、追跡してたことを自ら白状する。
「ま、嬢ちゃんの気配に気づかないなら、まだまだ未熟だな」
「気づいてたの!?」
 はっはっはっ、とぬらりひょんは笑う。気づいてたからこそ、彼はすんなりとシルフィードの願いを聞き入れたのだ。
 もし、あの場で断っていたら、力づくで承諾させられていた。別に断ろうとはこれっぽっちも思ってなかったのだが、ジジイの悪戯心が働く可能性が百パーセントだった。 だから、アカネが居なかったのなら、一度目は断っていただろう。
「……だけど、大丈夫なの? 翁の稽古は厳しいけど」
「えっ、例えばどんな?」
「…………死にたくなるわ」
「嘘……ではないようね」
 ハイライトが消えたアカネの瞳を見て、今更ながら心配になってきたシルフィード。
 ぬらりひょんの稽古は、言ってしまえば力技だ。ひたすら剣を交えて体に技を叩き込む。この世界にいる限り、現実の体に異常が起こらなければ、決して死ぬことはない。
 しかし、最初は本気で死にたくなるほど、何もできない。目に見えぬ速さで剣を振られて、反応ができないまま切り刻まれる。
 目が慣れて反応できたとしても、それを正面から叩き潰される。気を強く持たないと自信をなくすどころか、惨めに感じて死にたくなってしまうだろう。
「だから……頑張って」
 ポンッとシルフィードの肩に手を置く。
「いや、お願いだから可哀想な人を見る目をしないで。私自身が心配になるから見ないで!」
「安心しろ。殺しはするが殺さねぇからよ」
「むしろ不安になったわ!」
 気楽なぬらりひょんに、シルフィードは全力で言い返す。アカネはそれを見て愉快そうに笑い、それでもやはりシルフィードに同情した目を向ける。
 そんな三人のやり取りを聞きつけ、宴の片付けを中断した他の妖が集まり始める。
「……お母様、これはどうしたのですか?」
 女郎蜘蛛が二人の会話を不思議に思い、アカネに耳打ちで質問する。
「シルフィが翁に弟子入りするのよ」
『ほう……シルフィード様が、ですか。翁に教われば間違いないですが……大丈夫なのでしょうか?』
 キュウビのコンがアカネの横に【転移】して会話に混ざる。
「それが心配になっているから、翁を問いただしているのよ。正直、私も心配なんだけどね」
『この世界では疲れを感じませんからね。きっと休みなしで斬られ続けるでしょう……』
『それについていけなければ、母上には到底追いつけぬ。なに、シルフィード様もすぐに魔法の無力さに気づくだろう』
 静かに近づいてきたハクは、飽きずにまた魔法を小馬鹿にしている。
『はぁ? シルフィード様は魔法と剣を同時に扱うお方と聞きました。きっと魔法の必要性もわかってくれます。どこかの魔法を使えないから、と馬鹿にするしか脳がない駄犬と違ってね』
 コンは不快そうに九つの尻尾を振る。
『ふんっ、勝手に言っておればいい。魔法なしでは何もできぬ無力な女狐め。お前が何を言おうと魔法は剣に勝てないのだ』
『……じゃあ、私は――――』
 コンの体が消える。【転移】して何処かに移動したのだ。そして、すぐに姿を現す。
『――この方を弟子にして魔法を教えるわ』
 【転移】前とは少し異なり、その口には何故かリーフィアを咥えて現れた。
「えっ? ……弟子? え……?」
 拉致されたリーフィアは、理解が追いつかずに目を白黒させている。
『ほう? シルフィード様とリーフィア様。どちらがより強くなったか。それで競い合うのも面白い。だが、いいのか? こちらには翁と我がいるのだ。教え方が下手な貴様では不利だろう?』
『……ええ、だからこっちにも強力な助っ人を呼んだわ』
『何――ッ! この冷気はまさか!』
 グンッと温度が下がり、ハクは助っ人の正体を理解する。それと同時に、助っ人が予想外過ぎて驚きを隠せずに、冷気の根源がいる方向へと視線を向けた。
「全く……お母様の伴侶、シルフィードさんとリーフィアさんを使って勝負をするなど……それに、お二人は客人なのですよ。無礼だと思わないのですか?」
『『うっ……』』
 冷気を直接コンとハクにぶつけて、雪姫は説教をする。強さで言ったら同格の上位妖なのだが、その内の二匹は雪姫の有無を言わさぬ迫力に言葉を詰まらせる。
「お母様も黙ってないで何か……」
「……ん? 私は面白いと思うわよ?」
「…………まあ、程々にしてください。貴方達の勝負よりも、シルフィードさん達の心の方が大切なのですからね」
「そうねぇ……シルフィは大丈夫だと思うけど、リフィちゃんはまだ幼いからね。無茶をさせて恐怖心を植え付けたとあれば――わかってるわよね?」
『『――ヒィッ!』』
 聖母のような笑顔なのに、恐怖で震えが止まらない犬猿の仲の二匹。コクコクッと勢いよく首を上下させ、ついでに尻尾も連動して上下している。


「――ちくしょう。とことんやったるわよぉ!」
「おおっ! そのいきだぜシルフィードの嬢ちゃん!」
「頑張ってくださいアネさん!」
『翁に負けないでくださいよぉ!』
 ちょうどいいタイミングで、シルフィードが気持ちを振り切ったらしく、右腕を上に挙げて気合を入れ始めた。それに乗っかって騒ぐぬらりひょんと野次馬の妖達。
「……私は中間役として、なるべく手出しはしないようにするわね」
 そうは言っても、あくまでもこの世界でのことだ。現実世界『グロウス』に戻ったら、体力作りと基礎知識は教えるつもりだ。
「…………誰かそろそろ状況を説明してくれません?」
 勝手に盛り上がる現場に、リーフィアの悲しく、か細い声が掻き消えた。
 もうダメだ、と諦めた彼女の瞳に、何か光るものが見えた気がした女郎蜘蛛だったが、心情を理解してあえてそれを黙認した。
 一応、心の内では合掌をした女郎蜘蛛は、厄介な飛び火が来ないうちに、宴の後片付けへと戻っていったのだった。

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