世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第36話 猪突猛進な敵対者達

 納得をしていないアカネと、アカネ以外の九人は、任務完了ということで一度、冒険者ギルドに戻った。
 そして、アカネ達は職員にとある一室に案内され、そこで待っていたギルドマスター、ファインドに報告をしていた。
「…………何ということだ」
 結果、ファインドは頭を抱えて机と睨めっこすることとなる。
「魔王が出たこと事態、国家を揺るがす事件だというのに……よりによって【破壊王】とは、陛下にどう報告をすればいいのか」
(あの子ってば随分と恐れられているのね。全く、目立ち過ぎなのよ)
 しかし、ターニャが目立ってくれているからこそ、人々は【魔王】に対して危機感を持ち、下手に動かずにいてくれる。
 だからアカネは人間の思考を簡単に見破り、人と魔王の戦争を裏側から操ることができる。
 今まで魔王が一度も敗北したことがないのは、ほとんどアカネのおかげだと言っていい。 そうしなければ、魔王脳筋達は罠などに突っ込んで、ちょっとだけ痛い目にあっていただろう。
 ……まあ、ターニャは脳筋を極めており、自ら罠に乗っかって正々堂々ぶち壊す。ある意味、一番ヤバい奴なのかもしれない。
「とにかく、今は全員が無事に帰還できたことを喜びましょう。……あと、アカネさんは今日からA級です」
「――なぜっ!?」
 アカネはすかさず抗議の声を上げるが、ファインドは「仕方ないでしょう!?」と机を叩いて立ち上がった。
「『不変の牙』相手に傷一つ負うことなく無力化。魔物を約三百体討伐。挙句には【破壊王】相手に臆することなく近づき、一撃で撃退した!? ――ハァ!?」
 後ろに控えているガッツ達は「うっ……」と呻き、エルフ姉妹は「えっ三百? ……え?」と目を白黒させ、残りのS級冒険者二人はファインドの気持ちを理解して、ウンウンと頷いている。
「最近は貴女のせいで私の悩みが増えているんですよ!? というかS級にしないだけ感謝してください!」
「ええ……すいません?」
 そこまで言われてしまったら、アカネも反論を忘れて謝ってしまう。
「で、ですが、魔王を撃退した程度ですよ? 功績としては不十分ではありませんか?」
「…………はあ?」
 【邪鬼眼】を使わずとも、ファインドから「貴女は阿呆か?」という心の音が聞こえてくる。
「魔王を一人で撃退したんですよ!? むしろ一番の功績でしょう!?」
「い、いや、あの子――【破壊王】は無傷ですよ? 今頃、ピンピンしていると思いますが……」
「なんですって!?」
 アザネラが後ろで驚愕して声を荒らげる。やや興奮気味になっていたファインドも、その言葉を聞いて落ち着きを取り戻した。
「……それは本当なのですか?」
「ええ、本当のことです。蹴り飛ばした時、しっかりと当たった感触はしませんでした」
 もちろんアカネも本気で蹴っていない。 同胞、そして友人であるターニャに怪我をさせたくなかった。
 それでも普通の人間が当たったら四肢が吹き飛ぶ程の威力だったが、ターニャはそれをただの反射神経で防いだ。
 吹き飛んだ後の地面に落下する衝撃は、適当に受け身などをして無効化するだろう。
「もしそれが本当ならよ。結構ヤバいんじゃねぇか?」
「……確かに。吹き飛ばされた腹いせで、仕返しに来る可能性がありますね」
「そ、それって……つまり?」
「戦争が――始まります」
「――ッ、そんな!」
「あ、それはないと思いますよ」
 『戦争』という単語に皆が戦慄する中、アカネはその空気をぶち壊した。
「…………一応聞きます。なぜそう思うのですか?」
「だって彼女は――道がわかりませんもの」
「……は?」
「【破壊王】は方向音痴なのです。魔力の痕跡とか辿れません。彼女は適当に動いているだけです」
 あっちに行ったら強そうなのと戦えそうとか、なんかここにいれば面白いのが見れそうとか。 ターニャは全て直感で行動をしている。
 もしかしたらそれが一番、旅と言えるのかもしれない。
「な、なるほど……ええ、そうなの、ですね」
「いや、ちょっと待って」
 ファインドが考えるのを止めて無理矢理納得をしようとした時、横から『不変の牙』の女魔法使い、アンナが割って入る。
「なんでアカネさんはそれを知っているのかしら? 妙に【魔王】について詳しいし……正直、怪しいわね」
「おい、アンナ!」
「いいのですガッツさん。私が説明をします」
 疑いの目をかけられたアカネは、場を乗り切るために自ら説明を始める。
「私は長い間、奴らと殺しあっていました。 今から約百年前、私が子供だった頃の話です。私の故郷は【魔王】に焼かれ、木の実を採りに行っていた私以外、故郷の住民は死にました」
 スッと耳に入る凛とした声でアカネは話す。
「不幸中の幸い……いえ、それすらも不幸だったのかもしれません。故郷を滅ぼした【魔王】はすでにその場から消えてました。私はその時、絶対に奴を殺す。復讐してやる。……そう思って力を付け、秘密裏に奴らと殺しあってきました。 ……と言っても。今は体力の問題でそれも諦め、『和の都・京』で事務処理をしていました。それが今、こうして【魔王】と会えたことになるとは思ってもいませんでしたよ。正直、武者震いが止まらないくらいです」
 こうしてアカネの話は終わった。
「……どうでしょうか。これが私の過去。私が奴らを詳しく知っている理由でもあります」
 誰も口を開かない。 まさか、説得に失敗したか? とアカネは心配になる。
「――ごめんなさい!」
 突然、アンナは頭を下げて謝った。
「貴女を疑って、そんな辛い話をさせてしまって…………本当にごめんなさい!」
(ああ、よかった。ちゃんと信じてくれた)
 説得は成功したようだ。とアカネは安堵する。
 そして、頭を下げたままのアンナの隣にガッツも歩み寄り、同じく謝罪をし始めた。
「すまん。リーダーとして俺からも謝る。一番貢献してくれたあんたを、俺も一瞬だけ疑ってしまった」
「いえ、気にしないでください。疑いが晴れたようでなによりです。……アンナさんもどうか頭を上げてくれませんか? 私は全く気にしてないですから」
 そう。アカネは疑われたことや、辛い過去の話をしたことを、これっぽっちも気にしていなかった。
 ――だって『嘘』なのだから。
 故郷の鬼族を殺したのは確かに【魔王】だ。しかし、それは【魔王】になる前の人物……つまり【復讐者】の仕業だ。
 その者は復讐を果たし、世界に仇なす敵となった。 そして、その者は『正体不明の魔王』として、今も君臨し続けている。
 同族を皆殺しにして、挙句には全てを呪った狂気の【魔王】。
 その正体が――アカネだ。
 だからアカネは、嘘を言っただけなので、全く嫌な気持ちにならない。
 むしろ憎き同族共に同情することが、少しだけ不愉快になりそうだった。
「…………少し、日を空けましょう。今後のことは陛下に報告をしてから、随時お知らせします。皆さんはそれまでいつも通りに過ごしてください」
 空気が悪くなったことを感じたファインドは、一旦その場を解散させようと話を締めた。
「とにかく、今日はお疲れ様でした。それと、アカネさん。お手数ですが、帰る前にカウンターでカードの更新をお願いします」
「ええ、わかりました。辛い過去を話した私に免じて、B級に収まるというのは……」
「ありません」
「あ、はい」


 こうして、【魔王】を撃退したという偉業を達成した第二班のメンバーは、その事実を素直に喜ぶことなく帰路についた。
 アカネ達もカードの更新をしてから、同じく帰ることになった。 その帰り道、シルフィードとリーフィアは一言も言葉を発さなかった。
(…………やりすぎた)
 嘘を残酷な話にし過ぎたと、内心でめちゃくちゃ反省をしたアカネなのであった。

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