世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第31話 信頼する仲間への贈り物

 あの後、気絶してしまったバッカスのことは、全てアニーに任せた。
 いや、押し付けた、と言うほうが適切か。
 これ以上目立つ前に冒険者ギルドを立ち去って、今は『エール王国』の商店街に足を運んでいた。
「さすが、この国で一番賑わっている場所ね。普通に歩くのが困難だわ」
 ここは物品以外にもカフェや飲食店等が並んでいる。
 そのため、夕刻時になると外食目的で来る人も増える。
 普通に買い物をしに来た客も含めて、一日の中で一番混雑する時間帯なのだ。とシルフィードに教えてもらっていた。
 しかし、教えてもらうだけなのと、実際に見るのでは、感じ方が全く違う。 商店街の入り口らしいところに足を踏み入れた時、アカネですら驚いて足を止めてしまったくらいだ。
 最初は歩くのに注意を払っていたが、今はそれも慣れて普通に歩けるようになっていた。
(京では、ほとんど見ない光景ね)
 何かの祭りごとがある時は、『和の都・京』も普通に歩けないくらいには混雑する。頻度としては月に一度か二度くらいだ。
 だが、この国ではほとんどの確率で商店街は混雑するらしい。 それを先程立ち寄ったお店の店主に教えてもらって、更に驚いたアカネ。
(原因は道幅の狭さか。京はこの道幅の二倍はあるし……まあ、人だけが通る道と考えれば、これくらいが妥当よね)
 京は商人の馬車が問題なく通れるように、都にある全ての道を広くしている。 大きな馬車二台が通れて、更に人が三列程度並んで歩けるスペース。そうしたおかげで事故は今のところ起きていない。
 そんな他国の街並みを学びながら、スラスラと人混みを捌いて歩く。
「…………っと、あったあった」
 そして、ようやく目的の店に辿り着いたアカネは、歩く人の邪魔にならないよう素早く店の中に入る。
「あら? いらっしゃいませー」
 入った時に鳴った鈴と同時に、店の奥から間延びした女性の声が聞こえてきた。
 アカネに近づいてくる足音がする。 数秒後、姿を見せたのは【魔女】という称号が似合いそうな若い女だった。
 肩から黒いローブを纏い、その中には夜会などで着ていきそうな黒いドレス。頭には尖った帽子を被っている。
「あらぁ? 鬼族なんて珍しいお客様ね。ようこそ、私のアクセサリー店へ」
 アカネは二人のお土産にアクセサリーがいいだろうと思った。 折角、可愛い容姿なのに、それを引き立てる飾りが一切なかったのを、彼女は惜しいと感じていた。だからこそ、お土産はこれにしようと決めたのだ。
「エルフ族に似合いそうなアクセサリーはありますか? 姉妹で、どちらも金髪…………戦闘時に邪魔にならない物が好ましいです」
「エルフの姉妹……『双翼の風』ね」
「おや? 二人を知っていたのですか」
「そりゃあもちろん。あの二人は美人だし、実力もランク以上のものだったからね。私も一応、冒険者だから耳には入っていたのよ」
 二人が褒められているのを聞くと嬉しく思う。
 それは仲間だからなのか。それともアカネが二人を気に入っていて、それの同類がいたからなのかはわからない。後者は、例えば憧れの人が同じだった時の感情と一緒なのだろう。
 それはそうとして、悪い気はしない。
「格好から察していましたけど、貴女も冒険者だったのですか」
「ええ、昔のことだけどね。前に趣味で始めたアクセサリー作りに没頭しちゃって、それから店を出し始めたのよ」
「そんな気軽に店を出せるものなんですか?」
「商人ギルドに簡単な申請書を出せば、誰でも店を開けるわ。その後の売り上げは本人次第だけどね」
「…………ふむ、いいことを聞きました。ありがとうございます」
 出張版で『和料理』を出せば、間接的に京を訪れる人も増えるのではないか。 そんなことを設立者アカネは即座に考え、計画を進め始める。
「お礼は買い物をしてくれればいいわよ。そうねぇ、邪魔にならない程度のものだと……指輪に腕輪、イヤリング、髪飾り辺りがいいんじゃないかしら」
 どれも邪魔にならずに、主張も激しくない物だ。
「……ちなみに魔法具のアクセサリーはあります?」
「あるにはあるけど魔法具は貴重だからねぇ……結構な値段になっちゃうのよ」
 案内された商品は、魔法具として恩恵を得られるアクセサリーが並んでいる棚だった。
「ふむ……このイヤリングはシルフィにピッタリの効果ね。これも可愛いけど、魔法系の効果ばかり……どれもいい物だから高い……」
 そこにある物は平均、金貨一枚前後の値段だった。さすがにそこまでは手を出せない。
「…………普通のアクセサリーにしましょう」
 とりあえず普通のアクセサリーを買って、後でこっそりリンシアに魔法具として改造してもらおう。 そっちのほうが値段も安く済むし、相当強力な効果を付けてくれるので安心だ。
「普通のはこの棚以外のやつよ。ゆっくり探してちょうだい」
 その店の品数は、趣味でやっているとは思えないほど沢山ある。
 一つ一つを手に取り、シルフィードとリーフィアが付けているのを想像して、慎重に判断するアカネ。
「…………よし、この二つを頂こうかしら」
 最終的に決めたのは、髪留めと腕輪だ。
 シルフィードには風をモチーフにした青色の髪留め。リーフィアには可愛らしい花の装飾が施されているピンクの腕輪だ。
 もう少し綺麗で豪華な物もあったのだが、アカネの所持金と相談してこのようになった。
「随分と時間をかけたわね……あんたがどれだけ二人を大切に思っているか、他人の私でもよくわかったわ」
「そうですか? ふふっ、少し恥ずかしいですね」
「何も恥ずかしがることなんてないわよ。……よしっ! その気持ちに免じて安くしてあげる!」
「本当ですか!? ありがとうございます」
 思わない収穫にアカネは深々と礼をする。店主の女性は「いいのよいいのよ」と笑って返した。
「……おっと、そういえば名乗ってなかったわね。私はアザネラ。よろしく」
「私はアカネと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
 二人は握手を交わす。
「次はエルフの姉妹も連れてきて。そうしたら半額サービスしてあげるわ。それと固っ苦しい口調はなしにしない? 話しづらいのよ」
「……わかったわ。それにしてもそれは嬉しいことを聞いたわね。それでは近い内にまた来るとしましょう。……それじゃあ、今日はここで帰るとするわね。改めて今後ともよろしく頼むわ」
「ええ…………」
 アカネは最後にお辞儀をして店から出る。 そして、お土産を渡した時の二人の表情を想像しながら、ほくほく顔で二人の待つ家えと帰ったのだった。


 その後、アザネラは店の奥で脱力しきっていた。
「――はぁ、なんともヤバいのが来たわねぇ」
 彼女の言う『ヤバいの』とはアカネのことだ。
「あんな滅茶苦茶な存在にあったのは初めてよ」
 何もない『無』を感じたと思ったら、その奥には全てを踏み潰すような、暴力的で圧倒的な気配が、アカネから滲み出ていた。
 優雅で温厚な口調からは考えられないアカネに、アザネラは目を合わせるのに苦労した。 正直、生きている心地がしないくらい、彼女の中に恐怖心が渦巻いていた。
「もし、アカネが冒険者ではなく敵対者だったら…………ええい、止め止め! そんなの考えられないわ、馬鹿馬鹿しい!」
 帽子とローブを脱ぎ捨てて、彼女は店じまいに取り掛かる。
 それで気を散らしても、嫌な予感がしてならない。近頃、アカネを中心に大きなことが起こる。いや、もしかしたらすでに起こっているのかもしれない。
 S級冒険者【孤高の魔女】アザネラの直感が、そう言っていた。

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