世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第29話 誤魔化せないギルドマスター

「…………なんですかこれは」
 それが、アカネが持ってきた魔物の死体の山を見た時の、ファインドの一言目の言葉だった。
 現在、アカネとファインド、ついでに一緒についてきたアニーの計三人は、冒険者ギルドの二階にある一室にいた。
「少し前に聞いた台詞ね」
 ただ、アニーよりは声量が少ないくて、落ち着いている。…………いや、呆れているというのが正しいのだろう。
 それを察しながら、あえてツッコまずにアカネから話を進める。
「それで……これを換金したいのだけれど」
 これ、とはすぐそばに置かれている死体の山のことだ。 しかし、ファインドは難しそうな表情をしている。
「この状態と量の多さからすぐに……というのは難しいです」
(そりゃあそうでしょうね……)
 なにせ約三百体の魔物の一部が、肉塊としてごちゃまぜになっているのだ。これをいちいち取り出して鑑定するのは、とてつもない労力がかかる。
「予想ではいくらぐらいになりそうかしら?」
「…………アカネさんの言った通りならばニ金貨、といったところでしょうか。しかし、状態がよくないので、それの半額になってしまいますね」
「そう……じゃあその更に半額でいいわ」
 金貨一枚の半分……銀貨五枚あれば、お土産として色々な物を買って帰れる。
 そういう思惑だったアカネなのだが、ファインドとアニーの二人は、その言葉が意外だったようだ。
 揃って「……は?」という間抜け面を彼女に見せてくれる。
「そ、その程度でいいのですか? どう考えても労力に見合わないと思うのですが……」
「私用のついでに殺しただけなので、報酬はそれほど期待していないのよ。それよりも少しのお金を早く貰えるほうが助かるわ」
「何か急ぎの用事でも……まさか、リーフィアさんに!?」
「いやいや! そういうことではないわよ。ただ……少し問題が起こってしまって微妙な空気のまま家を出てしまったの。それを謝罪するためにお土産を……恥ずかしいことよ」
「なるほど、訳ありなのですね。……わかりました。貴女がそれでいいと言うのなら、すぐに用意させましょう」
 ファインドはすぐさまアニーに金を持ってくるよう指示を出す。
 そして部屋にはアカネとファインドの二人のみとなった。 ファインドは何か言いたげにアカネを見るが、彼女は平然を装って出されたお茶を優雅に飲んでいる。
「……何をやったんですか?」
「あらあら、まさかの第一声がそれとは……少し、泣きそうよ」
 およよ……と芝居がかった泣き方をして、裾で目元を擦る。
「いきなり魔物三百体を持ってくる人は、普通の冒険者は当然ながら、S級にもいません。貴女の実力ならば三百体程度なんともないのでしょうが…………もう少し抑えて欲しいものです」
「おや? 随分と信用されているようで嬉しいわ」
「あの日の試合を見ていれば、嫌でも貴女の実力を信じますよ。もうさっさとS級冒険者になってください」
 最後のは投げ槍すぎる発言だったが、アカネがそうなったほうが、色々と周囲を納得させやすいのだろう。
 だが、今のアカネは、最低ランクのD。 まだ一人では魔物を倒すのは不可能な部類だ。それが一日で三百体。いくら説得させようとしても無駄な労力だろう。
「……今決めました。貴女は明日からBランクに昇格です」
 ――狂った?
 失礼なことにそう思ってしまったアカネ。
「それを決めた根拠はあります。周りに説明して上手く誤魔化すよりも、そっちのほうがすぐに皆を納得させられる」
「…………なるほど、つまり考えるのが面倒になったと」
 ファインドは無言だったが、それが何よりの肯定だった。
「それにしてもDランクからBランクにするのは、いくらギルドマスターであろうと少々強引じゃないかしら?」
「アカネさんは知らないでしょうけど、あの日、あの場所には上の者も来ていたのです。もちろん、アカネさんの戦いも見ていました。なので間違いなく了承するでしょう」
「マジデスカー」
 全く知らなかったアカネは、遠くを見る目をしてお茶を啜る。
(そりゃあ顔も知らないんだもん。なんでたかが冒険者同士の喧嘩に、国の重鎮来てるのよ。暇なの? この国の偉い人は暇なの?  …………ああ、そうだった。ウォントは一応、領主だったのよね。それが大声を出して決闘を申し込んだのだから、ちょっとは気になって来る人もいるか。 なんでその可能性を考えなかったんだろう。私の馬鹿たれ)
 一言で言い表すなら――やっちまった。が最適だ。
「あの、アカネさん?」
 軽い自己嫌悪に陥っているアカネを、ファインドが心配そうに覗き込んで来る。
「……ごめんなさい。予想外のことに驚いてしまって……それでなんでしたっけ。私がCランクに昇格する話でしたっけ?」
「いや、Bランクです。さり気なくランクを下げるの止めてください」
(チッ、やっぱりダメか)
 誤魔化すのが失敗したなら、次は直談判だ。
「Cランクではダメなの? 私、Cっていう発音好きなのよ。ねぇ?」
「ねぇ? じゃないです。それに、そんな言い訳してくる人は貴女が初めてですよ。百歩譲ってCランクにしても、貴女ならすぐにBになりそうですけどね」
「いや、でも目立ちたくないのよ。そこを考慮して――」
「だったら行動を控えてください!」
「チェッ……」
 言葉を遮られてしまった。言い訳が上手くいかなかったアカネは、軽く舌打ちをする。
「全く……仕方ない。ありがたくないけど、昇格の話は受け取りましょう」
「ええ、そのほうが私としてはありがたいですよ。……それに、上のランクになったほうが色々と利点はありますよ? なぜ嫌がるのです」
「一つ、貴族の目がうるさくなる。二つ、先程も言った通り目立ちたくない。三つ、私は単に旅をしたい。だからランクとかどうでもいい。理由はそれだけよ」
 アカネには殆どの生物が持つ『野心』というものがない。……いや、今が一番満足しているから、それ以上は邪魔だと思っているだけかもしれない。
「旅、ですか。……そういえばアカネさんはあの観光都市『和の都・京』から来たのですよね? なぜ、そんな有名所からわざわざ旅をしようと?」
「友人から長旅の土産話を聞いて、それが羨ましくなっただけよ」
 元々、人間に興味を持っていたアカネに、その土産話が後押しになった。それだけの話だ。
「貴女の友人、ですか。その人も規格外な実力を持っているのでしょうね」
「それはどうかしら。あの子の実力なんて最近見てないのから、わからないのよ」
 リンシアの【ユートピア】は、人間側に情報が漏れてしまっている。本人もそれを知っているので、ある程度力は隠していたのだろう。
「…………そういえば、アニーが遅いですね。そろそろ来てもいい頃合いなのですが――ああ、ちょうど来ましたか」
 ファインドがそう言った時、ちょうど廊下を走る音が聞こえ始めた。
(なんか嫌な予感がするわ……)
 魔王は独自の鋭い勘で、事件の香りに即座に反応した。……と言っても、ここで窓から逃げる訳にも行かないので、落ち着くためにお茶を飲むだけだったが。
「――た、大変です!」
 そうして、アニーが勢いよく扉を開けて、二人がいる部屋に入って来た。
「どうしたのです!?」
 ファインドが慌てて彼女の元へ歩き、落ち着かせようとし始める。
(やっぱりねぇ……)
 なんでこういう時だけ予想は的中してくれるのか。それが不思議でならないアカネ。
 それと同時に【邪鬼眼】を発動して、事前に下の階の様子を様子見する。
(冒険者の中心に何人か…………この格好は騎士? うっわぁ、やっぱり今すぐ窓から逃げようかしら)
 そんな悠長なことを考えている間に、アニーは息を整えるのが終わった。
 どうやらアカネの脱走計画は遅すぎたようだ。
「先程、王国から使者が来て、全冒険者に緊急依頼を! ギルドマスターは至急、下に……!」
 その知らせは王国全体を揺るがす事件だった。

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