世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第23話 激怒する妹とそれに泣く姉

「…………ん……」
 シルフィードは目を覚ます。 何か長い夢を見ていたような感じがして、妙に気怠い。
「ここは……私の、家?」
 彼女がいたのは、馴染み深い自室のベッドの上だった。
「あれ……? アカネの試合は…………ダメ、思い出せない」
 いくら思い出そうとしても、霧がかかったようになっていて思い出せない。
 ――ドタドタドタッ!
 その時、下の階から激しい足音が聞こえてくる。 その足音は段々と大きくなって、やがてシルフィードの部屋の扉が乱暴に開かれる。
「お姉ちゃん!」
「うぐっ!?」
 入ってきたのはリーフィアだった。 その勢いのまま、シルフィード目掛けてタックルに近い速さで懐に入ってくる。
 寝起きだったシルフィードは、それを避けることも衝撃に備えることもできずに、直撃を受ける。
「り、リフィ、なんでそんなに泣いて――そうよ、足は、足は大丈夫なの!? あんなに動いて…………って、どうしたの?」
 すぐさま足を心配し始めたシルフィード。
 そんな姉にリーフィアは、何か文句を言いたそうにプルプルと震えて、シルフィードを睨んでいる。
「お姉ちゃんはこんな時でも私のことを心配するの!? 少しは自分自身のことも考えてよ、馬鹿!」
「――なっ!?」
 今まで妹に「馬鹿」と言われたことがなかったシルフィードは、顔を驚愕に染める。
「ぇ……あの、わ、私何かした? えっと……その……」
 もちろんシルフィードは混乱して、ろくに言葉も話せなくなってしまう。
 しかし、気持ちが昂ぶってしまっているリーフィアは、それに気づくことなく、怒りを姉にぶつける。
「今までは私のために頑張ってくれていると思って何も言わなかったけど…………もう我慢ならないんだから!」
「あう……あう、あう…………」
 遂にシルフィードは、困りすぎて「あう」しか言えなくなった。
(…………どういう状況?)
 お茶を淹れてから、シルフィードの部屋に向かってきたアカネ。 そしたら妹が激怒して、姉が「あうあう」しか言えなくなっている現場を目の当たりにした。
 予想外のことが起きても平然と思考を切り替えるアカネですら、どうしたらいいのかわからずに、部屋の入り口に立ちっぱなしになる。
(……これ……止めたほうがいいのよね?)
 アカネが困っている内に、リーフィアはヒートアップしている。
 言葉のガトリング砲と化している妹と、目から雫が垂れ始めている哀れな姉。
(うん、止めよう。口喧嘩は後にしてもらいましょ……)
「昔からお姉ちゃんは――――」
「は、はいはーい。怒るのはそこまでにしなさいリーフィアちゃん」
 二人の間に入って、一旦距離を引き離す。
「リーフィアちゃん落ち着きなさい。シルフィにあの時の記憶がないんだから、そんな風に言っては可哀想よ?」
「あっ……そうでした。…………ごめんなさい」
「ううん、リフィに言われて私も悪いって気がついたわ。こちらこそ、ごめん」
「ふふっ、貴女達は仲良しのほうがいいわ。……ところでシルフィは大丈夫? 貴女三日も寝ていたのよ? 体に異常がなければいいんだけど……しばらくはおとなしくするのよ」
「ええ――って三日!? なんでそんなに……それに『あの時』って?」
 驚いたシルフィードは大声を出してしまう。
「だからおとなしくしなさいって。それは今から説明するわ」
 そんな彼女を宥めて落ち着かせた後、シルフィードが試合に乱入してきた辺りから、包み隠さず細かく丁寧に説明をしていく。
 説明が後半に差し掛かると、シルフィードの顔はみるみる青ざめていく。
 ウォントを殺したがっていたことよりも、リーフィアとアカネを邪魔者として排除しようとしたことが、彼女にとって一番ショックだった。
 そして、リーフィアには気づかれないように、布団の下で拳を強く握りしめる。
 二人は心から信頼できる家族と仲間だ。 例え記憶にない出来事だとしても、それを彼女自身がやったのなら、償いをしなければならない。
「――こらっ」
 そんなことを思っていたシルフィードに、アカネが現実に引き戻すデコピンを彼女の額に当てる。
「…………痛い……」
「まだ説明は終わってないのよ。ちゃんと聞いて、その後、どうするか決めなさい」
「…………はい」
 それから、シルフィードをどうやって助けたのかを説明して、彼女の顔が蒼白から赤みを取り戻して、それを通り越して真っ赤になる。
 そしてまた「あうあう」を言い始めてしまう。 それを眺めて充分に堪能したアカネは、自身が気絶したことを省いてその後の事後処理について話し始める。
「自白をしたはずのウォントは容疑を否定しているけど、提出された書類の件で即座にお縄についたわ。屋敷を調べてたら、税金の横領などが発覚。他にも色々な犯罪に手を出していたようね」
 領主が逮捕されたことで、これからの第三区はどうなるのか? という声も市民からはあった。
 だが、それも問題ない。
 実はウォントは一切の仕事をしていなかった。 領主として働いていたのは彼の弟で、ウォントはただのお飾り領主だったという訳だ。
 それで横領などの犯罪をするとは、つくづく救えない男だ。
「シルフィはお咎めなし。当然の結果だと思うわ。だって、貴女達は被害者なんですもの」
 でも、とアカネは続ける。
「ファインドさんには謝っときなさい。殺しかけたことと、事後処理のほとんどを彼が担当してくれたことの二つの意味でね」
「…………ええ、そうね。リフィの石化をなんとかしようと協力してくれたことにも感謝しなきゃ。後であの人の大好きな、甘いお菓子の詰め合わせでも持っていこうかしら」
「それがいいわ。……さて、私が知ってるのはこれで全部よ」
 シルフィードはなんて言っていいのか言葉に詰まっている様子だった。
 二人に謝りたいが、落ち込みすぎて何も考えられないのだろう、とアカネは推測して内心ため息をつく。
(リーフィアちゃんは姉が無事に帰ってきたことが何よりの喜びで、謝罪なんて望んでいない。むしろ「ありがとう」って言葉を待っているんでしょうね。 それに、私もこのままだと二人が報われないって思ったから、好き勝手にやっただけだし…………むしろ可愛いシルフィとキスできたのが報酬みたいなものだしね)
 アカネだって好きでキスするわけではない。
『可愛いは正義。男は許さん。男の娘はむしろウェルカム(リンシア論)』
 …………を支持とはまではいかないが、理解する部分はある。
 だから、可愛い子とは嫌なのか? と聞かれたら、アカネは否と答える。
(――っと、思考が変な方向に)
 自身の気持ちを切り替えるためにパンッ! と手を合わせる。
「それじゃあシルフィも起きたことだし、パーティの準備をしましょう」
 空は赤く染まり始めている時間帯。
 食料はリーフィアに内緒で買いこんで、いつ起きるかわからないシルフィードのために『アイテムボックス』に収納してある。 なので鮮度は保たれたままだ。
「アカネさん、私も手伝います!」
 リーフィアは元気に手を挙げて主張する。しかし、アカネは首を横に振った。
「ダメよ。今日は二人のためのパーティなんだから。…………それに準備が終わるまで、二人でゆっくりしていなさい」
 それは彼女なりの優しさだった。
「あ、あのっアカネ……!」
「ん? なぁにシルフィ?」
「…………いえ、何でもないわ。ありがとう」
「気にしないでいいのよ。私がやりたいと思っただけなんだから」
 それじゃーねー、とアカネは手を振って部屋を出て行く。後は、ごゆっくりという感じだった。
 二人は言葉に甘えて、互いの意見をぶつけ合う。 次は一方的ではなく、時には優しく思いやった言葉で、時には喧嘩のように激しい口調で二人は話し合った。
 一方、アカネはパーティの準備をしながら、二階から聞こえてくる姉妹の会話を聞いて、微笑みを浮かべていたのだった。

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