世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第20話 剛剣vsシルフィード

 アカネが観客席で話をつけている時、ファインドは一人でシルフィードの相手をしていた。
「シルフィさん! 話を――ッ!」
「……………………」
 ファインドが落ち着かせようと必死に話しかけるが、シルフィードは意思の抜けた瞳で、彼の背後にいる人物――ウォントを見つめる。
 今のシルフィードには憎き領主を殺すことしか頭にない。
 そのためには、目の前に立ちはだかるファインドの存在が邪魔だった。だから、まずは彼から殺そうと【復讐者】は剣を振る。
 何度も剣と剣がぶつかり合う。
 ファインドは今も気絶しているA級冒険者ガッツの大剣を借りて、シルフィードと剣戟を繰り広げている。
 冒険者として名を響かせていた頃は【剛剣】と呼ばれていたファインドは、身の丈ほどの大剣を軽々と振り回す。
 ギルドマスターになった現在でも、彼は己の鍛練を続けていた。 そのため、動きには問題はないのだが、剣戟を繰り返す内に焦りを感じていたのは、ファインドのほうだった。
(……全く、我ながら面倒な仕事を引き受けたものです!)
 シルフィードの鮮やかな剣捌きは、誰もが一度は驚嘆の声をあげるほど洗練されている。
 それは、感情が不安定な今も失われることはなかった。 さらに彼女は【復讐者】の称号から得られる恩恵によって、大幅に強化されている。
「――フッ!」
 シルフィードの鋭い一閃を力づくで弾き、剣の腹で彼女を横殴りする。
「…………」
 それをシルフィードはバックステップで回避。 着地した瞬間、間髪入れずにファインド目掛けて跳躍し、勢いの乗った一閃を繰り出す。
 流れるようなフットワークに反応が遅れてしまったファインドは、弾くのではなく大剣を盾にしてガードする。
「…………ぐぅ」
 細い腕からは考えられない重い一撃に、うめき声に似たものが漏れる。
 ファインドはずっと防御に徹している。
 中には避けれる攻撃もあったのだが、そうしてしまったら後ろにいるウォントに被害が出てしまう。
 別に犯罪人である領主が怪我をしようとどうでもいいのだが、シルフィードの剣は一撃でさえ容易くウォントを斬り殺してしまう。
 それをさせないために避ける選択肢というのは、彼にはなかった。
(せめて腰を抜かすんじゃなくて、みっともなく逃げてくれれば楽なんですけどねぇ!)
 そう、内心毒づく。
 周りには他の職員や騎士が待機している。 例え犯罪人でもその者達に助けを求めれば、一時的に保護をしてくれるだろう。
 むしろそうしてくれたほうが、シルフィードを足止めしやすくなる。 だが、ファインドの気持ちに反して領主は恐怖で動けない。だから彼が毒づいてしまうのも仕方ないのだ。


 やがて、ファインドは徐々に後退を余儀なくされていた。
 それでも直接的な攻撃はしない。 それは彼女に怪我をさせないためだ。
 そんな考えは甘い。とシルフィードを吹き飛ばすこともファインドには可能だった。 
 だが、彼は三年間のことでシルフィードに罪悪感を覚えていた。 オークの群れを二人だけに任せる。それを通してしまったのは、ギルドマスターであるファインドのミスだった。
 それを心から謝罪し、ファインドもシルフィードのように各地に連絡をして『石化』を治せないか聞いていた。 だが、それも力になれなかった。
 だから、今はシルフィードを怪我させず、事を終わらせて完全な状態で妹のリーフィアに渡すのが、彼の罪滅ぼしとなっていた。
 それに怪我をさせてしまったら、自分を頼ってくれたアカネにも顔向けなんてできない。 だからファインドはじっと時が来るのを待っていた。
「…………じ……ぁ…………」
 ようやくシルフィードが言葉を発した。 それだけで希望を見出すファインドだったが、それは間違いだと即座に察する。
 その理由は、シルフィードの目だ。
 今まで一切の感情がなかった彼女の目には、確かな敵意が宿っていた。
 それが邪魔者のファインドに躊躇なく注がれている。
「……そう上手くはいきませんよね」
 ファインドは自嘲気味に笑う。 シルフィードは剣を構えることで答えとした。
「【ブースト】」
「なっ!?」
 シルフィードの姿が掻き消える。 そして、長年の経験から危険を察知したファインドは、大剣を上に構える。
 すると、すぐに先程より比べ物にならない一撃が降ってきた。 反応が遅れていたら、今頃ファインドは体が真っ二つになっていた。
(まさかシルフィさんが【ブースト】を会得していたとは……)
 【ブースト】はウォントが使った【加速】の上位互換のようなスキルで、筋力、魔力、物理や魔法などの耐性、敏捷力の全てが一定時間大幅に強化される。
 シルフィードは速さを主体とした戦いだけで、Bランクまで到達した。
 今までが【ブースト】なしの戦いだと考えると、結果はすでにわかりきっているだろう。
「ぬおっ! なんのこれしき――――ぐっ!」
 とうとうシルフィードの剣が、ファインドの足を斬り裂く。
 深くまで剣は届いていないが、足を斬られたことに動揺してしまったファインドは、その隙で次々と浅い切り傷を作られてしまう。
「…………ぬぅあ!」
 それでも意地で猛攻を押し切り、シルフィードはまたもや距離を取る。 ファインドは追撃を恐れて構えるが、彼女はその場に立ったまま剣に手を添える。
「【風裂斬】」
 彼女が握る緑色の装飾が施された剣が、微かな風を纏い始める。
(これは……まずいですね)
 シルフィードの得意技にして必殺の一撃。
 あれを一太刀でも喰らえば、風の暴力によって内側から斬り刻まれて、耐え難い痛みによって死に至る。
 素早く動く相手――バジリスクを確実に仕留めるために、シルフィードが独自に開発した復讐の技が、今はファインドに向けられている。
 彼の首筋に一筋の汗が垂れる。
「…………もう出し惜しみしている場合ではないか」
 観念したように、ファインドは大剣を上段に構える。 それは彼が本気を出すということ。
「――いけません!」
 ファインドの本気を目にしたことがある職員が止めようと声を荒げるが、すでに出し惜しみをしていられる場面ではない。
「…………ころす」
「すいませんシルフィさん。少し……痛いですよ! 【ブースト】!」
 ファインドもシルフィードと同じ【ブースト】を発動する。 身体能力が飛躍的に上がり、力が具現化して彼の周りにオーラが揺らめく。
 一瞬の沈黙。 地面を蹴ったのは両者同時だった。


「――お姉ちゃん!」
 そして、お互いの本気の一撃が衝突するかと思われた時、彼の待ち望んだ声が聞こえた。

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