世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第17話 復讐を誓った少女の過去

 その三年間は少女にとって地獄のような日々だった。
『私ねっ、色んなところを見て歩きたいの!』
 そんな妹の夢は永遠に叶わない。
 ――全ては自分が弱かったから。
 何度、運命を呪ったか。 何度、代わりに自分が不幸になればよかったと後悔したか。 何度、妹に誤ったか。
『お姉ちゃんは悪くないよ』
 そう慰められても少女の気持ちは晴れない。
 オークの群れに潜んで出てきた新種の蛙。 あいつは絶対に許さない。 絶対に探し出して自分の手で殺してやる。
 そんなドス黒い感情が少女復讐者の中に渦巻いた。


 妹の石化を治そうと各地を奔走する傍ら、巨大な蛙の目撃情報を集める日々を少女は過ごした。
 いつものように大した収穫がないまま、日が暮れそうになったので、帰宅をしようと道を歩いていた時、ある人と出会った。
 その人は『鬼族』だった。 禍々しく歪んだ角。 妖しく揺らめく白くて美しい長い髪。 一目惚れしてしまうかのような美貌と、妖艶な雰囲気に少女は一瞬、見惚れた。
 女性はアカネと名乗った。
 彼女は旅をしているらしく、あの観光地で有名な『和の都・京』から来たのだと言った。
 アカネという女性は不思議な人だった。 明らかに少女とは別次元の存在なのに、とても親しみやすい。 少女は段々とアカネに興味を抱いていた。
 そして、二人が出会ったのは『奇跡』だ。 そう錯覚してしまう出来事が起こった。


 長年、少女を苦しめ続けてきた妹の石化。 それをアカネがあっさりと治してくれたのだ。
 半分以上諦めかけていた少女は、本当に治ったことにとても驚いた。 治す方法にも驚いた。むしろそっちのほうが驚きのリアクションが大きかったかもしれない。
 その時は理解が追いついていなくて信じられずにいた。 そして夜になってベッドに横になった時、ようやくそれを実感して少女は一人泣いた。
 これで救われたと思った。 これで妹を好きな場所に連れて行ける。
 それを想像したら長い間塞き止めていた感情が抑えられなくなった。
 少女はいつまでも泣いて、やがて疲れて眠りにつく。


「……んぅ、朝? ――ッ、リフィ!」
 朝起きた時、あれは夢だったのではないかと少女は心配になって、妹の部屋に駆け込んだ。
 そして、その中で見たものは…………
「お姉ちゃん……」
 両足で地面に立っている妹の姿だった。
「私、ちゃんと立てたよ。夢じゃ……ひっぐ…………なかった……よかったよぉ…………」
 少女は妹に駆け寄って抱きしめた。
「よかった……本当に、よかった……ごめんね。今まで……ごめんね…………」
 少女は泣き、妹もそれにつられて泣いた。
「朝から何してるのよ……」
 アカネには呆れられたが、それ以上は何も言ってこなかった。 足が治った妹に祝福の言葉を贈って、二人が満足して泣き止むまでずっと見守ってくれていた。


 …………だけど、足りない。
 妹の石化は治った。 姉妹が長年願っていたことが叶ってハッピーエンド…………という気分には不思議となれなかった。
 あの巨大な蛙は、多分まだ生きている。 あいつを殺さない限り、また自分達のように不幸な人が出てしまう。
 そう考えると素直に喜んでいられない。


 ――だが、自分達のように不幸になる人はいないとわかった。
 そもそもが間違っていたのだ。
 三年間、オークの群れと巨大な蛙――呪い蛙バジリスクは自然にできたものではない。
 全て仕組まれていた。 全て黒幕の思い通りだった。
 理由はとてもくだらないこと。
 ――姉妹を我が物にしたかった。
 それがわかった時、少女は何も考えられなくなった。
 ――そんなくだらないことの為に私は三年間も地獄の日々を過ごした?
 ――そんなくだらないことの為に妹は歩くことすら不可能になった?
 ――そんなくだらないことの為に何人の人に迷惑をかけた?
 ――そんな、そんな、そんなことの為に…………
「――ガペッ!?」
「た、助けてく――ぴぎゃぁ!?」
「なぜだ!? 私は正しいことをしたのだぞ!? それなのになぜ捕縛されなくてはならない!」
 声が、聞こえた。
 自分達を苦しめた憎き犯人領主が、ボロ雑巾のように地面を這っていた。


 それを見た少女――シルフィードは観客席から飛び降りていた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品