世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第15話 バカで間抜けな領主様

「その本気とやらで――三年前の事件も引き起こしたのですか?」
 透き通るアカネの声は、観客席にも鮮明に聞こえた。 ウォントはバジリスクに石化されたかのようにピシッと固まり、場の空気は戦闘時よりも静まっていた。
「な、なんのことだ……?」
 そして、ようやく捻り出した言葉がそれだった。 それはアカネの苛立ちを加速させるもので、彼女は一歩、また一歩とウォントに近づく。
「ほう……あえてシラを切りますか。まあ、いいです。すぐに白状させてあげます」
「なっ――ガッ!?」
 軽く蹴っただけで、ウォントは吹き飛び、情けなく地面を転がる
「早く起き上がってください。どうせ痛くはないでしょう?」
 蹴りの入りが悪かった感触がした。 運よく防御したらしいが、剣の鞘を杖にしてよろよろと立ち上がるその姿は、すでに戦意を喪失している様に見える。
「ほら、さっさと剣を抜いてください。それとも、それはただの飾りですか?」
「ナメるなぁ! 【加速】」
 【加速】は自身の肉体を強化して動きを速くするスキルだ。 その効果は元の身体能力の倍以上にもなるが、ウォントはそれほど変わっているようには見えなかった。
「ふははっ! 私の動きについてこれるかなっ?」
(うん、どうやら本気で速いと思っているらしいわね)
 先程のガクブル具合からは想像できない姿で、剣を握って突進してくるウォント。
 アカネはとても困惑していた。 なぜなら……彼の構えは隙だらけすぎるからだ。
(えぇ……遅いし剣先ブレすぎだし、彼は何をしたいの?)
 ターニャの接近攻撃はもっと鋭かった。 糸を穴に通すかのような繊細さで、どんな相手だろうが必ず急所を突いてきた。
(いや、あれはわざと油断させようとしているのかも……)
 そんな訳ないのだが、ウォントは腐ってもBランク冒険者なのだ。少しの技量はあると考えてしまうのが普通だ。
「おりぁ!」
(突進からの上段斬り!? そこは薙ぎ払いじゃないの!?)
 あんなに隙だらけの突進だったのだ。わざと横に回避させて薙ぎ払いで追撃を狙っているのだと思っていた。
 そしたら、ウォントは途中で剣先を変えて上から下に振り下ろした。 しかも空を斬ってバランスを崩している。
「くっ、中々やる!」
(あ、わかった。あれが本気なんだ)
 今のウォントは、言ってしまえば鎧に着せられている状態だ。 装備とそれを着ている装者の実力が合っていない。 だから、折角いい物を持っていても充分な効果を発揮することはできない。
 例えば…………
「ヒィッ!?」
 アカネが蹴っても反応だけはできるが、完全に防ぎきれずに地面を転がることになる。
「……この程度ですか」
「ヒィイイイイイッ!」
 アカネ自身でも驚くほど低い声が出る。
 少しの間でも相手の力を見誤った自分に苛ついているのだ。
 己の力を過信して危機的状況になるのは別にいい。そうなった場合は力不足だったと諦めるだけだ。
 だが、相手を過大評価して恐れるのだけは許せなかった。それのせいで観客に無様な姿を晒してしまったことが、アカネの…………【魔王】のプライドをズタズタに引き裂いていた。
「もう、いいです。貴方はもう――」
「アァアアアアッ!」
 何かを言い切る前に、アカネの重圧に耐え切れなかったウォントは、剣を振り回して発狂する。
「うぁああ!」
「うるさいですよ」
「――あがっ!」
 またもやウォントは情けなく地面を転がる。
 地面を転がるウォントを追うのも面倒になってきたので、動かないように足を踏みつける。
「弱い、弱すぎる。これがBランクですか。これが人間ですか……!」
「ぐっ、ガッ、あがっ、たす――げっ!」
「……助けてほしいですか?」
「ああ……いや、はいぃ! 助けてください、お願いします!」
 ウォントはボロボロの面で懇願した。 だが、アカネはそんな領主を蹴り飛ばす。
「な、なん……で…………」
「本心で言っていないからです。 今はおとなしく負けを認めて、後で殺し屋でも差し向けよう。 …………そう、思っているのでしょう?」
「なぜそれを――ち、ちがっ、今のは……」
「――黙れ」
 【邪鬼眼】の前で、嘘は意味がない。
「わ、わかった! この後、お前達には一切手を出さない! 約束する!」
 領主は土下座までした。 顔が下に隠れて表情がわからないが、心の中は見えている。
 ――まだだ、まだ足りない。
「ふふっ、それでは誠意を示してくれませんと、ねぇ?」
「誠意……だと?」
 ウォントは顔を上げ、戦慄する。 そこには『絶望』が立っていた。
 ウォントを見る目は、クスクスと小馬鹿にしたように目を細めているが、その奥底には確かな怒りが込められている。
 許しを得られると期待した彼は、自分の考えが大きく間違っていたと自覚する。
「ええ、三年前の事件。それを、貴方が、自分で、包み隠さず――自白してください」
 一句一句、聞き逃しがないようにハッキリと口にする。
「――――なっ!?」
「あら、どうしたのですか? まさか……言えないなんてことはないですよね?」
「私は貴族で領主だぞ!? それを知ってのことか!」
「知ってますよ? というかご自分で名乗ってたじゃないですか」
「い、言える訳ない――私がオークとバジリスクを仕向けてリーフィアを石化させたなんて言える訳だろ!」
 静寂が場を支配する。
(馬鹿すぎるでしょ、こいつ……)
 アカネは予想外が続くことに少し自信をなくすが、これに関しては本気で呆れてしまった。
(いや、確かに自白しろとは言ったけど、ここまで大声出されてはね……)
「ウォント様……それはどういうことですかな?」
 今まで審判として沈黙を貫いてきたファインドが、二人の元に寄ってきた。
 そこでようやくウォントは、自分が盛大にやらかしたのだと理解した。

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