世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第14話 圧倒的な戦力差

「彼女は鬼族だ! 腕力では勝てないと思え!」
 すかさず大剣の男が指示を出す。
 アカネは開始場所から微動だにしない。
(宣言通り余裕ってことか……)
「まずは囲んで――」
「作戦は始まる前に練らないとだめですよ?」
 男の指示を遮って、対戦相手――アカネの声が真横から聞こえる。
「なっ!? いつの間――グァッ!」
 嫌な予感がした男は咄嗟に剣を構える。すると、鉄球にぶつかったような重い一撃が男を襲った。
 大きく後退した男を見て、アカネは「あら?」と首を傾げる。
「…………確実に一人は落としたと思ったのですが、さすがはAランクですね。無駄に耐久力があります」
「お褒めに預かり光栄だよ……ちくしょう」
 今の一撃だけで腕が痺れてしまった。 しばらくは大剣を握ることさえ難しい。
 次こそ確実に落とすため、アカネは腕を振り上げる。
「――ガッツ!」
「やらせない!」
 すかさず大剣の男――ガッツの仲間が援護に入る。
 一人は長剣と魔法を同時に扱う『魔法剣士』のキーファ。 もう一人はフードを目元まで深く被った『アサシン』のビル。
 二人の連携技が斜め上からアカネの背後を襲う。
「ふむ、援護が早いですね。ですが…………」
 まず最初に届いたのはキーファの長剣。 慌てず横に避ける。空を切って振り下ろされた剣を踏みつけ、彼の動きを封じる。
 次に届いたビルの一撃を指で挟み、手元を撚って彼から短剣を奪い、そのままキーファの肩に刺す。
「あぐっ!」
 さらに身を捻りながら二人を蹴り飛ばし、【仙術・空歩】で空中を駆けながら距離を取る。
「なんで、背後からの攻撃だぞ……!」
「ふふっ、全て……見えているんですよ」
 アカネの瞳が紅く光る。
 彼女の言ったことは間違いではない。 本当に全て見えているのだ。
 まず、ガッツがリーダーということは、全員から流れ出る思想からすぐにわかった。 だから彼から潰せば冒険者達は混乱するだろうと初手から彼を狙った。
 一撃で落とせなかったのは予想外だが、それも戦いの中ではよくあることだ。 すぐに頭を切り替えた時、ガッツが何か期待するような顔をした。
 それをアカネは援護が来るからだろうと予想し、ガッツの眼球……そこに映っているキーファとビルを見た。
 そして、攻撃を避けて反撃した。 ただそれだけのことだ。
 だが、それがあまりにも人間離れしすぎて、ガッツは思考を停止させる。
「――何をボサッとしておる!」
 ドワーフの初老――ビボップの一喝でガッツは正気を取り戻す。
「すまん、ビボップ! 合わせるぞ!」
「おうよ!」
 ビボップの武器は金槌。 当たれば間違いなく、とてつもない破壊力を持って相手を潰す。
 その金槌とガッツの大剣がそれぞれ左右からアカネを挟むように繰り出される。
 この合わせ技でどんな硬い魔物も粉々に粉砕してきた。
 そんな必殺技と呼べる攻撃に、アカネは臆することなく対応してみせた。
 後ろに体を逸らし、それぞれの武器が重なった瞬間に、それをタイミングよく蹴り上げる。
 大剣と金槌のぶつかり合う音が鳴り、二人は思わず耳を塞いでしまう。
 それでも追撃に備えてアカネから視線は外さなかった。
 ――パチパチッ。
 彼女は距離を置いて拍手をする。
「――素晴らしい」
 アカネは心から賞賛する。
「あの援護の速さ、少しでも手元が狂ったら大惨事になる合わせ技まで、まさかここまでできるとは思っていませんでした。Aランク冒険者の皆様、貴方方はまだ赤子のような未熟さなのに対し、それでもなお不可能に立ち向かっていくその勇気、私が出会った小童の中でも賞賛に値します!」
 アカネの賞賛、もとい質問は続く。
「やはりお互いに信頼ができているからこその技なのですか? それができるようになるのは何年かかりました? 貴方方は何年の付き合いなのですか? Aランク冒険者は皆、このような動きが可能なのですか? ああっ、面白い。限界を超えたその先。圧倒的に不利な状況でも諦めない心。不可能を可能にする信頼という不可視の力。これだけでも人間の国に来てよかったと思えます! …………ハッ! っと、申し訳ありません。私も少々、キャラを忘れていました」
「……いや…………お構いなく」
 なんとかガッツが答えるが、彼ももうすでに限界が近かった。
 アカネは知識欲が通常の何倍も大きい。 だが、知らなければ、できなければ生きていけない環境で育った彼女にとって、それは当然のことであり、知らない事実は我慢ならないことであった。
 だからこそアカネは考えて、考えて考えて考えて、やがて全てを理解する。
 それに、アカネはシルフィードとパーティーを組んだ。その内、足が回復したリーフィアも加わるだろう。 今のうちに信頼や、それが織り成す行動力というものを見ておきたかった。
「…………コホンッ、さて、戦闘を再開しましょう」
 再度、アカネから濃密な殺気が放たれた。


 本来、決闘等があるとお祭り騒ぎになる観客席。
 しかし、今は誰もが口を閉じて決闘を見守っていた。 同じく座って観戦していたシルフィードとリーフィアも、呆然とその決闘を観ていた。
「なによ、あの動きは……」
「お、お姉ちゃん、最初のあれ……見えてた?」
 リーフィアの言う最初のあれとは、一瞬でガッツの背後に回りこんだやつのことだろう。
 シルフィードは力なく首を振る。
「悔しいけど、全く見えなかったわ」
「そっか……」
(本当にアカネは何者なのよ……あんな動き、普通じゃできる訳ない)
 今もアカネと冒険者達の戦いは続いている。
 相手側の冒険者はウォントを除いて全員がAランクの『不変の牙』というパーティーだ。 彼らは数々の逸話を生み出し、Aランク冒険者パーティーの中でも上位に来る者達だ。 それだけの実力がありながらも、アカネに傷の一つも付けることができていない。
 息を付く間もないほどの魔法の弾幕。
 それをなぞるようにして繰り出される剣術。
 大地を割るほどの破壊力を持った打撃。
 大剣とは思えない速さで振られる一閃。
 短剣という軽さを活かした絶え間なく続く攻撃の嵐。
 それをアカネは、時には防ぎ、時には避けて、時にはカウンターを打ち込んで、ありとあらゆる手段で捌いていく。

 そしてついにアカネの蹴りがガッツの大剣を弾き飛ばした。
「ぐっ――――ッ!」
 そのまま彼も捻り上げられた蹴りで宙を舞う。
 地面に落下するガッツ。 落下地点で待ち構えていたアカネの横蹴りによって、ガッツの体は九十度向きを変えて会場の壁にめり込む。
「ああっ……!」
 観客席から悲痛な叫び声があがる。
 誰がどう見てもガッツは戦闘不能だった。

「…………さて、次は短剣使いにしましょう」
 次にアカネはちょこまかと動き回っているビルに狙いを定めた。
 危機を察したビルは一気に後退するが……
「――うわぁ!?」
 アカネは足に力を入れて大きく前に飛び、一瞬で距離を詰める。 驚いて短剣を振り回すビルの腹を殴り、怯んだ彼の頭を掴んで――そのまま叩き下ろす。
 土煙が晴れた時、ビルは白目を向いて気絶していた。
「これで二人目……次は」
「――ヒッ!」
 女魔法使い、アンナと目があった。 だから次の狙いはその人にしようとした時――
「やらせるかい!」
 真横から金槌の一撃が飛んできた。
「おっと……危ないですねっ!」
 さすがのアカネでも直撃は痛いので、屈んで避ける。 金槌を振った反動のせいで動けないビボップの足元を払い、無防備に横回転をしている腹に回し蹴りを叩き込む。
「グムッ!? む、無念…………」
 結果、ビボップはガッツと同じく壁にめり込んで動かなくなった。
「予定通りではないけど、三人目……ん?」
 会場を見回して【魔法剣士】のキーファがいないことに気づいた。
(逃げた……訳ないわよね……ってことは上か)
 見上げるのと同時に、キーファが剣を構えて落下してくるのを視界に捉える。
(私がドワーフを相手している間に、風の魔法で空に上がったのかしら。ギリギリで避けても魔法で追撃受ける可能性があるわね…………ここは手っ取り早く行きましょうか)
 【空歩】で上に跳び、空中ですれ違ったと同時にキーファの足を掴む。
「――このっ!」
 その手を振り解くために魔法を放とうとするが、その前にアカネは空中から地上にいるアンナ目掛けてキーファを投擲する。
「……えっ、キャアッ!」
 反応が遅れたアンナはキーファに激突。 二人同時に気絶してしまった。
「これで…………残り一人。 ――ねえ? 空気になっているウォントさん?」
「ヒィッ!?」
 端っこでガタガタと空気になっていたウォント。 彼の側に歩み寄り、声をかける。
 ビクゥッ! と驚いて四つん這いになりながら、少しでも逃げようと距離をとる姿が惨めで、堪らなく微笑ましい気持ちになる。
「ふふっ、貴方はすぐに終わらせませんよ?」
「クソッ! こんはずじゃ……私が、本気になれば……お前なんか…………」
 ウォントはゆったりと歩み寄るアカネを睨む。
「あらあら、それは怖いですね」
 クスクスッと余裕の表情を崩さないアカネ。
 だが、次の瞬間、スッと目を細めて身も凍えるほどの雰囲気を纏った。
「その本気とやらで――三年前の事件も引き起こしたのですか?」

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