世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第10話 エルフ家の待ち人

「ここがシルフィのお家なのね」
 思ったよりも家の中は整頓されていた。 女性らしい小物もちらほら見えるが、やはりシルフィードがエルフだからだろうか。観葉植物が沢山あって、自然の中にいるかのような感覚に陥る。
「どうかしら、ここに来た人は大抵驚いているんだけど……」
「ええ、驚きました。とても……安らかな気持ちになれるわ」
「そう……それならよかったわ」
(でも…………)
 一つだけ気がかりなのがあった。
(どう見ても食器が多いのよね)
 シルフィードは頻繁に人を招き入れる性格ではないだろう。 なのに皿、コップ、箸、フォーク、スプーン等の生活用品が一人暮らしとは思えないほど充実している。
(それに、本当に一人暮らしならこんなに大きな家は必要ないでしょう)
 シルフィードの家はそこそこ大きな二階建てだ。たとえBランク冒険者でも、これを買うのは無駄だろう。
(探るみたいで申し訳ないけど…………仕方ない)
 もし、何か問題を抱えているのなら、微力ながら手助けをしてあげたい。 なにせ、魔王以外で初めてできた友人なのだから。
「シルフィはよく友人とかを招いていたりするの?」
「え? い、いえ、親しい人は時々招き入れるけど、月に一回あるかないかよ」
「そうなの? それにしては食器が豊富だけど……趣味で集めていたりするのかしら?」
「そ、そうね……それほどハマっている訳ではないんだけど……」
(ああ、やっぱり…………)
 注意深く見ても気づくかどうかの本当に一瞬の間。 それをアカネはしっかりと見ていた。
 彼女の【邪鬼眼】は全てを見通す。 他人の居場所、動き、健康状態、相手の感情さえも容易く読み取る。
 もしやと思って周囲を見回してみたら――ビンゴだった。 二階に一人、シルフィと似たような反応がある。だが、その反応は微動だにせず、そして弱々しい。
 そして、シルフィ本人から見えた感情は『陰』。
 これは何かを隠している、ということで間違いない。
「そうなの? それじゃあ親族の方とでも同居なのかしら? ……それならご挨拶しなきゃね」
 そう言って上を指差す。 シルフィードは脱力して、諦めたように降参のポーズをした。
「はあ……必ず言おうとは思っていたけど、まさか先にバレるとはね。……貴女何者?」
「ふふっ、予想が当たっただけよ」
 【邪鬼眼】というズルは使わせてもらったが、彼女がわかり易すぎただけだ。 これならばイヅナでも何かあると感づくだろう。
「…………ついてきて。私の妹を紹介するわ」


        ◆◇◆


 連れてこられたのは、やはり弱々しい反応がある一室だった。
「……入るわよ」
 扉を軽く叩き、中に入る。
「あ、お姉ちゃん、おかえりなさい!」
 ベッドに横たわった状態の少女が、元気のいい笑顔で出迎えてくれた。 シルフィードと同じ綺麗な金髪。彼女よりは短い髪も、そこが活発な子という印象が強くなる。 その笑顔から出る明るさと相まって、見ている方も自然と微笑んでしまう。
 しかし、それは無理に作っている笑顔だとわかった。 リーフィアの心は今にも泣き崩れそうなほど荒れている。
(けれど不思議ね……感じる反応は今だ微弱。とてもそんな元気を出せる状態とは思えない)
 それでも平然を装っているのは、単に姉をこれ以上心配させないためだろう。
 リーフィアは後から入ってきたアカネに気づいて、キョトンとした顔になる。
「その人は誰? お姉ちゃんのお友達?」
 ここは自分から名乗り出たほうがいいと、アカネは一歩前に出る。
「初めまして、私はアカネ。お姉さんのシルフィとは、今日知りあったの。今後ともよろしくね?」
「――は、初めまして! 私は――あっ……」
 慌てて横たわっていた状態から、上半身だけ起き上がったからだろう。布団が勢いよくめくれてしまい、彼女の下半身が見える。

 その体は――――石化していた。

「こらっ! おとなしくしていなさいって言ったじゃない!」
「……うん、ごめんなさい」
 シルフィードは駆け寄って、妹を横にさせてから布団をかける。 怒っている口調なのに、その動作は慎重で、とても優しかった。 それだけで、彼女がどれほど妹を大切にしているかがわかる。
「この子はリーフィア。私の大切な妹よ」
「リーフィアちゃん、ね。姉妹揃って可愛いのね」
「「――なっ!? そ、そんなことないわよ!(です!)」」
 息もピッタリだった。 アカネは手を隠してクスッと笑う。
「ふふっ、その反応もいいわね。疲れ果てた心が癒やされる」
「冗談はいいからっ!」
「えー? 私は本心で言っているのよ?」
「もうっ! いい加減その口を閉じろ!」
 アカネの口に手を重ねるシルフィード。 その様子を見ていたリーフィアは――泣いていた。
「――って、リフィ!? ど、どうしたの、何か痛いの!?」
 慌てて隣に行くシルフィードだが、リーフィアは横になりながら静かに首を振る。
「違うの……お姉ちゃんの楽しそうな顔を見てたらね……なんだか嬉しくなっちゃって……私もなんだか、よくわからないや」
「リフィ……」
 シルフィードは静かに抱きつく。 最初は驚いていたリーフィアだったが、すぐに動かせる腕で抱き返していた。
(大切な妹がこんな姿になっているんだもの。シルフィは心配で仕方ないのよね。 でも、なぜか妹っていうのはそれに敏感なのよねぇ、なんでかしら。…………きっと、それだけ互いを大切に思っているってことよね)
「あのっ!」
 呼ばれたので見てみると、リーフィアが抱きつかれた状態から、アカネのことをキラキラした目で見ているのがわかった。
「ん? なぁにリーフィアちゃん」
「その服って……京の『着物』ってやつですよねっ!」
「あら? よくわかったわね。本当はもっときっちりした服なんだけどね」
 本来の着物というのは、服を何重にも着て、重いし動きづらくて仕方ない。式典などで着ることはあっても、アカネとしてはできる限り長く着けていたくない物だった。
 なので、アカネは着物を改造して、動きやすさを重視した着物を着ていた。
「私、京に行くのが憧れだったんです。……よければ、あの……京のお話を聞かせてくれませんか?」
「私でよければ喜んで。…………けれど、どうせなら目で見て体験したほうがいいんじゃない?」
「――えっ? そ、そうなんです、けど…………」
「…………アカネ……それは…………もうできないのよ。貴女も見たでしょ?」
 明るい雰囲気から一転。重く、暗い空気になってしまった。 その空気を作ってしまったことに罪悪感を抱きながらも、アカネは話を続ける。
「ええ、見たわよ。見た結果、私はそれを――治せると判断した」
 こんなに元気な少女が一生ベッドの上……なんてことは許容してはいけない。
「――嘘でしょ!?」
 信じられない。シルフィードの目がそう語っている。
「嘘や虚言で言っている訳じゃないわ。……それとも、私がそんなくだらないことを言うとでも?」
「そうじゃないわ。そうじゃないんだけど…………国家魔術士にお願いしても原因不明で治せなかったのよ!? どんなポーションでも、効果がなかったし……」
 声が小さくなっていくシルフィードに歩み寄る。 そして、安心させるように抱き寄せて、頭を撫でてあげる。
「苦労したのね……貴女は充分頑張った。だから、私はそれに応えてあげたいのよ」
「アカネ……うん、うんっ! その気持ちだけでっ、嬉しい……わ……」
「だから治すって言ってるじゃない。嬉しがるのはその後にしなさい」
 アカネは苦笑しながら、しばらく撫でる手を止めなかった。

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