世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第9話 魔王が必要な今日この頃

 その男はギラギラと輝く金髪をなびかせながら、演技でもしているかのように手を広げて近寄ってきた。
「ウォント様……」
 シルフィードが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「様付けなんてイヤですね。それにエノクと呼んでくれても構わないのですよぉ? シ・ル・フィさん?」
「いえ、領主様の名前を呼ぶなんておこがましいことする訳にはいきません。それに、私はシルフィードです。どうか、そうお呼びください」
「そうですかぁ、それは残念です。…………でも、別に大丈夫でしょう? 私達の仲ではないですか、ねぇ?」
 シルフィードを見る目がイヤらしい。 彼女の頭からつま先まで、じっとりねっとり舐め回すような、そんな視線だった。
 アカネは無意識に身震いしてしまう。
「…………あの方は?」
 カウンターで彼女を心配そうに見ているアニーに、声を抑えて尋ねる。
「エール王国第三区の領主、エノク・ウォント様……です」
「領主、ですか……随分と大物が出てきましたね」
「ウォント様は冒険者でもあります。暇つぶしに依頼を受けて、こうやって……シルフィさんに…………」
「……なるほど」
 周囲を見渡しても、顔を強張らせている者や、拳を固く握っている者が多く見られた。
(あまりいい印象ではないようね。それに、シルフィを見るあの目…………正直、キモい。私が向けられていたら、有無を言わさず殺しているわね)
 本気でそう思えてしまうのが怖い。
 アカネならば別に法で訴えられても、その国ごと殺ってしまえば問題ない。 本来、穏健派なアカネでさえ、そんな物騒なことを考えてしまう。
 だが、シルフィードの場合、そういう訳にもいかない。 彼女はここに住んでいる一般市民扱いだ。抗うことなんてできない。
 そう考えている内に、ウォントはまだシルフィードに対して気持ち悪く口説いていた。
「そうだ! せっかく会えたのも何かの縁です。どうです? 私の屋敷でお茶でもしませんか?」
「…………ありがたいお誘いですが、今から依頼に行こうと思っていたところですので、お断りさせていただきます」
「そうですかぁ、こんな時間だと危ないでしょう。私もご一緒しましょうか?」
「いえ、ウォント様の手を煩わせる訳にはいきませんので……」
 ウォントの誘いを、シルフィードはヒラリヒラリと躱していく。
「そんなこと言わずに、ねぇ? …………なんだね君は」
 挙句には近づいて触ろうとしてきた。 見守ろうと思っていたアカネだが、間に入ってウォントの手を遮る。
「私はシルフィさんと楽しくお話をしているのですが? 邪魔しないで貰えますか?」
「ふふっ、お邪魔してしまい誠に申し訳ございません。…………ですが、紳士が不用意に女性に触るものではありませんよ?」
「っ、アカネ…………」
 シルフィードがアカネの後ろに立って、裾を軽く握ってきた。 領主に見えないように頭を撫でて、不安を少しでも和らげてあげる。
「なんでです? 私は領主なのですよ。何をしようが私の勝手ではありませんかぁ?」
(うっわぁ……ないわぁ)
 想像以上のダメ野郎だった。 だが、そこはアカネ。自慢のポーカーフェイスで笑顔を崩さない。
「たとえ領主様であろうとも、マナーを守っていただかないと……女性は振り向いてくれませんよ?」
「たかが一般市民が……領主である私に楯突くのですか?」
 その一言で周囲はざわつく。
「別にそのようなことは言っておりません。私はただ相手のことを考えては? と言ったまでです」
「考えてますよ? 考えた末に私は行動しているのです。……ほぉら、シルフィさんも何とか言ってくださいよぉ」
 名を呼ばれたシルフィードはビクッ! と体を震わせる。
「アカネ……もう、大丈夫……よ」
(…………外道げどうが)
 領主に口答えなんてできる訳ない。 それを知っていながら、ウォントはシルフィードに助けを求めた。
(……ターニャを呼ぼうかしら)
 ターニャは人間にとって脅威の存在だ。 なにせ、人間同士の戦争に気紛れで乱入して、結果的に両軍を壊滅させた過去がある。
 それから、ターニャには【暴君】と【災害】、【破壊王】という称号がついて、自由気ままに人間と戦争を楽しむようになっていた。 彼女に襲われた国は単なる『事故』として扱われる。そして死んだ人達も同様だ。
 だから、ターニャが偶然この国を見つけて、偶然ウォントを見つけて、偶然殺しても全ては不幸な事故だ。
「そもそも貴女は何なんです? 辺境で田舎者の鬼程度が、シルフィさんと関係ないのに出しゃばらないでもらいたいですね」
 鬼族を馬鹿にされたのはどうでもいい。貧弱だったアカネを見捨てた屑共になんの誇りもない。
「関係なくはないです。私はシルフィの――仲間なのですから」
 それが予想外だったのか、目を見開いてアカネを指差す。
「シルフィさんの、仲間…………貴女のような田舎者が?」
「田舎者だろうが何だろうが関係ありません。シルフィは私を信じてくれたのです」
 余程パーティーの仲間なのが自分ではなく、アカネだということを信じられないのか、ウォントは下を向いて小刻みに震える。
「ありえない……ありえないありえないありえないぃいい!」
 面白いほどの荒れようだった。
「…………決闘を申し込む。貴女に勝って俺のほうがシルフィさんにふさわしいと証明してやるよぉ!」
 ショックで化けの皮が剥がれたようだ。 むしろこっちの口調のほうが、まだ好ましいと思える。中身は全然ダメだが。
「ウォント様!? な、何を勝手に……!」
「いいでしょう」
「アカネっ!?」
「決闘は明日の昼! ギルドの裏側を使って、パーティー対抗戦だ。いいな!」
 それでは決闘とは言わない。 だが、面倒なので了承する。
「私は構いません」
「――チィッ! ほら、お前らどけ!」
 ズカズカと物に当たりながら冒険者ギルドを出て行ってしまった。
「…………さて、邪魔が入っちゃったけど、早速シルフィのお家行きましょうか」
 思ったよりも精神面が疲れてしまった。 もうさっさとお風呂に浸かってゆっくり休みたい。そんな気分でいっぱいだった。
「ちょ、ちょちょちょ待ってください!?」
 出口に歩き出すアカネに待ったの声が。 振り向くと、アニーがカウンターから出てきていた。
「なんです? …………もしや、まだ説明終わってませんでしたか?」
 それならば仕方がない。 お風呂はもう少しだけ我慢しよう。
 そう思ってカウンターの椅子に座り直す。
「違いますぅ! ぜ、絶対に無理です!」
「無理? 何がです? ……ああ、確かに、あの領主は性格が最悪でしたね。私もあのタイプは無理です」
 そんなかすりもしていないアカネの返答に、今度はシルフィードからツッコミが来た。 
「あのウォントに勝てる訳がないって言いたいのよ!」
 本人がいなくなった途端に呼び捨てとは、その切り替えの速さに恐れ入った。
「そんなにあれは強いのですか?」
「ウォントさん自身はBランスでも、パーティーとして考えたらAランクパーティーなんです。それなりの力は持っています。…………多分」
「多分とは、なんとも曖昧ですね」
「あいつは金の力で沢山の魔法具を身につけているのよ。それに、パーティー対抗戦って言ってたから、相手は間違いなく五人で来るわ。…………厄介ね」
 彼女が言うには、本来、冒険者は四人でパーティーを組むのが普通らしい。 だが、ウォントは金で雇ったAランク冒険者を引き連れて、Bランクの彼は安全な場所で狩りをしている。
 だから、Aランクパーティーではあるけど、ウォント本人の強さがわからない。 ただ、雇っている冒険者の実力は確かだし、全員が自身を強化する魔法具を身につけているので、絶対に勝てないと思っている。
「じゃあ適度に頑張ればいいってことよね。……あ~、そんなことより疲れたわ。早く行きましょ?」
「あのねぇ……決闘は明日なのよ? 寝ずに作戦を建てて行くのが普通でしょ? ただでさえ、私達じゃ勝ち目すら薄いんだから…………」
「えっ? シルフィは参加しなくていいわよ?」
「「…………は?」」
 シルフィードとアニーの二人は、口を開けたまま固まってしまった。 間抜けな顔だなぁ、とアカネは他人事のような感想が出た。
「いやいや、だってパーティー対抗戦だから私も出るわよ! それに、アカネだけじゃ勝てっこないわ!」
「相手が勝手にパーティー対抗戦を挑んだだけです。それに、これは私の戦いよ。たとえシルフィでも邪魔するなら」
 アカネの雰囲気が変わる。
「――――潰す」
 【魔王】の重圧。 それを二人にぶつける。
「――あぐっ! は、はっ……は……あっ…………」
「ぁ、ああ……うっ、なんっ……足……が……」
 それをもろに受けたシルフィードとアニーは、足が震えて立ってるのも辛くなってしまい、ヘタリと地面に座り込む。
 周囲にいた外野の半数が、威圧のせいで二人と同じように座り込む。
 ギリギリ立っていられたのは腕のある冒険者のみ。 その者達も威圧を直に受けたら間違いなく同じことになっていただろう。


「――とまぁ、冗談は置いときましょ」
 重圧が嘘のように消え去る。
「さあ、帰るわよっ」
 ルンルン気分で出口に向かうアカネ。 それを止められる者は誰一人いなかった。

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