世界を呪った鬼は願う

白波ハクア

第4話 お約束に出会う魔王

 ――おかしい。
 アカネは内心呟く。
「ヘヘッ、こんなところで上物に会えるとはなぁ」
「俺達は運がいい。攫って売れば一生遊べるぜぇ」
「兄貴っ、売る前にヤってもいいんだよなぁ?」
 目の前には行く手を阻むように三人の男達が立っていた。

 なぜこうなってしまったのか。 それは数時間前に戻る。


 リンシアは、道を歩いていると気の良い商人に出会ったと言っていた。
 それを期待しながらアカネは『和の都・京』から出た。
 京から人の住む街までは徒歩で数十日、馬車ならば三日かかる。 なので、最初はアカネオリジナル技能の【妖術】。そのスキルの一つである【式神招来】であやかしを喚び出した。
 【式神招来】は【召喚術】に似たようなもので、異界に存在している契約した従者を召喚する。
 唯一違うところは、【召喚術】は何節かの術式を唱えなければならないのに対して、【式神招来】はアカネの体に刻んだ呪印に魔力を適量流すだけ。
 【召喚術】よりも遥かに便利だが、現状アカネしか使うことはできない。 だからこそオリジナルなのだ。
 アカネは『妖』の中でも最速を誇る『神狼』を選び、徒歩で何日もかかる道のりを一時間未満で走りきった。
 おそらく人が通るであろう広い道に出たアカネは、神狼に礼を言ってから異界に還し、ここからは自力で歩こうと決めた。
 何時間かルンルン気分で歩いていたのだが、予想外なことに人の姿は一向に見えなくて、オークやゴブリン等といった下級の魔物しか発見できなかった。
 下級魔物は知能が低い。だから相手との力の差がわからなくても、見つけた瞬間に殺そうと襲ってくる。
 面倒だったのだが、放っておいても邪魔なので、それらを軽く握り潰して歩き続けた。
 ついでに殺した魔物の回収もわすれない。これを冒険者ギルドという場所に持って行き、渡せばお金になるとリンシアから教えてもらったからだ。
 だから襲ってくるものは全て殺すことにした。
 やがて、森の中に入って魔物の数が少なくなったなぁ……と思った時、そいつらは現れた。
 アカネは近づいてくる反応が人だとわかった。人を探していた彼女にとって、それは朗報だ。
 だから、接触できるように立ち止まって人間が来るのを待った。…………のだが、草を掻き分けて現れたのは望んでいた商人ではなく、むしろ真逆の者達だった。
 決して高価とは言えない生地で作られた小汚い服を纏い、それぞれの手には武器を持っている。
 彼らは何日も体を洗っていないのか臭かった。不潔な男は嫌いだ。
 まだそれだけなら森に迷ったのかと思うこともできるが、男達から漂う臭いに混じる別の臭いを、アカネは嗅ぎとった。
(……血の臭い)
 京を建てる前。 力に貪欲だったアカネが嗅ぎ慣れた臭いだ。
(……にしてもおかしいわね。リアが言うにはここら辺は商人が通る道らしいのだけど)
 でも、アカネが出会ったのは複数の魔物と目の前の三人のみ。
「ヘヘッ、こんなところで上物に会えるとはなぁ」
「俺達は運がいい。攫って売れば一生遊べるぜぇ」
「兄貴っ、売る前にヤってもいいんだよなぁ?」
 しかも、言っている言葉をどう解釈しても善人には思えない。
 今も何かを言っている三人を無視して、彼女は思考に入る。
(まず、目の前の人達が山賊、もしくは盗賊なのは間違いない。武器はそれなりにいい物を持っているから考えられることは…………三人は元冒険者で何か罪を重ねてしまい、それで追放されて賊になったか。それとも武器の持ち主を殺して奪ったか。 …………どちらにしろ実力は兼ね備えていると思ったほうがいいわね)
「おい、聞いてんのかクソアマァ!」
 リーダーらしき男が何か言っているが無視。
(道には何かが通ったような車輪の跡が残っている。 人間が車輪を使うしたら、馬車ぐらいしかない。流石に京の人力車はないでしょうしね。 とにかく、馬車は商人か長旅をする人ぐらいしか使わない。 …………一応、人の通りはあるらしいわ)
 そう結論づける。
 ということは、だ。 今回のこれは俗に言う…………
「……ハズレってことね」
「なんだとテメェ!?」
「ナメた口きいてんじゃねぇぞおい!」
「ざけんなっ!」
 わが何かをするたびに三人から反応が返ってくる。正直言ってうるさい。
 そして、どうしようか迷っていた。
 男達は賊だ。近くにある人間の国や街に案内してくれ、と言っても案内するふりをして賊共のアジトに連れて行かれるか、先程のように罵詈雑言を言われるかだろう。
 だからって殺すのはどうだろう。 ……いや、別に殺すのは問題ない。【魔王】を長年やっているからか人を殺すことなんて慣れている。
 ただ、旅を始めた初日から殺すのは、ちょっと避けたい。
 そういえば人間は賊を捕まえて冒険者ギルドに渡せば、報酬金が貰えるって聞いたことがある。
 だが、冒険者でもないアカネが男三人を引っ張って冒険者ギルドに行くのも、色々な意味で目立ってしまう可能性がある。
 人間がいる場所では、あまり目立たないように生活したい。 もし、異常な力を見せつけて不審に思われてしまったら言い訳が面倒だし、貴族などから身元を探られるかもしれない。
 人間の貴族は己が裕福な生活を送れるのであれば、他人のことを簡単に蹴落とすし、どうしても欲しい人材がいたのならば、あらゆる手を使って勧誘してくる。 時にはその者の秘密を握って脅迫紛いのこともしてくると聞いた。
 冒険者ギルドで目立てばそのような貴族の目に入りやすくなる。 だから捕えるのを止めたほうがいいかもしれない。
 人を無闇に殺すのは避けたい。引き渡して目立つのも避けたい。…………だったら選択肢は一つ。
 ――戦略的撤退。
 アカネの脚力ならば問題ない。 もし追い付かれたとしても、【式神招来】と同じ妖術スキルの一つ【仙術】を発動して自身を強化すればいい。
 【仙術】を使ったアカネと同格で走れるのは、ターニャくらいしか知らない。 そもそも魔王と同じくらいの脚力をしているならば、ここで賊なんかやっていないだろう。
「おいおい逃げようとするなよ」
 考えている間にアカネは回り込まれて囲まれていた。
(――って、囲まれた!? まさかこの人達……私と同じく心を読めるの!?)
 そんな訳がない。 ただ単に賊と出会った者がよくする行動を先に潰しただけだ。
 アカネの驚きを知らずに、三人はジリジリと距離を詰めてきてる。
 目立つ目立たないとか考えている場合じゃなくなった……こうなってしまっては仕方ない。
「――やれっ!」
 統率がとれた動きでバッ! と飛びかかる。 アカネは覚悟を決め、拳を握って後ろに重心をずらす。
 その時――空が煌めいた。

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