奴隷帝にしか、なれなかった『僕』へ

お手つき

第1話《カナデ視点》


カァーン、カァーン
遠くの方で、1日の終わりの始まり、終業の鐘が鳴っているのが聴こえた。

私は、ピーちゃんの淡い桃色の毛をとくのを止め、持っていた櫛をホルダーに直し、帰り仕度を始めた。ここに来てから、苦手だった動物たちと触れ合う機会が増え、意外と怖くない一面を持てた事は、唯一、こんな世界で得られたものだと思う。

日が入ってこないピーちゃんの飼育小屋から出て、鼻孔をくすぐる牧草の匂いを嗅ぐ時が私が安らぎが得られる時間だ。少し修練場から、離れたところに建てられたこの小高い丘は私が生活を送らされている金メッキの牢屋より、遥かに過ごしやすい場所だ。だけど、あまりこの場所に、みんな、近づこうとはしない。

それはそうだ。ここに召喚された私以外の人たちは皆、こんな世界で手に入れさせられた『魔法』やら『スキル』なんかに現を抜かしているから。だから、毎日毎日、こんな場所に来て、動物の皮を被った飼育魔獣たちの面倒を見ている私は若干、周りに敬遠されている。別に、私は周りにどう思われようが正直、どうでもいい。私はこんな世界に召喚されたあの日から、今のいままで、生きていない。今、ここにいるのは誰か、たまに分からなくなる。

飼育場から出た私は、少し小走りで『ルーペ』に戻ってきた。戻ってきた、私はまずはじめに門をくぐって食堂に向かう前に、自分の体に使いたくもない『クリアー』の魔法を使った。この魔法は『生活魔法』と言われる分類の魔法で、服についた汚れや、虫を取ってくれる便利な魔法だ。だけど、私はこの魔法を使うたび、自分がどんどん汚されていくように感じてしまう。この世界を憎み、嫌う、私が自分に都合が良いように魔法を使う。そんなことを思ってしまうと綺麗になった制服がどんどん黒くなっていくように感じる。

私は一度、ため息をし、自分の頬をパンと叩いた。そして、なに食わぬ顔でいつものように門をくぐった。

夕食を終え、軽く入浴してから自分の配属された部屋に戻る。終わりの途中だ。王国から配属された一人部屋は日本で生活を送っていた部屋より、数段グレードが上がった部屋で、日本で生活していた私の部屋には無い、豪華絢爛な家具で覆われている。でも、そこには私の大好きだったぬいぐるみも、読み進めていた小説もない。パパに頼み込んで買ってもらったテレビも、ママに高校の入学祝いに貰った大人びた感じの全身鏡もない。それに、ここには、あの懐かしい、安心する香りがない。そのことが、なによりも私を苦しめてきた。

私は泣きそうになった。
胸の奥の心臓がドンドン早くなり、目の奥が熱くなって、奥歯がカッカと音を鳴らした。ダメだ、泣くな。泣いたら負けだ。こんな世界のために、泣いてたまるもんか。
私はベッドにダイブし、枕に顔を埋めた。枕からは、新品の匂いがした


枕に顔を埋め、足でバタバタとこの世界を叩き続けてから、数分が経過し、私はゆっくりベットの上に体育座りをした。
そして、下着の内側から、誰にも見られないように、いつもこっそり隠し持っていた、破り捨てたい憎っくきカードを取り出した。

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轟 カナデ  17歳  Level 29

職業:魔獣使いテイマー

体力:154
魔力:312
筋力:137
俊敏:201
耐性:242
魔力耐性:412

skill:魔獣共有・中位生活魔法・中位盗賊魔法
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「ああああああああああーーーーー」
私はすべての臓器の底から漏れ出す怒りと不快感を切り捨てるため、手に持つ悪魔のカードを壁に叫びながら、投げつけた。
コイツが、こんなものが、出来たせいで、皆、狂った。
『ハァー、ハァー」
喉の奥から飛び出す呼吸音が、私の蒸発していく苦脳を見えない霧で覆う。そして、消えずに残り続ける証明の意味をこなしている。

ダメだ、泣きそうだ。
私はスキルカードを拾い、いつものように誰にもバレないように隠した。

そして、今までの二年、大好きな瀬尾くんが居なくなっての二年を思い出していった。









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