英雄は殺される

ノベルバユーザー225269

英雄は殺される

私の13歳上のお兄ちゃんは頭もよくて運動もできて顔もよかった。全てに恵まれている人。それに比べて私は勉強も運動も顔も特出したものはない。そんな私だけどお兄ちゃんが大好きだった。いつも私と一緒に暮らすために働きに出て、帰ってくると目を細めながら私の頭を撫でてくれるお兄ちゃんが好きだった。

お兄ちゃんのために朝ごはんを作って2人で食べてお兄ちゃんは畑を耕しに行く。畑でできた野菜を市場に売りに行く。全部売れたらお兄ちゃんは家に戻ってくる。夕食を一緒にとってお話をする。お風呂に入ると、一緒に布団にくるまって寝る。お父さんとお母さんはいなかったけどお兄ちゃんがいるから不思議と寂しくなかった。お兄ちゃんが2人の分も私を愛してくれたから。

毎日が幸せだった。こんな毎日が続くと思っていた。だけどそんな平穏な暮らしは崩れた。お兄ちゃんが何故か勇者に選ばれた。国の偉い人曰くお兄ちゃんが敵国を滅ぼしこの国に平和をもたらすと。

お兄ちゃんはお城に連れていかれて1年たったある日家に帰ってきた。「アルただいま」そう言って昔と変わらない笑顔で私を抱きしめてくれた。お兄ちゃんは敵国を滅ぼしてその土地をこの国の領地にすることができたらしい。これでお役御免でこれからは一緒に暮らせるよ、そう言ってお兄ちゃんは笑った。

だけどお兄ちゃんは帰ってきてすぐにお城の人に連れていかれた。今度は小さな国を亡ぼすのだと、兵士の人に言われた。お兄ちゃんはそれから半年帰ってこなかった。

帰ってきたお兄ちゃんは別人のようだった。私が話しかけても上の空で、寝ているときはいつもうなされていた。お兄ちゃんに何があったのかなんて分からない。まだ10歳の私にはどうすればいいのか分からなかった。お兄ちゃんはどんどんやつれていった。「お兄ちゃん、大丈夫?」お兄ちゃんの目は窓からのぞく青い空をずっと眺めていた。「ねえお兄ちゃん」煩わしげに眼を閉じられる。そんなことをされたら私はそれ以上話しかけることができない。

そんな毎日が1年以上過ぎたころ、お兄ちゃんは戦地に送り込まれた。「君のお兄さんはこの国のために行くんだよ」国の偉い人が家に来て私にそう言う。戦地に行くと決まったお兄ちゃんは昔のような元気を取り戻していた。私は怖かった。大好きなお兄ちゃんが私の知っているお兄ちゃんじゃなくなっている気がして。「アル行ってくるね。家のことは任せたよ」昔のような笑顔を見せてお兄ちゃんは戦地へと向かった。

お兄ちゃんが戦地へ赴いて半年が過ぎたある日、青い髪で眼鏡をかけた40代くらいの貴族らしき風貌の男性が訪ねてきた。その人はこの国の大臣の1人だった。「君のお兄さんは処刑されることになった」大臣さんはそう言った。「彼は赤の隊に所属していた。そしてその赤の隊の副大将を殺したのだ。これは許されることではない。国王は今までの彼の功績を考え、処刑は避けよと言われたが、そのあと彼は4人もの味方の兵士を殺した。情状酌量のよちはないということで明日朝一番で処刑を決行する」大臣さんのいうことの意味を理解できなかった。お兄ちゃんが味方を殺した?そんなわけない。「お兄ちゃんは・・・そんなことしません」「実際にしたのだ。兵士を殺すさまを私も見ていた。勇者と称えられた君の兄は人を殺すことを何とも思わない悪逆非道の化け物だ」「・・・おに、お兄ちゃんは化け物なんかじゃない!」私がそう声を荒げると大臣さんは馬鹿にしたように私を見た。「君がどう思おうが世間はそうとしか思わない」信じられるはずがなかった。確かに兄は小国を倒してから様子がおかしかった。それは私も認める。だけどそんなことをするような人ではない。昔は虫を殺すのさえもしなかった人が。「お兄ちゃんに・・・兄に会わせてください」大臣さんはその言葉を待っていたと言わんばかりに冷酷な微笑を私に向けた。兵士を呼ぶと、私を馬車に乗せた。


お兄ちゃんはお城の地下にある牢屋に閉じ込められていた。その牢屋の周りにはさっきの大臣さんを含め、数人の偉い人の姿があった。「お兄ちゃん」お兄ちゃんの視線は下がったまま私を見ない。私を認識しているのかさえ分からない。「ねえお兄ちゃん。嘘だよね?お兄ちゃんが罪のない人を殺したなんて」反応はなかった。「何かの間違いだよね?だってお兄ちゃん言ってたじゃない。罪のない人間を殺すなんてことは絶対にしちゃいけないって」鉄格子を私は叩いた。後ろにいた兵士の人が私を止めようとする。「お兄ちゃん忘れたの!?お父さんとお母さんが殺されたとき言ってたじゃない!2人を殺したあいつらみたいな獣にはならないって!」やっとお兄ちゃんが反応した。「知って・・・たのか」お兄ちゃんの声はかすれていた。「知ってたよ!お父さんたちが死んだのは病気じゃないことくらい知ってた。お兄ちゃんが隠そうとするからずっと知らないふりをしてた」「アル・・」お兄ちゃんの手がのばされた。「俺はあいつらと一緒だよ。化け物だ」「違う」「友達を殺しかけたんだ」お兄ちゃんの手をぎゅっと握る。「ただの口喧嘩だったのに。あいつを半殺しにした。俺は・・・俺は、最低な人間だ」「そんなことない!」「お前はこんな人間にならないで?今までのように幸せに暮らして?」泣く私の涙を拭うと額にキスをした。「愛してるよ。今までごめんな」お兄ちゃんがそういうと、兵士の人が私を抱き上げた。「離して!」暴れても解放されることなく、牢屋から遠ざかっていく。「いや!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」「幸せに、アル」地下牢の扉が開けられたときお兄ちゃんの声が聞こえた。「いや!いやだよ!お兄ちゃん!」



私の身柄は青の隊の大将へと移された。小さな部屋でずっとうずくまっていた。その部屋に入れらてから数時間が経った頃、4人の大将と3人の大臣らしい人が訪れた。「君の兄、ケイトは先ほど処刑された。国王のお心遣いで民衆へそのもようが公開されることは無かった。そして、この情報も洩れてはいない。君も彼のようにされたくないのならば今までのように暮らすことをお勧めする」そういうと全員出て行った。私は兵士の人に城から連れ出された。


1人で家に帰る。お兄ちゃんはもういない。英雄と称えられたときもあった。けれど処刑された。「どうしてよ・・・」私は今までこらえていた涙がこぼれた。一晩中泣いた私はあることを決めた。


必要最低限の荷物をカバンに詰めると家の前に立った。そして家に火をつけた。「ねえ、幸せって何?お父さんもお母さんもお兄ちゃんもいない世界でどうやって幸せになるの?」そう呟きながら涙を流した。


彼女の家が燃えていると通報があり大将たちが彼女の家を訪ねたとき、そこには焼け焦げた家らしきものがあるだけだった。その中から人骨は発見されず、彼女がどこに行ったのかは誰も分からなかった。





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